第二十五話 僕自身が、挫けてしまわないように
アルクの助けを借り、僕は化け物を倒すことができた。
この世界には、前の戦いとは別の恐怖がある……そんな気がした。
僕は建物の屋根の上に立ち、辺りを見渡した。
近くに闇は見えない――そして、敵の姿も確認できなかった。
日も暮れてきたので、今夜はこの町で一晩を過ごすことにした。
「ビリーお兄ちゃん、ごはんできたよー」
家に入ると、いい香りがしてくる。
「ミネット特性スープでーす」
全員でテーブルを囲んで、ミネットの作ってくれた料理を食べる。
両手が使えないアルクには、ミネットがスプーンで飲ませていた。
僕は、懐かしくなった。
ハイジが作ってくれた料理を、みんなで食べてた――あの時が。
「ビリーお兄ちゃん、どうしたの? 食べないの?」
ミネットが不安げな表情を浮かべている。
「ごめん……考え事をしてたから」
僕は心配かけまいと笑顔を作った。
「いただきます」
スープを、一口すすった。
「美味しい?」
ミネットは、テーブルに手を突いて聞いてきた。
「うん、とても美味しいよ」
「ビリーお兄ちゃんの好みに合って良かった」
彼女は声をあげて喜んでいる。
「前の世界でも、料理が得意な子がいてね……」
僕がそう言うと、ミネットは少しふくれっ面になった。
言うべきじやなかったな……。
「ねぇ、その子とわたしの料理どっちが美味しい?
「もちろん、ミネットの方が美味しいよ」
「本当!? ありがとう」
ミネットは、椅子から飛び上がりはしゃいでいた。
ミネットの料理も、ハイジの料理も……どちらも本当に美味しいよ。
このすさんだ世界で、唯一心が落ち着くひとときを与えてくれるのだもの。
僕は、隣に座るテオに話しかけた。
「アルクはゆっくり休ませたい。今夜は僕とテオが交代で見張りをしよう」
「……構わないけど、敵がきたらすぐに起こすからね?」
「ああ、それで問題無いよ」
食後、僕が先に見張りに付く。
「じゃ、頼んだよ。僕はこれで休むから……」
テオは、自室に歩いて行った。
ミネットはアルクと同じ部屋で、彼の看病に付いている。
僕は、屋根の上に登った。
昼と夜の温度差が激しい。
「少し冷えるな……」
僕は、家に備えてあった上着を羽織る。
この世界には、衣類も食料も揃っている――だから、生きる分には不自由しない。
ただ、生き残ることが大変なだけだ。
周りを見渡しても、家々に明かりは灯っておらず、人の気配すらない。
……当たり前か。
人がいるとしたら、間違い無く、そいつは敵……。
僕は、そいつの姿を見た瞬間に、躊躇なくこの銃で撃つだろう。
――そういう、世界なんだ。
それにしても、本当に静かな夜だ……。
ここは荒地のど真ん中で……森のように、狼や梟の鳴き声なんかは聞こえてこない。
僕は、夜空を見上げた。
星空が綺麗だ。
まだ無数の星々が輝いている。
僕の周りの星は三つ――。
やはり、昼間のドッグタグは仲間で……死んでしまったのだろう。
集落の周りを確認したが、近くに
今回は、奴らは現れないのだろうか?
その代わり、昼間の化け物が出るのだろうか?
本当にここは、謎だらけの世界だ……。
僕は屋根の上で一人、そんなことを考えていた。
コツリ、コツリ――。
家の二階から足音が聞こえる。
まだ誰か起きているのだろうか?
音のする方に目を向けると、誰かが二階のテラスから屋根上を覗いていた。
僕は警戒して、拳銃を手に取った。
「だれ?」
「ビリーお兄ちゃん、わたし……」
ミネットの声だ。
「どうしたの? 眠れないの?」
「ううん……ちょっとお話ししたくて」
ミネットは、一人じゃ屋根に上がれないようで、手を取って抱きしめるように持ち上げた。
「ありがとう」
ミネットは頬を赤らめていた。
二人で夜空を見上げる。
いつかの、あの時と同じように。
「すごーい! お星様綺麗……」
彼女は、屋根上で飛び跳ねる。
「滑りやすいから、気をつけてね」
僕はミネットの手を取った。
「わたしのいた世界では、あまりお星様見えないの……」
この星達が輝いて見えるのは今だけで、いずれ消えて行く。
そして、ほんの一握りの星だけが、元の世界に戻れる。
そのことを、ミネットは知っているのだろうか?
僕たち全員が……最後まで、生きているとは限らない……。
ミネットは僕の方を見つめていた。
「ビリーお兄ちゃん……怖い顔……」
「ご、ごめん……」
「ミネットは、寂しくない?」
「寂しくなんかないよ!」
彼女は、笑顔で即答した。
「アルクお兄ちゃんと、ビリーお兄ちゃんがいるもん!」
「ミネットは、アルクと仲がいいからね」
支え合える人がいるのは羨ましい。
こんな世界、一人きりで生きて行くには……辛すぎるから。
「ねぇ、ひとつ聞いてもいーい?」
「なに?」
「ビリーお兄ちゃんの初恋はいつ?」
その質問に、動揺した。
どうして女の子は、こう言った話題が好きなのだろう?
