第25話 そうぐう

「おいおい、なんなんだよ一体……。」


 その者の体は青く球体で五つの長い触手を持ち、先端は鰐口クリップのように鋭い形をしている。どんなトリックを使っているか定かではないが、空中に浮かんで吟味するように一行を見下ろしている。間違いなくセルリアンだ。


 エルシアは、以前森で遭遇したものより一回りも二回りも大きいセルリアンに警戒していたが、ふと一昨日の出来事を思い出した。


 そうだ!テールの魔術ならきっと……!


 リュックサックを背中から下ろし、チャックを下に下げて本を取り出し、ページを開いた。


『テールだと思った?残念、ケムリネコちゃんでした!今までのパターンからテールの起動条件に気付けるといいね~。


 ヒント:最近なら21話と23話、最初の方であれば7話と8話のそれぞれを見比べてみれば道は開けるでしょう。ではでは~。 -・--・』


 くそっ!何でまた読めない文字が表示されてるんだ!テールが居れば百人力なのに……!


「さばんなのゲートに居たのよりちょっと大きいけど見た目は同じだね!かばんちゃん!」

「任せて!」


 いつの間に作ったのか、かばんが紙飛行機を投げた。それはゆっくりと、しかし正確にセルリアンの横を通っている。化け物はそれを警戒してか、動きを追うように体の向きを変えている。


 サーバルは露になった背後へ駆けた。


「よし、このまま……ってあれ?」


 確かに背後に石はあった。しかし、黒い何かで覆われていた。


「でも、今がチャンスだね!」


 サーバルは再び走り出し、大きく飛び上がり勢いを付け爪を石に突き立てた。しかし、その一撃は火花を散らすのみで石を砕くことは無かった。


 触手の付いた化け物は背中に腕を伸ばし、サーバルを捕らえようとした。


「サーバルちゃん!!!後ろ!!!」


 かばんの叫びで振り返り、セルリアンを踏み台にして高く飛び上がり鰐口を躱し、地面に降り立ち引き返した。


「あのセルリアン、めちゃくちゃ石が固いよ!」


 今度はサーバル、エルシア、スナネコに向け触手を放った。サーバルは上に跳び、スナネコとエルシアは横に跳び回避した。


 三人が空中に居る中、遊ばせていた触手のうち一本をかばんに放った。


 俺達をかばんちゃんから引き離した隙に襲い掛かろうって寸法か……!させるもんか!!!


 彼は沈め沈めと、己の体が地に着くよう強く念じた。すると、僅かに疲れを感じた直後に両足が僅かに地面に着いた。


 間に合わせてみせる!!!


 完全に着地するのを待たずに左手を地面に下ろし重心を前方に傾け、姿勢を低く保ったまま駆け出した。


「危ない!」


 エルシアはかばんを突き飛ばし、迫り来る触手の一撃を左脇腹に受け、その勢いで軽く宙を舞った。


「ぐはっ……!」

「エルシアさん!」


 鰐口が当たった部位が徐々に赤く染まる。苦悶の表情を浮かべながら両手で脇腹を抑えて立ち上がった。


「……来いよデカブツ!俺が相手だ!」


 赤く染まる右手を脇腹から離し拳を作り、前に突き出しながら親指を立て地面に向けた。 化け物に向けられている瞳は強い決意を灯し、ほんのり青く輝いているように見える。


「エルシア!」

「こっちに来ちゃだめだ!」


 彼の元に向かおうとしたスナネコを右手で制した。


「早く逃げるんだ!」

「でも……」

「とにかく!はぁ……はぁ……今は逃げてくれ!」


 傷を負って体力が削られたためか息が荒い。両者が睨み合っていたその時、背後から紙飛行機が飛んできた。


「エルシアさん!今のうちに!」


 しかし、セルリアンはそれを鰐口で捕らえ、破壊した。


「そんな……!」


 触手の一本を彼に向け放った。足を曲げ、カエルのような地面に手を着く姿勢を作り、それを回避した。


 息付く暇も無く、もう一本の触手が襲い掛かる。今度は右へ大きく横飛びし、間一髪免れた。


 完全にセルリアンの意識は少年に向けられており、周りの三人を気にも留めていない。


「こっちだ!付いてこい!」


 意識が自分だけに向いていると気付き、セルリアンに背を向け全力で走り出した。相変わらず脇腹は悲鳴を上げているが、先ほどより幾分かマシになっている。


 後ろからは容赦なく鰐口が彼を捕らえようと迫ってくる。振り返らずに風の音の聞こえ方で位置を判断し、当たる直前に横飛びで回避する。


 前方は遮る物が一切無いので、隠れる事も出来ない。仮に脇の森に入ったとしても鬱蒼と生い茂っているため動きにくいだろう。身を隠せるほどの岩が転がっている平原でもあればおあつらえ向きだが、そんなものは無い。


 くっ……!これじゃ埒が明かない!!それにあの鰐口が掠った所がズキズキ痛む……。でも、何がなんでも絶対に守り抜く!!!


 仲間を守りたい……その強い思いは少年に力を与えた。


「ぐ、ググぐグ……!」


 彼は足を止めた。内からとめどなく力が湧いてくる。それは煮えたぎる熱湯のような、抑えがたいほどの破竹の勢いを携えている。それを制御しようと汗を垂らしながら動かずにいたが、ダムが決壊するように力は暴れだした。


 少年の体から青く輝く煙のようなものが飛び出し、少年を中心として渦巻き始めた。


 突如獲物が動きを止めたのを好機と見たのか、再び触手を寄越したが、渦巻く煙から飛び出した指の先が鋭く尖った青い手に掴まれ、そのままハンマー投げの要領で投げ飛ばされた。


「グルウゥォォォ……。」


 セルリアンは、地面にめり込む体を触手を地面に突き立て脱出した。驚きを隠せない触手の化け物が目にしたのは、灰色のパーカーを着た手負いの少年ではなく、おぞましいオーラをまとう異形の怪物であった。

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