第13話 ゆきやまちほー
「うう……寒い……。」
それもその筈。何せここは極寒の地ゆきやまちほー。辺り一面銀世界に包まれた凍てつくちほーだ。それだけにとどまらず吹雪まで吹き始めた。
かばんの指示で一行はバスを降りた。
「さすがにこの吹雪の中行くのは危険ですし、アレを作りましょう!」
「アレだね!分かったよ!」
エルシアはアレとは一体、と疑問に思いながらもかばんの指示に従い、雪をかき集め、固めながらドーム状に積み上げ、中に溜まった雪を掻きだした。そして間もなくかまくらが完成した。
かまくらってこんなにも温かいものなのか……!今まで感じていたかじかみが薄れていく!……しかしかまくらがあまり大きくないのもあって距離が近いからどうにも落ち着かないな。ここは余計な考えに浸らずに素数でも数えてやり過ごそう。
一行はかまくらで吹雪が止むのをじっと待った。やがて吹雪は収まり、太陽が顔を覗かせた。
「皆さん、そろそろ出発しましょう!」
「1011、1013、1019……。」
「エルシアさん?」
「うわっ!?……ああ、もう止んだんだね。」
「はい!なので今のうちに進みましょう!」
素数の地獄から解放されたエルシアも三人に続きバスに乗り込み、先へ進んだ。
それから程なくして建物が見えてきた。ジャパリまんと同じ『の』の字が書かれた紫の暖簾が付いている。そしてその玄関では誰かが雪かきをしていた。
これは……旅館かな?
「あら!かばんじゃない!」
旅館の玄関を掃除していた銀髪のフレンズが声を掛けてきた。
「お久しぶりです!ギンギツネさん!」
!?何て恐ろしい尻尾を持っていやがる……!あれは凶器だ。迂闊に近寄らないほうがいい。
「あの……ここに温泉があるって本当ですか?」
「ええ、そうよ。それがココのウリでもあるのよ。」
お、温泉……!早く入って体を温めたい……!
「この先に温泉があるわよ。」
案内された先には赤い暖簾が掛けられた通路があった。エルシアは嬉々として暖簾をくぐろうとしたが、決して見逃せない点に気付いた。
ん……?この暖簾、『おんなゆ』って書かれてないか?
「ここの他に温泉はありませんか?」
「そういえばこっちにもあったわね。」
もう一方の通路には青い暖簾が掛けられており、『おとこゆ』と平仮名で書かれていた。
「こっちに入ってもいいですか?」
「そっちはお湯は入ってないわよ?」
「えっ。」
彼の頭にかばんから聞いた言葉頭がよぎった。『男を見た事が無い。』そう言っていたのだ。だと言うのに男湯が都合良く用意されている筈など無い。
目の前には待ちに待った温泉…しかし湯は女湯しか無い…温泉に入って温まる為には…どうするエルシア!
「あの……出来ればこっちにもお湯を入れてもらえますか?」
「別に構わないけど、それなりに時間がかかるわよ?」
倫理観の保全の為だ。背に腹は代えられない。いくらでも耐えて見せよう。
「まずは浴槽の掃除をしないといけないわね……キタキツネに手伝ってもらおうかしら。」
「掃除を手伝ってもいいですか?」
「いいの?結構大きいから疲れるわよ?」
確かに結構なサイズだ。これは骨が折れそうだ。
「むしろそれがいいんですよ!それに動いた方が温まりますし!」
「分かったわ。それじゃあ、そこのブラシを使ってね。」
それから三人は黙々とブラシで床や浴槽を掃除していた。
「ねえ、エルシアってげーむやった事ある?」
そんな時間を退屈に感じたのか、キタキツネが口を開いた。
ゲーム……懐かしい響きだ。何をやっていたかまでは思い出せないが好きだった気がする。
「やった事あるよ。」
「ほんと!?じゃあ掃除が終わってから一緒にげーむしようよ!」
ここにはどんなゲームがあるのだろうか。もしかすればそれが記憶を思い出すきっかけに繋がるかもしれない。
「うん、わかっt」
「駄目よ!あそこはちょっと冷えてるんだから温泉に入ってからよ!」
そうか……。それなら温泉に入ってからにしよう。
「え~!やだ~!一回遊んでから~!」
「お湯に浸かった後の方がぽかぽかして気持ちいいよ?」
「あら?温泉に入った事があるの?」
日本は浴槽に湯を溜めてそれに浸かる文化があり、それと同時に世界有数の温泉大国でもある。それならばどこかの温泉を訪れていてもおかしくないだろう。
「ええ、ありますよ。」
どこを訪れたかまでは思い出せないが湯に浸かる感覚なら覚えている。
「そうだったのね!やっぱり毛皮は脱いで入るものなの?」
毛皮……?フレンズにとって服は毛皮に相当するのか?
