エピローグ

 ジリリリリリリッ――。

 ベルの音がけたたましく鳴り響いた。

 僕は手探りで、目覚ましのスイッチを探す。

 時計の針は、丁度7時を指している。

 あと5分――。

 もう一度目を閉じた。

 毎朝、この瞬間が気持ち良い。

「常輝、起きなさい!」

 目覚ましの次は、母親の大声が耳を刺す。

 しぶしぶベッドから体を起こした。

 リビングではテレビ番組のキャスターが、まるで家族のひとりかのように喋っている。

 食卓にはご飯と味噌汁と、晩ご飯の残りのコロッケが並べられていた。

 僕はそれを口に運びながら、テレビに目を向ける。

『台風による被害で、森北地区では電気と水の復旧の目処が立たず――』

 テレビ画面には、屋根が飛ばされた家が映し出された。

 幸い僕の住んでいる地域は、そこまで被害は大きくなかった。

 気の毒に――と思う一方で、自分の家じゃなくてよかった――とも思う。

 他人ごとだし、これ以上の興味も湧かない。

『昨夜、高田町の路上で少年が遺体で発見されました――。腹部に銃で撃たれたような痕があり、警察は何らかの事件に巻き込まれたものとして調査しています』

「えぇ? ちょっと近くじゃないの……」

 母親が声をあげる。

 町の方だ――。

 見覚えのある商店街に、何人もの警察が動き回っている映像が流れる。

『続きまして、今日の天気です』

「気をつけなさいよ? 遅くならないうちに帰ってくるのよ」

「あぁ……」

 小さな町だ……どうせすぐに犯人は捕まるだろうし、町に行く予定もない。

 毎日、学校と家を往復するだけだけから――。

 朝食を済ませ、鞄を持って家を出た。

 自転車に跨がり、学校へと向かう。

 乾燥していて、気持ちのいい朝だ――でも、すこし肌寒い。

 9月も終わろうとしている……夏も終わり、秋が近づいてくる。

 僕はこの夏の記憶が殆ど無かった。

 何日間も失踪していたらしいが、その時のことを何も覚えていないのだ。

 友達のルカも、同じだった。

 親戚のお婆ちゃんは、神隠しとか言っていたけど、結局ふたりで家出したんだろう――ということにされた。


「ビリーの腕太くなった?」

 休み時間に、ルカが腕を触ってきた。

「え、そうか?」

 力こぶを作って、自分でも触ってみる。

 言われてみれば、夏前よりもなんかたくましくなった気もする。

 リーン――。

 音叉のような甲高い音が鳴り響いた。

「このペンダント、面白いよね?」

 僕の胸には、兵士が付けるドッグタグがある。

 ルカも同じのをしていた。

 二人のドッグタグが共鳴して音が鳴った。

「これってさー、お揃いで買ったんだっけ?」

 ルカの質問には、僕も答えられなかった。

 気に入って付けているけど、まるで買った覚えがない。

 キーン、コーン――。

 チャイムが鳴り、教師が入ってくる。

 僕は、机の中から教科書とノートを取り出した。

「きりーつ……礼……」

 日直の号令に従い挨拶をする。

 教師が黒板に書いたことを、ノートに書き写す――毎日がこの繰り返しだ。

 当たり前の日常が、流れるように過ぎていく。

「読書の秋……ということで……本を読んで、読書感想文を提出して貰います」

 教師がそう言うと、クラスメイトは悲鳴をあげる。

 えーっ――。

 喜ぶ奴など一人もいないだろう。

 僕も新作のFPSが出たばかりで忙しい。

「ねぇねぇ、何読む?」

 ルカが話掛けてくる。

「なるべく薄いやつ……」

「放課後一緒に買いに行かない?」


 放課後、ルカを自転車の後ろに乗せ町に向かった。

 中心地まできて、歩道に自転車を止める。

 田舎町とはいえ、繁華街は人通りが多い。

「本屋……どこだっけ?」

 書物とは無縁の生活をしているので、前に本屋に入ったのは数年前で場所を覚えていない。

「こっちこっち」

 ルカが先導して駆けだして行く。

 本屋に行くのがそんなに楽しみなのだろうか?

 漫画の感想文っていうなら話は別だけど、文字だけの本は読みたくない……。

 感想と言われても、面白かったです――の一行しか書ける自信が無い。

「ちょっと待って……」

 ドン――。

 いきなり駆けだしたものだから、人とぶつかってしまった。

「あ、すみません……」

 僕は頭を下げる。

 見ると、ぶつかったのは同い年くらいの女の子だった。

「ごめんなさい……」

 その子は慌てた様子で大通りを走って行った。

 リーン――。

 音叉のような音がする。

 胸のドッグタグが共鳴した!?

 僕は、走り去る少女を見つめた。

 ドン――。

 再び人とぶつかる。

 今度は、後ろからきた男に突き飛ばされた。

 男も少女と同じ方向に走っていく。

 もしかしてあの子……あの男から逃げているのだろうか?

