第六話 チカラの使い道
僕たちは移動中の廃墟で、無残な殺し合いの痕を見つけた。
微かに息が有った男の証言から、赤い爪の化け物にやられたことがわかる。
赤い爪の化け物……それはクリムゾンネイルと呼ばれていた。
クリムゾンネイルに殺されたら、再生しない……。
何度でも生き返ることができると言われているこの世界、そいつに殺された者は生き返らない。
そんなヤツが僕達と同じ世界にいるなんて……。
勝ち上がっていけば、やがてそいつと戦うことになる。
「なあ、大丈夫なのか? そのクリムゾンって……」
不安になって、ペーロに問い掛けた。
「大丈夫なわけあるかよ。元の世界に戻るどころか……そいつに殺されたら、本当の死が待っている」
本当の死……。
「アビリティなのか、なんなのかは分からないが、なんであいつだけそんな能力を手にしたのか、一切不明だ。ただ、あいつはこの世界で人殺しを楽しんでるらしい」
「人殺しを楽しむなんて……」
ハイジは首を横に振った、その表情は悲しそうだった。
「本当の人殺し……殺人鬼だよ」
そう言ったっきり、ペーロは口を開かなかった。
そして、ほかの者も。
「行くぞ……」
一人先を行く黒マントが声をかけた。
「こんな所に長居は無用だ」
皆、黙って後に続く。
「願わくば、出会いたくないな……やつに殺されるくらいなら、自害したほうがいい」
横を歩くペーロが、独り言のように呟いた。
クリムゾンネイル――この世界において真の恐怖であり、最大の敵かもしれない。
森を抜け、岩だらけの山道を一時間ほど歩いただろうか。
僕達は、崖上の潜伏地点まで到着した。
その場所は高所にあり、岩に囲まれているので周りから狙撃される心配はなさそうだ。
「崖向こうの家が、今回のターゲットになる」
僕はアイが指差す方を見た。
崖を挟んで反対側に家がある。
木造の二階建ての家だ。
斜面に作られているため、一階部分の床下は数本の太い木の柱で支えられている。
万が一この柱が折れてしまうようなことがあれば、この家は傾き簡単に崩れてしまうだろう。
二階部分には広いテラスがあり、椅子とテーブルが置かれている。
この家の持ち主だった人物は、星空を見ながら家族で食事をとっていたことだろう。
屋根は平らで、屋上から二階に降りれるであろう落とし戸が付いていた。
疑問に思うことがある。
ここで暮らしていた人達は、いったい何処へ行ってしまったのだろうか?
殺し合いをするから、立ち退かされた?
或いは……殺されてしまったのだろうか。
いずれにせよ、僕達を異世界から召喚し、殺し合いをさせている首謀者はまともではないだろう。
「皆はこの場所で、夜まで待機していてくれ。わたしは、ターゲットの家にドローンを出して間取りを確認する」
アイはそう言って、端末を操作し始めた。
ドローンが、崖の反対側へと飛んで行った。
アイは、夜がくるまで絶えず見取り図を書いていた。
作戦決行の夜がきた。
夜空には真っ黄色な月が浮かび、梟の鳴き声が響いている。
僕達は、地面に広げられた見取り図を囲んだ。
アイが間取りを説明する。
「家は二階建て。侵入経路は、南正面入口、北勝手口、二階テラス、屋上落とし戸。地下はあるが外側からは侵入できない。見張りは屋上に一人、正面入り口に一人、三人が二階の寝室で就寝」
「敵は五人か……武器は?」
ペーロがアイに確認する。
「正面入り口の見張りは、拳銃とナイフ。屋上にいるのはアサルトライフルを持っている」
アサルトライフルは戦場で使われる連射型の銃だ。
