第三十四話 九龍の秘密

 僕は二人の仲間――アーラとコレルに出会った。

 この建物を脱出しようと道を進むが、なかなか一階に辿り着かない。

 同じ場所をぐるぐるしているようだった。

「上の階にあった子供の描いた絵と同じ物が、この階にもある……」

「まったく同じ絵だよ……」

 ルカが、壁の絵を見て言った。

 階段を降りていたのに、なぜか元の場所に戻っている……。

「こりゃ……本当にここから出れないかも知れないねぇ」

 ハクが、頭をポリポリ掻きながら緊張感なさそうに声を出す。

「この建物、何か秘密がありそうだね……」

 先頭を歩いていたコレルがやってくる。

「秘密か……」

「例えば、このクマさんの絵とかに秘密は無いかなぁ?」

 ルカは壁に描かれたの絵を見つめる。

「あれ? 隣にヘビさんの絵も描いてある……さっきは、無かったと思うけど……」

 僕も壁を確認した。

 の絵の横には、赤い玉を咥えたの絵が描かれていた。

 ルカが怒ると嫌なので、もう否定はしない。

「この龍の絵が、何らかのヒントになっているかも知れない」

 僕はそう言葉にした。

 ルカを見たが、と言ったことには気づいていないようだった。

「ヒントを見落とさないように、注意を払いながら進んで行こう」

 コレルはそう言って、歩きはじめた。

 僕は部屋の中をスキャンしつつ、同じような絵がないか、辺りを注意しながら進んだ。

 アビリティを使おうと、壁に手を突いた時だった――。

 鉄の柱に何か刻まれているのに気が付いた。

 これは?

 龍だ――。

 柱に龍の絵が刻まれている。

 口の部分には、緑のガラスがはめ込まれていた。

「みんな、龍があった!」

 僕が声を上げると、皆立ち止まり集まってくる。

「やはり龍が何らかの鍵を握っていそうですね」

 コレルは、柱の龍を見て言った。

「この龍に、いったいどんな意味があるのだろう?」

「うーん……何とも言えないねぇ……何かヒントでもあればいいけど」

 僕の疑問にハクが答える。

「もう少し情報があれば、何か分かるかも……今は、このまま先に進もう」

 コレルはそう言って、再び歩き出す。

 龍が刻まれた柱の先は、十字路になっていた。

「さて……どっちに進むべきか」

 コレルは、三つに分かれた通路を見つめる。

「もしかしたら、龍がヒントになっているのかも……」

 ルカが言った。

 柱に刻まれた龍は、しっかりと手足やヒゲ、角があるので、ルカも間違え無かったようだ。

 僕が、チラッとルカを見ると目が合った。

「なに?」

 ルカは少し怒り気味だ。

「いや……なんでもない」

 僕はそう言って目を逸らした。

 ドン――。

「いたっ」

 僕の背中に、ルカの拳が突き刺さった。

「なに?」

 ルカは睨んでくる。

「いや……だから、なんでもないって……」

 ドン――。

 再び背中を叩かれる。

「最初のは、ヘビさんに見えたんだからね!」

「わかったから……叩くなよ……」

「もう……」

 ルカは頬を膨らます。

「ふふっ、キミたち仲が良いんだね……友達?」

 コレルは、笑いながら僕たちを見ていた。

「同じ学校なんだ……」

「今回は、楽しいパーティになりそうだね」

 笑顔のコレルに対して、アーラはまったく笑顔を作らない。

 厳しい表情で、辺りを警戒していた。

 僕の視線に気づいたコレルが口を開く。

「姉さんはいつもあんな感じだから気にしないで……人付き合いが苦手なんだ」

 僕はシモンを思い出す。

 あの人も、最初はほとんど喋らなかったなぁ……。

「さて、直面している問題で、どちらに進むべきか――だが……」

 ハクは切り出した。

「キミたち、迷路は得意かい?」

 僕とルカは目を見合わせる。

 そして、黙って首を横に振った。

「どういう意味だい?」

 コレルは、ハクの質問にそう答える。

「迷路を解くには、ちょいとしたコツがあるんだ」

 ハクは、左手を壁に付ける。

「左手法、あるいは右手法と言って、壁に手を付けながら進む方法だ――時間は掛かるが、確実に出口に到達できる」

「それなら知ってるよ……」

 コレルは、ハクに言った。

「ただし……そのやり方はスタートとゴールが同じ外周にある時だけだよ。今この場所をスタート地点とするなら、その方法は成り立たない」

「キミ……詳しいね……」

 ハクは、感心した様子で煙草に火を付け、言葉を続けた。

「それなら、地面に印を付けておく……ってのはどうかな?

