第四十話 もしここが、僕の望んだ世界なら

 ジャマールが合流したことで、ハクが仲間で無いことが判明した。

 ハクは、この世界の研究を行っていて、現実とこの世界が融合される可能性がある――と言う。

 そして、ここは僕たち自身が作り上げた世界であるとも言った。

 向かいの建物を見ると、スーツ姿の男とハイジの姿が見えた。

 僕はすぐに屋上に駆け上がった。

 強風が吹き付け、体が飛ばされそうになる。

 ハイジとスーツ姿の男の周りには、武装した者が4人いる。

 ハイジはうつろな目をして、遠くを見ていた。

 なにか様子がおかしい。

 僕は、めいいっぱいビルの端まで寄って大声で叫んだ。

「ハイジー!」

 しかし、風の音で声が届かなかったのか、ハイジが僕に気づく様子はない。

「おやおや……おでましですね」

 スーツ姿の男が、対面の屋上から僕に話しかけてきた。

「ハイジを放せ!」

 スーツ姿の男は、ちらっとハイジを見た。

「この子は我々の計画の、キーとなる」

 計画? キー?

 ハクがやってきて、僕の隣に立って声をあげる。

「よせ、このままでは現実世界とこの世界が融合する」

「なにか嗅ぎまわっている犬がいると思えば……」

 スーツ姿の男は、ハクを睨み付けた。

「そんなことは、分かりきっている……そうならないように、この子が必要なのだ」

「いったい……何を考えている?」

「ふっふっふ……」

 ハクの言葉に対し、スーツ姿の男は不敵に笑った。

「ストレンジャーの諸君……我々は、殺し合いをもっと楽しめる世界を用意するつもりだ! 楽しみにしておいてくれ」

 そう言って、スーツ姿の男は背を向けた。

 そして、ハイジの手を取り下がって行く。

 カチャッ――。

 武装した者たちが、一斉に銃を僕に向けた。

 僕はすぐさま、ホルダーから銃を取り出した。

 殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーが発動する。

 パァン、パァン、パァン、パァン――。

 一人一発……計四発で片が付いた。

 武装した者たちが発砲する前に、彼らの頭部に風穴が開く。

「ほお……なかなかやりますね」

 スーツ姿の男は振り返り、そう言葉にする。

「ハイジ、今そっちにいくから!」

 僕は叫んだ。

 向かいの建物との間は1メートルもない。

 なんとか飛び移れそうだ。

「おい、出番だぞ?」

 スーツ姿の男がそう言うと、奥の暗闇から男が一人歩いてくる。

 まだ敵がいたのか。

 僕は、けん銃を男に向けて構えた。

 まさか……そんな……。

 僕は、その男を見て唖然とした。

 男はスナイパーライフルを手にし、腰の鞘には双剣が収められている。

 鋭い目つきで僕を睨み付けるその男は……。

 シモン――。

「じゃ、あとは頼んだよ……クリムゾンネイル」

 スーツ姿の男とハイジは暗闇に消えて行った。

 建物を挟んで、僕とシモンが対峙する。

「俺は目的の為なら手段を選ばない」

 シモンは言った。

「それは、僕も一緒です」

 僕はハイジを救う……それだけだ。

「貴様のアビリティは知っている……近距離では分が悪い」

 シモンはそう言うと、虚空舞立つ鴉スペースジャンパーで距離をとった。

 一瞬で二つ先のビルの屋上に移動した。

 しまった――この距離では僕の殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーは発動しない。

 シモンは、僕に向けて狙撃銃を構えた。

 スドン――。

 くそっ……避けないと――。

 ザパッ――。

 僕の目の前がブルーの壁で覆われる。

 ルカの半透明防護壁プロテクティブバリアだ。

「ビリー!」

 ルカが僕の真後ろまで駆け寄ってきていた。

「バリアの後ろにいれば大丈夫だから」

 アーラもアサルトでシモンを狙っていた。

 ダダダダダッ――。

 発砲した瞬間、シモンの姿が消える。

 更に奥のビルに移動したのだ。

「くっ、この距離では届かないか」

 アーラが呟いた。

 お互いじり貧ってことか……。

 ズドン、ズドン、ズドン――。

 それでもシモンは、撃ってきた。

 こちらには、バリアがある。

「危ない! ビリー避けて」

 ドン――。

 僕は、ルカに突き飛ばされた。

「うわぁ」

 ルカが叫び声を上げる。

 見ると、腕を押さえている。

 そこから、血が流れ落ちていた。

 弾丸が当たった?

