第三話 夜空に輝く星達

 僕は異世界で、ナイフを持った男に襲われていた。

 目を開け、手で顔を触ると、その手は真っ赤に染まった。

 腕を切られたのか……?

 傷は深いだろうか?

 目の前にいる男を見ると、ナイフを振り上げたままの姿勢で止まっている。

 痛みは……無い……。

 まだ切られていない?

 それなら……この血は?

 鬼のような形相をした男の顔を見ると、額に穴が空き、そこから血が流れ出している。

 そして、硬直したまま、僕の方に倒れ込んできた。

 僕が避けると、男は頭から崖の壁に凭れ掛かり、その姿勢のまま動かなくなった。

 崖の壁には、まるでペンキで塗られたかのように、男の血がべったりと付いていた。

 僕は無傷……。

 顔にかかったのは、男の血だった。

 倒れている男を見ると、後頭部にも穴が空いている。

 銃で撃たれたのか?

 近くに誰かいる!?

 僕は慌てて周りを見渡したが、誰も見当たらない。

 それなら、遠距離から狙撃されたのだろうか?

 死んだ男は、後頭部右側に穴が空いている。

 そうすると、崖を背にした場合、左手側から撃たれたことになる。

 その方向を見たが、森の中に狙撃手の姿は見当たらない。

 更に遠くに目を向けた。

 すると、遙か遠くの山上に、家が小さく見えた。

 そして、その家の二階がキラリと光った。

 その距離は、1キロはあるのでは無いだろうか?

 まさか……この距離を、正確にヘッドラインに合わせて、撃ち抜いたというのか?

 だとしたら、とんでもない腕の持ち主だ。

 狙撃手が、敵か味方か分からない。

 次は、僕の頭を撃ち抜かれるかも知れない。

 そう考えて、射線が通らないように、急いで物置小屋の方に移動した。

 ハイジとペーロも駆け寄ってきた。

「大変、早く止血しないと!」

 ハイジは、顔を青ざめていた。

 僕は二人に状況を説明した。

「よかったです……本当に……」

 ハイジは泣き出しそうになっていた。

「いやぁ、危機一髪だったなぁ」

 ペーロは、へらへら笑いながら僕の肩を叩いてくる。

 僕はペーロに詰め寄った。

「どういうことだよ!?」

「スマン、まじスマン。急に腹が痛くなって……」

 彼は、両手で僕を拝み、平謝りをしてくる。

「いつもこうなんだよな……緊張すると腹が痛くなって……わかるだろ?」

 呆れて、何も言い返す気にならない。

 もう、こいつは信用しないことに決めた。

「それにしても、さっきの奴のアビリティ……投げナイフ凄かったな? まるでサーカスだよ」

 僕は不機嫌で、ペーロを睨み続けていた。

 ペーロは僕の視線に気づかない程ずぼらなのか、楽しそうに会話を続けている。

「そこで俺はこう名付けたんだ『戦場の曲芸師アクロバティックナイフ』――どうだこの名前? 良くないか?」

「僕が襲われている間にそんなこと考えていたのか?」

「いや、だから……スマンて……本当に動けなかったんだって」

 ペーロは僕の両肩を掴んできた。

「だから……せめて名前だけでもって思って……」

 こいつの話は無視することに決めた。

 ハイジは、ポケットから真っ白なレースのハンカチを取り出し、僕の顔に付いた血を拭き取ってくれた。

「ありがとう」

 綺麗なハンカチを汚してしまったことが、申し訳なく思えた。

「もし、お怪我があれば言って下さい。治療しますので」

 緊迫した状況だったので気が付かなかったが、そう言われると、腕の辺りがヒリヒリする。

 手を当てると、左腕の肘の辺りが切れて流血している。

 逃げている時に、木の枝にでも引っかけたのだろうか?

