第23話 まどう

 二人がドアの前に来た時、スナネコが立ち止まった。


「外でひなたぼっこしてきます。」

「いってらっしゃ~い。」


 一人残ったエルシアは、ドアノブを回し中に入った。入ってすぐの所に置いてあるリュックサックを見て昨日の事を思い出した。


 昨日は叶わなかったが、今日こそは対話をしよう。


 そう思いながらリュックサックから例の本を取り出し、右手で本を抱え左手で椅子を持った。そのまま日差しに照らされるベランダへ向かい椅子を置き、そこに座って本を開いた。


『エルシアよ!息災か!?ここ数日音沙汰無しであったから心配しておったぞ!』


 怒られるかと思えば心配してくれたのか。やっぱり憎めないやつだな。


「一応大丈夫だよ。」

『ふむ……もしや何かあったのではないか?そなたの覇気がいつもより弱くなっておるぞ。』


 バレている……さすがだな。


「……ああ。散歩をしていたら襲われたんだ。」

『襲われただと!?怪我はしておらぬのか!?身体に異常は感じぬか!?』

「気づいた時にはここのベッドで寝てたからよく分からないんだ。体は筋肉痛が残ってるだけで特に異常は無いよ。」


 ドアが開き、スナネコが中に入ってきた。


「誰と話しているんですかぁ~?」

「この本と話をしてたんだ。」

「へぇ~、面白いですね~。」


 スナネコは、分厚い本を興味深げに眺めている。


「喋ってみる?」

「ボクには何も聞こえませんよ?」


 え?何も聞こえない?どういう事だ?


『当然であろう。魔導の力を持たぬ者に我の声は届かぬ。』


 確かに、初めて喋った時も周りのフレンズ達は誰も本が喋ったとは言っていなかったな。あの時も俺にしか声は届いていなかったのか。


「ちょっと眠いから寝ておきます。ごはんの時に起こしてください。」

「うん。おやすみ。」


 そのまま、スナネコはベッドに横たわり眠りについた。


 外に目を移すと、一本だけピンク色に染まっている木を発見した。目を凝らすと、それは日本の春を彩る華麗な存在……桜であった。


 彼はここにも桜があるのかと驚きつつも心底嬉しそうに微笑んだ。更に桜の花の蜜をメジロが吸っており、ときおり美しい鳴き声も聞こえる。少年は、手に持つ本から発せられる思念に気付かぬほどに見とれていた。


『……シアよ。エルシアよ。』

「うおっ!?びっくりした!」


『どうしたのだ?何か面白いものを見つけたのか?であれば我にも教えてくれぬか。』

「ほら、見える?あの一本だけピンクに染まってる木。あれは、俺の故郷でとっても有名な桜って木なんだ。」

『あれだな。我にも見えるぞ。』


 本を掲げるとそんな返事が返ってきたのはいいものの、一体どうやって視認しているのかという疑問が脳内を過ぎったが、出そうになった言葉を押しとどめ説明を続けた。


「ピンク色のは全部あの木の花なんだけど、それが咲く頃になると『花見』っていう宴を開くんだ。」

『ほう、宴か……!面白い文化である!』


 本は感心したように声を発した。


「桜を見るだけって人も居るし、木の下に集まって食事をしたり酒を飲んだりする人も居る。だからこの木はみんなに愛されてる。花の蜜を吸いに抹茶色……つまりは、緑っぽい色の小鳥が寄ってくる。とても綺麗な声で鳴く鳥だよ。」

『ふむふむ……なるほどな……。』


 本は納得したような声を発し、そのまま続けた。


『今日は良い日だな。小鳥はさえずり花が咲いておる。こんな日には……』


 な、何をするつもりなんだ……?


『魔導について話すにおあつらえ向きという物。さぁ、とことん話そうぞ!』

「なんでそうなるんだよ!?」


 ……いかん、あまりに唐突だったから思わずツッコミを入れてしまった。


『まだ聞きたくないと申すか?』

「いや、そういう訳じゃないんだ。えーっと、そう!日本では驚いたらこうやって大げさに反応する習わしがあるんだ!知らなかったろ?」


 とっさに適当な事言ったがバレてないか?


『ほう!そうであったか!我は魔導の知識はあれど国に根付きし考えなど微塵も知らぬ。故に大変興味深い!』


 どうにかごまかせたようだな。……本題に戻るか。


「それで?魔導について何を教えてくれるんだ?」

『そうであった。またしても話が逸れてしまったな。今から話すのは基礎の部分だ。つまりは、魔導とは何たるか、だ。』


 要するに根幹から教えてくれると。


『”魔導”とは何かを対価として摩訶不思議な事象を発現させる技術を指す。風の刃を飛ばす、遠い場所にいる何かを呼び出す、物を動かす動力源とするなど事柄は多種多様だ。魔導は大きく分けて”魔術”と”魔法”の二種類がある。


