第三十八話 共同戦線
僕たちは、東西南北に十字に延びた大きな町に辿り着く。
そこでは、まるで戦場の兵士のようなパーティが交戦していた。
そして道には、緑色の光を発し介抱する人物がいる――ハイジだ。
しかし、彼女とは敵に阻まれ会えずに終わった。
僕たちは、町の端の建物に移動した。
敵のチームは深追いしてはこなかった。
銃声はやみ、静かな時間が続く。
僕はけん銃を手に取り、屋上に向かった。
屋上では、アーラが双眼鏡をのぞき索敵を行っている。
彼女は、僕の気配に気づき振り返った。
すごい警戒心の強さだ、感覚が研ぎ澄まされている。
「アーラさん、交代します。少し休んで下さい」
「大丈夫だ」
「もう何時間も、ぶっ続けじゃないですか?
「気にしないでくれ……私はこうしているほうが落ち着くんだ」
アーラは目線を僕から外し、すぐに辺りの索敵に入った。
「無理しないで下さいね……食事持ってきます」
強い精神力を持っている人だ……。
僕は屋内に戻った。
コレルが、リビングでタブレットを操作している。
「ねぇ、アーラさんのことなんだけど」
「どうしたの? 姉さんのこと気になるの?」
コレルは、タブレットに目を向けたまま冷やかしぎみに返事をした。
年上で少し冷徹な女性も魅力的だけど……。
「い、いやそうじゃなくて……」
僕たちのやりとりを聞いていたのだろうか、ルカが振り返ってこちらを見ている。
目が据わって、どことなく睨んでいるようにも見えた。
ルカは、どうも最近虫の居所がよくない……。
「アーラさんの能力ってなんだろうって思って」
僕は、コレルに話を続ける。
「姉さんは望んでこの世界にきていない……だから、能力は発動していないんだ」
「撃ち合いに強いスキルか、なんかかと思ったんだけど、すごいね……」
コレルは首を横に振った。
「元の世界ではああじゃなかったんだ……毎日殺し合いをさせられて……変わってしまった」
彼は、タブレットを置いて僕に目を向ける。
「姉さんは、本当に誰に対しても優しくてね……今の雰囲気からは分からないかも知れないけど」
コレルは、そう言って笑顔を作る。
「足の不自由な僕の面倒を見てくれた……友達と遊ぶ時間も削って、僕のそばにいてくれた」
「人は経験を積んで成長していく……そういう生き物だ」
煙草を吹かしていたハクが言った。
僕自身も変わったのだろうか?
強くなったのだろうか?
銃の腕という意味では無く、人として何か成長できたことがあるのだろうか?
夜、簡単な食事をとった後、タブレットの地図を皆で確認した。
「闇はこの町を取り囲んでいる」
コレルが言う。
「最終収縮地点はこの町中か……市街地戦になるね」
僕は言った。
『レディースアンドジェントルマン』
突如、眩しい光と共に、町中に声が響き渡る。
『残り12チーム! 東西南北に延びたそれぞれの区域に3チームずつ! それぞれ勝ち上がり、中央のタワーでの決戦となります』
窓から外を見ると、中央の高いビルに映像が映っている。
九龍城にいたあのスーツ姿の男だ。
「まるでゲーム感覚ですね」
コレルが言う。
「最後まで勝ち残れば、あの男の正体もわかるでしょうか」
「さぁ……どうだろうねぇ」
僕の問いかけに、ハクが答えた。
僕たちのいる南側には、あと敵が2チームいるということか。
夜、僕とハクが見張りに付いていたが、敵に動きは無かった。
ズダン、ズダン――。
それは、早朝だった。
近くで銃声がする。
向かいのビルの屋上に誰かいる。
見たところ一人のようだ。
撃たれたのは、僕たちじゃ無い。
スーツ姿の男は、それぞれの区域に3チームずつと言っていた。
僕ら以外に2チーム――戦場の兵士のようなパーティと、いま銃声を出したパーティということか!?
双眼鏡で覗くと男が一人屋上にいる。
ほかには、人の姿は見えない。
こちらに気づいていないなら、倒せるかも知れない。
「ハクさん、敵が交戦していることをみんなに伝えて下さい」
「キミはどうするんだい?」
「様子を見てきます」
「無茶はするなよ」
「はい」
僕はすぐに、敵のいるビルに向かった。
一階から順に
このビルに、敵が潜んでいるようなことはなさそうだ。
本当にあの男一人なのか?