そんなものまで、この世界にはあるのか。
「おいおい、戦争でもおっぱじめるつもりかよ……」
ペーロのその言葉に、ハイジの表情は曇った。
彼女は戦争という言葉に、敏感に反応する。
「屋上のアサルトを持った敵を優先して倒したい。これは、あんたに狙撃して欲しい」
アイは、黒マントの方を見て言った。
黒マントは、黙って頷いた。
「屋上見張りの狙撃完了と同時に、ペーロは正面入り口の敵を暗殺」
「暗殺……いい響きだ」
「見張りの二人を倒したら、間髪入れずにビリーが二階テラスから寝室に潜入し、三人を射殺する」
射殺か……。
僕には……嫌な響きでしかない。
「以上だ! 何か質問は?」
各自が首を横に振る。
「よし、作戦開始!」
ペーロじゃないが、緊張する。
手にびっしょりついた汗を、ズボンで拭った。
ターゲットの家は崖を挟んで反対側にある。そのため、この場所からは一度崖を降りなければならない。
僕とペーロは、崖下まで行動を共にした。
崖の上を見上げると、ハイジがこちらを見つめているのが見えた。
ペーロも上を見上げ、口ずさんだ。
「あいつらはいいよな、安全な所にいて……。まったく、こちとら命がけだよ。黒マントの野郎、腰に剣をぶら下げているの知ってるか? 一度も抜いているところをみたことがねぇ。狙撃ばかりして、実は臆病者なんじゃないのか?」
誰だってそうだろう……死と直面するのだから。
黒マントも例外ではないのだろう。
僕だって正直怖い……。
銃の一発でも貰えば致命傷になる。
できれば、このまま逃げ出したい。
僕はペーロに問い掛けた。
「ペーロは怖くないの? 逃げ出そうと思ったことはないの?」
「怖くないわけねぇだろ? それに逃げる場所があるなら、とっくにそうしてるさ。俺達は籠の中の鳥なのさ。この世界から逃げ出したかったら殺るしかねぇ……いいかげん覚悟を決めるんだな」
なぜ僕は、この世界にきてしまったのだろうか?
こんなことなら、神社で祈るんじゃなかった。
元の世界の方が楽しかった。
僕とペーロは二手に分かれた。
僕は裏口側から、ペーロは正面側から崖を登って行く。
時間にして15分くらいだろうか? 僕はターゲットの家が正面に見える場所まで辿り着いた。
『こちらビリー。待機地点に到着しました』
僕は無線で、ほかのメンバーに連絡した。この無線機は、イヤホンマイクのスイッチを押しながら喋ることで、ほかのメンバー全員に伝わる。
僕は家の塀の外で、合図を待った。
ペーロは家を挟んで、反対側で待機する手はずだ。
数分するとペーロから無線が入った。
『ペーロ、たった今待機地点に到着』
『よし、二人とも狙撃が完了するのを待て』
アイからの無線だ。
僕は息を殺して、狙撃の完了を待った。
次の無線は、それ程時間は掛からなかった。
シュン――。
風を切る音がしたあと、微かに何かが倒れる音がした。
アイから連絡が入る。
『屋上の狙撃が完了した』
黒マントは、サイレンサー付きの銃を使っているのだろう、発砲音は聞こえなかった。
続いてペーロが、正面入り口の敵を倒す手はずだ。
『ペーロ、動き出せ』
『ラージャー』
それから何分経っただろうか? 成功の報告が無い。
実際は僅かな時間だったのかも知れないが、とても長く感じた。
まだか……。
気になって、僕は入り口の方をずっと見ていた。
やがて、家の壁の後ろから、ペーロの姿が見えてきた。
彼は蹲って腹を押さえながら、這いつくばっている。
まさか……失敗して、やられたのか!?
