第二十九話 強い絆

 僕たちは、町まであと少しという所で狙撃された。

 僕は狙撃手に近づき弾丸を放ったが、見当違いの方向に飛んで行った。

 家の屋上には、狙撃手とは別のガンマンが立っていた。

 まさか、あのガンマン……飛んでいる弾を狙って、その軌道を変えた?

 そんなこと……できるわけが……。

 いや、アビリティの力があれば、不可能では無い……。

 そのガンマンは、僕に向かって話掛けてきた。

「あたいはジェーン……ウィルダネス・ジェーンだ」

 彼女はカウボーイハットにブーツと、いかにも西部劇に出てきそうな格好をしている。

 短いジーパンを履いて、へそを出した姿は目のやり場に困る。

 彼女は、銃を手の中で回転させたあと、銃口を僕に向けた。

「ヘイキッド、そんなところにぼさっと突っ立ってると、あたいの銃――ピースメーカーの餌食になるよ?」

 そう言うと、チューインガムを膨らませた。

 パァン――。

 僕は、慌てて塀の陰に隠れた。

 銃声じゃない……チューインガムを割る音か――。

 かなりの余裕をみせている――よほど銃の腕に自信があるのだろう。

「あねごー、銃声したけどなんかあったんすか?」

 男の声だ。

 僕は窓から家の中に入った。

 声のした方を確認する。

 男はカウボーイの女――ジェーンのいる家のドアから出てきて、屋根を見上げていた。

 大柄で、かなり太った男だ。

 ホットドッグ? のようなものを食べている。

「ドッグ、あんたもそんな所につっ立ってんじゃないよ! 敵襲だ」

 狙撃していた男もやってきて、会話に加わる。

「敵は全部で4人――あっしの果てを見通す眼ホークアイでサーチずみだ」

 彼は小柄で痩せていて、角のようにまっすぐ上に伸びた口ヒゲが特徴的だった。

「あっしも愛銃のライフル――イエローボーイで狙撃してたが、ちっとも当たんなかったぜ」

 彼は口ひげを触りながら、得意げに言った。

「ダリ! まったく、どこを狙ってんだい? 折角遠くまで見れるんだから、たまには当てて見せな」

「へぃすんません……しかし、デカイ奴には多少当てましたぜ」

「近くに敵がいる? それならおいらのアビリティ――嗅ぎ付ける猛犬スメルチェイスで見つけるよ」

 ドッグと呼ばれた太った男は、オーバーオールを着ていて、それは血のようなもので真っ赤に染まっていた。

 指に付いたケチャップを舐めている姿は、まるで血をすすっているかのようで不気味だった。

 彼は一度家の中に入ると、銃を持って出てきた。

 まるで犬のように鼻をならしながら、辺りを見渡している。

「こっちだね」

 彼は、まっすぐに僕のいる家に向かってくる。

 位置がばれている?

 僕はすぐに移動した。

 彼から見えないようにして、別の家に入る。

 しかし、太った男は僕の隠れている家に向かって歩いてきた。

 なんで分かるんだ?

 ガチャリ――。

 玄関の扉が開く音だ。

 足音がする。

 家に入ってきた。

 そして、彼は僕の隠れている部屋にまっすぐに向かってきている。

 僕は壁の隙間から、頭が見えないようにして様子を伺った。

 彼は、鼻を鳴らしている――臭いを追ってるのか?

 彼が手にしているのは、水平二連のソードオフ・ショットガンだ。

 銃身を短くしているため、射程距離は短いものの、至近距離での威力が高い。

 一発でも食らえば致命傷になる。

 もしこちらの位置が完全に分かっているなら、決め撃ちをされかねない。

 そしたら、僕の殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーが発動するよりも先に、彼のショットガンの弾丸が僕の体にめり込むことになる。

 僕は二階、彼は階段の真下にいる。

 どうする――?

 彼は、一歩一歩近づいてくる。

 銃だけで戦おうとしてはいけない。

 僕はポーチからグレネードを取り出した。

 本当はこんなもの……使いたくないけど――。

 僕も命懸けだ!

