第7話 ふしぎなほん
朝食の片付けを済ませたエルシアは例のごとく水浴びをしていた。すると、頭にぽつりと雫が落ちてきた。何事かと上を見上げるとぽつぽつと雨が降り出したので、素早く着替えて図書館に戻った。
図書館に着く頃には雨足が強くなっており、土砂降りに変わっていた。水浴びをした後に食後の運動がてら周囲の散策に出かけようと考えていたがこの天気では行くべきではないだろう。
暇を持て余したので本棚から本を一冊抜き取り広げていると、前から気になっていたが一度も立ち寄らなかった場所がある事を思い出した。
『しょくぶつだいひゃっか しょきゅうへん』を棚に丁寧に戻したエルシアは、周囲を見渡し誰も見ていない事を確認し、リュックサックを背負いつつ静かに席を立った。
向かう先は図書館の隅にある下へ伸びる螺旋階段だ。階段の前に立ち再び周囲を見た。誰も見ていない。絶好の機会だ。意を決し階段を下っていった。
薄暗い階段の先に待ち構えていたのは木製の扉だった。わざわざこんなものを用意しているのだから何か面白いものが眠っているに違いない。
長にバレて怒られるかもしれないという考えは目前の魅惑の扉にかき消された。もはや少年を止める物は何一つ無い。ドアノブをガチャリと回し、中へ踏み込んだ。
扉の先には果ての見えぬ暗闇が広がっていた。一寸先は闇、とはよく言ったものだ。ここで使うようなことわざではないがこの状況を表すのに最適だ。
雨が降っているために日の光すら差して来ないので、どこに何があるかなど分かるはずもない。仮に正面からナイフが飛んできても避けられないだろう。
灯りは無いかと壁を触ると、スイッチと思しきものに触れたのでそれを切り替えると、豆電球が弱々しく光を発した。
灯りを頼りに部屋を見渡したところ、一階同様大量の本が置かれていることが判明した。
上に収まりきらなかった物が置かれているのか、はたまた上に置けないような訳ありな本があるのか。それは今から見れば分かる話だ。
そうと決まれば善は急げだ。薄暗くてとてもではないが中身まで確認出来そうに無いので表紙の見た目で判断する事にした。
手当たり次第に本を取り出して確認しているが、今の所これだというものが一つも無い。
棚を半分見終えたので一旦戻ろうと思ったその時、太もも程の高さの棚に題名のない妙な存在感を放つ分厚い本を見つけた。これだ。この他の本には感じられない威圧感。この禍々しさこそ今回求めていた代物だ。
ここでは読みにくいので本をリュックサックにしまい、部屋の電源を落とし地下室を後にした。
静かに階段を上りながら、地下室を出て誰にも見つからずに最初に座っていた席に戻る作戦を練っていた。
「かばん、エルシアがどこに居るか知りませんか?」
「エルシアさんですか?下で本を読んでいたと思いますよ?」
自分を探す声が聞こえた。これはまずい。音を立てないよう注意を払いつつ階段を駆け上がった。
「ここで何をしているんですかぁ~?」
あと少しで階段を抜けるという所でスナネコが現れた。
(しーー!大きな声を出しちゃ駄目だよ!)
「え?どうしたんですかぁ~?」
まずい。まずいぞ。奥から博士、手前にはスナネコちゃん。どう攻略する!?
ええい!こうなったら賭けだ!
「ごめんね!」
エルシアはスナネコの手を取り階段を駆け抜けた。
「どこに行くんですか?」
「ちょっとそこまで!」
「ここに居ましたか。」
「ん?ずっとここで本を読んでたけど?」
博士が彼に気付く頃には元の位置に戻り、先程同様『しょくぶつだいひゃっか しょきゅうへん』を広げ、ごまかす事にした。その近くでスナネコが手毬を転がしている。顔は本に向けているので博士に表情で読み取られる事は無い。
「おまえに話が……いや、夜ご飯の後に話すから今は気にしなくていいのです。」
話の内容が気になるがここで振り向けば全ては水の泡となる。耐えねばならぬ。
「スナネコは何をしているのですか?」
「この丸いので遊んでます。」
「そうですか。」
どうやらバレずに済んだようだ。横目で見ると、大樹に向かって歩いている。
「一つ言い忘れていた事があったのです。」
油断していると突然博士が振り返った。
「地下室に行くのは一向に構いませんが、暗いから気を付けるのですよ。」
普通にバレていました。さすがフクロウだ。物音に敏感なんだろう。しかし、バレていたという事は夕飯の後の話は別という事。何なのか全く想像出来ないなあ。
「さっきはごめんね、スナネコちゃ……って居ない……。」
いつの間にか手毬を残してスナネコは消えていた。確かに居たはずなのだが幻でも見ていたのだろうか。まあ、いいか。
『しょくぶつだいひゃっか しょきゅうへん』を元の位置に戻して手毬を拾って机の上に置き、リュックサックから地下室から運んできた本を取り出した。目の前に出した時、確かに不思議な存在感を感じた。
椅子から立ち上がりその本を手に取りおもむろに開いた。
『皆様初めまして。作者のケムリネコです。まだ始まったばかりですが、ここまで【LEIFE~異端児漂流記~】を読んでくださり、本当にありがとうございます。突然ですが、【異端児】をより楽しく読むポイントをお伝えします。
1、ネタが出たら伏線の可能性あり
そのままの意味です。大半のネタはただの言いたいだけシリーズですが、一部のネタは主人公の生い立ちや【異端児】のテーマを暗示するものも含まれます。アミメキリンちゃんになった気分で探してみてはいかがでしょうか?
