第十四話 それぞれの思い
あれほど、人を殺すことをためらっていたのに。
また、殺してしまった。
でも、あの時とは違う。
無防備な子供を殺したんじゃ無い。
今回は、やらなきゃやられていた。
だから仕方なかったんだ。
僕は自分にそう言い聞かせた。
自分のしたことを……人殺しを正当化するために。
僕は……変わっていってしまうのだろうか?
やがて、人を殺すことに何も感じなくなってしまうのだろうか?
夜中自分の部屋で、そんなことを考えて、なかなか寝付けずにいた。
窓から覗く真っ白な月と星々を眺めていると、部屋の外で微かに話し声が聞こえてきた。
もう大分夜が深い。
誰が話しているのだろうか?
男女二人の声がする。
男の方は……黒マント?
話相手の女性は……ハイジの声だ……。
なんで?
ここでは、何を話しているのか良く聞き取れない。
黒マントは今日見張りだから起きていて不思議では無いが、ハイジは今夜は当番では無かったはずだ。
僕はベッドから下りて、扉をそっと開けた。
僕の部屋は二階だが、一階の家の外から聞こえる。
廊下の窓の所まで、足音が立たないように歩いて行った。
ここなら多少会話の内容が聞こえる。
やはり、黒マントとハイジの声だ。
聞き耳を立てるのは良くないと思ったけど、なにか不安で、どうしても気になった。
僕は壁越しに耳を傾けた。
「その剣使わないのね?」
声はハイジだけど……しゃべり方が違う。
誰だ?
「二度と使うつもりは無い」
誰かの問いに黒マントが答えている。
僕は廊下の窓越しに外を覗き込んだ。
黒マントの姿が見える。
そしてもう一人は……黒いドレス姿。
見覚えがある……。
ハイジが浚われた時に、道で出会ったあの少女だ!
僕はハイジを疑ってしまった……。
黒マントと、なにか企んでるんじゃないかって――。
いや、間違えたのは声が似ていたからだ。
ハイジが人を裏切るようなことをするはずがないんだ。
あの子はそんな子じゃないから。
二人の会話は続いていた。
「なら、なんで今も持っているのかしら?」
「ほかの者の手に渡らないようにだ」
二人は知り合いなんだろうか?
そもそも、あの少女は一体何者なんだ?
敵ではなさそうだけれど……。
「こんな物を持たせて、貴様は俺に何をさせたいんだ?」
「あら? それはあなたが望んだから与えただけよ?」
「俺はただ……力が欲しかった」
「未だにこの世界にいるってことは、まだ目的は達成できていないのね?」
「それ以外に……俺がすべきことはない!」
少女は闇の中へと消えていった。
やはり彼女は普通じゃない。
黒マントもその場から動き出す。
一階の窓から黒マントがこちらを見上げた。
僕はすぐに身を隠した。
見られてしまっただろうか?
黒マントは僕の視界から見えなくなった。
僕はその隙に、足音を立てないようにして部屋に戻った。
それからは何事もなく。
僕はやがて眠りに就いた。
翌日は朝から見張りの当番で外を見回っていた。
特に何事も無かった。
敵の姿も無く、あの少女の姿も無い。
太陽が真上に昇った頃、無線でハイジに呼ばれた。
「ビリーさん、黒マントさん、お昼のお時間です」
昼食は交代で取ることにしている。
拠点に戻るとハイジが話掛けてきた。
「黒マントさん見かけませんでしたか? 食事の時間なのに姿が見えなくて」
「放っておけよ。腹がへったら食いにくるだろう?」
ペーロは、昼食を食べ終わって椅子でくつろいでいた。
「表、探してきますね」
ハイジはドアから出て行った。
「何かあると行けない。僕もいくよ」
僕はハイジの後に続いてドアから出た。
「なら俺も行く」
ペーロも付いてきた。
黒マント……昨夜話を聞いている所を見られたかも知れない。だから、会うのが気まずかった。
普段から親密ってわけじゃないけど。
昨夜のことは誰にも言っていない。
そして、ハイジに似た少女のことも。
何かあるまでは、僕の心の中にしまっておこうと思った。
ハイジに、何か関係があるように思えたから。
「キャ、見て下さい」
ハイジが驚いて、指を指している。
その方向には
そんな……まだ昼間なのに、なぜ
日光が当たらない場所だからか?
「誰か襲われていませんか?」
「なんだって!?」
黒マントだ!
「助けないと……」
僕が駆け出そうとした時だった。
アビリティの跳躍を使ったんだ。
「おい、
ペーロが叫んだ。
五体、六体、いや奥にもう一体。
まっすぐにこちらに向かってくる。
しかし、七体なら……ワンマガジンでやれる。
「できるか?」
「僕にまかせて」
ペーロの質問に僕は頷いて答えた。
僕はホルダーから素速く拳銃を取り出した。
「貫け! 僕の弾丸っ!!」
パァン――。
一体。
パァン――、パァン――。
二体、三体。
僕は次々と
僕の弾丸は
僕の放った弾丸が空を切る。
しまった――外した!!