 どうして?

 ズドン、ズドン、ズドン――。

 再びシモンの狙撃銃から、弾丸が放たれた。

 その弾丸は、バリアに当たっている。

 威力が落ちるはずだ――。。

 しかし、複数回撃たれた弾丸は、バリアのまったく同じ位置に何度も当たり、その部分だけ一瞬バリアが薄くなっている。

 僕は、弾丸の射線から身を外した。

「なんて精密な射撃をする人なんだ?」

 ルカが言った。

 流石はシモン……と言ったところだけど……このままでは、いつかやられる。

 僕は駆けだした。

「ビリー、無茶だ!」

 後ろでルカが叫んでいる。

 大丈夫だ……ジグザクに進むことで狙いを外す。

 ズドン――。

 シモンは僕に向けて発砲した。

 弾丸が、頬を掠める。

 殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーの射程に入れるんだ――。

 それ以外に、僕に勝ち目はない。

 僕は、ビルの間を飛び越え、シモンの元へと距離を詰める。

 しかし、近づくとシモンはすぐに虚空舞立つ鴉スペースジャンパーで後方へ飛び移った。

 くそっ、もっと速く距離を詰めないと、追いつけない――。

 もしここが、僕の望んだ世界なら――。

 できるはずだ。

 自分が思い描く理想の自分自身に。

 僕は目を閉じた。

 そして、走り続ける。

 もっと速く――もっと速く――走るんだ。

 体が軽い――移動速度が上がっていくのが分かる。

 僕は加速した。

 シモンが虚空舞立つ鴉スペースジャンパーで移動したその先に――。

 僕は……追いついた。

「なにぃ!?」

 シモンは驚き声を上げる。

 僕は、シモンの額に銃を突きつけた。

「あなたを撃ちたくない……銃を置いて下さい……僕の勝ちです」

 しかし、シモンの目は死んではいない。

「なぜすぐに撃たなかった? 忘れたのか? あの日の悲劇を……その甘さが命取りなのだ」

 ドン――。

 僕は、シモンに突き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 その衝撃で、銃を放してしまった。

 僕は銃を取ろうと、手を伸ばす。

 カン――。

 シモンが銃を蹴飛ばした。

 しまった――。

 僕の目の前には、銃を構えたシモンが立っている。

 そして、僕には武器がない。

 負けた――。

「クリムゾンネイル何をしている? 決着をつけろ!」

 スーツ姿の男の声がする。

 見ると、女性の頭に銃を突きつけている。

 ハイジじゃない……あの女性は?

「くっ」

 それを見たシモンは舌打ちをする。

 もしかして、あの人は……シモンの……。

 スーツ姿の男はゆっくりと近づいてきた。

 そして、シモンに向けて弾丸を放った。

 パァン――。

「シモン!」

 シモンは腹を押さえ蹲っている。

「貴様になど用はない……用があるのはこの剣だ」

 スーツ姿の男は、シモンの腰に収めていた双剣を抜き取った。

 そして、自分の頭上に抱え上げる。

「フッ……フハハハハハッ」

 月の光を浴びた双剣は、真っ赤に不気味に輝いていた。

「どうれ……斬れ味を……」

 僕は落ちていたけん銃を手に取った。

 パァン――。

 スーツ姿の男に向けて引き金を引いた。

 カン――。

 弾丸は、双剣に当たり弾かれる。

 外した!?

 スーツ姿の男は、僕を睨み付ける。

「まずは貴様からだ……」

 そう言って、双剣を胸の前で構えた。

「次は外さない」

 殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーが発動する。

 僕の弾丸は確実に敵を捉える。

 パァン、パァン、パァン――。

 当たった――。

 いや……違う!

