第三十九話 僕は約束した

 敵チームであるヤコブに、共同戦線を持ちかけられた。

 僕たちはそれに承諾し、戦場の兵士のようなパーティを追い詰める。

 しかし、コレルが撃たれてしまう。

 コレルの服は、血で真っ赤に染まっていた。

「止まらないんだ……」

 ルカは僕を見上げ、震える声でそう言った。

「僕たちのパーティにメディックはいない……僕は、もう助からないよ」

 コレルは、弱々しい声でそう告げる。

「あきらめちゃダメだ! 気をしっかり持つんだ」

 僕はそう言ったが、流れ出ている血の量が多い。

「姉さん……僕に構わず自由に生きて欲しい……自分のやりたいことをやってよ」

「いやっ……」

 アーラは、目に涙をいっぱい浮かべて、コレルの手を握る。

 コレルの顔から、血の気が引いていくのが分かる。

 もう、長くは持たないだろう。

「優しかった姉さんに戻って欲しい……笑顔を取り戻して欲しい……」

 コレルの瞳から、一筋の涙が頬を伝わって地面に落ちる。

「僕は元の世界に戻ったら、また両足を失ってしまう……この世界は好きじゃ無いけど……もう少し、歩いていたいんだ」

 コレルは笑顔を作った。

 そして、僕に話しかける。

「ビリー、お願いがあるんだ……姉さんを元の世界に連れて行ってほしい」

 また……約束か……。

 僕は、今まで一度も約束を守れたことはない。

 ハイジとの約束も、ミネットとの約束さえも……。

 でも――。

「わかった……約束する」

 そう言葉にした。

 そして、コレルの手を力一杯握った。

 やがて、その手は冷たくなった。

「コレル! コレル!」

 アーラの泣き叫ぶ声が響きわたる。


 パァン――。

 僕は、RCラジコンの麻酔針で動けなくなっていた敵に止めを刺した。

 ヤコブは、いつの間にかいなくなっていた。

 アーラは、コレルの体が消えるまでその場に腰を下ろしていた。

「アーラさん……」

 僕は声を掛けた。

「私は……」

 アーラは、俯いたまま口を開く。

「コレルの言葉に従う……あの子がそれを望んでいるのなら……」

 アーラは、RCラジコンを拾い上げた。

「こんな世界でも、あの子にとっては夢のような場所なのだろう……」

 アーラは、歩き出した。

「絶対に元の世界に戻るぞ」

「はい」


 僕たちは、町の中央にある高層ビルの入り口に辿り着いた。

 扉は開かれ、中に入ることができる。

 スーツ姿の男が言った言葉を思い出した。

 東西南北に延びたそれぞれの区域に3チームずつ。

 勝ち上がってきたチームが、ここで決戦すると――。

 そうすると、残りは僕たちも含めて4チーム……。

 あとは、身を潜めているヤコブということになるはずだ。

「最終決戦は、近そうだね」

 ハクはそう言った。

 僕たちはビルの中に歩を進めた。

 超音波敵影探知スキャニングソナー・ウォールハックで索敵を行いながら、慎重に進んで行く。

 ハイジは、まだ無事だろうか?

 もし、生きているならこの建物にいるはずだ。

 一階のクリアリングを済ませ、階段で二階に上がる。

 二階のフロアに足を踏み入れた時だった――。

 ダダダダダダダッ――。

 部屋の壁をぶち破り、弾丸が飛んでくる。

「あぶない!」

 僕はすぐに階段を降りる。

 一瞬見えたが、固定型の機関銃が設置してあった。

「ガンターレットだ!」

「ふぅーっ 危うく蜂の巣になるところだったよ」

 ハクは、額の冷や汗を拭う。

「先に辿り着いたパーティに、待ち構えられていたか……」

「どうするビリー? あんなんじゃ、僕の半透明防護壁プロテクティブバリアも一瞬で溶けちゃうよ」

 ルカの言葉にも焦りが見える。

「別の階段は無いかな? ここから上がるのは無理だ……裏を取るしか無い」

 カツン、カツン――。

 後ろで足音がする。

 しまった――もたついている間に回り込まれたか!?

 僕はすぐに振り返り、銃を向ける。

 色黒で筋骨隆々の大柄な男がそこに立っていた。

 腰にはライトマシンガンを携えている。

「間に合った……ここは任せな」

 男はそう言うと、階段を駆け上がっていった。

 え?

 ダダダダダダダダッ――。

 男は、ライトマシンガンをガンターレットがある部屋に向かってぶっ放した。

 更にグレネードのピンを抜き、投げつけた。

 ダーン――。

 ダーン――。

「はーっ、はっはっはっ」

 男は、大声で笑いながら、弾が尽きるまで撃ちまくった。

 煙が辺り一面を覆う。

 部屋の中からの反撃は無い――倒したのか?

 部屋の壁は、穴だらけになっている。

 中を覗くと、人が倒れている。

 ガンターレットの横に1人、部屋の中央に2人だ――どの人も意識はない。

 この人、なんてむちゃくちゃなんだ……。

 唖然とする僕たちの前に、男は近づいてきた。

「どこにいるか、全然分からなくてな……あちこちを探し回ったよ」

 一体誰だろうか? 敵じゃなさそうだけど……。

 リーン――。

 ドッグタグが共鳴した……まさか、仲間!?

