第九話 自分の弱さ
僕は朝から拠点の周りを見回っていた。
この世界で生き残るには索敵が最も重要で、こちらが先に敵を見つけることができれば一方的に攻撃できる。
逆にこちらが先に見つかってしまったら、圧倒的に不利な状況になってしまう。
僕は常に物音に耳を傾け、目で周りを注視するようにしている。
狙撃銃を持っていれば、サイトを覗いて遠くを確認できるが、狙撃銃を持っているのは黒マントだけだ。
だから見張りの者は双眼鏡を所持して、それで遠くを確認することになっている。
双眼鏡はそこまで倍率は高くないので、遠くまで見えるわけでは無い。
でも、拠点近くの敵の存在がわかればいいので、それで十分だった。
丘上に何か光るものが見える。
僕は急いで双眼鏡を覗いた。
敵だ――。
狙撃手が銃を構えて、僕たちの拠点の方を見ている。
僕は一緒に見張りをしているペーロに無線で連絡をした。
「ペーロ、丘上に敵の姿を発見した」
『なに? すぐ行く』
僕は狙撃手の射線が通らない所に身を隠した。
狙撃銃は一発で命を奪われかねない。
「どこだ?」
「うわっ」
突然後ろから声を掛けられたので、驚いて声をあげてしまった。
「急に大声を出すな! びっくりするだろうが!?」
ペーロが僕に向けて怒鳴り散らす。
「それはこっちの台詞だ!」
ペーロはステルス能力を使ったのだろう。近づいているのがまったく分からなかった。
ペーロのアビリティ能力の強さを改めて実感した。
「元の世界でこんな能力を持っているヤツがいたらと考えると、本当に恐ろしい……」
「なんか言ったか?」
「いや……。そこにいると、射線が通る! こっちに」
僕は手招きをして、ペーロを呼び寄せた。
僕は丘上を指差して、敵の場所を示した。
「あぁ、あそこか……」
ペーロに双眼鏡を渡した。
「敵は一人しかいなそうだな……」
本来なら無線でアイに連絡をするべきだが、アイと黒マントは昨夜の見張りの当番だったので、この時間はまだ寝ている。
「アイさんと、黒マントを起こそう」
「その必要はねぇ……俺にまかせとけ」
ペーロはナイフを取り出し、自信満々の表情を浮かべる。
「あの二人に頼ってばかりも良くねぇからな」
「わかった……。僕も行くよ」
「いや、いい」
「なんで……?」
「隠密スキルを使うから」
ペーロの隠密スキルは本当に強い。
僕は納得して、ここから敵の様子を見ることにした。
「動きがあったら報告するよ」
「あぁ、よろしくな」
僕は双眼鏡で敵の様子を伺っていた。
まだ、こちらには気づいていないようだ。
狙撃銃を撃つ様子も無い。
暫くすると、敵に近づくペーロの姿が見えた。
ペーロは敵にナイフで攻撃を仕掛けていた。
奇襲は成功したように見えたが、致命傷じゃ無い。
敵もペーロに対して反撃をする。
その後、こちらの位置からは二人は確認できなくなった。
「ペーロ、大丈夫!?」
僕は無線で連絡した。
しかし、返事は無い。
まさか……やられたんじゃ……。
僕はすぐに走り出した。
ペーロ……死なないでくれよ。
僕は走りながら、何度も無線で連絡をした。
「ペーロ! どうなっている? 応答してくれ」
いつまで経ってもペーロからの連絡は無い。
ペーロ……。
不安で、気持ちが悪くなってきた。
5分程で狙撃手のいた地点まで到着した。
その場所にはペーロが倒れていた。
「ペーロ!!」
「くそ……すまねぇ。逃げられた」
ペーロは腹を抱えて蹲っている。
血は出ていない。
致命傷ではなさそうだ。
「無事でよかった……」
「近づいてナイフでやろうとしたら、素手で殴ってきた。武道かなんかやっているんだろう。すげー強くて」
周りを見たが、敵は近くにはいない。
「今のうちに拠点に戻ろう」
僕はペーロを肩を貸して拠点に戻った。
ペーロはハイジに手当てして貰った。
打撲だけで、重傷ではなさそうだ。
僕はすぐにアイを起こして事情を説明した。
「分かった。ドローンで索敵しよう」
「次からは、単独で行動せずに、すぐに連絡をするんだ。いいね?」
「はい、すみません」
「くそ、なさけねぇ」
「命が無事でよかったよ」
アイは飛行ドローンで敵のいた付近を捜索している。
「奇襲は成功したんだが、最初の一撃で仕留められなかった……」
ペーロはソファで横になり、悔しそうにしていた。
暫くするとアイから報告が入った。
「見つけた。敵はまだ一人だ」
モニターには丘の上を移動する人影が映っていた。
「俺が行こう」
狙撃銃を手にして壁に凭れていた黒マントが口を開いた。
アイは地図を見せて、敵の場所を示した。
「この地点だ」
黒マントは家の入り口から出ると、すぐにその姿を消した。
跳躍で移動したのだ。
彼のアビリティは、一度にどれくらいまで跳べるのだろうか?