 町を行く人は、そんなことは気にもせず、ただ自分の目的地に向かって歩き続ける。

 この国の人は、赤の他人には興味を示さない。

 揉めごとに関わり合いたくないからだ――。

 自分のことを犠牲にして、人助けをするなんてお人好しは、ほとんどいない。

 僕もそうだ――。

 知り合いならともかく……初めてあった人だ……。

 僕には関係ない。

 だから、背を向けた。

 ルカが、道の先で手を振っている。

 僕は、ルカの方へと歩き出した。

 でも、数歩歩いて足を止める。

 はたして……そうだろうか?

 あの子、どこかで会ったような……。

 僕は振り返った。

 少女の姿は、人混みに飲まれて見えなくなっていた。

 僕は走り出した。

 急いで男の後を追いかける。

 何か気になる……。

 あの子を放ってはおけない……そんな気がした。

 男は、裏通りに走って行った。

 大通りとは違い、道行く人の数は少ない。

 前を走る少女の姿も見えた。

 二人は路地裏に入って行く。

 僕もすぐにそこに駆け込んだ。

 細い道の先には塀があり、行き止まりだった。

 少女は男を見つめていた。

 その表情は、怯えている。

 男は、ポケットから何かを取り出した。

 金属製の装置――けん銃だ。

 モデルガンか何かだろう――初めはそう思った。

 しかし、今朝のニュースを思い出す。

 本物かも知れない――。

 男は、銃口を少女に向けていた。

 早く警察を呼ばないと――。

 でも、通報してから何分でくるのだろうか?

 10分でこれるとは思えないし……30分?

 男は今にも発砲しそうなのに……警察が間に合うわけが無い。

 男は僕に気づいていない――。

 今なら――。

 正義感が働いたのか、ただのヒーローきどりか、ここで少女を助けたら格好いいとでも思ったのだろうか?

 僕は男の後ろから、体ごと突っ込んでいった。

 ドン――。

 ラグビーのタックルなんて格好のよいものではない。

 ただ、体全体でぶつかっただけだ。

 僕は、男もろともゴミ捨て場の中に倒れ込んだ。

 カラン――。

 銃が地面に落ちる。

 これを男に拾われたら――僕が殺されかねない。

 先に拾うんだ!

 僕は、急いでけん銃を拾い上げる。

 なぜだろう? 初めて手にするのに、違和感を感じない。

 ずしりとする重みも、金属の硬さも冷たさも……。

 毎日手にしているスマホのように、ごく自然に手に馴染む。

 そして、銃口を男に向けた。

 こうすれば、男はびびって逃げるだろう――。

 そう思った。

 案の定、男は後ずさりする。

 脅しのつもりだった――。

 男がこの場からいなくなってくれればそれでよかった。

 しかし――。

 男はバタフライナイフを取り出した。

 カチン――。

 ナイフの先を僕に向ける。

 襲い掛かってくる気だ――。

 それを見た僕は躊躇しなかった。

 正当防衛になるとか、そんな気持ちが働いたんじゃない。

 ただ目の前の男を、敵――と認識したのだ。

 僕は、右手の人差し指でトリガーを引いた。

 パァン――。

 甲高い音が鳴り響く。

 一瞬だった――。

 男に声を上げる時間も、逃げ出す隙も与えない。

 一瞬で、男の命は消えて行った。

 ゴト――。

 男は額から血を吹き出し後方へ倒れ込んだ。

 なにをしているんだ――!?

 僕は――!?

 僕はこの手で……人を……殺した。

 それなのに……なにも感じない。

 戸惑いも……恐怖も……罪悪感も……。

 怖くて、無我夢中で撃ったんじゃない――。

 明らかに殺そうと思ってトリガーを引いた。

 僕は……。

 付近が騒がしくなる。

 誰かくる――。

 逃げよう!

 僕は、うずくまっている少女の手をとった。

 そして、一緒に走り出した。

 陽の当たらない路地裏から、光が差す通りへと駆けていく。

 裏路地の入り口には、別の少女が立ってこっちを見ていた。

 殺したところを、見られただろうか?

 その少女と目が合った。

 僕はすぐに目を逸らし、何ごともなかったかのように少女の横を通り抜ける。

 すれ違いざまに、少女は言葉を発した――。


 逃げれるべき場所なんてどこにもないのよ。

 どこにも……。

 戦って勝ち上がって行くしか無い。

 敗者はどぶ水をすするしかない。

 それが嫌なら戦うの……。

 永遠に……。

 死ぬまでね。


----------

この物語は、これで終わりとなります。

最後までご愛読いただき、誠にありがとうございます。

沢山の応援とコメントが、執筆の励みになりました。

新たな物語を皆さまにお届けできるよう、精進したいと思います。

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だから僕は……オートエイム(チート)で異世界バトロワゲームを無双する! 穂村緋彩 @Homura_Hiiro

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