第30話 だっぴ

 これまでのあらすじ


 突如ゆうえんちに現れたセルリアンをテールと協力して打ち倒したエルシアだったが、それらの後に強力な力を持つ獣型セルリアンが現れた。エルシアは旅の一行を逃がし一騎打ちに出るが敗北し、その時に右腕を食われてしまう。

 危機一髪の状況に駆けつけたのはハンターたちだった。三人の連携で獣型セルリアンを見事撃破。エルシアはダチョウが暮らすログハウスに運ばれた。











 強力なセルリアンを撃破したハンターたちは、テーブルを挟んで椅子に座り、休息を取っていた。


「あの……。」

「どうした?」

「あの人、もしかして最近噂のかばんたちとパークを回ってるっていうヒトなんじゃないでしょうか?」


 とりとめのない話をするうちに、話題は先ほどの少年に切り替わった。


「フードが付いた灰色の毛皮を着た大きな方、という噂ですね。」

「確かに特徴に当てはまるな。」


 三人は、それぞれ彼の姿を思い浮かべた。確かに、他のフレンズより大きく、灰色のパーカーを着ていた。


「だとするとかばんさんたちが探しているかもしれませんね。」

「しかし私達にも仕事がある。私情を挟む訳にはいかない。」

「でも、もしセルリアンに遭遇したら、あの子たちだけではセルリアンに襲われたときに対処できないかもしれませんよ?」

「あいつらはそんなにヤワじゃない。そんなひ弱だったらここに帰ってこれなかっただろうからな。」


 ヒグマの話を聞く二人はどこな納得がいかないような面持ちだ。


「それじゃあ行くぞ。」


 ヒグマが立ち上がり歩き出したので、二人もそれに続いた。


「いつもの巡回ルートは反対方向ですけどいいんですか?」

「いつも見ないところにセルリアンが現れる可能性も充分ある。それだけだ。」


 ヒグマは、歩きながら答えた。


「ヒグマさんは本当に素直じゃありませんね。」


 キンシコウはヒグマを見て柔らかい笑みを浮かべた。


「な……!いいからとっとと行くぞ!」


 三人は森の中へ進んでいった。






 エルシアを除く一行は、バスに乗り道を引き返していた。誰の顔もどこか暗いものであった。

 突然、力なく進むバスの横の茂みが揺れた。


「かばんちゃん!」


 いち早く気付いたサーバルがかばんに注意を促し、かばんはバスを止めた。

 サーバルは何が出てきてもいいように臨戦態勢を取っている。

 茂みから何かが身を乗り出した。


「ヒグマさん!キンシコウさんにリカオンさんも!」


 茂みから現れたのは、見知った顔であった。






 かばんたちは三人をバスに招いた。あまり広い車内ではないが、どうにか全員収まり、バスは再び出発した。


「お前ら……もしかして、灰色の毛皮のデカいやつを捜してるのか?」


 スナネコの耳がピクリと動いた。


「エルシアを知っているんですか?」


 ヒグマは、突如詰め寄ってきたスナネコに一瞬だけたじろいだが、すぐに冷静になり話を続けた。


「ああ。大怪我をしていたから安全な場所まで運んだんだ。」

「エルシアはどこですか?」

「運んだのは私じゃなくてリカオンだ。リカオンに聞いてくれ。」


 ヒグマは後ろにいたリカオンを指さした。


「エルシアはどこですか?」

「そう遠くありません。付いてきてください。」


 バスで通れるような細い道はない。なので、一行はバスを置いてハンターたちに着いていくことにした。











 目の前に広がる緑の絨毯。優しい陽の光を反射し輝く木の葉。そんな避暑地のような場所に一人の少年が仰向けに倒れていた。

 髪と瞳は黒く、灰色のパーカーとジーンズに身を包んだごく普通の日本人という風貌で、死んだようにすやすやと眠っている。少年に降り注ぐ柔らかな木漏れ日は、目覚めを促すように優しく照らしていた。


