第6話 みずあび

 長に料理を認められ、エルシアは一日のうち朝食と夕食を作ることとなった。それから三日経ったある日。


 彼は新たな日課を作った。それは水浴びだ。サーバルによる奇襲をくらった朝、朝ごはんを作り終えた彼は、水を浴びたいと思い長にそういった場所は無いかと聞き森の中におあつらえ向きの場所を知ったのだ。


 朝ご飯の片づけを済ませ、例に倣い水浴びをしに森に踏み込んだ。


 しばらく森の中を進むと、確かにそれはあった。しかし、湖と呼ぶには少し小さい。湖というより池と称した方がよいと内心思ったが、池であれ湖であれ水浴びができればそれは些細な問題だ。辺りに誰も居ないことを確認し、上着と肌着を脱いだ。万が一をおそれ、下は全く脱いでいない。手始めに池の前に跪き顔を洗った。温すぎず冷たすぎない程よい水温だ。


 次に靴を脱ぎ、池の中に入った。池は膝が浸かる程の深さだ。池の縁で膝を曲げて水を手で掬い自分にかけた。


 やっぱり水を浴びるのは気持ちいいね!おまけに静かで空気もとっても綺麗だ。澄んだ空気でも頭がすっきりしたら、記憶の一つでも湧き出てくるかもしれない。


 水浴びを初めて三日目になるが、これといって記憶を思い出す事もなく、代わりに気がかりが二つ増えてしまった。


 ふとエルシアは水面に浮かぶ自分の体を見た。一つ目の気がかりはこれだ。


 胸の中央(胸骨がある位置)に自らの尾を飲み込んだ蛇が描かれている。頭に王冠を被り、胴体には『Mors et regenerationem』、蛇の絵の内側には『Et exitium creaturae』と、英語に似た並びの反転したアルファベットが円状に並んでいる。


 右肩には四肢を持つ竜が円の内側に描かれている。こちらはアルファベットは一切無いようだ。


 左肩には胸のものと逆向きの蛇の模様があった。先程のように王冠は無いが代わりに翼が描かれており、こちらは胴体に『Orbis terrarum anguis』、内側は『mare terra venanum』と、異なるアルファベットであった。


 しかし何度見ても謎が深まるばかりだ。何故見た事もない綴りのアルファベットが刻まれた不思議な刺青を付けたのだろうか。PPPの時のようにビビっと過去の記憶らしきものが流れてくれればよいのだがそういった兆しは全く無い。


「これは誰に落書きされたんですかぁ~?」

「これは落書きじゃなくて……って、うぉぉ!」


 などと水面を睨みながら考えていると、唐突に背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


 す、スナネコちゃん!?いつの間に!?まずいって!今上半身に何も身につけてないんだけど!!事案発生とか言われるって!!!いや、ここはプールや海水浴場と似たような物と考えればセーブじゃん!!!


「へぇー。これ、脱げるんですね。」


 そう言って自分の服に手をかけた。


「ちょちょちょちょ!?!?」


 なんで脱ぐの!?


 スナネコが突然脱ぎ出したので、エルシアはとっさに後ろを向いた。


「ぬ、脱がなくていいから!お願いだから、服を着て!」

「つるつるしてて面白いからこのままでいいですかぁ~?」

「だ、ダメだよ!」

「触ってみてください。つるつるで面白いですよ。」

「ひっ!?」


 背を向けていた彼の正面に回ったスナネコは服を……というより、手袋をはめていなかった。


「ほら、どうですか?」


 ワーツルツルダー 手を触るくらいならセーフだ。うん、そうに違いない。


「エルシアもつるつるしていますかぁ~?」

「わっ!!ちょっ!?」

「エルシアもつるつるしてますねぇ~。」


 ……俺もつるつるらしい。

 落ち着け、エルシア。こんな時はとりあえず深呼吸をするんだ。吸って……吐いて……。


「背中の落書きは大きくて面白いですね!」

「え?背中?」


 湖に背を向けて立ち、顔だけ湖に向け水面に移る自分の背中を凝視した。見にくいが確かに確認出来た。


 背中には胸にあった蛇の紋章と似たような並びのアルファベットが描かれた魔法陣のようなものが三つあった。そのうち二つは同じ大きさで、右側の物は文字が反転している。もう一つは前述の物より小振りで本のような見た目をしており、右側の魔法陣から細く伸びた線で繋がっている。更にその模様の内部に反転した文字で『MEMORIA』と刻まれていた。


 全身に刺青とか……一体俺は何をしていたんだ?魔法陣とか中二病こじらせすぎだろ……。


「エルシアってなんだかごつごつしてますねぇ~。フレンズにはこんな子はあまり居ないから面白いですね!」


 などと言いながら腕をペタペタ触っている。スナネコ曰く筋肉質らしい。彼自身はその自覚は無かったが、改めて体を見てみればそんな気もする。うまく思い出せないが、何かしらのスポーツに励んでいた気がするからおそらくそれのために鍛えたのだろう。


「これは何ですかぁ?」


 スナネコがエルシアの腕を指を指し問う。


「それは血管っていって、そこを血が流れているんだ。これが切れると沢山血が出るから……って、ちょっと!?つんつんするのは辞めて!?」

「でもぶよぶよしてて面白いですよ?」


 ぶよぶよ…………大丈夫、ぶよぶよしているのは腕の血管だ……俺の腹じゃない……。違う……違うからな……!!


 一通り触って満足したのか、スナネコはエルシアの腕を離した。


 解放されたと同時にエルシアは池から上がって服を着て靴を履いた。


 そして二つ目の気がかりがこれだ。砂浜で発見したパーカーは全く濡れていなかった。そして、何故か先程まで池に浸かっていたジーンズさえも濡れていないのである。濡れないジーンズなど聞いたことが無い。防水スプレーでも振りかけてるのだろうか。もっとも、それを確認する手段は無いが。


「そういえば、ツチノコさんの所に戻ったんじゃなかったの?」

「エルシアが気になったので付いてきました。一緒について行ってもいいですか?」

「うん!じゃあ移動しようか!」


 どこまで付いてこようと思っているんだろうか?もし図書館に残ると言ったら、俺からも博士達に頼みこめばどうにかなるだろう。






 二人は森を抜け、図書館に辿り着いた。


「今は図書館に泊まらせてもらってるんだ。」

「なるほど。」

「帰ってきましたか。……ん?」


 博士が図書館から顔を出した。


「何故スナネコがここに居るのですか?」

「エルシアに付いてきました。」


 博士はエルシアとスナネコの顔を交互に見て考え事をするように黙り込んだ。


「これからどうしようと思っているのですか?」

「特に考えてないです。」

「合わないちほーでの暮らしは寿命を縮めるので長というや立場上おすすめ出来ないのです。しかし、一時的に図書館に居るくらいなら問題無いのです。」


 どうやら泊まる許可をとれたようだ。


「騒がしいのは苦手ですが大人数で食べる食事は嫌いじゃないのです。」


 博士は一言付け加えて図書館に戻っていった。


 ラッキーさんといい博士といいしれっといい感じの一言を言うのが流行ってるのか?俺も真似したい。


 エルシアはそんな事を考えながらスナネコと共に図書館に入った。

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