 ハクは、胸ポケットから蛍光マーカーを取り出した。

 そして、地面に左向きの矢印を書く。

「進んだ方向に矢印を書いておく……これで、同じ分岐点に辿り着いても、すでに通った道かどうか分かる」

「そのやり方が良さそうだ」

 コレルは同意した。

「同じ分岐点に辿り着いても、まだ通っていない分岐があればその方向に進み、そうでなければ一つ前の分岐地点まで戻る――これで、出口に到達できるはず……」

「な……なるほど……」

 まったく理解できなかったけど、二人が納得しているようだし、僕も頷いた。

「ビリー……」

 ルカが話掛けてくる。

「なに?」

「理解してないでしょう?」

「し、知ってるよ……左手の法則だっけ? たしか指を三本こうやって……科学の授業で習った……ような」

 くそ、黙ってたらばれなかったのに……ルカのやつ……。

「それは磁界と電流がある時に、導体に力が発生する向きを求める方法だね」

 ハクが僕の言葉を否定する。

 ルカは僕の肩に手を乗せて、優しい目を向けてきた。

「ぼくも分からないから、無理しないで……」

「なんだよ! ルカも分かんないんじゃないか!」

「あははっ」

「さぁ、行こう」

 コレルのかけ声と共に、地面に書いた矢印の方向である左の道に進んだ。

 僕は、コレルのすぐ後ろを歩いていた。

 ドン――。

 突然コレルが立ち止まる。

「どうしたの?」

 声を掛けると、彼の表情はすぐれない。

 道の先は十字路になっていた。

 そして、彼は壁に向かって指を指す。

 僕はその方向に目を向けた。

 そこには、子供の描いた絵……猫と龍の絵が描かれている。

「まったく同じ絵だ……」

 龍の口には、赤い玉が咥えられている。

「ばかな! 曲がり角なんて無かった……まっすぐ進んだのに、どうして同じ道に辿り着くんだ!?」

 ハクが、珍しく声を荒立てて叫んだ。

「矢印は? 同じ道ならこの先の十字路にペンで書いた矢印があるはずだよ」

 ルカは、そう言って駆けだした。

 僕たちは後を追う。

 道の先でルカが地面を見つめ立ち止まっていた。

 僕も地面に目を向ける。

 無い――。

 地面には、矢印は書かれていない。

「同じように見えるだけで、同じ道に辿り着いたわけではないのか?」

 ハクは煙草に火を付けた。

 その手は震えている。

「同じような道が続くと、頭が混乱しそうですね」

 コレルは辺りを見渡す。

 僕には、同じ場所に戻ったように思えた。

 でも、地面に書いた矢印がないと言うことは、違う場所なのだろう……。

「ねぇ……、一つ確認してみたいんだけど」

 僕は、皆に問い掛けた。

「今きた道を戻ったら、どうなるだろう?」

 全員が黙って僕を見つめる。

「もし、戻って地面に矢印があれば、同じ場所に戻っていないということが証明される」

「そうだね……それは、いいアイデアだ」

 ハクが同意した。

「戻ってみましょう」

 コレルはそう言って、今きた道を引き返す。

 皆が後に続いた。

 やがて、十字路にさしかかる。

 柱には、龍が刻まれている。

 そして、地面には――。

 無い――。

「矢印が無い!」

 僕は思わず声を上げる。

 体の血が引いて、寒気に襲われた。

「なんで!?」

 ルカが叫んだ。

 コレルに目を向けると、彼は親指の爪を噛んでいた。

「まずい……こうなってくると、ここが元の場所かすら怪しくなってくる」

 彼は、そう言った。

 やはり――謎を解かないと、ここから脱出はできない。

「次は、真ん中の道を進んでみよう」

 僕は、皆に提案した。

 皆、黙って同意する。

 僕たちは、十字路をまっすぐ進んだ。

 初めて見る通路が続く。

「よかった……今度は、正解みたいだね」

 ルカは辺りを見渡す。

「前方に敵の気配はなさそうだ……部屋の中はどう?」

 コレルのその言葉で思い出した。

 不思議なことが起きていて、室内のクリアリングをすっかり忘れていた。

