第十九話 手を伸ばした先に
荒野の廃墟で敵を発見した。
近づくと、そこにいたのはルカだった――。
「嘘だろ? ルカ……なんでここに」
僕たちは、お互いに身動きが取れないでいた。
ルカの背後の奥の道から、大きな声が聞こえてきた。
「敵はいたかー?」
僕は、この声に聞き覚えがあった。
ハイジをやったアイツだ……。
背筋が凍り付いた。
ルカとあの虎の化け物が、同じチームということか……。
ルカの目は泳いでいる。どうするか考えているのだろう。
僕は唾を飲み込んだ。
「おい、どうしたー?」
足音が近づいてくる。
わきが汗でびっしょりになった。
ルカの出方次第では……引き金を引くことになってしまう。
ルカは、銃をしまい返事をした。
「ううん? こっちにはいない」
その言葉を聞いて安心した。
僕も銃を下ろした。
「なら、いったん戻れー」
ルカは顔に動揺を浮かべたまま、何も言わずに走り去って行った。
僕も足音を立てないように、別の道を進んだ。
やがて、シモンと合流した。
「奴らは、西側に向かったようだな。……どうかしたか?」
「いや、別に……」
動揺は顔に出ていただろうか……。シモンに不審に思われたかもしれない。
僕は顔の汗を拭った。
まさか……ルカが、こちらの世界に飛ばされていたなんて。
僕とシモンは廃墟の集落を後にして、太陽が沈む方向とは反対側へ向かった。
丘を下り、もう一つ高い丘を登った。
頂上からは、周辺の土地が見渡せる。
巨大な岩がおうとつを作り、身を隠すにはうってつけの場所だった。
丘上には、5メートル四方の小さな二階建ての家が一つある。
小屋の中から四方が見渡せ、まるで見張り小屋のような作りだった。
先程の廃墟とは違って、テーブルやベッドも備わっており、最近まで人が住んでいたような気配すらある。
今夜はここを拠点とすることにした。
日が暮れ、シモンは仮眠し、僕が見張りについた。
夜間の襲撃は、これまで一度も無かった。
それでも、万が一に備えて辺りを警戒する。
森の中とは違って、動物の鳴き声すらしない静かな夜だった。
僕はずっとルカのことを考えていた。
僕と一緒に連れてこられたんだ……。
ピンポーン――。
静寂を破ったのは、スマホの通知音だった。
スマホの存在など、こちらの世界にきてからすっかり忘れていた。
バックパックの奥底にしまっていたスマホを取り出した。
LINEのメッセージが届いている。
こちらの世界でも使用できるのか?
そのメッセージは……ルカからだった。
『ビリー、助けて! 逃げてきたんだ』
僕はすぐに返事をした。
『どこにいるの?』
『昼間会ったところ』
ルカからも、すぐに返事が返ってきた。
もしかしたら、罠である可能性も考えた。
シモンを起こして、一緒に行動する選択もあった。
けれどそんなことをしたら、逆に僕が罠に嵌めたみたいになってしまう。
罠なのか、罠じゃ無いのか、それを確かめるために行くことにした。
周りを見渡したが、周囲に敵の姿は確認できない。
少し移動しても、問題ないだろう。
ルカと昼間出会った廃墟まで、30分程歩いた。
到着すると、暗がりからルカが姿を現した。
「逃げてきたって大丈夫?」
ルカは俯いたまま黙っていた。
「一緒に元の世界に帰ろう」
沈黙が怖かった……僕が一方的に喋る。
「別のチームだけど、なんとか帰る方法はあるかな?」
ルカは、僕と目を合わそうとしない。
不安が募る……。
「と、とりあえず……僕の仲間のいる場所に行こうか?」
僕は手を差し出した。
しかし、ルカはその手を掴もうとしない。
「……ごめん」
ルカは、ただそう言った。
ルカの後ろに人影が見える。
月の光の影になり、シルエットしかわからない。
「ウオォォォォォォン!」
その影は強烈な雄叫びと共に、虎の化け物へと姿を変えた。
背筋が凍り付いた……。
僕の足は震え出す。
ルカとは小学校からの親友だったから、絶対に僕のことを裏切らないって信用していた。
……だから、一人でここにきた。
「どうして……」
僕はルカを見つめた。
けれどルカは顔を背けて、僕と目を合わそうとしない。
「……そうだよね……ルカだって帰りたいよね」
その思いは、僕以上に強いだろう。
元の世界で水泳の選手に選ばれて、大会が控えている。
彼には、目標がある。
それに比べて僕は、帰ってもやることなんて、ゲームくらいで……。
でも……。
でも、もうこの世界にはいたくない!