初恋……初めて人を好きになったこと……好きな人……。
ルカは男だし……僕が話したことのある女の子って言ったら……。
――ハイジ。
僕は彼女のことを、恋愛対象として見ていたのだろうか?
なぜか守ってやりたくて、僕が守ってあげないといけないような――そんな気がして。
「まだー? お兄ちゃん、考えすぎーっ!」
「ご、ごめん……初恋は……最近かなぁ?」
曖昧な返事をした。
いまいち誰が好きなのか、僕自身が答えを出せないでいたから……。
「ふぅん……わたしもー、最近!」
「そっか」
「えへへ……」
ミネットは照れて、頬を赤く染めた。
「ビリーお兄ちゃんてさぁ……」
「なに?」
彼女は少し言い淀んだ。
「……強くて、かっこいいよね?」
そんなことを言われて、恥ずかしくて顔を背けた。
かっこいい――なんて、生まれて初めて言われた言葉だ。
「それに比べて、うちのお兄ちゃんは……」
ミネットは、僕の手を掴み真剣な眼差しを向ける。
「元の世界では、頼りがいがあったんだよ?」
彼女は、自分で言った言葉を、必死で否定した。
「でも……こっちの世界は、向いてないみたい」
僕は、彼女の言葉を黙って聞いていた。
「優しいから……ダメなのかな? 絶対に怒ったりしないし……力あるのに、暴力振るったりしないし」
「人に優しいってことは、大切なことだと思うよ」
確かにアルクは、自ら望んで人を傷付けるようなことはしないだろう。
人を殺さなければならないこの世界では、彼は勝ち上がることは難しいと思う。
でも、人を守ることに関しては、誰よりも優れている。
それは、体の大きさだけじゃなくて、優しさを――人一倍持っているから。
「僕もね、初めは人殺しなんてしたくなくて……嫌で嫌で仕方なかった……。でも……大切な人を守れなくて」
「ビリーお兄ちゃんの大切な……ひと」
僕は夜空を見上げた。
「だから、次はその人たちを守れるように……僕は強くなるって決めたんだ!」
こんな台詞、恥ずかしくて……人の目を見て言えやしない。
「いいなぁ……わたしもビリーお兄ちゃんに……守って欲しい」
ミネットは、少しふて腐れていた。
「もちろんだよ」
僕がそう言うと、彼女はすぐに機嫌を取り戻し、抱きついてきた。
「えへへ、うちのお兄ちゃんもビリーのお兄ちゃんも、だーい好き!」
ミネットは、僕の腕を掴んだまま、目を閉じた。
かわいらしい笑顔だ。
汚れを知らない……そんな純粋な笑顔だ。
もう僕には、そんな笑顔は作れそうに無い。
僕は、ミネットの肩をそっと叩いた。
「こんなところで寝たら、風邪を引くよ?」
「うん……部屋に戻るね」
屋根から一人で降りるのは難しいと思って、僕が先に二階に降りてから、抱きかかえるようにミネットを下ろした。
彼女は、テラスの扉の前で振り返った。
「ビリーお兄ちゃん、わたしを元の世界に連れてってくれる?」
その言葉に対し、僕はすぐに返事ができなかった。
その約束は……ハイジとの約束は……守れなかったから。
ミネットは僕の瞳を見つめ、不安げな表情を浮かべる。
「だめ……なの?」
僕は首を横に振った。
「いいや……もちろん、一緒に元の世界に戻ろう」
「うん! お休みなさい」
「お休み……」
ミネットは、笑顔で部屋に戻っていった。
僕は再び屋根に上り、見張りに付いた。
「一緒に元の世界に戻ろう……か。もう、守れない約束は……したくないな」
愚痴るように独り言を呟いた。
だめだ、何を弱気になっているんだ……。
ルカを……ハイジを、元の世界に戻すためにやってきたんじゃないか!
だから、もっと強くならなきゃいけない!
どんな相手がいても、倒せるように、強くならなきゃいけないんだ!