「たいへん! じっとしていて下さい」

 ハイジは僕の手を取り、傷の上に自分の手をかざした。

 彼女は目を閉じて、ゆっくりと深呼吸を始める。

 やがて、ハイジの体から光が溢れ出す。

 彼女の体は、緑色に輝き出した。

 だんだんと、僕の腕が温かくなってくる。

 まるで風呂に入っているような感覚で、気持ち良くなってきた。

 ハイジは、ふーっと大きく息を吐くと、その体から発していた光は消えた。

「傷を塞いだので、もう痛みは無い筈です」

 腕をみると、傷口が塞がっていた。

「これがわたしのアビリティ。一時的に、自己回復速度を急激に高めることができます」

 これは、まるで魔法――。

 こういうのを目の当たりにすると、本当に異世界にきたんだなと実感する。

「すごい……ありがとう」

「いいえ、私にはこれくらいしか……お役に立てることができませんので」

 ハイジの少し照れた表情は、可愛いかった。

 ペーロが覗き込んできた。

「すげえな……綺麗に治っちまうんだ。これまで医者はいたけど、魔法みたいなの使うの初めて見たよ。名前……どうすっかな?」

「この世界で魔法を使える人は、滅多にいないの?」

「炎飛ばしたり、空飛んだりするような奴はいないなぁ。みんな武器で戦ってる」

 その言葉を聞いて、僕は少し残念に思った。

 折角異世界にきたのなら、剣や魔法でドラゴンと戦いたかった。

 それにしても、今のは99%死んでいた……。

 助かったのは、奇跡に近い。

 はっきり言って、殺し合いなんかしたくない。

「教えて欲しい、元の世界に戻る方法を!」

 僕は、二人に対して問いただした。

 ハイジとペーロは答えを知っているのだろう、顔を見合わせた。

「その方法は、ひとつしかありません。それは……」

 ハイジの口調は重かった。

「それは、わたし達仲間以外のすべての人間を殺すことです」

 すべての人間を……殺す――。

 冗談で言っているとも思えない。

 ハイジとペーロの顔を見たが、二人とも目を逸らし、それ以上何も言わなかった。

 いったい、なんなんだよこの世界!

 殺し合いをさせるために、僕はこの世界に連れてこられたと言うのか!?

