第17話 げきじょう

 猛る彼の姿はいつもと似ても似つかない姿に変貌していた。


 頭には二本の角、両手と両足に鋭利な鉤爪、背中に大きな翼、尻のやや上には地に着くほどの尻尾を形容した青色のナニかが現れていた。


 顔全体は恐竜の頭蓋ずがいのような形をした光に覆われ、眼窩がんかからは怒りを灯した赤い光が漏れ出ている。


 体を覆う光はやや形が歪んでおり、風に合わせ踊る木の葉のように揺らぎながら僅かに形を変え続けている。それらは青一色かと思えば、所々に縞模様のように渦巻く黒も見られる。




 セルリアン達はその眩さに釘付けになった。目の前の少女より突如眩い光を帯びた少年を狩る方が多くの輝きを得られると察したのだろう。


 スナネコに集っていたセルリアン達は新たな獲物目掛けて一斉に突進した。


 彼等は魅惑の輝きを前にして最も留意すべき点を忘れていた。輝きの強さは力の強さに直結するという事を。


「グルウゥゥォォォォオ!!!」


 激情の獣は咆哮を上げながら迫り来るセルリアンの群れに突撃し、群れの手前に居たセルリアンを両手の青い鉤爪で容赦なく切り裂いた。


 爪は包丁で豆腐を切るように容易く青い肉体を裂き、開いた部位から青いどろどろした液体が漏れ出たがそれを気にも留めずに抉り続けた。


 青く光る竜の背後にセルリアンが忍び寄り突進をお見舞いした。竜はその勢いで水溜まりに体を打ち付けたが、すかさず立ち上がり唸り声を上げながら不意打ちを食らわせた者を目で追った。


 そして視界に攻撃を仕掛けた者を認めた途端、目にも止まらぬ速度で走りその勢いのままに突進した。しかし重量に差があるからか、三メートルほど後退して止まってしまった。それに対抗するようにセルリアンも竜を押し始めた。


 押し合いが鬱陶うっとうしくなったのか、地面に足の鉤爪を食い込ませて踏ん張り、思い切り左手を横に薙ぎ払い表面を引き裂いた。


 流れ出る青い液体を頭蓋ずがいで受け止めながら掻き出すように両手で抉り続けた。獲物はその間も負けじと押し続けていたが、中身を掻き出されて力を発揮出来なくなったからか、一切動かずに立ち尽くしていた。


 中身がすっかり流れ出てしまい動かなくなった残骸を右手で掴み、何度も地面に叩きつける内に消えていった。満足したようにそれを見て、身をひるがえし先程の死に体のセルリアンの元へと向かい、思い切り足で踏みつけて破壊した。




窮鼠きゅうそ猫を噛む』とはこの場を示すに相応しい言葉だろう。予想だにしない事態の発生にセルリアン達は動揺していたが、すかさず竜を取り囲み左手と右手に一体ずつ喰らいついた。


 為す術なしかと思われたが、地面を足がめり込む程に力強く踏み抜き背中の大きな翼を広げ空に舞い上がり、それと同時に自由を奪われていた両手を勢いよく引き抜いた。


 左側の者がやや深く喰らいついていたので引き抜いた時に鉤爪が石を抉り消滅し、眼球を縦に裂かれながらも生き残った右側の者は、空からの急降下で勢いがついた踏み付けにより割れかけた眼が完全に崩壊した。


 それで終わりではなく、両手の爪による容赦ない連撃を浴びせられ青く淀んだ水溜まりが形成されていたが、石に限界が訪れたのか自壊し跡形もなく消え失せた。






 スナネコはセルリアンに襲われた恐怖と突如変貌した少年の変わりように呆然としてその場から動けずにいた。何か出来ないかと考えたが、自分の力ではセルリアンを討つには及ばない事は分かり切っている。それ以前に足がすくんで動けない。


 あの優しく純粋な笑顔を見せてくれる少年の影も形もない異形の化け物は、心の底から恐怖を感じさせる咆哮を上げながらセルリアンを蹂躙じゅうりんしている。何も出来ないのならば彼の無事を祈るほかない。


 金色の少女は、目の前で繰り広げられる一方的な狩りをただただ静かに見守った。






 狩人を演じていた獲物達は自身の過ちに気付いた為か、はたまた容易く屠られていく同胞を目の当たりにした為か、誰もが怯えたように動かずに固まっていたが、時すでに遅し。


「グルゥゥゥゥゥォァァァァァア!!!」


 両手に青い液体を滴らせている竜は、怒りの咆哮を上げながら恐怖に震えるセルリアン達に突撃し、その内の一体に尻尾を叩きつけて弾き飛ばした。後を追うように再び飛び上がり、放物線を描くように落下しながら獲物へ向け竜の顎を開き、上下に並ぶ鋭利な光の牙を思い切り食い込ませた。