ズドン――。
暫くすると、重厚な銃声が響いた。
その音と同時にモニターには、敵が倒れる姿が見えた。
そしてすぐに黒マントが帰ってきた。
「片付いた……」
「よくやってくれた」
黒マントは簡単にやってのける。
まるで殺し屋のように。
「私はこのまま索敵を続ける。ヤツの仲間が近くにいるかも知れない」
アイは再び端末を操作し始めた。
「俺は部屋で休むよ……」
ペーロは苦しそうに部屋に向かって歩き出した
「大丈夫か?」
僕はペーロに肩を貸して、部屋に向かった。
「くそ、何が隠密スキルだ……」
「ペーロのアビリティは強力だと思うよ?」
「アビリティの力で気づかずに近づけても、殺せる腕が無ければ意味が無い」
部屋の前までくるとペーロは立ち止まった。
「お前のアビリティはいいよな……黙っていても当たるから」
ペーロはそう言って扉をしめた。
確かにペーロのアビリティは音無く近づけるだけだ。
黒マントの跳躍スキルもそうだが、戦いは自分自身の力で行わなければならない。
それに比べると僕は恵まれている。
アビリティを発動するだけで、敵を倒せるのだから。
僕自身は何もしなくても……勝手に敵を倒してくれる。
ゲームでもエイム練習は必要なのに、それすら必要ない……。
その日は、敵の襲撃などもなく1日が過ぎた。
朝、まだ早い時間だ。
ガチャリとドアの閉まる音がした。それで僕は目を覚ました。
目を開けると、隣に寝ているはずのペーロの姿が無かった。
トイレか?
辺りはまだ薄暗く、山の隙間から漸く太陽が昇り始めようとしていた。
窓から外を覗くと、家を出て行くペーロの姿があった。
こんな早朝に何をしているのだろうか?
ペーロのことを疑っているわけではないが、少し気になった。
万が一ということもある。
僕はベッドから下りてすぐに部屋を出た。
敵がきた時にすぐに動けるように普段着のまま寝ているので、上着を羽織るだけだった。
靴も西洋人のように部屋の入り口に置いていた。
僕はペーロの後を追いかけた。
外は少し冷える。
草が朝露で濡れている。まるで修学旅行で行った避暑地の朝のようだ。
こんな世界じゃなかったら、ゆっくりと朝の散歩を楽しめただろう。
少し歩くと、草の音が聞こえてくる。
僕は周りを警戒しながら、音のする方へと足を進めた。
遠くにペーロの姿が見えた。
ナイフを振っている――。
敵か!?