 ピーン――。

 グレネードのピンを抜く。

「当たってくれるなよ?」

 そう呟いて、階段下に投げた。

「グレネードだ逃げろ!」

 ジェーンの叫び声がする。

 彼女は、音を良く聞いている。

 僕はベランダに出て、家の入り口に銃を向けた。

 ドッグが出てきた――。

 ドーン――。

 家の中では爆発が起きる。

 それと同時に僕の殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーが発動する。

 パァン――。

 僕の放った弾丸は、ドッグの頭を撃ち抜いた。

 巨体はその場にばったりと倒れ込む。

 あと二人――。

「ドッグ!」

 ダリが叫んだ。

 僕は、その声の方に銃を向けて引き金を引く。

 パァン、パァン――。

 陽動の意味もあったが、運良く当たってくれれば――なんて甘い考えもあった。

 僕の放った弾丸は、家の壁にめり込んだ。

 やはり、しっかり目で敵を補足して殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーを発動しなければ、僕の腕だけでは当たらない。

「くそ、あっしがかたきを……」

 ズドン――。

 ダリは、僕のいる家に向かって撃ってきた。

 ダン――。

 弾丸は塀に命中する。

 続いてもう一発。

 ズドン――。

 彼は、レバーアクションのライフルを使っているようだ。

 連射はそれほど速くない――一発撃った後、次を撃つまでに2秒は掛かっている。

 それなら、一瞬頭を出して敵を捉えれば、僕の殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーで撃ち抜けるはずだ。

 僕は銃を構えた。

「ダリ、ここはあたしに任せな!」

「しかし、あねご……」

 ジェーンとダリの話し声が聞こえる。

「奴の銃の腕、見て無かったのかい? あんたじゃ勝てないよ」

「へい……」

「おい、あんた聞こえるか?」

 ジェーンは、僕に声を掛けてきた。

「どうだい? あたいとあんた、一騎打ちの決闘といかないかい?」

 僕は壁越しに、彼女の言葉を聞いた。

「あんたが勝ったら、あたいたちの負けでいい……お前も、それでいいな?」

「へい……ジェーン姉さんが負けるわけがねぇ」

 一騎打ちの申し出か……。

 今この状況で、戦えるのは僕だけだ……。

 人数的には、こちらが不利。

 僕としては悪くない条件だ――。

 僕には自信があった――接近戦なら負けるわけがない。

 これまで一対多でも撃ち勝ってきたんだ。

 一対一なら、なおさらだ。

「わかった!」

 僕は声をあげてそう答えた。

 騙して撃ってくる――と言うことも考えられる。

 僕は銃を構えたまま、窓から顔をだした。

「こっちにきな」

 ジェーンは、僕に背を向け歩き出した。

 敵に背を向けるなんて――。

 僕も決闘の申し出を受けた以上、後ろから撃つなんてまねはしたくない。

 僕はジェーンとダリ、二人から目を離さないようにしながらついて行く。

 アルクたちが気になったが、姿は見えない――どこか家に隠れているのだろう。

 ジェーンの後にダリ、そして僕が続く。

 町の広場までくると、ジェーンは立ち止まり振り返った。

「ここなら、開けていていいだろう?」

 ジェーンは、僕を指差す。

「ヘイキッド、あんた名前は?」

「僕は……ビリー」

 敵に名を名乗るのは初めてだ。

 決闘を申し出るくらいだから、腕には自信があるのだろう。

 僕の弾丸をはじき返したことが気になる。

 精密な射撃ができるということか――?

 ジェーンは、落ちていたコップを拾い上げた。

「こいつを放り投げる。地面に落ちたら勝負開始だ」

 この距離なら殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガー範囲内だ。

 僕は銃を構えた。

 ジェーンはホルダーに銃をいれたまま、手をその真上に置いている。

 構えないのか――?