やがて、屋上に辿り着く。
僕は音を立てないように、扉をゆっくりと開いた。
屋上には、まだ男がいた。
身を伏せて、隣のビルに向けてけん銃を構えている。
僕は銃を手にし、ゆっくりと近づいていった。
「一人やったけど……もう顔を出さないな」
男は突然しゃべり出した。
僕はすぐに足を止めた。
仲間が近くにいるのか?
辺りを見るが、ほかに人の姿は見当たらない。
それなら、無線で話しているのだろうか?
「警戒されたな……敵は近距離に特化している……遠距離でやれれば勝機はあるかと思ったけど、簡単にはいかないようだ」
男は話しを続けている。
仲間が近くにいないのなら、このまま後ろから……この男だけでもやってしまおう。
僕は、銃を男に向けた。
しかし、
もっと近づかなくては。
「ねぇキミ、共同戦線といかないか?」
男は突然起き上がり、振り向き僕に銃を向けた。
しまった――気づかれていた。
動揺して、瞬時にトリガーが引けなかった。
「どうだろう?」
男は、左手で顎ヒゲを触る。
僕も男も、互いに銃を向けている。
はっきり言ってしまうと、この距離で撃ち勝てる自身はなかった。
僕が発砲したら、男も撃つだろう――。
「共同戦線?」
僕は男の言った言葉を繰り返した。
「一緒に、別のパーティを倒そうってことさ」
ほかのパーティと組むこと……ゲームだとチーミングだ……でもこの世界にそんなルールはない。
「俺は今ソロでやってる……ほかに仲間はいない……さすがにあのパーティとやり合うのはキツくてねぇ」
「なんで一人?」
僕は問い掛けた。
ほかの仲間はどうしたのだろう? もうやられてしまったのか?
「なんでだろうなぁ」
男は顎ヒゲを触りながら考える。
しかし、その間も視線は僕からは逸らさない。
「群れるのが嫌だ……なんていったら格好良く聞こえるが、人と波長を合わせるのが苦手なだけだよ」
カンカンカンカン――。
足音がする。
階段を駆け上がる音だ。
ガチャ――。
「ビリー!」
屋上の扉が開き、ルカがやってくる。
そして、僕と男が銃を向け合っているのを見て、その場で足を止めた。
コレル、アーラ、ハクも後に続く。
「おやおや……お揃いで」
「その人は?」
コレルが言う。
「共同戦線を持ちかけられた……僕たちとこの人で、もう一つのパーティを倒そうって……この人のほかに仲間はいないらしい」
アーラは、男に銃を向ける。
男は、横目でそれを確認したにも関わらず、尻込みせずに話しを続けた。
「キミたちだけで、あのパーティに勝てるのかい? 戦力は多い方がいいと思うけどね?」
確かに、あのパーティは強い。
恐らく、今まで戦ったどのパーティよりも連携が取れていて、戦闘能力も高い。
無傷で勝てるとは到底思えなかった。
「僕は……この人を信用しようと思います」
「ほう」
男の顔に笑みが見える。
「油断させておいて、裏切るという可能性もあるだろう?」
ハクは言う。
「俺としては……キミらがアイツらとやりあって、疲弊したところを漁夫の利してもいいんだけど? ま、好きな方を選びなよ」
「僕も賛成だ……仲間は多いに越したことはない」
コレルは言った。
「あのパーティに勝てる可能性を、少しでも上げるのがいいと思う。どうせこの男は一人なんだ……アイツらを倒した後、簡単に始末できる」
「ふふふっ……強気だねぇ」
男はコレルに目を向けた。
「わかった……今は利用させて貰うよ」
ハクも同意する。
ルカも頷いた。
「姉さんもいいね?」
「あぁ……」
コレルの問い掛けに、アーラも同意したようだ。
しかし、男が銃を下ろすまで、アサルトライフルを向けていた。
「俺はヤコブ……じゃ、しばらくの間よろしく頼むよ」
僕たちは建物の中に入った。
「さて、今後の作戦だが、攻められるのを待つよりも攻める方が強いと思うんだよね」
ヤコブが言う。
確かに、防衛体制――罠などがないなら、奇襲を仕掛けた方が有利だ。
「しかし、俺には索敵能力がなくてねぇ……だからキミらの力が必要なんだ」
僕はコレルと目を合わせた。
「分かった……索敵は任せて欲しい」
コレルが返事をする。
「敵の一人は、さっき始末した……後は4人だ」
ヤコブは、窓の方を見る。
「作戦は、いつ開始する?」