「あれ?ここは……?」


 見渡す限り青々と茂る草木が視界を埋め尽くす。視界に収まらんばかりの緑がそこにあった。


「何してたんだっけ?」


 少し頭を捻ってみたがどうにも思い出せないので、とりあえず歩きながら考えることにした。


 しばらく歩くうちに、一本の木が目に留まった。どの種類かまでは分からないがとても立派な木だということは分かる。


 木から何かの気配を感じ取り、目を凝らした。すると、手のひらに乗る程の大きさのトカゲが木の枝の先にいた。近づいてみると、小さな足で枝を掴んでじっと踏ん張っていた。

 脱皮しているようだ。背中から下半身にかけて薄い皮が残っている。

 顔を背中に向けたかと思えば、口で皮を掴んでゆっくり剥がし始めた。


 あてもないので、とりあえず脱皮するさまを観察することにした。




 なかなか苦戦しているようで、後ろ脚の皮が指に引っかかっているのを一生懸命引き抜こうと何度も顔を動かしている。


 救いの手を差し伸べようとして思わず伸びた手を引っ込めた。

 手出しは不要だ。下手に関わることはこの子に悪い。


「頑張れもう少しだ!お、足先の皮が剥けたっ……!」


 気が付くと、見ず知らずのトカゲの脱皮を応援していた。


 残るは右足だけだ。

 トカゲは、足に残った皮に食らいついた。


「よし!そこだ!」


 何度も首を動かすうちに、手袋を脱ぐように指先から薄い白色の皮が裏返しになって抜けた。


「おぉ、よく頑張ったな!おめでとう!」


 何故か達成感に包まれ、賛美した。

 トカゲはどこか誇らしげにせわしなく口を動かし、皮を食べている。


 残さず食べたけどおいしいのか?一体どんな味があるんだろう……?


 そんなことを考えるうちにトカゲは皮を残らず食べつくし、また動かなくなってしまった。


 喜びに包まれていると、遠くから何かが倒れるような鈍く低い音が響いた。そこに目を向け様子を伺ううちに察した。


 なんか……こっちに近づいてきてね?


 予想は正しかったようで謎の音はどんどん大きくなっていく。

 いつでも動けるように腰を低く構えていると、それは現れた。


「グォォォォォオ!!!」

「なんで恐竜がいるんだよぉぉぉぉ!?!?!?」


 木々をへし折り現れたのは、それはそれは大きな恐竜であった。前方に大きく突き出た顎から覗く牙や前足に付いた鋭く尖った爪は、間違いなく肉を食らう者が持つものだ。


「やばっ!」


 急いで口を塞ぐも時すでに遅し。熟練の狩人の鋭い眼光は、獲物を捉えていた。




「なんでこうなるんだよぉぉぉ!!!!!」


 そういう訳で、彼は今全力疾走している。もちろん後ろには先程の恐竜が迫ってきている。

 なかなか互いの距離は縮まらないが、時が経つごとに差が小さくなっている。


 まずい…このままじゃ追いつかれる!


 もし、この森の地面がでこぼこしていたり湿り気が強くうまく踏み込めないような土壌であったなら、今頃胃袋に招待されていただろう。


 しかし、大小様々な木が茂っているが地面は平坦で程よい固さだ。そのおかげで今も走っていられる訳だ。


 遠目に行く先が明るくなっているのが見えた。もうすぐ森を抜けるのだろう。


 ピンチかチャンスか……それでも行くっきゃない!


 力を振り絞り走り続けた。

 木なんてものともせずに恐竜も追いかけ続ける。


 もうすぐ森を抜ける。出口はすぐそこだ。


 森を抜けた途端に急に明るくなったので、思わず目を閉じながらも思いきり踏ん張って跳びあがった。

 何故そうしたかは分からない。そうした方がいい気がしたのだ。


 間髪入れずに轟音を引き連れ恐竜が顔を出したが、さすがにその巨体では跳べないようで、下から睨みつけている。


 俺の勝ちだ!