虎の化け物は、長い爪をなめ回しながら、ルカを押しのけて前に出てきた。
「こいつは確か……遺跡にいたよなぁ」
僕の顔を見て、躊躇なく鋭い爪を振り下ろしてきた。
拳銃はホルダーに入れたままだ――間に合わない。
僕は後ずさりして、体勢を崩した。
奴が振り下ろした爪は、僕の太股を貫通した。
「うわあぁぁぁぁっ!」
痛みと衝撃で、僕は倒れ込んだ。
太腿からドクドクと血が流れていく。
僕は必死で手で押さえて、流血を防ぐ。
僕はハイジを思い出した。
こんな時、彼女はいつも手当てをしてくれた。
でも……もういない。
こいつが殺したんだ……こいつが、ハイジを……。
僕は、虎の化け物を睨み付けた。
「お前だけは……お前だけは……ゆるさない」
しかし、唾を吐き付けられ、頭を巨大な足で踏みつけられる。
「うあぁっ」
頭が割れそうだ。
「ふははははは! 星はあと四つ。こいつと、もう一人殺せば我々の勝利だ」
僕は腹を蹴飛ばされ、地面を転がり、その痛みで悶絶する。
そして、倒れたまま空を見上げると、空の星の一つが激しく瞬いていた。
僕の星だ……。
僕はこのまま死ぬ運命なのか……。
『信じる信じないじゃないんですよ。運命を受け入れるか、それが嫌なら、そうならないように自分で道を切り開くんです』
ハイジの言葉が、僕の脳裏をよぎる。
まだだ、まだだ……こんなところで諦めてたまるか!
僕は、生きて元の世界に帰るんだ。
地面に落ちた銃に、必死で手を伸ばした。
しかし、虎の大きな脚で、その手を踏みつけられる。
「あぁっ!」
手に激痛が走る。骨が砕けそうだ。
「もう一人は、どこにいる?」
虎の化け物のその問い掛けに、僕は黙っていた。
喋るわけにはいかない……。
勝手に行動して、まんまと罠に引っかかって。
シモンに、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。
僕の肩に、鋭い爪が突き刺さる。
「うわあぁぁぁぁっ!」
僕は悶絶し、悲鳴をあげた。
「んー? 気持ちいいか?」
虎の化け物は僕の体を踏みつける。もう勝利を確信したかのように高笑いをしていた。
「その悲鳴を聞くとよぉ、震えるんだよ体が……ぞくぞくするんだよー」
「だからぁ……まだ殺さないぜぇ! 泣き叫べ!」
虎の化け物は、鋭い爪を僕の体目がけて、何度も突き刺してくる。
そのたびに激痛が走り、ショックで失神しそうになる。
「言わなきゃ次々と、体に穴があくぜ?」
逃げよう……なんとか、ここから逃げ出そう……。
僕は地面を這いつくばりながら、前に進もうとした。
意識が朦朧とする中で、殆ど本能で動いていた。
まるで、地を這う虫のように……惨めに、生にしがみつこうとする。
「近くに仲間がいるのか?」
こんな所にいるはずがない。
それでも、僕は手を伸ばした。
手を伸ばせば、誰かが掴んでくれるんじゃ無いかと思って。
いるはずがないのに……この場所に、僕の命を救ってくれる者なんて……いるはずがないのに。
「なんだ、わざわざ自分からやってくるとは、手間が省ける」
虎の化け物はそう言った。
誰に向けた言葉だろう?