その夜、僕は何度も自分に言い聞かせた。
僕自身が、挫けてしまわないように――。
翌朝、テオの薬が効いたのか、アルクの腕の怪我は腫れも引いて、すっかり良くなっていた。
「テオくん、ありがとう」
「効果があったみたいで良かったよ。キミにはこれからも、がんばって貰わなければならないからね」
テオはアルクの腕を見ながら顎に手を当て、納得した素振りを見せる。
僕はアルクに告げた。
「完全に治ったわけじゃないだろうから、あまり無理しないようにね」
僕の発言に反論するかのように、テオが口を挟む。
「手を抜いて死人が出たら、たまったもんじゃないから……やるときは、無理してでも、やって貰わないと困るけどね……」
「うん……」
テオの発言に対し、アルクは頷いた。
彼の言葉は、いちいちかんに障る。
そんなことは、言われなくても分かっているだろうに。
「ビリーお兄ちゃん! 大変!」
ミネットは、窓の外を指差した。
彼女の指差す先には……。
まるで雨雲のような……いや、すべてを飲み込むようなその漆黒は――闇。
この世界にも、存在した……。
そしてその中に、真っ赤な目を光らせ、もぞもぞとうごめく者たちがいる。
暫くのあいだ、誰もが口を閉じた。
何度見ても、鳥肌が立つ。
やはりこの世界でも、奴らに怯えながら、戦い抜かなければならないのだ。
闇が迫ってきているとしたら、ぐずぐすしてはいられない。
僕たちはすぐに準備を整え、町を後にした。
行く先は決めていなかった。
闇がきたから先に進む――それだけしか考えていなかった。
僕は、テオから地図を渡された。
「どうするつもりだい? 闇雲に動いて野宿になるなんてのはごめんだよ?」
確かに、野宿は
僕は、地図を手に取った。
「前の世界と別の地形だ……」
「この世界は、いくつかあるようだね」
テオは言う。
「それが、どれくらいあるのか分からない。同じように見えて、実は少し違うのかも知れない」
異世界は一つじゃない――。
今僕のいる世界に、ルカもハイジもいるとは限らない。
そうなってくると、本当にもう一度出会えるか? ――そんな不安がよぎる。
もしかしたら、永遠に出会えないかも知れない……。
「どうしたんだい、黙って?」
「ごめん……」
集落の場所は、地図に記されていた。
「この集落を目指そう」
僕が指差した場所は、ここから一番近い集落だ。
それほど遠くないので、昼過ぎには到着するだろう。
僕たちは歩き始めた。
白土の道を進み、まるでビルのような岩山が所々にそびえ立つ。
砂埃が口に入らないように、布でマスクをした。
集落の近くまでくると銃声が聞こえてきた。
「まあ、町はどのパーティも狙うから、取り合いになるのは当然だよね」
テオは言う。
倒して奪い取る――それが、この世界のルールだ。
戦力は、僕とアルクの二人。
彼の顔を見ると、弱気な表情を浮かべている。
前回の戦いでは、彼のおかげで怪物を倒すことができたが、まだ振り切れた――という訳ではなさそうだ。
それに、腕の怪我の容体も気になる。
町の入り口には、人が倒れていた。
「うぅぅぅ……」
まだ僅かに息があった――だからと言って、助ける訳にはいかない。
とどめを刺さずとも、いずれ息絶えるだろう。
下手に発砲音を出して、こちらの存在をばらすのも得策ではない。
「僕が、安楽死の薬でも打っておくよ」
テオは、横たわる人を見つめていた。
それはきっと、最善の答えだろう。
彼も、これ以上苦しまずにすむ。
僕は高い建物を見つけ、そこを指差した。
「上から様子を見よう」
僕たちは建物の中に入った。
建物の中からは、足音も人の気配もしない。
大きな音を立てないように、ゆっくりと階段を上がる。
石造りの三階建ての建物で、さらにそこから、屋上まで上がることができた。
屋上から見下ろすと、ちょうど銃撃戦の様子がうかがえる。
パァン、パァン――。
ダダダダダッ――。
「銃を撃っているのは、全部で4人か……」
僕は、銃声の数から予測した。
2パーティで、やりあっているようだ。
戦闘の終わり際を見計らって突撃すれば、弱っている相手を一網打尽にできる。
こちらの戦力は少ない。
漁夫の利を狙わなければ、僕たちが生き残ることは難しいだろう。
パァン、パァン――。
「あの拳銃を撃っている人……強いな」
その人は、まるでカウボーイのような出で立ちで、10メートル以上は離れている相手に、的確にヘッドショットを決めている。
僕のオートエイムで撃ち勝てるか、少し不安になった。
胸に手を当てると、心臓がバクバク音を立てている。
緊張する――。
はたして、うまくやれるだろうか――なんて、いつも思ってしまう。
こんなこと、もう何度も経験しているのに……。
僕は、突撃するタイミングを見計らっていた。
そして、銃声が鳴り止んだ。
今だ、このタイミングしかない。
「行こう! アルク」
「う、うん……」
ハンマーを持つアルクの手は震えていた。
「テオとミネットは、ここで待っていて」
部屋を見渡しても、テオの姿が見えない。
「あれ、テオは?」
ミネットは首を横に振る。
「行かないのかい?」
テオは、ちょうど階段から上がってきていた。
「行ってくる! テオ、ミネットを頼んだよ」
「ああ、頑張りなよ」
ドオォォォォン――。
一階まで下りると、衝撃音と共に建物が揺れた。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
それと同時に、叫び声も聞こえてきた。
パァン、パァン、パァン、パァン――。
銃声!? 決着が付いたと思ったのに……まだほかに、パーティがいたのか?
僕は家の壁沿いに進み、音のする方を確認した。
パァン、パァン――。
ドゴオォォォォォォ――。
銃声と衝撃音が混じり合う。
音のする方には、土煙が舞っていた。
そして、その中でうごめく巨大な陰がある。
そんな、まさか……。
僕は唖然として、それを見上げる。
前の町で、あれだけ苦労して倒した――化け物が、またそこにいた。
----------
⇒ 次話につづく!
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