 僕の放った弾丸は、スーツ姿の男をすり抜けて、後方へ飛んでいった。

 まるでホログラムのように……。

 そんな……さっきは実体があったはずなのに。

「ふっふっふ……」

 僕の真後ろで声がする。

 振り返るとスーツ姿の男が立っていた。

 いつの間に!?

 シュン――。

 スーツ姿の男が振りかざした双剣を、前転でかわした。

 危ない……あの剣をくらったら……もう復活しない。

 それにしてもどういうことだ?

 もう一度良く狙って――。

 パァン――。

 僕は、スーツ姿の男の頭部目がけて弾丸を放った。

 やはり、まるでホログラムのように透けて、後方へ弾が飛んでいく。

 僕は後ろに気配を感じた。

 そして、素速く身をかわす。

 シュン――。

 スーツ姿の男は、再び僕の後方へと移動していた。

 瞬間移動か?

 そして、それは弾丸よりも速い。

「私はこの世界を掌握したのだ……能力など思いのまま」

 スーツ姿の男はそう言った直後、一瞬で僕の目の前に現れた。

 しまった――。

「ビリー!」

 サパッ――。

 ルカの叫び声とともに、僕の目の前に半透明防護壁プロテクティブバリアが生成された。

 ザプッ――。

 スーツ姿の男が振りかざした双剣は、水のバリアに吸収されて威力を落とす。

「なにっ!?」

 男は驚いた表情を見せる。

「……なーんて」

 男はそう言った次の瞬間、僕の目の前から消えた。

「死ねーっ」

 真後ろ出声がする。

 ズバッ――。

 真っ赤な血が地面に滴り落ちる。

「ぐっ……」

 それは、僕の血じゃ無い……。

 シモンが双剣で腹を貫かれていた。

「シモン!」

 シモンは、両手でスーツ姿の男の腕を掴んでいた。

「捕まえた……撃て……ビリー」

 僕はすぐにけん銃を構えた。

 しかし――。

 シモンが掴んでいたはずのスーツ姿の男は、数歩後ろへと下がっていた。

 そんな――。

 ドサッ――。

 シモンは、その場に俯せに倒れた。

「甘いな……俺を拘束しなかぎり逃げられるんだよ」

 スーツ姿の男は、倒れたシモンを見つめながらゆっくりと歩いてきた。

「くっくっくっく……はーっ、はっはっは」

 ウィーン――。

 スーツ姿の男の足元でRCラジコンが止まった。

 プスッ――。

 RCラジコンから麻酔針が放たれた。

 男は、RCラジコンに気づき足元に目を向けた。

 RCラジコン……なんで!?

 僕は辺りを見渡した。

 僕の後ろにはアーラの姿がある。

 彼女が、タブレットで操作をしていた。

 ドン――。

 スーツ姿の男は、その場に膝をついた。

「ば……馬鹿な……か……体が……動かない」

 僕は、ゆっくりと近づいた。

 そして、銃口をスーツ姿の男の額に突きつけた。

「ま、待て! 撃たないでくれ……」

 スーツ姿の男は必死の形相で僕を見上げる。

「俺の体はこの世界では復活しないんだ……だから殺さないでくれ」

 僕はスーツ姿の男から目を離さなかった。

 そして、男に向けたけん銃も動かさない。

「そんなことを言って、迷うとでも思ったのか? 動揺するとでも思ったのか?」

 スーツ姿の男の顔が、恐怖で歪んでいく。

「僕はこれまで、何人もの人をこの銃で殺してきた……」

「お、お前は人殺しになるんだぞ? 本当に死ぬんだぞ?」

 僕は銃口を、男の額に押しつけた。

「僕は目的のためなら、手段は選ばない」

 パァン――。

 血が僕の頬に飛び散った。

 僕の大嫌いな硝煙の臭いが、風に乗って夜空に消えて行く。


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⇒ 次話につづく!

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