その
僕の
「ハイジ、逃げてーっ!」
僕は大声で叫んだ。
しかし、ハイジは驚いて動けないでいる。
そんな……。
そこへ、ペーロが駆け込んでいった。
「おりゃーっ!」
ペーロのナイフが、
「どうだ! みたか!?」
ペーロは両手でガッツポーズを決めている。
「ナイス!」
今のは本当にファインプレーだ。
僕は残りの
そして、僕とペーロで、すべての
しかし、
引き金をひくタイミングで、別の場所に移動されると当たらない。
それにしても、なぜ
これまで
「何か臭うな……」
ペーロは顎に手を当てて考えている。
僕も辺りの臭いを嗅いだ。
「確かに、風に乗って血なまぐさい臭いがする」
「いや、そういった意味で言ったんじゃ無くて……んん? たしかに臭いな」
「黒マントが襲われていた方からだ」
「行ってみよう」
地面に何か落ちていた。
「これは……」
マフラーだ……。
「黒マントの物だな」
ハイジは、拾い上げようとした。
「まて、それに触るな!」
ペーロが大声を上げた。
「どうした!? ペーロ……」
「チフンだ……」
「チフン?」
「マフラーに粉が付着しているだろう?」
見ると黒いマフラーに、赤い粉が掛かっている。
「血の粉と書いて血粉。これは、ケミストが作る薬剤だ」
ペーロは真剣な面持ちで続ける。
「
「黒マントがわざと誘導したと?」
「前から怪しいと思っていたが、警戒したほうが良さそうだな」
黒マント……彼は何者で、何を企んでいるのだろうか?
僕はその日、黒マントの動きを見張るようにしていた。
黒マントは、崖の上から狙撃銃で狙いを定めている。
僕はその銃口の向く先を見た。
その方向は家のテラスで、アイが端末を操作している。
不安になって、アイの近くまで行って声を掛けた。
「アイさん……あの」
「ん……どうした?」
アイはモニターから目を逸らさずに返事をした。
「えっと……銃のメンテナンスのことで質問が……」
話す内容なんて、何でも良かった。
黒マントが、本当にアイさんを狙っていたか確認できれば。
「わかった、後で行くよ……」
「はい」
僕は振り返り、わざと黒マントの方を見た。
黒マントは、構えていた狙撃銃を下ろし、その場から立ち去った。
やはり……アイさんを狙っていたように思えた。
「おい、ビリー」
家の外からペーロが手を振っている。
家の外に出ると、ペーロが周りを気にしながら、小声で話掛けてきた。
「なぁ、どう思う?」
「どうって?」
「黒マントだよ……今のことだって……」
「アイさんを狙っているように見えた」
「だろ? 怪しいよな? 今朝の
今朝黒マントは、
しかし、跳躍でその場から姿を消した。
「
「確かに……血粉だっけ? それも気になるし」
「ほかに思い当たることは何か無いか?」
黒マントが、昨夜、ハイジに似た少女と話していたこと思い出した。
「なにか、秘密を抱えていそうだね」
ペーロにはそれだけ伝えた。
もしかしたら、ハイジも何か関係有るのかも知れない……そう思えたから。
夜中、僕はペーロに起こされた。
「交代の時間だぞー」
平日でも毎日7時間はぐっすり寝ていたので、4時間程度の睡眠で起こされるのは堪える。
しかしその分、昼に2、3時間寝る時間は取れるのだが。
僕は拳銃を手に取り、リビングに降りた。
リビングでは、アイが端末に向かっている。
彼女は見張りの時もドローンで索敵をするので、いつもリビングで待機している。
「交代します」
僕はアイに声を掛けた。
「お、そうか……」
アイは窓の外を見つめた。
「ここが闇に飲まれるのも時間の問題だ。明日には次の安全地帯まで移動しなきゃな」
彼女は端末の蓋を閉じ、眼鏡を外した。
「きみは友達を殺すことができる? この世界はそういうところ」
彼女は、昼間ハイジと話していた時とは違った寂しい表情を浮かべている。
「私にはできなかった……。そのことは、今でも後悔している。そして、これからも……永遠に」
彼女の告げたその言葉の意味は、僕には分からない。
聞き返すこともできないほどの重みを感じた。
皆、それぞれ過去を持っている。
彼女もまた、この世界で辛いことがあったのだろう。
僕は友達はおろか、もうこれ以上誰一人として殺したくなんかない。
「おやすみ……。あとは、頼んだよ」
アイは手を振ってリビングを後にした。
皆それぞれ過去があり、別々の思いがあって、この世界での目標があって生きている。
それは僕には関係のないことだし、踏み込んではいけないことだと思う。
今の僕には、ただ元の世界に戻りたい――という気持ちしかない。
ただ、それを叶えるために、生き残るしかない。