 狙撃手のいた小屋のことを話すと、ペーロは仲間のいる拠点に間違い無いと言っていた。

 ペーロの言葉はもう信用できないが、ほかにあてが無いので行くことにした。

 僕達三人は、薄気味悪い森の中を彷徨い歩いていた。

 殺し合い、生き残らなければ、元の世界に戻れない――。

 歩いている間も、そのことが頭を離れなかった。

「こりゃ迷ったなぁ……どっちだったかなぁ?」

 さっきの場所からは拠点の場所は良く見えたが、森に入ってしまうと高い木々が邪魔で位置が分からない。

 本当にこの方角であっているかも分からなくなる。

 至る所から、怒号と悲鳴が聞こえてくる。

 絶えず、殺し合いが行われている――まるで、ここは戦場じゃないか。

 パァン、パァン、パァン――。

 近くで銃声が起きた。

 先頭を歩いていたペーロが、突然立ち止まる。

「近いぞ……」

 銃声は、すぐ横の崖下から聞こえてきた。

 見下ろすと、崖の下で何人かが撃ち合っている。

「銃はまずい……勝てない」

 ペーロが呟いた。

 僕達は見つからないように、茂みに身を潜めた。

 僕は草の隙間から、崖下の様子を伺った。

 見ると二人対三人で、岩を盾に撃ち合っている。

 あの人達も、僕のように無理矢理連れてこられたのだろうか。

 銃撃戦がどうなるか見ていると、撃ち合っている人の後ろに、黒い霧があることに気が付いた。

 そればゆっくりと、彼らの方へと近づいてきている。

「何だ、あれ?」

 僕はペーロに問い掛けた。

「ちょっとまってくれよ、今地図を見ているから……そもそも、ここはどの辺だ?」

 ペーロは、手元に地図を広げて、僕の指差す方を見ていない。

 周り一面に広がる黒い霧は、徐々に森を飲み込み、撃ち合っている男達に迫っている。

 目をこらすと、黒い霧の中に何やら、もぞもぞと、うごめくものが有る。

 長い口に鋭い牙があるので、オオカミかと思ったが、どうもそうでは無い。

 猫背で二足歩行をしている。

 前脚――いや、腕と呼んだ方が正しいだろう。

 その両手には、長い鉤爪を備えていた。

 体毛は殆ど無く、むき出しの皮膚は、骨と血管が浮き出ていて浅黒い。

 布のような物を体に巻いている奴もいる。

、真っ赤に光る両目は、この世のものでは無いような――霊的な印象を受けた。

 それは、一体だけではない。

 霧の中に複数見える。

 黒い霧は、男達のすぐ後ろまで迫っていた。

「なぁおい、あれは何だよ!」

 僕は声を荒げて、ペーロの服を引っ張った。

 ハイジも気づいたのだろう、小さな悲鳴をあげた。

 ペーロもようやく、僕の指差す方を見た。

「まずい、あれは闇……。と、とんでもない数の闇の者シャドウアイズがいるじゃねーか! なんで、もっと早く言わないんだよ」

「言ってただろうが!」

 僕達が言い争っていると、崖下から悲痛な叫び声が聞こえてきた。

 見ると銃で撃ち合っていた男達が、その闇に飲まれている。

 そして、闇の中にいた獣――ペーロは闇の者シャドウアイズと呼んでいた。それが、男達に襲いかかっている。

 敵同士だった両チームは銃撃をやめ、迫りくる化け物に対して銃で応戦していた。

 しかし、数が多すぎる。十匹以上は見える。

 闇の者シャドウアイズは男達に飛びかかり、長い爪で引っ掻いた。

 それはまるで鎌のように鋭利で、血が飛び散っている。

 そして男が倒れると、首元に牙を向けた。

 森の中に、男達の叫び声が響き渡る。

 咬まれた者は、もがき苦しんでいるが、どうもその様子がおかしい……。

 目は充血し、肌の色はどす黒くなり、血管が隆起しだした。

 そして、口は割け、牙をむき出しにして、闇の者シャドウアイズと同じ姿になった。

「………………なっ!」

 僕はもう、言葉が出なかった。

 闇の者シャドウアイズに噛まれると、同じ姿になる……!?

 じゃあ、あの化け物は、元は人間だったってことか!?

 布の様な物を巻いていると思ったのは……服だった。

 新たに闇の者シャドウアイズとなった者が、自分の仲間に襲いかかっている。

 男達は次々と噛まれ、その姿を醜く変えていった。

 その間も、闇の進行は止まらない。

 そして、僕達のすぐ近くの崖下まで進んできていた。

「何をぼさっとしているんだ、早く逃げるんだ! お前もああなりたいのか!?」

 ペーロは闇から逃げるように、反対方向へ駆け出した。

 僕もハイジも、その後ろに続く。

 また一つ、疑問が増えた。

 闇の者シャドウアイズとは……何だ?

 殺し合いだけじゃ無いのか?