イヤホンから、ペーロの苦しそうな声が聞こえてきた。
『やってやったぜ……』
『無事か?』
アイが心配そうに尋ねた。
『万事オーライだ……』
『よくやった。次はビリー、頼んだぞ』
遂に僕の番か……。
僕だけ失敗する訳にはいかない。
やってやるぞと自分に言い聞かせ、僕はテラスによじ登った。
大きな窓ガラスと、その隣に部屋に入る扉がある。
僕は腰に付けたポーチから、手榴弾を取り出した。
それは、小さめの缶ジュースと同じような形状をしている。
これは爆発して殺傷能力のあるものではなく、強烈な閃光と爆音を発するスタングレネードだ。
僕はためらった。
これを投げ入れて……突撃するんだ。
そして、人を殺すんだ。
大丈夫だ……大丈夫だ……どうせ生き返るんだし……。
僕は布きれで作った耳栓をした。
あらかじめポーチに入れておいた煉瓦を取り出し、窓ガラスに投げ入れた。
ガシャン――。
大きな音と共に、窓ガラスに穴が開いた。
この音で、中にいる奴らに気づかれるだろう。
僕はすぐさまスタングレネードのピンを抜いて、割れた窓ガラスから部屋に向けて投擲した。
そしてすぐに地面に伏せた。両目を瞑り耳を塞ぐ。
キーン――。
室内で強烈な閃光と、耳を劈く様な爆音が鳴った
耳を塞いでいたのに、耳鳴りがする。
僕の役目はこれで終わりでは無い。
敵の目が眩んでいるうちに部屋に潜入し、殲滅しなければならない。
窓ガラスを蹴とばし割って突入――などといった特殊部隊のような芸当はできやしない。
だから、窓の隣の扉から入ろうとしたが、鍵が掛かっていた。
どうしようと思ったが、銃でドアノブを壊す映画のワンシーンを思い出した。
それと同じことをしてみることにした。
パァン――。
木製のドアノブを、銃で撃つと扉は簡単に開いた。
僕は壊れた扉を開けて、部屋の中に侵入する。
部屋の中は蝋燭も付いておらず、真っ暗だった。
窓から流れ込む月明かりで、部屋にいる人の動きを捉えることができた。
敵は情報通り三人……。
大きなベッドに二人、その隣の少し小さめのベッドに一人いる。
敵の位置を確認できた瞬間、僕の腕が勝手に動き出した。
、一番近くにいた敵の頭部に、照準が合った。
昨夜の、
僕のアビリティ――
敵の頭に向けられた銃は、僕の意識に関係なくトリガーが引かれる。
パァン――。
高い音が部屋に鳴り響いた。
敵は頭から真っ赤な血しぶきを出しながら、壁に吹っ飛んだ。
すぐさま、二人目に照準が合った。
パァン――。
同じようにトリガーが引かれ、敵の頭を貫いた。
パァン――。
三人目も逃げる間もなく、僕の銃弾の餌食となった。
あっけなかった。
これで、作戦は完了した。
しかし結果とは裏腹に、僕の脚はすくんでいた。
歯は震え、ガタガタ言っている。
僕はゆっくりと、最後の敵に向けてまっすぐ伸びていた腕を下ろした。
静けさが辺りを包んだ。
すると階段下から足音が聞こえてきた。
どういうことだ!?
情報では敵は五人で、これで全部倒したはずだ――。
僕はすぐに、部屋の扉に銃を向ける。
バタン――。
勢いよく扉が開かれた。
部屋の扉を開けたのはペーロだった。
よかった……。
僕の緊張は一気に解けて、その場に腰を落とした。
「どうだ、やったか?」
ペーロはランプを持ってきていた。
その明かりで、部屋の状況が鮮明になった。
部屋には三人の死体があった。
どれもベッドの上で、壁に凭れ掛かるようにして死んでいる。
後ろの壁は彼らの血で、真っ赤に染まっていた。
壁ばかりでは無い。
その死体も、ベッドの上も、頭から流れ出た血でドロドロになっていた。
「そんな……」
僕は、その死体を見て驚愕した。
どれもまだ、小学生と思われる子供達だった。
絶望した……僕が殺したのは小さな子供達で、寝ていた所を襲撃した。
無抵抗で、当然武器も持っていない。
一方的に僕が撃った……。
僕の意思とは関係なく撃ったとはいえ、僕の手で命を奪ったことに違いはない。
僕は銃を地面に置き、頭を抱えふさぎ込んだ。
「なんだよ! この人殺しの能力……」
目から涙が溢れてくる。
この涙は悲しみの涙か、怒りの涙か。
この先も、殺し合わなければならないのか?
こんな小さな子供達も、僕に殺せというのか?
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
僕は恐怖で――、自分のしたことが恐ろしくて叫びだした。
ペーロが声をかけてくれていたが、何も耳に入ってこない。
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次回、心を病んだビリーは銃を置いてしまうのか!?
⇒ 次話につづく!
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