 そのまま頭蓋ずがいを右に左に振るいセルリアンの体を食い千切り、牙の隙間から液体を漏らしながら口の中に流し込んだ。抵抗も許さぬままに踊り食いを続け、牙が石に達した所で掻き消えるように消滅した。




 惨劇を目の当たりにした生き残った三体は逃げ出した。二体は青い獣から見て右に、残る一体は左に向け、眼前の暴虐ぼうぎゃくから逃れようと森の奥へと巨体を揺らしながら駆けていった。


 だが、見逃される筈がなかった。


「グルルルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」


 先程までのただの少年ならば、全力を振り絞ればどうにか逃げきれただろう。しかし、圧倒的な瞬発力と破壊力を手にした竜から逃れられる程身軽では無かったのが彼等の敗因であった。


 竜は右へと向かった二体へ赤く輝く眼窩がんかを向けその後を追った。駆ける一体を両手の鉤爪を食い込ませながら掴み、体を右へよじりそれと同時に放り投げた。


 投げられたセルリアンはボールのように転がり続けようやく止まったかと思えば再び掴まれていた。咆哮と共に宙に投げられ、素早く振るわれた尻尾の一撃で吹き飛ばされた。


 木々の合間を縫いながら追い掛け、追い付く寸前で飛び上がり中空から飛び蹴りを食らわせ、木々を折りながら吹き飛ぶうちにセルリアンは消滅した。


 右へ向かったもう一体は後ろに居た仲間に何があったか察し、先程より早く駆けていた。しかし、木をへし折りながらそれは現れた。


 森を震わす咆哮を引き連れながら瞬く間に距離を詰められ、セルリアンから一、二メートルほどの距離から飛び上がり、飛び前転の要領で空中で一回転し振るわれた尻尾によって叩き潰された。






 二体とは別の方向に向かった一体は、本来ならば存在しない心に恐怖を浮かべながら全力で逃げていた。しばらく走り続け何も来ないと思い後ろを振り返った。やはり何も居ない。逃げおおせたのだ。そう思い込みのそりのそりと歩いていた。


 突然、背後から強烈な衝撃を受け眼前の木の幹に叩きつけられた。体勢を持ち直そうと体をよじるが何故か動かない。幹に押し付けられた眼を下に向けると、青く光る鋭利な物体により体が幹に縫い付けられているのが見えた。


 死ぬのか…?嫌だ……死にたくない……!


 芽生えかけた自我で一心に祈ったが願いは神の耳には届かなかった。ガリっと硬いものを削られる感覚と共に痛みも無く消えていった。






 幹に突き刺した左手を引き抜いた途端殺気をまとった青い竜は消え失せ、いつも通りの少年が姿を現した。


「はぁ……はぁ……はぁ……。」


 セルリアンを殲滅し息も絶え絶えの彼は辛うじて立っていた。


「う……ス……ナ…………。」


 静かな森に何かがドサッと倒れる音がかすかに木霊した。






「助かった……みたいですね。」


 荒れ狂う大波のごとくセルリアンを屠っていた竜の演舞を見届けたスナネコは、ようやく足のすくみから解放され立ち上がった。


「エルシアは無事でしょうか?」


 立ち上がったスナネコは、森の奥へ消えていったエルシアを探し始めた。


「おお、居ました。」


 発見した彼は地面にうつ伏せに倒れていた。


「ありがとうございました。おかげで助かりました。」

「……」


 返事が無いけどどうしたんでしょうか?


「すー……」


 寝ていますね。かわいい寝顔ですね。いたずらしたくなってしまいます。でもまたセルリアンが来るかもしれないからいたずらは今はやめておきましょうか。


「よ……っと。思ったより重いですね。」


 彼を背負おうとしたものの、想定よりはるかに重く持ち上げられなかった。


 うーん、どうしましょうか……。ちょっとかわいそうですが引きずりますか。


 彼の肩を掴み引きずってみると少しだけ動かせた。これならば時間はかかるがここから離れられるだろう。


 それにしても、さっきの変わりようは本当に驚きました。少し怖かったけど、かっこよかったです。……お?あなた達は……。


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