2、主人公が何者か当てよう
読む度に尊さ測定器がカンストしてしまう、サンドスターのように美しく煌めく幾多の二次創作の世界を渡り歩いた聡明な読者の皆様はとっくに気づいている事と思いますが、主人公のエルシア君はかなり特殊な存在です。当然ただのヒトではありません。
実は、エルシア君の情報もネタや普通の伏線として織り交ぜてあります。なんだこれ?と思った描写がそれに当たる可能性が高いという訳です。既に【ふしぎなほん】以前の話にも彼の正体のヒントが隠されています。
ちなみに彼の正体がはっきりと判明するのは終盤の予定なので、それまで謎解きをお楽しみ頂けると思います。「あなたは……〇〇ね!」という風に答えを導き出したアミメキリンちゃんはぜひ応援コメント等で教えてください。もちろんヤギではありませんよ?
3、タイトルの意味
実はタイトルそのものが大きな意味を示しています。【LIFE】という単語があるにも関わらず【LEIFE】を起用しているのはそういう訳です。
どちらの単語も【命】という意味を持ちますが、ここで使う【LEIFE】はただの【命】ではないということです。ヒントにしては大きすぎるかもしれませんね。
以上です。それでは引き続き【LEIFE~異端児漂流記~】をお楽しみください。』
禍々しい気配を感じたから何か面白い事でも書いてあるんじゃないかと思っていたけど、見たことない文字で書かれてて全く読めないな……。後で博士達に見せてみるか。この図書館に住んでいるのだしきっと何か知っているだろう。
エルシアは幾重の呪いを被っているかのような重圧感を放つそれを地下室まで戻しにいこうかと思ったが、聞く時にまた探しに行くのは二度手間だと考え直し、そっと背後の本棚に置いた。
その本の横に『フ…の日記』と掠れた文字で書かれた本を見つけ、今度はそれを読み始めた。
『7月5日:ここは南アメリカのギアナ。ジャングルの奥地で新種のポケモ〇を発見
7月10日:新発見のポケ〇ンをわたしはミュウハンと名付けた
2月6日:ミュウハンが子供を産む。産まれたばかりのジュニアをミュハツーと呼ぶことに…
9月1日:ポ〇モン ミュハツーは強すぎる。ダメだ…私の手には負えない!』
昔、似たような物を読んだ気がする……これ、どう見てもフヂ老人じゃねぇか!何で〇ケモンの、それもこの日記をわざわざ残したんだ?なかなかコアだな……。趣味が合いそうだ。
確かミュハツーはゲームではミュウハンの子供だったが、映画ではミュウハンのまつ毛の化石から造られたミュウハンのクローンだったかな?映画のミュハツーはすごくイケボだった気がする。
その本を棚に戻す時に付近にあった本の題名に目が行った。『フレンズの美学』という本だ。
何だこれは?すごく気になる題名だなぁ。上に置いてあるって事は普通の本なんだろうし、試しに読んでみるか。
エルシアは静かに本を開いた。
『人それぞれ得意な分野が異なる。何事も完璧にこなす秀才も居れば、自分の得意な事に自信を持てない者も居る。
陸上競技を例に取ってみよう。『走る』という動作は、大方のけものにとって最もポピュラーなアクションだ。
しかし、ヒトを例に取ってみると、学校で行われるマラソンで優位に立てず歯がゆい思いをする者も居れば、世界陸上で0.01秒程の差を競う激戦を繰り広げる猛者も存在する。
走る事は踊る、泳ぐ、運転するなどの動作に比べ、比較的単純であるが、ここまで大きく差が出る。否、単純であるが為に各々の技量による差が生まれるのだ。
『走る』とは、噛み砕けば、腕を振りつつ足を前に繰り出す。これだけの動作だ。しかし、それを細分化すると恐ろしい程に複雑な物となる。
まず、腕から説明しよう。腕を振る時には肩と腕が力み過ぎてはならず、肘は後ろに引く時は体を横から見た時に肘が突出して見える程度、前に出す時は肘が脇腹の横になる程度に振る。
文章で見ると至極単純に思われるが、腕と肩を力まずに降るというこれだけの事が非常に難しい。
もし自分はその程度、容易く出来ると鼻を高くして語れる方がいらっしゃれば、是非陸上競技の世界に足を踏み入れていただきたい。
学生であれば部活に、紳士淑女であればスポーツクラブにて楽しんでいただけるだろう。もちろん独学で楽しむ事も可能なので、あくまでこれは選択肢の一つと思っていただければいい。
『人それぞれ得意な分野が異なる。』
これをとあるフレンズの言葉に言い換えれば
『フレンズによって得意な事は違う。』
となる。つまり、この言葉は誰もが同じ技量を持ち合わせない事を理解し、且つそれは恥ずべき事ではなく、自分の得意な分野に誇りを持ち精進せよという、とてもありがたい説法なのだ。
言うなれば、不得意な点を指し示し辱めるのではなく、得意な点を尊重し各々がその特技を高める事を美学と認識しているのだ。
この言葉を残したフレンズは深い心を持つ仏でも、知識、精神、どちらの面から見ても相当の賢者でもあるのだ。来るもの拒まず、去るもの追わず。生きる美学ここにあり。』
『フレンズによって得意な事は違う。』かぁ。一体どんなフレンズがそんな素晴らしい名言を残したんだろう。一度でいいから会ってみたいものだ。いい時間になったし夕飯の準備を始めましょうかね~。
エルシアは本を棚に丁寧に戻して手毬をおもちゃ箱にしまい、夕飯の支度に取り掛かった。
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