「もちろん脱ぎますよ。その方が温かくて気持ちいいですし。」
「へえ!こんな事を見つけたかばんってやっぱりすごいのね!他にも何か知ってる事があったら教えてくれない?」
「いいですよ!」
それからも三人は話をしながら掃除を続けた。
「これならお湯を入れても大丈夫そうね!」
なんという事でしょう。長らく放置されくすんでいた浴槽が磨き上げられすっかりきれいに様変わり!後はお湯を入れれば温泉の復活です!
「今からお湯を入れるからしばらく待っていてちょうだいね。」
「分かりました!」
それから二時間が経過した。エルシアはギンギツネに部屋に案内され、そこで毛布にくるまって寒さを凌いでいた。部屋を仕切る障子から日光が降り注いでいたので、それを浴びながら男湯が蘇るのを待っていた。
『意固地になるのは辞めてさっさと浴びてきたらどうだ?』
ただ一人で何もしないでいるのは退屈なので本と会話していた。
「さすがに女湯に躊躇なく入るのは無理だって……。」
『ふむ……。我には理解し得ぬ感覚だな。』
そりゃそうだ。本に性別なんてあったら寒さも忘れてひっくり返るぞ。
『我には感情はあるが感覚というものが存在しない。寒いとはどういうものなのだ?』
「体の表面が硬直して動きにくくなるんだけど、それで伝わる?」
『ふむ。概要は理解出来た。』
適当な説明だったが理解してもらえたようだ。
『先程ここは温泉があると言っていたがそれならば湯が準備されているのではないか?』
「あるにはあるんだけど、今は女湯の方にしかお湯が入ってないんだよ。」
もう少しの辛抱で入れるし、俺はここでじっと待つんだ。
『男と女が共に入ってはいけないのか?』
「はぁー!?」
何を言い出すかと思えばとんでもない事を口走りやがった……!
『何故騒ぐ?騒々しいぞ。』
「そりゃあ騒ぎたくもなるって!」
「いいか?少なくとも日本において風呂は基本的に男性と女性は分かれて入るものなんだ。」
『そうだったのだな。全く世の中は広いものだ。何かある度に湯水のごとく新たな知恵が湧いてくる。そなたと居ると退屈しないぞ。』
彼は目を見開いた。まさか本にヨイショされるとは誰が予想出来るだろう。
『何だ?褒められるのは苦手か?』
「いやそういう訳じゃないけど、そんな事を言われるなんて思ってなかったからさ。」
『そうか。いずれにせよ、そなたは我の数少ない同胞だからな。ないがしろにはせぬ。』
同胞、ねぇ……。どこが共通するのか未だに分からないけど。
本と語りあっていると障子がゆっくりと開いた。
「お湯を入れ終わったからもう入れるわよ!」
遂に温泉に入れる……!
「それじゃあ、一っ風呂浴びてくる。」
『うむ。存分に羽を伸ばすといい。』
心躍る少年は本をリュックサックにしまって嬉々として部屋を出て、男湯の暖簾をくぐっていった。
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