僕は急いで、彼の元へ駆けだした。
ペーロも僕に気がついた。
「うぉい、ビリーか!? どうした?」
「敵は?」
ペーロは驚いて口を開け、暫く僕の顔を見ていた。
辺りを見渡しても、どこにも敵の姿は見えない。
「敵?」
ペーロも辺りを見回した。
「今、戦っていただろう?」
ペーロは自分の握るナイフを見て、納得したようだ。
「あぁ、これな……素振りの練習してたんだよ……」
「素振り……」
早まった。てっきり敵襲かと。
「お前、もし敵がいたとして、素手でどうする気だったんだよ」
そうだった。余りにも慌てて飛び出したものだから、銃を持ってきていない。
ペーロは、呆れた顔を浮かべていた。
「毎朝、練習してるの?」
「見られちまったか……なんか恥ずかしいな」
ペーロは照れて、顔を背ける。
「別に、恥ずかしいことじゃないだろう」
むしろ、陰で努力しているペーロを、僕は尊敬する。
ペーロはその場に腰掛けた。
「話したっけか? 俺のいた世界のこと?」
「いや、聞いていないと思う」
「自然豊かでさぁ、そんなにでかくない町だけど、観光でたくさんの人が訪れるんだ」
僕も隣に腰掛けた。
「親が民芸品の作って売っててさぁ。俺も仕事の技術身につけようと思って、手伝ってたんだけど、不器用なのか、要領が悪いのか、姉ちゃんや親父みたく、なかなかうまくできなくてさ」
「お姉さんいるんだ?」
「あぁ、いつも子供扱いしてくるんだ……それが嫌でさぁ」
ペーロは後ろ手に両手を地面について、まだ陽が昇りきっていない薄水色の空を見上げていた。
「早く一人前になりたいって思ってた……俺の得意分野見つけて、働きたいなって……」
僕は感心した。彼は僕より年下なのに、もう仕事のこと考えている。
「もう以前のままの俺は嫌なんだ……。元の世界に戻るのもそうだけど、それ以上に――強くなりたいんだ!」
ペーロは僕に、真剣な眼差しを向ける。
「変かな?」
「いや、素晴らしいと思うよ。しっかり目標を持っていて」
「サンキューな……」
ペーロは鼻に手を当てて、恥ずかしそうな表情を浮かべる。
それに比べて僕は、自分のアビリティに頼り切りで、何も努力もしなくて、それでいて他人任せで。
「あのさ、みんなには黙っていてくれよ。なんか、陰で努力してるの知られると恥ずかしいだろ?」
僕は頷いた。
「努力って、弱い奴がさ、できない奴がするもんだろう? なんか、自分の弱さを認めたみたいで」
「そんなことは無い。なんの努力もしない人より、頑張ってる人の方が凄いと思うよ」
僕がペーロにかけたその言葉は、まるで自分のことを言っているようで情けなかった。
「じゃあ、この後少し走るから」
ペーロはそう言って駆けだした。
僕は小さくなるペーロの後ろ姿を見送った。
その日の朝、僕たちは拠点を後にした。
岩山を下って行く。
銃声もなく静かだった。
山の中腹までくると、微かに音が聞こえてくる。
「この音なんでしょうか?」
「川の流れる音だろう」
ハイジの質問にアイが答えた。
崖の下を見ると川が流れていた。
川の近くまでくると、流れは急で、とても渡って行けるものではなかった。
「川沿いに進むしか無いね」
ドドドドド――。
突然進行方向から轟音がした。
「なんだ!?」
「銃声だな……」
銃声と言うよりもまるで地鳴りだった。
一発二発じゃ無い。
ひたすら弾丸をばらまいているようだ。
「なんだよこの音……まるで戦争じゃねーか」
ハイジの表情が曇った。
戦争と言う言葉に、元の世界を思いだし敏感に反応したのだろう。
「しばらくここで待機だ。索敵してくる」
アイは飛行ドローンを轟音のする方へと飛ばした。
やがてモニターには橋が映し出された。
その横には砦の様な物が見える。
そこから無数の弾丸が飛び出していた。
橋のたもとに人影が見える。
「別チーム同士がやり合っているようだね」
橋のたもとのチームは銃で応戦しているが、何せ火力が違う。
次々と弾丸を体中にくらい、まさに蜂の巣のようになっている。
逃げようとしていた人物も、後ろから弾丸の餌食になった。
「うへぇ……ひでぇな……これ」
ハイジは見ていられないといった感じで、モニターから目を背けた。
やがて銃声は鳴り止み、まるで嘘のように静けさを取り戻した。
ドローンのモニターは、砦を映し出した。
そこには固定型の機関銃が見えた。
「ガンターレットだ――」
それは銃座に機関銃を設置して、人が向きを操作して弾丸を発射することができる装置だ。
