第三十六話 ジャケットを着た男
僕たちは龍の謎を解き、中庭に辿り着いた。
建物の出口から、一人の男が僕たちの方に向かって歩いてくる。
「誰だ!」
僕は男に向けて、けん銃を構えた。
パチパチパチ――。
男は手を叩きながら、ゆっくりと僕たちの方に向かって歩いてくる。
ジャケット姿で、とても先頭をするといった出で立ちではない。
「楽しめましたかな?」
「どうやら……味方ではなさそうだね」
ハクは、一歩後ずさり男から距離を取った。
アーラが、男にアサルトライフルを向ける。
「姉さん、待って」
コレルが叫んだ。
「味方でないなら……それは敵……」
アーラは、男に向けてアサルトライフルを発砲した。
ダダダダダ――。
弾丸は男に命中する。
しかし、男は実体では無かった。
弾が当たるたびに、男の体は点滅する。
ホログラムだ――。
「ほかにも仕掛けを、いくつも用意している」
ホログラムの男は、撃たれているにもかかわらず話しを続けている。
「あらかじめ仕掛けられていたようだね」
ハクが言う。
僕は、操作している人物が近くにいないか辺りを警戒した。
しかし、人の姿は見えない。」
「それでは、グッドラックハブファン」
ホログラムは、そう言うと目の前から消えた。
ホログラムのあった場所に近づくと、地面に小さな装置が置いてあった。
これで投影していたのか。
「何者でしょうか?」
僕はハクに問い掛けた。
ハクは、眉をひそめたまま何も言わなかった。
この世界を作ったのも、僕たちをこの世界に召喚したのも、やはり何者かの仕業だった……てことか。
今まで姿を現さなかったのに、どうして今さら……。
「ビリー……?」
ルカが話掛けてきた。
「どうしたの? 怖い顔して……」
「さっきの男の正体が分かれば、この世界の秘密が分かるんじゃないかと思って……」
「そうだね……」
このまま戦っていけば、いずれあの男に辿り着くことができるのだろうか?
僕たちは、出口からこの迷路のような建物を脱出した。
「ようやく、日の光が見えたねぇ」
ハクは煙草に火を付ける。
太陽は西に傾きかけていた。
「闇がくる前に、一晩過ごせる拠点を確保しましょう」
コレルが言う。
僕たちは歩き出した。
僕たちは、九龍城のような建物の近くにあった小屋で一晩を過ごした。
翌朝早く、全員がリビングに集まる。
コレルは、テーブルの上にタブレットを置いた。
そこには、地図が表示されている。
「現在位置はここ……」
コレルが地図を指で指し示す。
地図には、自分たちの位置と、集落の位置、闇の進行具合が表示されていた。
現在地と闇の位置もわかるなんて、行動がだいぶ楽になる。
「次は、この集落を目指そう」
「一日もあれば、到着しそうだね」
コレルの意見に、ルカが返事をする。
僕たちは朝食を簡単にすませ、小屋を後にした。
人気も無い、車も走っていない街道を進んで行く。
周りには民家も見当たらない。
家がない方が、クリアリング箇所が減るので進行しやすい。
コレルは、
彼は足を引きずるように歩いている。
僕は気になって聞いてみた。
「足、怪我しているの?」
「歩くのが遅くてごめんね……」
「そう言った意味で言ったんじゃ……」
僕はすぐに否定した。
コレルは笑顔で、首を横に振る。
「足が悪いんじゃなくて……その逆なんだ……」
どういった意味だろうか?
「歩けるようになったんだ」
コレルがそう言うと、アーラは怪訝な顔で僕たちを見ていた。
「元の世界では、僕は車いすで生活している……子供のころ病気になって、それ以来ずっとなんだ」
「この世界にきたら……歩けるように?」
「うん、そうなんだ……」
辛い話しなのに、コレルは笑顔で話しを続ける。
「嬉しかったよ……自分の足で歩けるのだもの」
僕は五体満足だから、彼の辛さは分からない。
でも、今の彼の笑顔を見るとその嬉しさが僕にも伝わってくる。
この世界は、彼にとっては夢のような世界なのかも知れない。
しばらく進むと大きな川にさしかかった。
「この川を上流に向かって進もう」
先頭を歩いていたコレルが、皆に声を掛ける。
川と言っても、対岸までの距離がだいぶある。
泳いでわたれるような幅ではなかった。
風が吹いてきて気持ちがいい。
ピチャッ――。
髪の毛に水滴が垂れる。
雨かと思い空を見上げるが、晴れている。
僕は気にせず歩き始めた。
ピチャッ――。
もう一度頭に水がかかった。
先程よりも、水の量が増えている。
空を見上げても、やはり雨が降ったようすはない。
不思議に思いながら歩を進める。
川沿いだし、水が跳ねたのだろう。
「くすくす……」
僕の後ろで笑い声が聞こえる。
すぐに振り返った。
ルカが右手を掲げていた。
その手には、水が握られている。
その水は僕の顔面にぶつけられた。
「ルーカー?」
僕はルカを睨み付ける。
「はははっ、ごめんごめん……」
ルカは、走って逃げて行った。
まったく、緊張感がないやつだなぁ……。
服が濡れてしまった。
水の塊を握っていたようにも見えたけど……気のせいか?