翌日、朝一でミーティングが行われた。
全員でテーブルを囲む。
アイは地図を指差した。
「次の移動先はポイントR18だ。かなり距離があるので、一端ポイントM17地点まで移動する」
地図は碁盤の目で区切られていて、1マス1.6キロある。
約10マス分なので、直線距離にしても16キロだ。
ペーロが口を挟んだ。
「こりゃ着くまでに半日かかるぞ」
「M17からR18までは私とあんた……」
アイは黒マントの方を見た。
「この二人が斥候で索敵をする。索敵に関しては、我々が最適だからな」
僕達は朝食を簡単に済ませ、すぐに出発した。
昼過ぎにはポイントM17に到着した。
かなりの距離を歩いた。
ポイントM17には小さな木造の小屋があった。
屋根は半分壊れて空が見えるが、雨を凌ぐくらいはできそうだ。
「我々はポイントR18を索敵してくる。連絡するまで待機していてくれ」
アイはそう言って、黒マントと共に道を進んで行った。
僕は、小屋の中にあるおんぼろの木の椅子に腰掛けた。
小屋の窓から外を見ると、遠くに闇にうごめく真っ赤な目がある。
ハイジを見ると、彼女もまたそれを見つめていた。
「
「ハイジの治癒能力で
「以前試したことがあります……でも、効果はありませんでした」
「そっか……」
「もし方法があるのであれば、もう闇の恐怖に怯えることもなくなり、もしかしたら争うこともなくなり……この世界を救える――そんな気がします」
「わたしは、前から考えていました。戦わずに元の世界に戻す方法は無いのかと」
「ほかの人を全員殺す以外の方法で元の世界に戻れるのなら、僕だってその方がいい」
「できれば、この世界の人を全員元の世界に戻したい」
ハイジは自分のことよりも、ほかの人のことを第一に考えている。
みんなが幸せになることを、常に願っているのだろう。
僕は自分が元の世界に戻ることだけで、他人の心配までしていられない。自己中心的なわがままばかり言って、まだまだ子供だ。
「叶うのなら
「おい、敵だ!」
外を見回っていたペーロが戻ってきて、僕らに告げた。
僕はすぐに表に出た。
アイ達の向かって行った方向に、1グループが向かって行くのが見えた。
「どうする?」
僕はペーロの顔をみて意見を聞く。
「人数不利だし……無駄な戦闘はごめんだ。こちらに気づいていないのなら、放っておこう」
「そうだね……」
それから30分程経っただろうか。
ペーロは落ち着きなく、小屋の中を歩き回っている。
「やっぱり、みんなで行った方がよかったんじゃねーか?」
アイから未だに連絡が無いのが少し気になる。
ハイジは、タロットカードを取り出して占い始めた。
「何を占っているんだ?」
ペーロはハイジに話掛けた。
「なんか、不安で……」
ハイジは埃を被ったテーブルの上に、五枚のカードを裏向きで広げた。
「この五枚は、私達それぞれの運命を暗示します」
ハイジは最初のカードを表にする。
「無難なカードが出るといいのですが……」
そこには、戦車が描かれていた。
「戦車のカード……正しい向きなら順調などという意味になりますが、逆向きですので、思い通りにいかない、どうして良いか分からない――などといった意味になります」
彼女は、また一枚表にする。
「次は、逆位置の隠者です。孤立する――というような意味があります」
「もう、全部捲っちまえよ」
ペーロが横やりを入れる。
「はい……そうですね」
ハイジは、次のカードを捲った。
「次は、正位置の塔……これは崩壊……。そして、もう一枚は逆位置の審判……別れ……を意味します」
「なんか、あまり良い意味のカードが無いな……」
そして、最後のカードを表にした。
カードを見たハイジは、手で口を覆った。
そのカードには、死神が描かれていた。
「死神って……どういう意味だ!?」
ハイジは口を開かなかったが、恐らく死を意味するのだろう。
僕はペーロと目をあわせた。
「アイのねぇちゃんが心配だ! 追いかけよう」
僕達はすぐに小屋を後にして、アイ達の向かった方に駆け出した。
死神のカード……誰かが死ぬってことか!?
もし、それが運命だとしても、僕はそんな運命を受け入れるわけにはいかない。
そうならないように自分で道を切り開くんだ――ハイジが言ったように……。
僕のこの手で、道を切り開くんだ。
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死神のカードが暗示するものとは! アイはどうなる!?
⇒ 次話につづく!
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