「敵が我々の動きに気づく前に動き出した方がいい」
ハクの質問にヤコブが答えた。
「今すぐ……ということか?」
「そうだね」
僕たちは、装備を調え敵のいる建物に潜入した。
「先に行け」
アーラが、アサルトライフルをヤコブに向ける。
「後ろから撃つような真似はしないよ」
「索敵してくる」
コレルが
その間僕たちは、建物の一階の部屋で待機した。
「敵が見つかったら、俺に位置を教えてくれればいい……あとは、この愛銃イーグル50AEで仕留める」
ヤコブはけん銃を取り出した。
この人の武器は、僕と同じけん銃……その中でも最も威力が高いと言われている銃だ。
「
コレルは、タブレットを操作しながら皆に告げた。
僕とルカは、タブレットを覗き込んだ。
そこには、通路を進んで行く様子が映し出されている。
「今、何か動いたよ」
ルカが声を上げる。
銃を構えて廊下を歩く人の姿がタブレットに映っていた。
「敵は一人……巡回しているのだと思う」
コレルが言う。
僕たちは顔を見合わせ、すぐに二階に向かった。
「この先のL字廊下だ」
「キミたちはここで待っていてくれ……俺が仕留める」
ヤコブはそう言うと銃を構えた。
敵は角を曲がった先にいるのに、ここから撃つのだろうか?
ズダン――。
ヤコブのけん銃が火を噴いた。
タンタンタンタン――。
その直後、銃声とは別に何か音がする。
「うわぁっ」
前方から男の悲鳴が聞こえてくる。
「命中した!」
コレルが言った。
僕はタブレットを覗き込んだ。
そこには、腕を押さえ蹲る男が映っている。
「なるほど、四十度……いや三十度右か」
ヤコブは再び銃を通路に向けて構えた。
ズダン――。
タンタンタンタン――。
ドサッ――。
「今度は、頭にヒットしたようだね」
タブレットを見ると、先程映っていた男は、額から血を流し床に倒れている。
弾丸は、直線にしか飛ばない……それなのに、この人はL字の先にいる敵に命中させた……。
いったい……どうやって?
「放たれた弾丸は、壁に当たり跳ね返って敵に命中した……」
ハクが口を開く。
「跳弾というやつか?」
「ご名答」
「狙ってできるものでは無いと思うが……それを命中させるとはね……」
跳弾……これがこの人の能力……?
僕の能力は、視界に捉えた敵を狙い撃つ――しかしこの人は、場所さえ分かれば見えない位置の敵をも狙うことができる。
見えないと撃てない僕に対し、見えない位置からでも撃てるヤコブ。
背筋に悪寒が走った。
もし、あの時屋上で一対一でやりあっていたら……間違い無く負けていた。
「さて、これで敵は我々に気づいてやってくるだろう」
「この先の部屋のクリアリングは済んでいる……そこまで進もう」
コレルが言う。
僕たちは、教室くらいの広さの部屋に入った。
「デスクがあるね……これは盾に使えそうだ」
ヤコブは机を叩いた。
「ここを拠点にするんですね?」
僕はヤコブに問い掛ける。
「あぁ……地の利は向こうにあるからね……これ以上下手に動き回らない方がいいだろう」
僕たちは、デスクを立ててそれをバリケード代わりにする。
この部屋には窓が無い……侵入口は、正面と裏側の扉の二箇所のみだ。
そこさえ警戒していればいい。
僕とヤコブ、アーラは正面の扉に銃を向ける。
「ルカとハクさんは、後ろを警戒して」
僕は二人に伝えた。
「きた! 正面入り口横に二人……アサルトライフルを持ってる」
タブレットを見ていたコレルが叫ぶ。
ダダダダダ――。
次の瞬間、敵は入り口から顔を出すと同時に発砲してきた。
それと同時に、ルカが持ってきたタンクの水をぶちまける。
「
すると、ぶちまけられた水は空中で制止し、水の壁となる。
「シールドの後ろに下がって!」
パスン、パスン、パスン、パスン――。
カラン、カラン、カラン――。
敵の放った弾丸は水の壁に当たり、威力を無くし床に落ちる。
ズダン――。
ヤコブは正面入り口に向かって発砲した。
タンタンタン――。
「当たった! でも、致命傷じゃ無い」
タブレットで敵の様子をみているコレルが言った。
おおよその位置が分かれば、射線を通すことなく命中させられるヤコブの能力――。
これは……強い――。
シュー――。
真っ白な煙が部屋に立ち込める。
スモークだ!
