第三十二話 東洋の魔窟

 ここは、これまでの世界とは違っていた。

 商店街のような町中で、道路にも建物の塀にも無数の看板がひしめき合っている。

 しかし、どの看板にも店内にも、明かりは灯っていない。

 看板を見ると、書かれている文字は漢字のようだ。

 狭い路地はまるで迷路のようになっていて、同じような建物ばかりで迷って終いそうになる。

 店頭の雨よけと看板で、殆ど空が見えない。

「まるで中国の町中みたいだね」

 ルカが声を掛けてきた。

「こんな雰囲気の町は初めてだ」

「どこかに肉マン、売ってないかなぁ」

 肉マンか……日本にいた頃はコンビニで良く買ってたけど。

 この世界にきてから、粗末な食べ物ばかりだ。

「この商店街探したら、なにか美味しい食べ物見つかるかも知れないな」

「ちょっと、探してみようよ」

 ルカは、楽しそうに店を見て回っている。

 日本にいた頃を思い出す。

 いつも、二人一緒だったから。

 ルカが一緒なら、この世界も悪くないな――なんて思った。

「ねぇ、何ニヤついてるの?」

 ルカが顔を近づけてくる。

「いや、なんか日本にいた頃を思い出すなーって……」

 嬉しさが顔に出ていたようだ。

「がんばって早く帰ろうね」

「そうだね……」

 僕は、ルカの言葉に笑顔で頷いた。

 ルカと二人で、商店街を歩く。

 商店の数は多いのに、店員や客は一人もいやしない。

 当然か……。

「まずは、武器を手に入れたいな」

「どこかに、ないかなぁ?」

 僕は、店のカウンターの中に入った。

 これまでは、家の引き出しの中などにあったけど……。

 みつからない。

「ねぇ見て」

 ルカは商店街の出口を指差した。

 そこには、巨大な建造物が見える。

 それは、幾つものアパートが隙間無く建ち並び、アパートの上にまた別のアパートが建てられているような作りで、まるで巨大な要塞のようだった。

 僕たちは、その建造物の近くまで歩いて行った。

 密集した住宅地のようで、窓には洗濯物がみえるが、明かりは付いていなく人が住んでいる様子は無い。

「すごい建物だね」

「中に入ってみようか?」

 路地に入ると薄暗く、天井からは雨水のような雫がたれてくる。

 錆びた手すりや看板が、古めかしさを醸し出している。

 幾つもの建物同士が密集していて、丁度その建物の間がまるで中庭のような吹き抜けになっていた。

 地面にはゴミが散乱し――いや、ゴミで道が作られているといっても過言ではないほどだ。

 嫌な臭いが立ち込めてくる。

 足元や壁には、虫がカサカサと動きまわり、気持ち悪い……。

 四方には別々の建物があり、当然幾つもの窓が存在する。

 敵がどこかで狙っているかもしれないが、窓が多すぎる。

 この場所は急いで離れた方が良さそうだ。

 ほかの仲間は、この建物内にいるのだろうか?

 それなら、探さないとならない。

 最初からルカと一緒なのが、とても心強かった。

 ルカの方を見たら目が合った。

「なに?」

「……武器を探そう」

 気まずくて、そう言ってごまかした。

 今、最優先しなければならないのは、武器を手に入れることだ。

 次に仲間を探すこと。

 僕たちは、建物の一つに入った。

 部屋一つ一つは、四畳半や六畳程度だ。

 部屋に入ると、テーブルや椅子、ベッドが置かれていて生活の様子がある。

 しかし、銃器はどの部屋にも置いて無かった。

「武器、みつからないね……」

「これだけの部屋があるから、どこかにはあると思うんだけど……」

 パァン――。

 銃声が聞こえた。

 この建築物内からだ。

 僕たちは今、武器を手にしていない……。

 戦闘になったら一方的にやられてしまう。

 カン、カン、カン、カン――。

 足音が聞こえてきた。

 緊張で、胸の鼓動が速くなる。

 足音は、響いて距離が分かりづらい。

 上か?

 いや下の階か?