僕が手を伸ばしたその先に足が見えた。
誰かが、僕の前に立っている。
……シモンだ。
「狙撃手がこの距離でどうする?」
シモンは愛用の武器である狙撃銃を地面に置いた。
「ほう……投降か? 利口だな」
虎の化け物は振り返り、僕を見下ろした。
「強者が弱者を虐げる――理不尽な世界だよなぁ?」
虎の化け物は僕の首を掴み、吊し上げる。
く……くるしい……。
首が締め付けられ、息ができない。
強さこそがすべてのこの世界……。
「そう、俺はこういう世界を望んでいたんだ! 人を何人殺しても捕まることがねー。何度でも復活するから、死を恐れることもねー。サイコーだよ!」
虎の化け物は、僕の体を軽々と投げつけた。
僕は、地面に強く叩きつけられた。
頭を打たないように体を丸めて受け身をとった。
それが精一杯だった。
痛みよりも、地面に叩きつけられた衝撃で呼吸ができなくて苦しい。
「みんな人殺しを楽しんでいるんだろう? お前だってここまで勝ち上がってきたんだ……いったい何人殺してきた?」
「確かに僕は人を殺した……だけど、それは仕方なく……好きで人を殺すもんか! みんな元の世界に戻りたいんだ! ただ、それだけなんだ! 邪魔をしないでくれ」
僕は地面に這いつくばりながら、虎の化け物を見上げることもできずにそう答えた。
「そうか……俺は人を殺したい! それだけだ!」
虎の化け物はそう叫んだ。
「言い残すことはそれだけか?」
これまで黙っていたシモンが口を開く。
「あぁ?」
「この混沌とした世界にも……秩序は必要だとは思わないか?」
「秩序だと……?」
虎の化け物が、そう言った次の瞬間。
僕の目の前から、シモンが消えた。
「グワァァァァァァッ!」
僕のすぐ後ろで、虎の化け物の悲鳴が聞こえた。
振り返ると、シモンが持つ二本の短剣がクロスしながら、奴の体を貫いていた。
シモンはアビリティ跳躍によって、一瞬で距離を詰めたのだろう。
シモンの持つその剣は、赤と銀色に光輝いていた。
虎の化け物の腹には風穴が空き、真っ赤な血が流れ出ている。
「くそ、リーパーか……油断した……」
しかし、虎の化け物の目はまだ死んでいなかった。
薄ら笑いを浮かべている。
「距離を詰めたのは失敗だったな……」
虎の化け物は右腕を振り上げた。
「この爪で首を飛ばしてやる……」
「シモン……」
虎の化け物は右手を振り下ろした。
しかし、空振り。
シモンは目の前から姿を消していた。
「そんな素振りじゃあ、遅すぎてハエも叩き落とせないぞ?」
僕の真横からシモンの声がする。
再び跳躍で、その場から距離を取ったのだ。
「くそ……がぁっ!」
虎の化け物は風穴の空いた腹を押さえながら叫んだ。
「ルカ、何をしている、そいつを撃て!」
ルカを見ると拳銃をシモンに向けていた。
パァン――。
銃声が鳴り響く。
しかし、ルカの放った弾丸はシモンには当たらなかった。
すでに僕の横にはシモンはいない。
「ギャアァァァァッ」
虎の化け物の悲鳴が聞こえる。
シモンは再び二本の剣を虎の化け物に突き刺していた。
「これで終わりだ……
シモンが短剣を抜くと、虎の化け物はその場に崩れ落ちた。
呼吸も乱れ、流血が激しい。
恐らく、もう助からないだろう。
「くそ……次のゲームで会った時は……こうはいかねーぞ」
「残念だったな、お前に次はない」
シモンが虎の化け物を見下ろしている。
その瞳は酷く冷徹だった。
「この剣で死んだ者は……復活しない」
「赤い双剣……。ま、まさか……貴様……クリムゾンネイル!?」
クリムゾンネイル……シモンが、そうだというのか?
「くそ、そんな武器使いやがって……神にでもなったつもりか?」
「神? 違うな」
シモンは剣を振り、付いた血を振り落とす。
「俺は……死神だ」
「クソがぁっ……」
虎の化け物は最後に悪態を吐き、動かなくなった。
そして虎の姿のまま、その亡骸は消えることは無かった。
シモンは、赤銀の双剣をルカに向けた。
「待って……シモン……」
僕は、擦れた声で精一杯叫んだ。
「知り合いか?」
僕は頷いた。
ルカを見上げると、手にした銃を僕に向けていた。
「ごめん……戻りたかったんだ」
ルカは、僕に向かってそう言った。
夜空に残る星は三つ――。
僕とシモンと、ルカ……。
ルカを殺せば、僕達の勝ちだ。
元の世界に戻ることができる。
僕も銃に手を伸ばした。
アイは、親友を殺すことができなかったと言っていた。
僕は……ルカに向けて、引き金を引くことができるだろうか……?
もし、僕が撃たなかったとしても、シモンがルカを殺すだろう。
それなら……僕が撃つ必要なんてない。
ルカも僕に銃口を向けているが、一向に引き金を引こうとはしない。
やがて闇が、ひしひしと近づいてくる。
闇が、僕の背後まで迫ってきた。
「時間切れだ……」
シモンはそう言った。
そして……。
パァン――。
静かな夜に、銃声が鳴り響いた。
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はたして、生き残ったのは誰なのか!?
⇒ 次話につづく!
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