「これで丁度五人、全員揃ったな……」

 男はそう言った。

「ビリー……」

 ルカが僕の袖を引っ張る。

「あぁ」

 この男は、五人目じゃない……。

 このパーティには、コレルがいた。

 だから、六人目だ――。

「どうした? みんな黙っちまって……俺はジャマールだ! よろしくたのむぜ? 愛銃は、このLMG249だーっ、がははっ」

 男は状況が分からず、一人で喋っている。

「パーティは……五人じゃなかったっけ?」

 僕はそう言葉にした。

 もうそうだとすると、この中に仲間じゃない人がいる――。

 互いに目を合わせた。

「みんな、ドッグタグを……」

 僕は胸のドッグタグを胸の前に取り出した。

 ルカも、同じように出した。

 リーン――。

 共鳴する。

 そして、アーラも同じようにドッグタグを取り出すと共鳴した。

 ジャマールとは、さきほど共鳴することを確認している。

 と、すると――。

 皆がハクに目を向けた。

 シュボッ――。

 ハクは横を向いたまま煙草に火を付けた。

 フーッ――。

「ハクさん……ドッグタグは?」

 僕の問い掛けに答えようとしない。

 カチャッ――。

 アーラは、ハクにアサルトライフルを突きつけた。

「おおっと……まぁ、待ってくれ」

 ハクは両手を挙げる。

 そして、後ずさりをした。

「僕の話を聞いて欲しい……撃つのはそれからでも遅くないだろう?」

「アーラさん……」

 僕はアーラを制した。

「僕はある目的でこの世界にきた……とある研究機関に務めていてね……この世界の存在には前々から気づき研究を続けていた」

 ハクは、銃を向けるアーラをちらちら見ながら、煙草をふかす。

「人を殺しても罰せられない世界があるという情報が入ったのがきっかけだ。調べていくうちに、別次元の空間が存在することが分かった」

「それが……この世界?」

 僕の問い掛けに、ハクは頷いた。

「そして、その世界で商売を始めている連中がいることも分かった――。そいつらは、この世界に自由に出入りをしている。それどころか、この世界の構造まで変えているようだ」

「それは、あのスーツの男?」

「恐らくは……。それだけなら、現実世界に害は及ばないからまだいいんだが、不安定な兆候が見えたのだ」

「不安定な兆候?」

「九龍城もその一つだが、現実世界と同じような建物がこの世界にも存在し始めた。そして、多くの人々がこの世界に取り込まれている」

 皆、黙ってハクの言葉を聞く。

「このままでは、空間が歪み、現実とこの世界が融合される可能性がある」

「融合したら……元の世界でも殺し合いが起きるってこと?」

「その可能性は……高い」

 そんな――。

「それを止めることが、僕が所属する研究機関の目的というわけだ」

 ハクは、皆の顔を見回す。

「これで、キミたちに害を与える存在でないことはわかってくれたかな?」

「自由に行き来できるのなら、もう殺し合わなくても元の世界に戻れる?」

 ルカはハクに問い掛けた。

「コレルも、元の世界に?」

 アーラもアサルトライフルを下ろし、ハクに聞く。

「ことはそう簡単じゃあないんだよ」

 フーッ――。

 ハクは、ゆっくり煙草の煙を吐き出した。

「僕は、この世界にとっては望まぬ存在……だから、戻ろうと思えば何の障害も発生しない」

 ハクは、僕たちひとりひとりに目を向ける。

「しかし、キミたちは、自ら望んでこの世界にやってきた……一部そうではない者もいるようだけどね。だから、この世界のルールに従わなければ、この世界からは逃れられない」

「それが……殺し合って勝ち残ること」

 僕は口を開く。

「いったい、誰がこの世界を作ったのだろう?」

「キミは、何を望んでこの世界にきた?」

 ハクは、僕に問い掛けてきた。

「僕は、異世界に行きたいと願った」

「それはなぜ?」

「今の退屈な日常から抜け出したい……ゲームのような刺激的で、面白い世界に行きたいって……」

「そう……みんな現実から逃げ出したくて、この世界にきたんだよ」

 そうだ! ハイジもペーロも、アルクも元の世界が嫌で別の世界を望んでいた。

「誰もがなりたい自分を、理想を――追い求めている。それが具現化した世界――。だからここは、キミたち自身が作りあげた世界でもあるんだ」

 僕たちが……作った……。

「だから……コレルは歩けるように……」

 アーラは呟いた。

「もともと一人の少女が作り上げた小さな世界だった……そこに幾人もの思いが重なり合い、この世界が形成された――研究ではここまで解明されている」

 皆、言葉を失っていた。

「僕の目的は、現実世界とこの世界の融合を止めること……」

「方法は、分かっているのですか?」

「うん……おおよそだけどね。この世界を作り上げたという、ひとりの少女が鍵を握っている」

 ひとりの少女?

「そして彼らも、どうやらそのことには気づいているようだね」

 ハクは、窓から向かいの建物を見上げた。

 その最上階には、巨大な石が置かれていた――それはまるで、空のように青く輝いている。

 あれは、ハイジといっしょに見た石――。

 アイさんの友人を闇の者シャドウアイズから、元の姿に戻した石――。

 その石の前にあの、スーツの男の姿が見えた。

 そして、その横に――少女が立っている。

 ハイジだ――。


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⇒ 次話につづく!

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