「誰かいるみたいだね……」

 ルカが小声で口を開いた。

「うん……見つかっていないみたいだけど……なるべく音を立てないように歩こう」

 カン、カン――。

 足音は近づいてきている。

 ばれていたのか!?

 カン、カン、カン、カン――。

 それは、走る足音に変わった。

「逃げよう!」

 僕たちは、足音と反対方向に駆け出した。

 せめて、武器があれば……。

 道はくねくねと曲がっていて、先が見通せない。

 視界が悪いのが一番危険だ――。

 進んだ先で、敵にばったり出会してしまうかも知れない。

「ビリー、誰かいる!」

 ルカが叫んだ。

 正面に人の姿があった。

 しまった――。

 どうする……挟まれた……。

 ほかに逃げ道は――飛び降りるくらいしかない……。

 しかし、ここは三階、落ちたら無事じゃ済まないだろう。

「キミたち……こっちだ」

 正面にいた男は、手招きしていた。

 仲間か?

 カン、カン、カン、カン――。

 後ろから足音が近づいてくる。

 僕はルカと顔を見合わせた。

 信じていくしかない。

 僕たちは、急いで男のいる部屋に入った。

「静かに……音を立てないようにね」

 男は僕たちが中に入ると、扉を閉めた。

「ここにいれば、見つかることは無い」

 彼は、眼鏡をかけて白衣を着ていた。

 僕よりも大分年上だ。

「あの……」

「しーっ」

 声を掛けようとしたが、男に制される。

 僕は息を殺して、音を立てないように待った。

 カン、カン、カン、カン――。

 僕たちの部屋の前を足音が通り過ぎる。

 しばらくすると、足音は完全に聞こえなくなった。

「いなくなったようだね」

 男は扉を開けて外を確認した。

 そして、すぐに扉を閉める。

「僕はハクだ。よろしく」

 ハクと名乗った男は、手を差し出した。

「僕はビリー」

「ルカです」

「仲間のキミたちに出会えてよかったよ」

 ハクは、僕たちの手を握る。

「キミたち武器は無いのか?」

「はい」

「こっちだ」

 ハクは扉をそっと開け部屋を出た。

 僕たちも後に続く。

 ハクは、勝手知ったるかのように迷路のような通路を進んで行く。

「この建物……詳しいんですか?」

 僕は、彼に問い掛けた。

「いいや……こんな場所にくるのは初めてだよ」

 ボッ――。

 ハクはライターで、煙草に火を付けた。

 フーッ――。

 煙が通路に充満する。

「キミたちに会う前に、少し探索したんだ」

 ハクは、くわえ煙草で喋りながら階段を下っていく。

「この建物の中は居住空間以外にも、商店や工場なんかにもなっているようだ」

 一階まで下って、細い通路を先に進む。

「武器の店もある……当然店員なんていやしないけどね」

 案内された部屋は、壁や机の上に幾つもの銃が置いてあった。

 僕は、机の上にあった拳銃を手に取った。

 マガジンが通常よりも長く、銃の先端にマズルブレーキが取り付けられている。

 拳銃は、この一種類しかないようだった。

「それは、93Rだね」

 ハクが説明してくれる。

「一回トリガーを引くと、三発続けて発射される――三点バーストのマシンピストルだよ」

 彼は、銃器に詳しそうだ。

 この銃はトリガーの先に、折りたたみ式のレバーのようなものが付けられている。

「貸してごらん……」

 僕は、ハクにけん銃を手渡した。

「このレバーのようなものは、フォアグリップになっている。左手の親指をトリガーの輪っかに引っかけて、この部分を握るんだ」

 ハクは、アサルトライフルのように両手でけん銃を持った。

「こうすることで、バースト時の反動を押さえることができる」

 僕はけん銃を受け取って、同じように構えてみる。

 フォアグリップ付きのけん銃なんて珍しい。

 三点バーストということだから、サブマシンガンよりは反動は少ないと思うけど、実際に撃ってみないと分からないな。

「ショットガンやアサルトライフルもあるけど、それでいいのかい?」

「僕は拳銃が得意だから」

 僕はそう答えた。

 ルカも、同じけん銃を手にした。

 僕は、けん銃にマガジンをセットした。

「よし、これで……戦える」

「果敢だね?」

「接近戦には自信があるんです」

「それは、それは……期待しているよ」

 ハクは、僕の肩を叩いて部屋を後にした。

 僕たちも彼の後に続く。

「ここは、まるで九龍城のようだ」

 ハクは、歩きながら口を開く。

 僕は、黙って彼の顔を見上げた。

「香港の九龍にかつて存在したスラム街でね……東洋の魔窟だとか、一度迷い込んだら二度と出てこれない――なんて言われていたね」

 この人……僕たちと同じ世界からきている?