 そう思ったのも束の間、上から下に巨大な手に叩きつけられるように、急激に落下し始めた。必死になって下を見ると、底の見えない大穴が口を開いて待ち構えていた。


「嘘だろぉぉぉぉ!?!?!?」


 少年は、巨大な穴に呑まれた。







「はっ……!」


 良かった、無事だっ……た……。


「エルシア!」


 自分の名を呼ぶ声と共に胸に飛び込む者が居た。

 スナネコだ。


「心配しましたよ……!」


 触れられている部位が軋むように痛い。


「まあ、大丈夫だ…よ……?」


 痛みに顔を僅かに歪めつつ、起き上がろうと両の手を突こうとしたが、右腕の感覚がどうもおかしい。違和感を解消するために右に視線をやると、変わり果てた右腕が目に留まった。


 夢でも見ているのだろうか。右腕は包帯が巻かれ二の腕から先が見当たらない。

 どうしてこうなったか思い出すため、起きたばかりの頭を働かせ記憶を辿った。


 そうだ……あのデカいセルリアンと戦うためにみんなを逃がして……その時右腕を…


 微かに記憶に残っている黒いバケモノとの激闘。自分のようで自分でない動きで攻防を繰り広げていたが、果てに押し負けて右腕を喰われた。

 こちらに迫ってくる鋭い牙が頭に浮かんだ。


「うぅぅぅ…。」


 思い出した途端に恐怖も蘇ってきた。

 頭を抱えてうずくまった。


「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?」

「…平気だよ、気にしないで。」


 スナネコに補助されながら胴体を起こした。


「エルシアちゃん、その……腕は大丈夫なの?」


 エルシアは、サーバルの言葉を耳にした途端一瞬だけ顔を曇らせたが、口元だけはいつものような穏やかな表情に戻った。


「うん!痛くもないし血も出てないから大丈夫!」

「おなかは減っていませんか?」


 確かに空腹だ。でも……


「ごめん、今は一人にしてくれるかな?」


 スナネコに力ない瞳を向け、今にも消え入りそうな声で言った。


「分かりました。」


 僅かに瞳を潤ませ、スナネコは部屋を飛び出した。

 続いて一行もログハウスを出た。






「よく包帯の巻き方を覚えていましたね。」

「ええ。あの時は本当に助かりましたから。」


 昔を懐かしむような、それでいて苦い思い出を噛み締めるような面持ちのダチョウが言った。


「何かあったんですか?」

「少し前にセルリアンに襲われて怪我をしたんです。その時にリカオンさんにこれを巻いてもらったんですよ。」


 かばんの問いに空を見上げて噛み締めるように話した。

皆が話をしている間も、スナネコは、彼女だけはずっとログハウスから目を離さずにいた。


「…やっぱり見てきます。」


 歩き出したスナネコにリカオンが言った。


「でも、エルシアさんは一人にしてくれって言っていましたよ?」

「あれはただの強がりです。ボクには分かります。」


 スナネコの脳裏に顔を曇らせたエルシアが写った。


 なんとなく戻った方がいい気がしていた。彼が今求めているものは一人で考える時間ではないとそう思っていたのだ。




「はぁ……。」


 一人ログハウスに残ったエルシアは、『せるりあんずかん』を閉じ、深く溜め息をついた。


「今これを読むのは無理だな……。」


 図鑑の中のセルリアンの姿が目に入った途端にを思い出す。


 右腕のことを思い出すとまた恐怖が蘇るので、無意識のうちに肩から下に視線を降ろさないようにして自分を守っていた。


 窓を見た。空を覆いつくす重くどんよりした白がどこまでも広がっている。


「テールに悩みを聞いてもらおうかな。」


 ベッドの縁に腰掛け、片手でリュックサックをまさぐって本を取り出し、ゆっくりと開いた。



『生活に振り回され半年以上小説を更新しなかった愚か者はどこの誰でしょう?