しばらく進むと、何かの施設が見えてくる。
川を挟んで作られている所を見ると、水の処理施設だろうか?
建物のそばには、円形の貯水槽のようなものが地面にいくつも作られている。
「敵が潜んでいる可能性が高い……ここからは、よりいっそう警戒して進んで行こう」
コレルが皆に言う。
建物の外には、敵の姿は見えない。
僕は各窓を確認するが、敵が窓から覗いてくる様子はない。
僕たちは、建物の中に入っていく。
コレルの
ルカとハクは後方を警戒する。
建物は、野球場ほどの広さがあった。
中は吹き抜けになっていて、遠くまでよく見通せる。
遠い場所から狙撃銃で狙っている可能性がある。
こういう時は、倍率サイトがあると、遠くの敵もクリアリングできるのに……。
僕が持っているのはけん銃だけだ。
だから、双眼鏡で確認する。
床には、深さが二メートルほどある大きな窪みが幾つもある。
巨大な配水管も見えるので、ここに水を溜めるのだろう。
今は空になっている。
一番奥は一段高く作られ、階段を上がったところに事務所のような部屋が見える。
床には所々に有刺鉄線が敷かれていた。
まるで、ゾンビゲームのバリケードのような警戒態勢だ。
敵が、防衛のために張ったものだろうか?
僕たちは、有刺鉄線を避けて進んで行く。
床の窪みになっている部分には、下に降りるはしごが掛けられていた。
周りを警戒しながら、それを降りる。
学校のプールのようなこの窪みの中なら、遠くからの射線は切ることができる。
敵は、事務所に隠れている可能性が高い。
「敵だ、詰めてきた!」
コレルが叫んだ。
事務所側から足音が聞こえる。
僕はすぐに銃を構えた。
アーラも、横でアサルトライフルを構えている。
視界に捉えた――溝の上に一人、二人……。
その瞬間、僕の
ダダダッ、ダダダッ――。
僕の弾丸は、二人の敵の頭に命中する。
「ビリー、右!」
ルカが声を上げる。
右を見ると、そこにもう一人敵がいた。
その銃口は、僕に向けられていた。
しまった――反応が遅れた!
ダダダダダ――。
アーラのアサルトライフルが火花を散らす。
その敵は血を吹き出し、後ろ向きに倒れた。
「ナイスカバー」
僕はアーラを見た。
目が合ったが、彼女はすぐに目を逸らし、背を向ける。
でも、すこし口元に笑顔が見えた。
「まだいるかも知れない……油断しないで」
コレルが言う。
「いやぁ……緊張するねぇ」
そう言うハクの言葉には緊張感が見られない。
ズン――。
「うぅっ」
突然、地面に叩きつけられるような感覚を覚えた。
僕は立っていられず、両手を地面に付いた。
どうしたことだろう? 体が重い……。
周りを見ると、みんな地面に手を突いている。
まるで磁石のように、体が地面に吸い寄せられる。
「か、体が……動かない……」
ルカが苦しそうに声を出す。
何が起きているんだ!?
「おそらく……敵の攻撃だ」
コレルが言った。
ゴーッ――。
地鳴りがする。
手を突いている地面が揺れている。
今度は何だ!?