 走っていると、正面から何か飛んでくる。

 今度は何だ? 巨大な虫? いや、ラジコンのようにも見える。

「ペーロ、何か飛んでくるぞ!」

「しめた、これはねぇちゃんのドローンだ」

 ドローン……軍事用の無人偵察機か。

 ラジコンヘリにカメラが取り付けられ、空撮に利用される。

 そのドローンは、四角い形状の四隅に小さなプロペラが付いていて、一切音を立てることなく、僕達の目の高さで飛んでいた。

 そしてそれは、向きを変え逆方向へと移動し始めた。

「よし、このドローンに付いて行くぞ!」

 僕達はドローンに先導されるまま、森の中を駆け抜けた。

 闇は、僕達の後ろからゆっくりと近づいてきている。

 5分程走ると、それぞれの走るペースが落ちてきた。

 それが分かったのか、ドローンも移動のペースを落としてくれた。

 それから10分ほど山道を歩いた。

 もう後ろに、闇は見えない。

「この世界に安全な場所はないのか? 街中とか? 戦わないですむようなところは?」

「そんなのはねーな……。この世界にいる人間は、俺たち以外全員敵……命を狙ってくる」

「ほとぼりが冷めるまで、どこかに隠れてやりすごせれば……」

「そんなことしても無駄だぜ……闇が近づいてくる。やがて闇が世界を覆いつくす。それまでに全員殺さなければ、闇に飲まれて闇の者シャドウアイズになっちまう」

 逃げる場所なんてどこにも無いってことか。

 僕達には、戦うしか……選択肢は無いってことか。

 やがて崖の上に、家が見えてきた。

 その家は、周りを高い木で囲まれ、丸太を積み重ねて造られた木造の二階建ての山小屋だ。

 中には暖炉があるのだろうか? 一階から伸びた煙突部分だけが、レンガ造りになっていた。

 一階と二階それぞれに、L字型のテラスがある。

 その二階のテラスには、人影が見えた。

 この家は見覚えがある……。

 僕がナイフを持った男に襲われた時、狙撃があった場所だ。

 ドローンは、窓から家の中に入って行った。

 そして、入れ替わるように、中から女性が迎えに出てくれた。

「やぁ、危ないところだったね」

 その女性は、僕よりも二つか三つ年上に見える。

 すらっと背が高くショートヘアで、眼鏡を掛けている。

 タンクトップにカーゴパンツといった服装のためか、中性的な印象を受けた。

「連れてきたぜ。冴えない坊ちゃんと嬢ちゃんだ」

「お前が言うな!」

 ペーロは親しそうに、その女性と話始めた。

 二人の会話を聞いて、ハイジにも笑顔が戻る。

「俺には長年培った技がある。そこいらの男とはひと味違うのよ」

 ペーロは、自慢げにナイフを振り回した。

「それ、長いこと勝利できて無いってことだよ?」

「それは、おまえも一緒だろ?」

 ペーロの言ったその一言で機嫌を悪くしたのか、背の高い女性の表情は曇った。

「そんなことより、早く入んな」

 背の高い女性は、扉を開けて招き入れてくれた。

 家の中に入ると、一階から屋根まで吹き抜けで、まるで山小屋のロッジのようだった。

 一階は間取りの広いリビングになっていて、中央に置かれたテーブルの上には、パソコンと地図が広げられていた。

「挨拶が遅れたね、私はアイ。楽にしてて」

 リビングにある三人掛けのソファに、座るように勧められた。

 僕とハイジは自己紹介をして、ソファに並んで腰掛けた。

 アイはテーブルに手を突いて、僕とハイジの顔を交互に覗き込んできた。

 顔も近いが、胸も近い……。

 タンクトップの隙間から覗く谷間が気になり、目のやり場に困って俯いた。

 そして、彼女の胸にもドッグタグがあった。

 リーンと共鳴する――。

「君達恋人どうし?」

 アイが鋭い質問を投げかけてきた。

 誤解されたらハイジに申し訳ないと思ったので、僕は慌てて手を振った。

「さっき……初めて会ったばかりです」

「へー、お似合いだと思ったけど……まぁいいや」

 気まずさから、隣に座るハイジの顔を見れなかった。

 ソファの後ろに凭れ掛かっていたペーロが口を開いた。

「この坊ちゃん、初めてなんだってさ」

 アイは水の入ったコップを、僕達二人の前に置いてくれた。

「あー……それは災難だったね。こんな言葉をかけるのもどうかと思うが……」

 そしてアイは、まるで乾杯をするかのように、自分のコップを顔の前に持ってきた。

「ようこそ、デスゲームへ」

 僕は出されたコップを見つめていた。

 デスゲームか……やはり殺し合いは避けて通れないのだろうか。

 アイは向かい側に腰掛け、テーブルの上に置いてあった端末を操作する。

 パソコン……だろうか?