 僕は慌てて超音波敵影探知スキャニングソナー・ウォールハックでスキャンする。

 ピコーン――。

 甲高い音が響き渡る。

 そして、部屋の中に人影が見えた。

 いる……。

「敵だ!」

 僕は声を発した。

 全員が足を止め、僕の方に近づいてきた。

「一人……この部屋の中にいる」

 僕は、ホルダーからけん銃を出して構えた。

 扉を開けて視界に入れれば倒せる。

 殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーに加えて、潜んでいる敵の位置がわかるアビリティを手にした今、僕に怖い者はない。

 敵に隠れる暇を与えないように、扉を思い切り開いた。

 部屋の中は6畳ほど……扉から覗けば、必ず視界に入るはずだ。

 しかし、いない――。

 どこかに隠れたのか!?

 室内にはベッド、テーブル、椅子、棚がある。

 この中のどこかに隠れたに違いない。

「どうして撃たない?」

 ハクは不審に思ったのか聞いてきた。

「どこかに隠れたようです……」

 僕はどうすべきか考えた。

 部屋の中に突入して探すべきだろうか?

 いや、それは危険だ――。

 銃を持って待ち構えているかも知れない。

 僕が視界に入れるより先に、敵が発砲したら撃ち負ける。

 身動きが取れなくなった――。

 くそっ、せっかく先に敵の位置を把握できたのに……。

 僕のスキャンに気づいて隠れたのだろう。

「僕がRCラジコンで索敵するよ」

 コレルはタブレットを操作する。

 僕はすぐに撃てるように、部屋の中に向けてけん銃を構えた。

 RCラジコンが、床やベッドの上を走りまわる。

「どこにもいないようだよ……」

 そんな!?

「確かに敵の反応はあった」

 そうだ、天井や床、壁に隠し扉のようなものがないだろうか?

 僕は部屋に入った。

 壁を触ってみる。

 その時――。

 シュッ――。

「うわっ」

 背中が熱い。

 ベッドが真っ赤に染まっていく。

 背中を手で押さえると、血がべっとりと付いた。

「切られた……刃物のようなもので」

「ビリー!」

 ルカの叫び声が聞こえる。

 僕は銃を構えて、後ろを振り返る。

 そこには、ルカの姿があった。

 え!?

「ビリー、大丈夫?」

「て、敵は?」

 ルカに問い掛ける。

「どこにいるの?」

 ルカは、辺りを見回している。

 僕が攻撃されているところを見て無かったのか?

「気をつけて、近くに敵がいるはずだ!」

 僕はルカに言った。

「その部屋から出た方がいい」

 ハクが手招きする。

 僕とルカは、すぐに部屋を出て扉を閉める。

 ルカは、タオルで僕の背中を押さえて止血してくれた。

 一体敵はどこに行ったというんだ?

 僕は壁に手を突き超音波敵影探知スキャニングソナー・ウォールハックでスキャンを行う。

 ピコーン――。

 やはり、部屋の中に人の影が見える。

「確実に、この中にいる……」

 アーラは扉を勢いよく開けた。

 そして、部屋の中に向かって銃を構える。

 しかし、誰もいない――。

 カン――。

 アーラの手にしていた銃が宙に舞い上がった。

「くっ」

 カンカン――。

 そして、地面に落ちた。

「姉さん!」

「何かに……弾かれた」

 アーラは静かにそう答えた。

 その表情に焦りの色が見える。

 冷静なアーラが、こんな表情を浮かべるなんて……。

「どうなっているんだ?」

 ハクが危険を感じたのか、部屋の前から二三歩後ろに下がった。

「部屋に間違い無く敵はいる……」

 僕はそう言って銃を構えた。

「見えない敵がいる――ということですね?」

 コレルはそう言葉にする。

 見えない敵――。

 前に置物の鎧に扮した敵はいたけれど……。

 今度は、本当に見えない。

 透明になっている。


⇒ 次話につづく!

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