第十話 戦うことで得られるもの

 朝食の皿をシンクに運んでいると、後からきたハイジに声をかけられた。

「今日の見張りの当番は私とビリーさんですね。よろしくお願いします」

「うん……よろしく」

 後片付けを済ませた後、ハイジと一緒に表に出た。

「なんか二人きりだと緊張しますね」

 意識してなかったけど、よく考えたら女の子と二人きりなんて状況、元の世界ではありえなかった。

 僕の方まで緊張してきて、何を喋ってよいか分からなくなる。

「ねぇ、あの上まで登ってみませんか?」

 ハイジの指差す方には小高い丘が見える。

 拠点からはそう遠くないので、上から辺りを索敵するには申し分ないと思った。

 丘の上までくると、眺めがよく遠くまで見渡せた。

 辺りは森ばかりで、ほかに何も見えない。

「こんな大自然見ると思い出すんです」

 ハイジも僕の横で、辺りを見渡している。

「私のいた世界は農村地帯で、自然が広がっています」

 僕はハイジの横顔を見つめて話を聞いた。

「街の人もほんと親切で、お屋敷の人も優しく接してくれます」

 お屋敷?

「でも……それは、領主の娘だから」

 お嬢様なんだ……。雰囲気が同級生の女子とは違っているので納得した。

「わたしは友達感覚で気楽にお喋りしたいのに……みんな敬語を使ってきて、一線おかれている感じがするんです」

 僕は黙って聞いていた。

「お屋敷の人は大人ばかりだし、だからといってお屋敷から外には出れないし。お父様について街に行く時くらいだけ解放されるって言うか……外の世界を見れるんです」

 ハイジは僕の方を振り向いた。

「わたし、みなさんとこんな風に、楽しくお喋りできるのを夢見てました」

 金持ちは恵まれてると思ってたけど、やっかいな苦労があるようだ。

「ビリーさんのいた世界って、どんなところなんですか?」

「僕のいた世界は文明的で、日本は……僕のいた国は平和そのもので、みんな何不自由なく暮らしている……と思う」

「素敵です。私の国もそんな風になればいいのに」

「ハイジのいた世界は平和じゃ無いの?」

「戦争ばかりで……」

 ハイジは悲しそうな表情を浮かべた。

「みんな、なんで争い続けるのでしょうか?」

 日本は平和だから、戦争はしないから、ハイジの置かれている状況は分からない。

 きっと戦うことで、何かを得ることができるから、争い続けるのかも知れない。

 今の僕たちが、元の世界に戻るために戦っているように――。

 それっきり、僕たちの会話は途切れた。

 ハイジも何か考えことをしているようだった。

 黙って景色を眺めていると、近くで何か鳴き声のような音が聞こえてきた。

 騒音というものが存在しないので、小さな音でも良く聞こえてくる。

 それにFPSゲームの癖で、物音には敏感だった。

「見て下さい、あそこに何かいます」

 ハイジの指差す方には、何か白い物が動いている。

「なんだろう? 行ってみよう」

 僕たちはその方へと向かった。

「ヤギだ……」

 そこには、毛並みの白い耳の垂れた子ヤギが、地面の臭いを嗅いで鳴いていた。

 ハイジは屈み込み、両手を出して子ヤギを呼んだ。

「キャッ」

 ハイジは小さな叫び声と共に、僕の胸に頭を寄せてきた。

 僕も驚いた。

 女の子とこんなにも接近するなんて初めてだった。

 ハイジは何かに怯えていた。

 彼女の足元を見ると、50センチくらいの蛇が、とぐろを巻いて舌を出し、奇怪な声で威嚇している。

 標的はこちらではないようだ。蛇は子ヤギの方を向いている。

「大丈夫だよ」

 ハイジだけで無く、子ヤギも蛇に怯えているようで、ゆっくりと後ずさりをしている。

 そして、蛇は子ヤギに飛びかかり、足元に噛みついた。

 子ヤギは跳ね上がり、地面をのたうち回る。

 その衝撃で蛇は子ヤギから離れて、草の中へ消えて行った。

 ハイジは、僕に身を寄せながら、ことの顛末を見ていた。

 暴れていた子ヤギは、苦痛の鳴き声を上げて、その場から動かなくなった。

 噛まれた足元から、血と一緒に紫色の液体が見える……毒だろうか。

「大変! すぐに治療しないと」