 疑問に思っていると、アイが説明してくれた。

「これは、情報端末だよ。戦争は情報戦だからね、私は戦闘はからっきしだけど、情報収集はまかせて!」

 さっきのドローンが、アイの元に飛んできた。

「これが、私の特殊能力さ」

「アイの能力に名前を付けるとしたら鋼鉄の追跡者タクティカルスカウトと言ったところだな」

 ペーロは自信満々に言った。

「なるほど……悪くないな」

「だろぉ?」

 アイとペーロは仲良さそうに会話している。

 ペーロの暗殺能力、ハイジの治癒能力、そしてアイのドローンと、みなそれぞれ特殊能力を持っているようだ。

 アイは、キーボードを叩きながら話掛けてきた。

「どこまで聞いてる? この世界のこと……」

「殺し合いをしないと戻れないとか、死んでも生き返るとか……」

 うん。もう少し詳しく説明しよう。

「この世界は、誰が言い出したのかデスロンドと呼ばれている。死が巡る――といった意味で付けられたのだろう」

 死が……巡る世界。何度も死を繰り返す世界か……。

「私達サバイバーは、この世界で15日間戦い続けなければならない。1日ごとに徐々に闇が迫ってくる。そして15日目の夜にこの世界は闇で覆い尽くされる。それまでに、ほかのチームをすべて殺さなければ、私達も闇に飲まれ、闇の者シャドウアイズと化す」

 人を殺す――。

 その言葉に敏感に反応してしまう。

「逆を言えば、私達五人が最後まで生き残れば、晴れて元の世界に戻れる。無理に殺し合いをする必要は無い。生き残ればいいんだ。逃げ隠れるのも一つの手だろうね。実際そういう立ち回りをするチームもある。ただ、どうしても最後はほかのチームとの対決にはなってしまうけどね。できれば、なるべく戦わずに済ませたい」