 ”魔術”とは魔力を持たぬ者が魔導の力を振るう事を指す。そなたが魔導の力を使えばこの部類に入る。


 一方、”魔法”は魔力を持つ者が魔導の力を振るう事。説明していなかったが、魔力とは体や武器、自然界などに宿る神秘の力を指す。今まで会った者たちには魔法はおろか魔導のマの字も無かったがな。


 そして我は魔導書。前に言ったが名は持たぬ。我は六種類の属性の魔術を使役する。』

「え!?魔術使えるの!?」


 新しい遊びに巡り合った幼子のような純粋な笑顔を咲かせた。


『当然だ。その為の魔導書であるからな!表に出て試してみるか?』

「見たい見たい!早速行こう!」






『では、早速取り掛かろう。』


 本とエルシアは森の中の日差しに照らされた開けた場所にやって来た。


『我が使う属性は六つと言ったな。炎、水、雷、風、光、そして闇だ。森の中で火を放てば何が起こるかはまさに火を見るより明らかというもの。炎の魔術は今回は使わぬが、それで構わないな?』

「もちろん!」


 ファンタジー小説やアニメ好きならだれもが一度は見たい、そして使いたいと願ってやまない技術。それをこの目で見られるのであれば何でもいい。


 本は彼の手元から離れ、プカプカと宙を漂い始めた。


『では水から行こうか。ウォーターアロー!』


 本の前方に三本の槍を象った水が出現した。大きさは2メートルほどで、微かに柄から水滴が滴っている。


「おお!!!!」


 本当に槍が出た!すごい!でっかい!


 三本の槍は3メートルほど先の地面に斜めに突き刺さり、そのままただの水に戻り穿った穴を満たした。


「おお!!!!刺さった!!!!消えた!!!!!」

『驚くにはまだ早いぞ。次は雷だ。サンダークラッシュ!』


 本全体から大量の電気が溢れ出した。


「おお!!!!ビリビリしてる!!!!!」


本をまとう電気から五本の電撃が迸り、地面を抉った。四本は四方八方に向かい、残りの一本がエルシアの真横を通り過ぎ、電撃から伸びた細い電気のいくつかが彼の体へ当たった。


『エルシアよ!大丈夫であるか!?つい浮かれて掠ってしまった!』


 何故か彼は微動だにしない。


『くっ……!惜しい者を亡くした……。我はこれから誰と話せばよいのだ……!もう一人にはなりとうないぞ!』

「一人で悲しんでるとこ悪いけど、俺生きてるから。」


 そこには無傷のエルシアが立っていた。


『なんと!直撃では無いとはいえ我の電撃を受けてなおかすり傷一つ付かぬのか!?……やはりそなたは見込みがあるぞ!存分に誇るといい!』


 電気が体に当たった時、不思議と痛みは感じなかった。何も感じなかったという表現が正しいくらいだ。


「なんで効かなかったんだろう……?」

『おそらくそれがそなたの力なのであろう。本来ならば運が良くて火傷を負う程度の威力であったものの無傷なのだ。運が良いという次元を超えておる。』


 ……俺は本当に人間なのか?ちょっと自信が無くなってきた…。


『では、気を取り直して次は……』


 その時、茂みから何かが飛び出してきた。


「出た!セルリアンだ!」


 以前見かけたものより小さく、数も少ないが油断は禁物だ。


『奴らは何者だ!?』

「ここに居るバケモノだ!俺を襲ったのもこいつらの同種だ!」


 セルリアン達は彼と本の様子を見ているのか、全く動かない。


『ここは我に任せよ。我が魔導、その身をもって味わってもらおう。』

「弱点は体にくっついてる石だ!」


 以前聞いた情報を頭の中で整理し、本に伝えた。


『我が同胞に仇なす怪物共よ!不徳な輩はことごとく我が成敗してくれよう!』


 本は上下に揺れながら移動し、セルリアンの前に躍り出た。


『異界の力をとくと味わえ!ウインドカッター!』

「風ぇ!!!!」


 本を取り巻くように出現した風の刃は、迫り来るセルリアン達へ飛んでいき、体を石ごと一刀両断し消滅させ、地面を抉り取りながら音も無く消えた。


 それを遠目に眺めていたセルリアンは、何かを察したのか背を向け走り出した。


『逃がすものか!ダークウェーブ!』

「闇ぃ!!!!!」


 突如出現した黒い霧は、意志を持つように逃げ出したセルリアン達を覆い尽くし、行く手を阻んだ。


『とどめだ!ホーリーソード!』

「光の剣ッ!!!!!!」


 光り輝く剣は黒い霧ごとセルリアンを三度切り裂き、大気に溶け込むようにそのまま消えていき、光と闇が失せた後には何も残っていなかった。


「これが魔導……!すごい!!!!」


 想像を上回る威力と迫力に胸を躍らせていると、本が力を失ったかのように落下したので、エルシアは我に返り急いで受け止めた。


『ここまで魔術を使うのは初めてだからか負担が大きいな……。すまないが、我はしばらく休ませてもらう。』

「分かった。助けてくれてありがとう。」


 労うように優しく閉じ、ろっじへと戻っていった。

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