 ハイジは、慌てて子ヤギに近づいて行った。

 彼女は手を子ヤギの傷口に当てて、目を閉じる。

 大きく息を吸い込みゆっくり吐き出すと、ハイジの体が緑色に光出した。

 僕の傷を癒やしてくれた時と同じだ。

 ハイジの治癒アビリティ。

 やがて、ヤギの傷が癒えていく。

 それまで苦しんで、か細い鳴き声を上げていた子ヤギは、元気にハイジの周りを走り出した。

 ハイジは屈んで、子ヤギの体を撫でている。

「わたしは、このアビリティで良かったと思います。もし、人殺しのアビリティだったら……」

 人殺しのアビリティ……か。

 僕は思わずハイジから目を背けてしまった。

 ハイジは口に手を当てて、僕に謝ってきた。

「ごめんなさい! ビリーさんの気も知らずに……」

 僕は何も言わず、首を横に振った。

「誰も殺し合いなんて、望んでいない筈なのに……いったい誰がこんな世界を作ったのでしょう」

 ハイジは誰も望んでいないなんて言ったけど、中には殺し合いを望む者もいるのだろう。

 ここは、弱肉強食の世界……。

 死にたくなければ自分が強くなるしかない。

 最近の僕は、僅かな物音でも敏感になっていた。

「静かに! 誰かいる」

 僕は小さな声で、ハイジに告げた。

 草をかき分ける音……人間の足音がする。

 僕たちは、身をかがめて、木の裏に隠れた。

 まだそれなりの距離はある。

「どうしましょう?」

 ハイジは不安そうに僕に身を寄せてきた。

 敵はこちらに気づいているだろうか?

 足音から一人だと思われる。

「威嚇してみよう」

 草木が多くて、敵の姿ははっきりとは見えない。

 僕は敵のいる方向に拳銃を向けた。

「威嚇して、逃げてくれればいいけど……」

 できれば、戦いたくないから。

 僕は当たるなよと思って一発発射した。

 パァン――。

 銃声が静かな森に響き渡る。

 鳥たちが驚いて羽ばたいていった。

 敵の足音が遠ざかっていくのが分かった。

 良かった――。

「仲間を連れて戻ってくるかも知れない。急いでこの場所から離れよう」

 拠点に向かっていると、子ヤギが後を付けてきた。

「この子、どうしましょう?」

 すっかりハイジに懐いてしまったようだ。

「まずは、拠点に戻ることを優先しよう」

 僕たちは急いで拠点に戻った。

 子ヤギも拠点まで付いてきた。

 休息していたアイを起こし、敵がいたことを伝えた。

「わざわざ拠点まで襲撃してくるとも思えないが、警戒は怠らないようにしよう」

 アイはドローンを出して辺りを偵察していたが、敵の姿は見えなかった。

 その日はそれっきり、何事も無く1日が過ぎた。


 次の日、僕はリビングで食事を取りながら考えた。

 この世界に対して疑問は山ほどある。

 僕達をこの世界に召喚したのは何者なのだろうか?

 必ずいるはずだ。

 僕達に殺し合いをさせて、きっとどこかでその光景を眺めて楽しんでいるのだろう。

 しかし誰もその姿形を見た者はなく、謎に包まれているという。

 魔法使いがいそうな世界ではないので、神や悪魔といった絶対的存在なのだろうか?

 死んでも生き返らせることができるということだから、相当な力を持っているのだろう。

 もし、立ち向かうことになったとしても、絶対的な力の前に為す術も無く破れるに違いない。

 次に、闇と闇の者シャドウアイズの存在だ。

 闇の中でしか生きられない闇の者シャドウアイズ

 まるで吸血鬼、或いはゾンビといった者を彷彿させる。

 ゾンビは日光の下でも動いていたかも知れないが、噛まれると同じ生物になってしまうという意味ではそっくりだ。

 ただあの闇は、光が差さない場所ではなく、霧に近いものだった。

 なにか有害なガスが漂っているのだろうか?

 しかし、徐々に僕達を追い詰めるということは、自然現象では無く、これも何者かの仕業といえるだろう。

 この世界には家――もう廃墟と化しているが、それは各地に散らばっている。

 それなら、元々この世界で暮らしていた人がいるはずなんだ。

 その人達は一体どこへ消えてしまったのだろうか?