 ペーロが話に割って入ってきた。

「この五人ならクラスのバランスも良さそうだし、今回はなんとかなりそうな気がするんだよな」

「五人と言ったけど、この場にいるのは四人。あと一人は?」

 僕は周りを見渡した。

「もう一人は、テラスにいる」

 アイは親指で、自分の背中側を指差した。

 吹き抜けの二階を見上げると、窓の外に人影が見える。

「ご挨拶してきますね」

 ハイジは立ち上がり、階段に向かった。

 僕も立ち上がろうとすると、ペーロが僕の肩に手を乗せてきた。

「アイツはやめといた方がいいぜ……いろいろとな。挨拶だってしやしないし」

 そうは言っても、黙っているのも気が引ける。

 僕はハイジの後に続いて、階段を上がった。

 テラスには男の姿が見えた。銃を構え外を見ていた。

 その男は、アイと同い年か少し年上だろう。

 マフラーを口元まで巻いて、表情を隠している。

 真っ黒なマントに身を包み、銃身の長い狙撃銃を手にしていた。

 マントの隙間からは、拳銃や短剣らしきものが見える。

 僕がナイフを持つ男に襲われていた時、奴の頭を撃ち抜いたのは彼だろう。

 窓の外からは森が良く見える。遠くに、あの物置小屋もあった。

 挨拶と礼を言おうと、一歩踏み出した時だった。

「侵入者か?」

 男は振り返り、拳銃を向けてきた。

 仲間だって言おうとした。

 しかし、それよりも速く銃口から火花が飛び散った。


 パァン――。


 それまで静かだった家の中に、甲高い音が響き渡る。

 背筋が凍った……。

 ちびりそうになった。

 ハイジは僕の前で、両手で顔を覆っている。

 銃弾は僕の足元に向かって、放たれていた。

 床を見ると、鼠が撃ち抜かれて死んでいた。

 僕は、その場から一歩も動けなかった。

 そして、何もしゃべれなくなった……。

 下手なことを言ったら、撃たれかねない。

「次からは、自分の身は自分で守るんだな」

 男はそう言って、顔を外に向けた。

「武器が無いなら、そこの拳銃を使え」

 壁際に小さな机があり、その上には拳銃が置いてあった。

 僕は拳銃を手に取った。

 本物の銃……モデルガンは高くて買って貰えないから、初めて手にする。

 それは、ずっしりと重い。まるで文鎮を持っているかのようだ。

 僕は銃を手にし、そのまま階段を降りた。

 階段下から、アイが見上げていた。

 僕が一階まで降りると、彼女は小声で耳打ちをしてきた。

「あいつには気をつけて。危険な奴だから……絶対に信用しちゃだめよ」

 触れるものすべてを切り刻むような危険な男……だということは、よく分かった。

 僕は拳銃をテーブルにおいて、ソファに腰を下ろした。

 ハイジも階段を降りてきて、再び僕の横に座る。

「あいつのことは、黒マントとでも呼ぼうぜ」

 ペーロは、そう言った。

 仲間にあんな奴がいるなんて、これから先が不安で仕方ない。

「小型無線機を渡しておくわ。これでお互いに連絡が取れるから」

 そう言ってアイは、小さな機器をテーブルの上に置いた。

 それはイヤホンマイクだった。

 僕はそれを手に取り、スイッチを入れて耳に装着した。

 ハイジはどうして良いか分からなかったようで、アイに付けて貰っている。

「どお? 聞こえる?」

 アイの声が、イヤホンから聞こえてきた。

「敵がくるまでは、やること無いから、くつろいでて」

 そう言うと、アイは再びキーボードを叩き出した。

 ペーロが、テーブルに置いてある僕の拳銃を覗き込んだ。

「1911か……渋いな。使い方、分かるのか?」

 銃については、ゲーム内での知識くらいしかない。

「私が説明するよ」

 僕はアイに拳銃を手渡した。

「まず、マガジンをセットする。次に上部のスライドを後ろまで引っ張って離す。これでコッキング完了、装填された状態になる。あとは、トリガーを引けば弾は発射される」

 僕は再び拳銃を手にして、グリップを握った。

「グリップセーフティが付いているので、握りが浅いとトリガーが引けないのでしっかり握るんだ。撃つとき以外は危険だから、人差し指はトリガーに掛けないようにね」

 アイがしたように、同じ手順でやってみた。

 スライドを引くには、結構力がいる。

 ガッチャン――。

 金属音が響く。

 本物の銃を手にした興奮で、少し顔がにやついてしまっていたかも知れない。

「照準は上部にある二箇所の凹凸が平らになるように合わせて、その上に敵の頭を置くようにして狙う」

 実際に構えたが、手が震えて安定しない。

「両手で持って、わきを締めて構えると安定するよ」

 言われた通りにやってみる。

 これなら手の震えが止まって狙いやすい。

「遠くの敵に、ましてや動いている敵に対して当てるのは、相当練習しないと難しい。最初のうちは、なるべく引きつけて撃つといいよ」

 確かに近距離なら狙わなくても当たる。

 けれどそれって、敵が丸腰で身動き取れなくなっている時くらいだ。

 敵が銃を持っていたら、腕前の差で生き死にが別れるだろう……。

 ここには敵がいて、武器を持っていて、命のやりとりを行う戦場なんだと、改めて思い知らされる。

「銃によって装填できる弾が違うから注意してね。キミの銃は45ACP弾だ。威力は高いけど、一度に最大八発しか撃てないのがネックだね。予備のマガジンのリロードを素速くできるように練習しておいた方がいい」

 アイは部屋の奥にある棚から、予備のマガジンと弾丸を持ってきてくれた。

「弾丸の交換の仕方を教えるよ。貸してみて」

 僕は、拳銃をアイに手渡した。

「マガジン内の弾を撃ち尽くすと、スライドロックが掛かって、スライドが後ろに引かれた状態になる。だから、弾がなくなったことはすぐに分かるだろう」

 銃を見ると、スライドが後ろに引かれた状態になっている。

「親指の先にあるマガジンリリースボタンを押して、マガジンを交換するんだ」

 アイがボタンを押すと、すっとマガジンが落ちてきた。

「再びマガジンを入れたら、スライドリリースレバーを下げることで、スライドが元の位置に戻る」

 思ったよりもレバーやボタンが多くて、混乱してしまいそうだ。

「スライドリリースレバーは、右手の親指だと届かない位置にあるので、左手の親指で下げる必要がある。レバーを使わない方法もあって、上部のスライドを左手で持って後ろに引っ張って離すことでも、同様のことが可能だ」