 そう、私です!()


 みなさんお久しぶりです、作者のケムリネコです。


 竜と獣による激闘の末、右腕が奪われてしまいましたね。自分で書いといて言うのもお門違いかもしれませんが、あの描写はなかなか痛々しくなりました。


 あらかじめ予告しておきますが、この経験は決して無駄にはなりません。さすがに懐古に浸るようになるとまでは言いませんが果たしてこの先どうなるんでしょうね。


 更新が大幅に遅れてしまったので、お詫び兼おさらい用に主要キャラクターの情報をまとめておきます。


 エルシア

 気が付いたらゆうえんち付近の砂浜に倒れていた少年。森をさまよっていた時にスナネコと出くわし、その後他のフレンズと会った。一部の記憶を思い出せず、同上の理由で自分の名前が分からなかったため、お気に入りの小説の主人公の名前を名乗ったが、これが偽名であることは誰にも話していない。


 パークに興味を持っており、親友が迎えにくるまでの間かばんたちと共に旅をすることにした。


 体に身に覚えのない刺青のようなものがあり、普段は気にしていないが風呂など素肌を直接目にする場面では気になってしまう。


 青いドラゴンのようなオーラを纏った姿に変身することができるが、本人ははっきりとそれを認識していない。


 獣型セルリアンとの戦いに敗れ、右腕を喰われて絶体絶命の危機に陥っていたが、ハンターたちに救われ一命を取り留めた。現在は、ダチョウが暮らすログハウスに居る。


 スナネコ

 ゆうえんち付近の森で歌っていた所、迷っていたエルシアに遭遇した。エルシアに興味を持っている。さばくちほーに帰るついでに一行に加わった。


 かばん

 ゴコクにヒトを探しに行ったが、人には会えなかったために再びキョウシュウに帰ってきたところでエルシアを見つけ、挨拶回りがてら共に旅をしている。何かエルシアについて気になることがあるようだ。


 サーバル

 かばんと共に旅をしたフレンズの一人。さながら天真爛漫な輝く太陽のよう。旅を通じて成長したが先走ったりするところは相変わらず。


 テール

 独りでに浮かんで言葉を発する不思議な本。エルシアのことを『同胞』と呼び親しんでいる。六つの属性の魔術を心得ており、ピンチには力を貸してくれる。フレンズには声が届かないもよう。趣味は未知の知識を得る事。ある条件下では活動できなくなる。


 悪魔さん(仮称)

 ときどき登場する人物。ちゃんと名前があるが一度も名乗っていない。ある目的のためにパークに潜んでいる。


 アライグマ

 かばんと共に旅をしたフレンズの一人。通称アライさん。お宝の噂を聞きつけ突っ走っている。


 フェネック

 かばんと共に旅をしたフレンズの一人。アライさんと共にお宝探しに出かけた。


 謎の声

 獣セルリアンが倒れた時にチラッと出てきた。ヤバいやつ。


 それでは、続きをどうぞ。』




 まただ。何故か分からないが、こうして度々読めなくなる。


 読めない本を開いてもしょうがないのでリュックサックに戻そうとしたその時、扉が静かに開いた。


「なんで……?」


 驚く彼が見たのは、悲しそうな顔をして佇むスナネコだった。


「エルシアがどうしてほしかったのか、ボクには分かる気がします。」


 そのまま近づいていき、優しく抱きしめた。


「右腕がないのならボクが右腕の代わりになります。」


 優しく添えられた左手は、優しく少年の頭を撫でている。


「無理はしないでくださいね。」

「ありがとう……!」


 少年の頬を光るものが伝った。





「お腹、減ってますよね?」

「……うん。」

「そうだろうと思って持ってきましたよ。」


 ジャパリまんが入った籠が目の前に置かれた。


「無理はよくありません。しっかり食べましょう?」


 一つ手に取り口に運んだ。


 こんなに美味しかっただろうか。


「どうしましたか?痛い所があるんですか?」


 ジャパリまんに雫が落ちてきた。顔を撫でると指がほんのり湿った。気付かぬうちに泣いていたようだ。


「いや、なんでもないよ。」


 涙を雑に拭い笑ってみせた。


「痛かったりしたら言ってくださいね。」

「うん。」


 曇り空は消え、どこまでも眩しいくらいの晴天が広がっていた。

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LEIFE~異端児漂流記~ ケムリネコ @smokecat

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