第19話 ミーアのお願い
先に着席していたカーライル侯爵はにこにこと笑顔を向けて、フィアナとミーアにデボラ夫人とリィラの正面に座るよう促した。 先ほどエマが言っていたように二人が着席し、まもなくすると料理が運ばれてくる。
「いろいろな報告や聞きたい事があるから、食事が終わったら応接室に来てほしい。 だが、まずは食事にしよう。 せっかくの料理が冷めてしまうからね。」
出されたものはやはりと言うか、フレンチのようなコース料理だった。こう見えて前世のフィアナは某有名ホテルのコンシェルジュであったし、ミーアも所謂いいところのお嬢様であったので、前世基準のテーブルマナーは完璧であった。 しかしこの世界に生まれてからマナーなんて気にしたことがない二人はテーブルマナーも当然、前世の知識しかないわけで、それが通用するのか恐る恐るカーライル一家を観察していたが、カトラリーを外側からでなく内側から使うくらいで、概ね同じようでほっと安心する。 思わず「大変おいしゅうございます」などと言ってしまいそうになる豪華さとおいしさだ。
「お二人は所作が綺麗だね。 そうしていると貴族のご令嬢の様だよ。」
「本当ね。 お二人共美しくてらっしゃるし。」
「あはは… ありがとうございます‥‥。 美しいかどうかはさておき、ミーアはともかく私のような粗忽ものでもその様に見えるのでしたら、きっとこちらの邸の侍女さん達のおかげですね。」
(ないわー、貴族とかちょーないわー。)
「ふふ、謙虚だね。でもね、どんなに腕のいい職人でも素材が良くなければそれなりの物しか作れないんだよ。」
(これはアカン、耐えられん…!)
侯爵からの褒め殺しに耐えられなくなったフィアナは、話題を変える事にした。 それでなくても気になっていたのだ。 もちろんリィラの事である。
「あの、私達の事を気にかけてくださるのは嬉しいのですが、リィラ様は大丈夫ですか? 傷などは(ミーアが癒したから)無い事は確認しましたが…」
「ああ… うん、 実はあれから一人になるのを極端に嫌がってね。 妻の側から離れようとしないんだ。」
無理もない、7歳と言う幼さで両親の目の前で攫われてしまったのだ。 その恐怖はいかほどだろう。 リィラに視線を移すと、母親であるデボラを見てにこにこしている。 一見大丈夫そうに見えるが… きっと見た通りではないのだろう。 ミーアは意を決して行動に移すことにした。
「侯爵様。 お願いがございます。」
「なんだろうか? 出来る限りは君達の希望に添えるように計らおう。」
「ピアノをお借りしたいのです。」
「ピアノ… ミーア嬢はピアノが弾けるのかい?」
「ええ、少々経験がありまして…。 少しでもリィラ様の御心が安らげるように、明るい音楽を聴いていただきたいのです。」
「分かった、もちろん好きに使ってくれて構わない。」
「ありがとうございます!」
許可が取れたミーアは、ぱあっと花が咲くように満面の笑みで喜んだ。 それを見た周りに控えている侍従や侍女が顔を赤らめ俯き加減になる。
(男である侍従さんはともかく、女性にもこんな顔させるとは… 相変わらずミーアの笑顔は破壊力あるなー…)
和やかに食事も終わり、侯爵と話をするために侯爵、フィアナ、ミーアの3人と、後ろから付き従うエマは応接間に移動した。 落ち着いた調度品でまとめられたその部屋は1階で庭園に面していて、テラスから外に出られるようになっている。 昼間であればそこから美しい景色が見えただろう。
侯爵は一人掛けのソファに掛け、フィアナとミーアにはその向かいの3人掛けのソファを勧めた。 侯爵の後ろには3人とは遅れて部屋に入った、今朝がた会った護衛騎士のリーダーが立った。 全員が揃ったのを確認した侯爵は控えていたエマに視線を送るとほどなくお茶が運ばれてくる。
「それじゃあ早速だけど、お二人も気になっているだろう。 今朝がたの盗賊団の事だ。 私達の馬車を襲った者を含めて28人、全員収容した。 ああ、うち2名は死体の回収になったがね。 拠点に居た盗賊団といい… 本当にあなた達の手際の良さには驚かされるばかりだ…。 あの短時間でよくぞ奴らを捕らえ、リィラを助け出してくれた… 本当にありがとう。 …しかし一体どんな魔法を使ったんだ? もしかして冒険者なのか?」
魔法と聞いて二人は一瞬ドキッとしたが、ばれているわけではないだろうと思いなおした。
「え、まあすぐ場所は見つかったり、相手が油断してたりと運が良かったといいますか… とにかく子供の誘拐は攫われてから24時間が経過すると生存確率が下がるといいますから… 本当に間に合ってよかったです。 それと今のところ冒険者… ではないですね。」
(タイムリミットが24時間とか、初耳なんだけど。)
(某海外ドラマの受け売りなんだけどねっ!)
(まあ、そんなところだと思った。)
小声でミーアが訊ねるとフィアナがしれっと種明かしした。 あのドラマは今シーズンいくつなんだろう。
「それは… あなた方は近くにいてくれて… なんというか本当に運が良かったんだね。 フィアナ嬢は一体どこであんな体術を学ばれたのか…。 ああ、そう体術と言えば、ディビッド。」
そう言いながら侯爵は後ろに立つ護衛騎士のリーダーを見た。 どうやら彼の名前らしい。
「はっ」
「すでに察しているかもしれないが、ディビッドは我が家の護衛騎士隊の隊長だ。 それで、彼からあなたにお願いがあるらしい。」
「お願い? …なんでしょう?」
「はっ、私はディビッド・アレクシスと申します。 フィアナ殿を見込んで是非お願いしたい。 どうか部下たちに稽古をつけてやってはくれないでしょうか?」
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