 銃を渡され、同様の手順でやってみる。

 銃は、引き金を引けば撃てるだろう――程度にしか考えていなかったので、その手順の多さは意外だった。

「持ち運ぶ時だけど、緊急時にすぐに撃てるように、チャンバーに弾を送ってコックした状態にしておくといい。暴発するといけないから、親指上部のセーフティを入れるのを忘れずにね」

「解除したい場合は、どうすれば?」

「デコッキングレバーは付いていないので、撃鉄を抑えながらゆっくりとトリガーを引く必要がある。この時に誤って発射してしまわないように十分注意してね」

 アイの説明が終わり、僕はホルダーを腰につけた。

 しっかりと安全レバーが下りていることを確認して銃をしまう。

 昔エアガンをこんな風にして身につけていたことがあったっけ。

 あの頃は、ただ格好付けたいだけだったけど。

 本物の銃は、身につけているだけで怖かった。

 間違って、自分の足を撃ってしまうんじゃないかと思って。

 立つときも、座るときも腰に付けた銃が気になって仕方ない。

 試し撃ちをした方がいいのだろうけど、とてもそんな気にはなれなかった。

 なるべくなら、使わずに終わりたい。

 引き金を引くのは、もしも、もしもの時だけだ。

 僕が銃のレクチャーを受けている間、ハイジは一階のテラスにある椅子に腰掛けて空を眺めていた。

 僕もやることがないので、外に出た。

 まだ夕方なのに星が鮮明に見える。

 それは、いつもみている空よりも、青が濃いせいだろう。

 まるで……宇宙が近いみたいだ。

「ひとつ、またひとつ星が流れていきます」

 ハイジが隣でそう呟いた。

 横を向くと目が合ったので、気まずくて僕はすぐに空を見上げた。

 ハイジは空を指差した。

「あのひとつひとつの星が、わたし達――サバイバーひとりひとりを表しているんです」

「一番輝いて見える星が、ご自身の星です」

 空に浮かぶ星達の中で、ひときわ輝いている星があった。

「真っ白な星――」

「わたしはその隣のピンクの星です。わたし達五人の星が丁度星型を作るように、近くに集まっています」

 見上げていると、空に描かれていた星の一つが流れた。

 流れ星を実際に目で見るのは、生まれて初めてかも知れない。

 この星が、この世界の人々を表しているのであれば、流れ星は……。

「また誰か……殺されてしまったのでしょう」

 僕の言葉を代弁するかのように、ハイジは告げた。

 星は数十ある。最後まで生き残ったものだけが……元の世界に戻れる。

「早く……元の世界に戻りたい」

 ハイジは小さな言葉でそう告げた。

 顔をみると、まるで流れ星のように目から涙が零れていた。

「わたしは元の世界が嫌で、別の世界に行きたいって願ったの。そうしたら、この世界にきてしまって」

 僕も異世界に行きたいと願った……。そうしたら光に包まれて、ここへ飛ばされた。

 ハイジは悲しそうな表情で続けた。

「でもここは……わたしが望んだ世界と違った」

 みな同じような状況で、ここに飛ばされたのだろうか。

 強制的に連れてこられて……誰だってこんな世界を、望んじゃいないはずだ。

「わたし、向いていないんですよね。……人を殺すことなんてできない」

 ハイジは、ハンカチで涙を拭っている。

「早く元の世界に戻りたいけれど、こんなんだから全然ダメで」

 彼女は無理矢理笑顔を作って、それを僕に向けてくれた。

「これは、神様がわたし達に与えた試練なのでしょうか? それなら、わたしは……神様を恨みます」

 元の世界に戻るには、生き残らなきゃならない。

 人を……殺さなきゃ……生き残れない。

 はたして、僕にできるだろうか?

「奇襲だーっ 家の中に入れ!」

 イヤホンを通さず、アイが家の中から叫んだ。

 敵が……きたのか!?

 遂に殺し合いが始まる……。

 まだ、心の準備なんてできてやしないのに。

 敵は、僕の気持ちなど、汲み取ってはくれない。


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次回、ビリーがオートエイムの能力に目覚める!?

⇒ 次話につづく!

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