「いくよ」

 ジェーンは、コップを空高く放り投げた。

 僕はジェーンを視界に入れつつ、コップが落ちるのを待った。

 コン――。

 コップが地面に落ちた。

 構えないのなら、こちらが先に仕掛けさせて貰う。

 ジェーンの姿は、すでに視界に入れている。

 殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーが発動する。

 僕はジェーンに照準を合わせ、トリガーを引いた。

 貰った――。

 パァン――。

 僕が銃を撃つのと同時だった――ジェーンはホルダーから銃を抜くと、腰の位置で構え、左手で撃鉄を起こす。

 パァン――、カン――。

 僕の弾丸は、あさっての方向に飛んでいく。

 やはり……飛んでいる弾丸を狙って、はじき返している。

 照準を覗くことなく、ホルダーのすぐ上、腰の位置で撃っていた所を見ると、彼女の能力もオートエイムだろう。

 僕の能力との違いは対物――しかも、クイックショット。

 しかし、2連発ならどうだ――?

 撃鉄を起こしてからトリガーを引くシングルアクションのリボルバーなら、連射がきかないはずだ。

 パァン、パァン――。

 僕は間髪入れずに撃った。

 ジェーンは、胸の前で銃を構える。

 パァン――、カン――。

 パァン――、カン――。

 今度も僕の銃弾は、彼女には命中しない。

 速い! 二発とも弾かれた――。

 引き金を引いたまま左手で撃鉄を連続して起こすことで、高速な連射を可能にしているのか!?

 アビリティだけでなく、銃の腕も超一流だ。

「ヘイキッド、あんたの実力はそんなものかい?」

 ジェーンは、銃口にあがる煙を口で吹き、僕に向かって笑顔を見せる。

 くそ、余裕ということか。

「あたいのアビリティ――旋回する自動迎撃ファニングブラストは、動くものを自動で捉える……確実にね」

 確実に……死を与える――そういう意味だろう。

 彼女の自信に満ちた表情に、僕はたじろんだ。

 まさに、蛇に睨まれたカエルのように。

「次はコチラの番だよ」

 ジェーンの言葉に反応して、僕は素速く家の陰に身を隠した。

 ダリが口を開く。

「隠れやがった……あのやろーせこい真似を」

「フフフッ」

 それでも、彼女は笑っていた。

 その余裕が、僕の恐怖を一層大きくする。

 まともに撃ち合ったら――絶対に勝てない。

 僕は、自分の腕を過信していた。

 上には上がいる。

 いいや、もともと僕に腕なんてなかったんだ。

 すべて、アビリティに頼っているだけだ。

「いつまで、隠れているつもりだい? 決闘の最中だよ」

 くそっ、銃の腕で勝てないなら、戦略で勝つんだ。

 僕と同じように、目で見るアビリティなら――。

 僕は地面の砂を握りしめ、ジェーンの前に飛び出した。

 そして、手にしていた砂を投げつける。

「くっ」

 砂を浴びたジェーンは、目を閉じた。

「汚ーぞ!」

 ダリが叫んだ。

 僕は決めたんだ、どんな手を使っても――絶対に生き残るって。

 パァン、パァン――。

 ジェーンは銃を撃ってきた。

 しかし、僕には当たらない。

 やはり、見えていない。

 僕の駆け込んだ先に、コップが落ちている。

 僕は、コップをジェーンに向けて蹴飛ばした。

 対物のオートエイムなら、これに反応するはず。

 タイミングは一瞬だ――。

 彼女が撃った瞬間に僕も撃てれば、はじき返すことはできない。

 僕は、銃口をジェーンに向けた。

 ジェーンは目を開き、コップの方を見た。

 そして、ホルダーから銃を抜く。

 彼女は、素速く僕の方に駆けてきた。

 そんな……コップを撃たない――。

 彼女は、僕の目の前までくると、僕の銃を持つ腕を引っ張った。

 そして、僕は銃を頭に突きつけられる。

「悪くない作戦だったよ」

 耳元でジェーンが囁く。

「でも……ジ・エンドだ」

 しまった――、これまでか。

 ジェーンは引き金を引いた。

 カチリ――。

 僕は観念して、目を閉じた。

「バーン!」

 ごめん……みんな。

 しかし、弾丸は僕の脳天を貫くことはなかった。

 僕は、ゆっくりと目を開く。

 ジェーンは、僕の腕を放した。

 僕は、彼女の顔を見上げた。

 なんで――?