 その人達も、僕達と一緒に戦っているとは思えない。

 あとは、僕達の能力だ。

 僕達はこの世界で、それぞれ特殊な能力を手にした。

 僕のアビリティは、銃を自動で照準して発砲する殲滅の自動照準オートエイム&オートトリガー

 ペーロは、足音を立てずに忍び寄る隠密スキル。

 アイはドローンを匠に操り、黒マントは跳躍能力に長けている。

 そして、ハイジは治癒能力――まるで回復魔法のように使う。

 僕達の能力に一貫性はなさそうだが……。

 ペーロの話では、クラスに別れているということらしいので、似たようなアビリティを持つ者が何人もいるのだろう。

 僕の隣でペーロが、ハイジの作ったスープを美味しそうに啜っている。

「特殊能力は、一人一つしかないのか?」

 何気なく聞いてみた。

「どうした? 突然……」

「いや、ちょっと気になって」

「うーん、たぶんな……いっぱい持っているやつみたことねーな」

 ペーロは、くちゃくちゃと口に食べ物を含みながら喋っている。

「ペーロは、どうやって自分の能力に気づいたんだ? 僕は銃を撃つまで分からなかった」

「あぁ、俺はなんか、気づかれねーなと思って……存在薄いのかなとか思った時もあった」

「それはない! 絶対に」

 僕は即答した。

「どういう意味だよ?」

 ハイジはそれを聞いて笑っていた。

「なんか、体が軽いって言うか、ふわっと風に運ばれているように近づけるんだよ。最初は自覚なかったけど、能力なら納得できるなと思ったな」

「ハイジは?」

「わたしは、大怪我をした人がいて、薬も包帯もなくて、神様に祈りを捧げたら、わたしの体が光り、みるみる内にその人の怪我が治っていったんです」

「ハイジの能力は、なんかほかの人とは少し違うよな。そんな能力使う奴みたことねーし」

 ペーロはそう言うと、顎に手を当てて考え出した。

「そう言えば、まだ名前付けてなかったな……うーん……そうだなぁ、舞い降りた女神ライフフォーユーなんてどうだい?」

 ハイジは興味なさそうに笑顔を向けていた。

 元の世界でも、こんな能力があったら、活躍して有名になれたのに……。

 でも実際は、自分だけ特別なんてことはない。

 大勢の内の一人でしかない……ただの平凡な一人にすぎない。

 食後、ハイジは子ヤギにミルクをあげていた。

「そのヤギとうするんだ? 一緒には連れて行けないぞ?」

 ペーロは子ヤギの頭を撫でながら言った。

「はい……。ここに置いていくつもりです。でも、独りぼっちじゃ寂しいだろうし、きっとお母さんヤギも探していると思います。だから、お母さんの元に返してあげたいと思います」

「ハイジちゃんは優しいなぁ」

「一緒に探しに行こう」

 僕はハイジに告げた。

「ありがとうございます」

「アイに言うと、ダメ――とか言われそうだから内緒でいこうぜ」

 僕もハイジも頷いた。

 僕たちは、昨日子ヤギを見つけた丘の上までやってきた。

「どうだ、いるか?」

 子ヤギが鳴き出した。

 それに反応するかのように、別の鳴き声が聞こえてきた。

「近くにいると思います」

 僕たちはその鳴き声の方に進んで行った。

 すると子ヤギは突然駆けだした。

 僕たちも後を追うと、別のヤギの姿が見えた。

「お母さんでしょうか」

 二匹のヤギは体を寄せ合っていた。

「見つかって、よかったね」

「はい。ビリーさん、ペーロさん、ありがとうございました」

「それじゃあ、戻ろうぜ」

 ハイジは二匹のヤギに手を振っていた。

 僕たちは拠点に向かって歩き始めた。

 その時だった。目の前が突然真っ白になった。

 耳の奥がキーンと鳴り響く。

 この状況、過去にも覚えがある。

 僕達が家を襲撃した時に、窓から投げ入れた投擲――フラッシュだ。

 今度は僕達がくらっている。

 視界は奪われ、耳からは何の音も入ってこない。

 しまった……襲撃だ。

 そして、敵はすぐ近くにいる。

 足音には常に注意を払っているつもりだったが、話に夢中になっていて、まったく聞こえなかった。

 迂闊だった……。

 徐々に視界が開けてくる。

 ペーロの声が聞こえる。

「ビリー大丈夫か?」

「ああ、まだ生きてる」

 しかし、再び視界が遮られた。

 目を開けていられるが、まるで霧の中のように真っ白で何も見えない。

「今度はスモークかよ!? 一体敵は何を考えているんだ? これじゃあ、敵さんも何も見えないだろうに」

 しかし、攻撃されている気配はない。

 やがて、何事も無く視界が回復した。

「敵はどこだ?」

 周りには敵の姿は見えない。

「一体何が目的だ?」

 逃走目的だろうか?

「ハイジは大丈夫?」

 僕はハイジに声を掛けた。

 近くにいなかったから、周りを見渡した。

「ハイジ?」

 しかし、返事はない。

 不安がよぎる。

 いない……。

 僕は大声を出した。

「ハイジがいないぞ!」


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ハイジの運命やいかに!?

⇒ 次話につづく!

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