「見ろ!」
ハクが叫ぶ。
正面側の壁に排水溝が付けられていて、そこから水が勢いよく出てきた。
僕たちのいる溝の中に、水がどんどん流れてくる。
「ウソだろ!? このままだと溺れる」
完全に計られた……。
有刺鉄線のバリケードも、僕たちをここに誘い込むためのものだったんだ。
早くここから移動しないと――。
しかし、体が思うように動かない。
ズン――。
さらに、地面に引きつけられる力は強まった。
「う……ぐっ」
あまりの強さに、僕は地面に俯せになった。
顔に水が流れてくる。
まずい――なんとかしないと、このまま死んでしまう。
「ここは……僕に任せて……」
コレルは、苦しそうにそう言った。
「この重力には範囲があるようだ……僕は何とか上半身だけは動かせる……」
ウィーン――。
「僕たちの、すぐ上に誰かいる」
コレルが言った。
「敵は地面に両手を突いている――能力を使っている時は動けないんだ」
シュン――。
「ぐわぁっ」
僕のすぐ上で叫び声が聞こえる。
「麻酔針を刺した」
敵が麻酔針をくらっているなら、しばらくは動けないはずだ。
徐々に重力が軽くなる。
なんとか四つん這いで動くことはできるけど、まだ立って歩くことはできない。
水は止まること無く、勢いよく流れてくる――。
だめだ、間に合わない。
「みんな、僕の後ろに下がって!」
ルカが叫んだ。
僕は四つん這いで、ルカの後ろ側に移動する。
それが精一杯だった。
ルカは膝を突きながら、水が流れてくる方に両手を向ける。
何をするつもりなんだ?
ゴーッ――。
水流がルカの目の前に迫る。
ザバーン――。
水はルカに当たり上にはじけ飛んだ。
僕は目を疑った。
まるでルカの前に見えない壁があるかのように――。
水は、ルカから後ろには流れてきていない。
「どうなってるんだ?」
「これが、僕のアビリティだよ」
ルカは、能力に目覚めていなかったはずだ……。
「だいぶ動けるようになった……今のうちに上に上がろう」
コレルが言った。
僕たちは、はしごから上に登る。
最後にルカがはしごを登ってきた。
近くには、男がひとり倒れていた。
麻痺して動けないようだ。
この男が、重力を操っていたのだろう。
麻痺から回復する前に、始末するべきだ。
僕がけん銃を手に取った。
しかし、それよりも先にアーラが男の頭にアサルトライフルを向けた。
「仲間はいるか?」
アーラは、男に銃を突きつけ質問した。
男は、黙って何も言わないが、目線は奥にある事務所の方を見ていた。
この尋問は、うまい……。
仲間がいたとしても喋らないだろう。
しかし、男は心理的に仲間のいる方を見てしまった。
「あそこか?」
ダダッ――。
アーラは、躊躇無く引き金を引いた。
男の頭から血が飛び散る。
そして、そのまま動かなくなった。
事務所の方にまだ敵がいる……。
僕が事務所の方に目を向けると、窓がキラリと光った。
銃で狙われている!?
「みんな、伏せて!」
僕は声を上げた。
ズドン――。
発砲してきた。
シュン――。
カン――。
まずい――ここには遮蔽物が無い。
狙い撃ちされる。
一発目は外れたけど、次は当てられるだろう。
スモークで射線を切るか!?
しかし、発煙するまでに時間がかかる――手遅れだ。
ルカが、僕の前に立った。
「そこにいると、危ない!」
僕は、ルカに言った。
「大丈夫……これで……」
ルカは、屈んで水槽にたまった水に手を当てた。
そして、その水を掬って自分の前に掛けた。
すると、その水は空中で静止した。
僕たちの前に、水の壁ができあがった。
すごい……これなら、敵の弾丸を防げるし、透明なので敵の位置も把握できる。
ズドン――。
再び発砲音が聞こえた。
シュン――。
弾丸は水の壁に当たった。
それにより、弾丸の威力が損なわれる。
カツン――。
弾丸は、壁から抜けると勢い無く床に落ちた。
水のバリアはくずれ、地面に流れ始める。
あまり長い間は保たないらしい。
一時凌ぎはできたけど、事務所に詰められなければ、じり貧だ。
事務所までは、100メートル近くある。
詰めている間に、撃たれてしまうだろう。
僕がそう考えていると、事務所に駆け込む人影がある。
アーラだ――。
アーラは、そのまま事務所の扉をあけ、中に突入した。
ダダダダダ――。
事務所内で、発砲音が聞こえる。
そして、すぐにアーラが出てきた。
倒したのか!?
なんて行動力だ――迷いがない。
コレルの
どうやら、もうこの建物に敵は潜んではいないようだ。
「ふぅ……ひとまずは、安心してよさそうだね」
ハクが煙草に火を付ける。
ルカが僕の前にやってきた。
「どう? ぼくも役に立てたでしょう?」
そして、笑顔でそう言った。
ルカがアビリティに目覚めていたなんて……。
----------
⇒ 次話につづく!
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