「弾切れさ……」

 ジェーンは、背を向け両手を挙げる。

「まだ、一発残ってるんだろ? あたいの負けだよ……好きにしな」

 ジェーンは、僕の目の前に座り込んだ。

「あねき! まだあっしが」

 ダリは、ライフルを僕に向ける。

「バカ野郎! みっともない真似すんじゃないよ」

 ジェーンは、ダリに向かって怒鳴り散らす。

「あたいの顔に泥を塗る気かい?」

「へいすんません……」

 ダリは銃を地面に置き、ジェーンに並んで座り込んだ。

「どうぞ、あっしからやってくだせぇ」

 僕は銃を下に構えたまま構えなかった。

 それを見たジェーンは言う。

「この世界に情けなんて無用のものだろ? あんただって十分に分かっているはずだ……」

 彼女の言うとおり、自分が生き残るために、ほかの人を殺さなくてはならない。

 ここは、そんな世界だ。

 僕は、既に十二分に理解している。

「いいえ、情けとかそういうんじゃありません」

「じゃ、ひと思いに頼むよ」

 彼女はそう言って、自分の頭を指差した。

「弾は一発しかない……だから、二人を殺すことはできない」

「なら、装填すればいいだろう?」

 ジェーンは、不思議そうに僕を見上げる。

「それなら、あなたも装填すべきだ。だから……」

「だから?」

「……引き分けだ」

 ジェーンとダリは、あっけにとられて互いに顔を見合わせた。

「はははは、あんたのそういうとこ、嫌いじゃないよ」

 ジェーンは、両手を後ろ手に地面に付き、声を出して笑った。

「わかった、あんたがそういうなら、引き分けだ」

 彼女は立ち上がり、僕の胸に指を指した。

「なああんた、そのドッグタグ、あたしに預ける気はないか? 死んだら一緒にリスポーンできる」

 嬉しい申し出だった。

 僕の腕を買ってくれていると言うことだ。

 僕は胸のドッグタグを握りしめた。

 そして、俯いたまま首を横に振る。

「これは……決めた人がいるから」

 僕はそう答えた。

 一瞬の間を開け、彼女は口を開く。

「そうか、今のことは忘れてくれ」

 彼女は、僕の背中を叩いた。

 僕は呟いた。

「でも……受け取ってくれなかった」

「友達かい?」

 僕は黙って頷く。

「なら、信じるのさ……あたいたちもね、三人で一緒に戦ってきたんだ」

 ジェーンは、ダリの肩に手を乗せる。

「一人も欠けることなく元の世界に戻ると誓った……強い絆で繋がっているんだ」

 彼女は振り返り、僕の顔を見つめた。

「あんたたちの友情は、そんなものなのか?」

 僕は首を横に振った。

 違うと……信じたい。

「この手はね、銃を握るためにあるんじゃないんだよ」

 ジェーンは、僕の指先を握る。

「友達が間違った道に進んでいたら手を掴むんだ、挫けそうになっていたら手を差し伸べるのさ」

 僕はルカとハイジ、二人を元の世界に戻すために、この世界にやってきた。

 それが、僕にできること……。

 しなきゃならないことなんだ。

 僕は右手を、強く握りしめた。

「あんたなら、きっとできるよ」

 ジェーンは笑顔で、僕の背中を叩いた。

「さぁてと、どこか死に場所でも探すか」

 ジェーンとダリは、背を向けて歩き出す。

「命を絶つんですか?」

「あたいたちは、三人揃って元の世界に戻るって決めたんだ」

 ジェーンは、人差し指と親指を立てて銃の形を作り、僕に向ける。

「次合った時も敵同士だ……今度は負けないよ」

 ジェーンは、被っていたカウボーイハットを僕の頭に乗せた。

「ビリー、あんたはきっと、いいガンマンになるよ」

 僕の頭を軽く叩き、歩き始めた。

「さぁ、急ごう、あいつが待ってるよ」

「へい」

 ジェーンたちは、馬に乗って町を後にした。

 彼女たちは、強い絆で繋がっている。

 僕とルカが――失ったものを持っている。


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⇒ 次話につづく!

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