 見た目は東洋人のようだけど。

「我々も、果たしてここから生きて出れるか……しかも、この建物のどこかにいる仲間も探さなくてはならない」

「敵を殲滅しなきゃならないなら、そうするだけです」

 不安を募らせるハクの言葉に対して、僕はそう答えた。

「随分、強気だね?」

「僕のアビリティ殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーは、視界に入れさえすれば確実に頭を撃ち抜けるんです」

「へぇ……頼もしいねぇ……それなら、立ち回りは君に任せるよ」

 パァン、パァン――。

 銃声が聞こえてくる。

「行こう」

 僕は二人に声を掛けた。

 隠れて待っていても、何も始まらない。

 僕たちは、音のする方へと向かった。

 なるべく上を取った方が良さそうだ。

 高所有利なのは、こんな建物内でも同じだ。

 階段を駆け上がった。

 カン、カン、カン、カン――。

 複数の足音が聞こえてくる。

 くねくねと曲がった狭い道ばかりで、敵がどこにいるか分からない。

「このまま無闇に走り回っていても危険だ。一端部屋に入ろう」

 近くの部屋に入り、窓から外を見る。

 向かいの建物が見えた。

 窓が多くてどこに潜んでいてもおかしくない。

 この中から敵を探し出すのは、殆ど困難だろう。

 パァン――。

 パリン――。

 窓ガラスが割れた。

「うわっ」

 ルカが声をあげる。

 僕はすぐに窓から離れた。

 向かい側から撃たれたんだ――。

 位置がばれている?

 僕は、通路に出てカメラを探す。

 しかし、見当たらない。

「向かいの建物に誰か見えるよ」

 ルカがそう言った。

 僕は再び部屋に入り、ルカの指差す方を見つめる。

 けどもう、姿は見えなかった。

 下手に窓から顔を出せないし、位置がばれているなら、通路からやってくるだろう。

「急いでここを離れよう」

 僕たちは、部屋を後にした。

 カン、カン、カン、カン――。

 再び足音が聞こえてくる。

「完全に敵に包囲網を張られているね……こりゃ無理かな?」

 ハクは、弱気にそう言った。

「諦めちゃ駄目です」

 僕は反論する。

 敵の位置さえ分かれば、こちらから仕掛けられるのに……。

「耳を澄ませて足音を聞こう」

 僕は足音を立てないように、ゆっくりと歩いた。

 ごそごそと、どこかで人の動く気配がするが、やはり正確な位置が分からない。

 ダン――。

 僕は段差に躓き、思わず壁に手を突いた。

 しまった――今の音が、敵に聞こえていなきゃいいけど。

 僕は、手を突いた壁を見上げた。

 すると、手を突いた壁の向こう側に人の影が見えた。

 え? なんだこれ?

 壁が透けている?

「ビリー、どうしたの?」

 ルカが、不思議そうに僕の顔を見つめる。

「この壁……」

「壁が、どうかしたの?」

 ルカには見えていない?

「ここで待ってて……」

 僕は、けん銃を手にして、敵が見えた部屋の扉を開ける。

 やはり、部屋の中にいた!

 男が一人――。

 敵を視界に入れると同時に、殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーが発動する。

 ダダダッ――。

 部屋の中にいた男は、頭に風穴を開け仰向けに倒れた。

「ビリー!」

「倒したのかい?」

 ルカとハクが部屋に入ってきた。

「へぇ……強いねキミ」

「なんで、敵の場所が分かったの?」

 ルカが、僕に問い掛ける。

「壁が透けて……敵の姿が見えた」

 いったい、これは……!?


⇒ 次話につづく!

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