「くっ……これだと、敵の位置が分からないな」
ヤコブが言う。
それは、敵も同じはず……撤退する気だろうか?
部屋が煙に包まれ、完全に視界が奪われた。
仲間の姿も見えないほどだ。
ダダダダダダダダッ――。
銃声が鳴り響く。
「敵の発砲か!?」
ヤコブの声がする。
「うわっ」
ハクが悲鳴を上げた。
「大丈夫ですか?」
ハクの姿は見えないが、僕は声を掛けた。
「弾がかすったくらいだ……くそっ、でたらめに発砲してやがる」
「デスクの後ろに身を隠せ!」
ヤコブが叫ぶ。
僕は身を伏せ、手探りでデスクを背にする。
ダダダダダダダダッ――。
ダンダンダンダン――。
敵の弾は、僕のデスクに命中した……。
まさか……正確に狙ってきている?
なんで!?
カメラか?
うっすらと見える部屋の天井を見上げたが、カメラは見当たらない。
「床を見て! 何かある」
ルカが声を上げる。
足元で、なにやら光を発しながら動くものがあった。
アイが使っていたような二輪のドローンが見えた。
このドローン……まさか、煙が透けて見えるのか?
すぐにドローンは、煙の中に消えてしまった。
「操っているやつを倒すしかない……
コレルの声がする。
ダダダダダダダダッ――。
敵の銃声が続く……このままだと、完全に蜂の巣にされる。
「見つけた!」
コレルが叫んだ。
「でも……電波が届かない……もう一歩もう一歩近づくことができれば」
スモークの中、入り口に向かって歩いて行くコレルの姿が見えた。
「だめだ! それ以上先に行ったら危険だ!」
僕はコレルに向かって叫んだ。
「もう一歩なんだ……」
コレルは入り口まで近づいた。
「よし、麻酔銃が当たった! ドローンを操作していたやつは痺れて動けなくなっている」
ズダン――。
正面の入り口で銃声がする。
「コレル?」
僕は声を掛けた。
「大丈夫……かすっただけだ」
床に腰を落とすコレルの姿が見えた。
アーラがコレルの側に駆け寄って行った。
徐々にスモークが晴れてくる。
今ならやれる――。
「右に曲がった角に二人だ!」
コレルが叫んだ。
僕とヤコブは同時に入り口に向かって駆けだした。
「姉さんも……早く行ってあげて」
コレルのその言葉を聞いて、アーラも後に続いた。
角を曲がるとすぐそこに敵を確認した。
パァン――。
僕の放った弾丸は、敵の額を貫いた。
もう一人の男は、すぐに角を曲がり見えなくなった。
「逃がさないよ……」
ヤコブはそう言葉にする。
それと同時に彼の銃が火を噴いた。
ズダン――。
タンタンタンタン――。
角を曲がると、そこには額から血を流した男が倒れていた。
「見事……命中っと」
ヤコブは、それを見て顎ヒゲを触る。
「コレルが心配だ……いったん戻ろう」
先程の部屋に戻ると、コレルが床に倒れていた。
すぐそばで、ルカが彼の腹部を押さえている。
「コレル!」
アーラは、すぐに駆け寄った。
「コレル! しっかりして」
コレルの服は血で真っ赤に染まっていた。
「止まらないんだ……」
ルカは僕を見上げ、震える声でそう言った。
「かすり傷って、言ったじゃないか?」
僕はコレルに問い掛ける。
「ごめん……」
コレルは、苦しそうに呟いた。
----------
⇒ 次話につづく!
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