固定することで反動を無くし、高威力の弾丸の連射を可能にしている。
「川で分断されていて、次の目的地に行くにはこの橋を渡るしか無いが……」
「ここを渡るとガンターレットの餌食になるぜ?」
「あぁ……とは言え遠回りしている時間はない。闇が迫ってきている」
「あの砲台、狙撃したらどうだ?」
ペーロは黒マントに目を向けた。
「それは無理だろう……」
黒マントの代わりにアイが答えた。
「周りを壁に囲まれている所に砲台が設置されているので、正面からでないと狙撃できない。そんなことしたら蜂の巣だ」
「誰かが潜入して、無力化するしかないってことか……」
敵のまっただ中に侵入する。
敵に気づかれたらすぐに増援を呼ばれて死は確実だ。
「ほかに何か考えられる作戦は……?」
「俺にやらせてくれ」
僕の言葉を遮るように、ペーロは口を開いた。
皆の視線がペーロに集まった。
「できるのか?」
「俺以外に適任はいないだろ?」
ペーロの表情は真剣で、何も口出しできないすごみがあった。
「わかった……無理はするなよ」
「今度は確実に仕留める」
ペーロはそう言ってナイフを握りしめた。
僕たちはいつでも突入できるように、砦の近くまで移動した。
ペーロは一人、砦の裏側に向かって進んで行った。
ペーロ……無事で帰ってきてくれ。
僕は双眼鏡でガンターレットを覗いていた。
しばらくすると、ペーロがガンターレットに座る敵の後ろから近づいて行くのが見えた。
彼はナイフを取りだし、敵ののど元に刃を向けた。
成功した。
ペーロの後ろに人影が見えた。
「ペーロ、後ろにもう一人いる」
僕は無線でペーロに告げた。
ペーロは振り返り、敵のナイフをかわしている。
「アイさん!」
僕はアイに指示を仰いだ。
しかし、アイは首を横に振る。
「今はペーロを信じるしか無い……」
黒マントは、狙撃銃を向けている。
再び双眼鏡を覗き込むと、ペーロはナイフを敵の腹に突き刺していた。
ペーロから無線が入った。
「や、やってやったぜ……」
息を切らしながらも、ペーロはそう告げた。
「よし、砲台を無力化した! 一気に突撃するぞ」
アイは橋にスモーク二つ投げいれた。
アイのドローンを先頭に黒マントは走り出す。
僕もすぐあとに続いた。
黒マントはグレネードを投げた。
ドーン――。
爆発と共に、扉が破壊される。
砦内部の二階に敵が見えた。
パァン――。
僕が銃を向ける前に、黒マントが撃った。
速い……僕の
一階の奥の部屋から、二人出てくるのが見えた。
その瞬間、僕の
「誰も逃がしはしない!」
僕はすばやくトリガーを二回引く。
「貫け! 僕の弾丸っ!!」
パァン――、パァン――。
弾丸は二人の敵の頭に命中した。
敵は、なす術も無く銃を構える前に倒れ込んだ。
これで五人……全員倒した。
僕は急いでガンターレットの方に向かった。
そこには血だらけのペーロが腰を下ろしていた。
「大丈夫か!?」
彼は笑顔で親指を立てた。
「あぁ……任せろって言っただろう?」
アイとハイジも砦の中に合流した。
ハイジはすぐにペーロの傷の手当てをした。
「わるかったな……努力しなくてもいいなんて言っちまって」
「いいよ、気にしてない」
実際、僕はペーロほど努力していない。
人を殺すための練習なんてする気になれなかった。
でも、これからは生き残るための努力はしようと思う。
その日、僕たちは砦で過ごした。
攻めるには難しいが、守るとなるとこれほど安心できる拠点はほかには無い。
部屋の数は少なくて、ペーロと同じ部屋で休んだ。
翌朝、ペーロが部屋から出て行くのが見えた。
窓から外を見ると、ペーロはいつものようにトレーニングをしている。
僕も着替えて、外に出た。
ペーロは僕に気づき、手をあげた。
「よぉ、早いな……」
「なぁ、ペーロ……」
「どうした?」
ペーロは素振りをしていた手を止めて振り返った。
「僕も……一緒にいいか?」
「あぁ、一緒に強くなろうぜ」
ペーロは右手を差し出してくれた。
僕はその手を掴んだ。
「少し走るか?」
僕は頷いた。
そして、ペーロの後に付いて走り出した。
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次回、ビリーとハイジが二人きりに!?
⇒ 次話につづく!
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