第20話 音の光
「フィアナ殿を見込んで是非お願いしたい。 どうか部下たちに稽古をつけてやってはくれないでしょうか?」
「えっ… 稽古ですか…?」
(おぅ… まさかそう来るとは…)
カーライル侯爵家の護衛騎士隊隊長のディビッドからされた頼みと言うのは部下の指導だという。 しかし、こんな小娘の指導なんか受けたくないって反発が起こらないんだろうか? と若干の不安を覚えながらフィアナはディビッドに訊ねた。
「あの… ですね、 それは隊のみなさんの総意ですか? いきなりこんな小娘が ”はい、今日から講師になりました。 よろしくお願いします。” と言って受け入れられるとは思えないんですが。」
「そ… それは… 」
言いよどみ、目が泳ぐディビッドを見て『やっぱりこの人の独断か』とフィアナは察した。 少し考えるそぶりをするとフィアナはディビッドに言う。
「すみませんが余り人と軋轢を生みたくないので..... このお話は保留とさせて頂いてもいいでしょうか?」
(まあばっさりと無碍に断るわけにはいかないもんねぇ)
「そう… ですか…」
(くうぅ… ディビッドさんやばいわー… "こたろう"が怒られた時そっくりだわー。 めっちゃぎゅーっとして撫でまわしたいっ)
断られたディビッドはしゅんとしてしまい、その姿が昔実家でフィアナが飼っていたラブラドールの"こたろう"が怒られた時によく似ていた。 まるで内またに入った尻尾が見えるようだ。 ミーアにも「なんか失礼な事考えてない?」と言われてしまった。
「はははっ、まだ若いのにしっかりしてるお嬢さんじゃないか。 残念だが今回は諦めろディビッド。」
「はっ… 」
カーライル侯爵に諫められ、ますますしゅんとするディビッド。 それを見て基本お人よしのフィアナはちょびっとの罪悪感に見舞われる。 そんなフィアナの心情を知ってか知らずか侯爵は話をつづけた。
「ところで、かねてから問題視されていた街道の盗賊団の殲滅と、誘拐された私の娘の救出。 これだけの功績によってお二人には相当の報奨が出される事になるのだが、金銭はもちろん支払われる事になるが、他に何か希望はあるだろうか?」
「えっ!? お金出るんですか?!」
少し前にお金の工面で悩んでいたこともあり、フィアナは自然と頬がゆるんでしまう。 それを見たミーアがフィアナの脇をつつき、小声で「ちょっとフィー...」といわれ、我にかえった。
「ンン“ッ ....っとすみません。 」
姿勢を正し、顔も引き締めるとフィアナは侯爵に向き合った。 あの話題を出すのは今だろうと思ったからだ。
「それならば… 情報が欲しいです。 私達実はある情報が欲しくて辺境から出て来たんですが、 それをお聞きする事は可能ですか?」
「ふむ..... ”報奨“としてそれを欲すると言う事は、あまり表立って聞けないものと言う事かね?」
「わかりません… ですが、その可能性はあります。」
侯爵は優雅に足と手を組み、目を閉じて一つ息を吐いた。
「なるほど‥‥ 続けてくれたまえ。」
「はい。 私たちは1か月半から2か月ほど前… 大森林で大勢の兵士を見かけました。 それに関して何かご存じありませんか?」
「私は軍事には携わっていないので詳しくは分からないが… 演習や訓練の類ではないのかね?」
「演習や訓練と言うには… 人数が多く、ざっと見た感じ500人以上はいたかと。」
(って言うかあれ1個大隊はいたよね…)
「それほどの大部隊… いや、申訳ないが私には分からない…」
「そう… ですか…」
(やっぱり王都に行かないとわからないのかなぁ‥‥)
「だが、分かるかもしれない人物に聞くことはできる。 申訳ないが少し時間をもらえるだろうか。」
「分かりました。 時間は大丈夫です。」
とは言ったものの、それほど猶予があるとも思えなかった。 村の人達がこれ以上害されないようにできるだけ急がねばならない。
「では、その情報と… 他に何か希望はあるかね?」
フィアナとミーアは目を合わせて頷き合う。
「いえ、十分です。 お心遣いありがとうございます。」
侯爵はふっと笑って「君たちは無欲だね。」と言う。 フィアナは心の中で「過ぎた欲は身を亡ぼすんだよ」とつぶやいた。 精神年齢で言えば悲しい事にアラフォーだ。この中にいる誰よりも高いのだ。
「それじゃ、何か分かったらすぐに伝えよう。 それでミーア嬢。」
名前を呼ばれ、ミーアは顔を上げて侯爵に目を向ける。
「はい。」
「ピアノが弾きたいとの事だったが、今からやるかい?」
「よろしいんですか?」
「もちろんだよ。 妻と娘も呼んでこよう。 エマ、デボラとリィラをレッスン室へ連れて来てくれ。」
・・・・・・・・・・・
廊下を移動中フィアナとミーアはうきうきと会話を交わす。 もちろん他の人に聞かれぬよう小声で。
「曲何にするの?」
「うーん、何がいいかなぁ。 小さい女の子が聴いて楽しいやつかなぁ。」
「じゃあ”子犬のワルツ”とか”人形の夢と目覚め”とか!」
「クラッシックしばり? なら”きらきら星”がいいなぁ。」
「いいねぇー! それはもちろん変態作曲家バージョンでしょ?」
「へんた… まあそうだね。」
レッスン室に入るとミーアはピアノの前まで進み、目を閉じて鍵盤の感触を確かめるようになでる。 また再びこの感触を味わえる喜びをかみしめていた。
右手の人差し指だけでぽーんぽーんと音を鳴らし、次に片手だけで”きらきら星”のワンフレーズを鳴らしてみた。 思った通りの音がでてほっとする。
ほどなくしてデボラとリィラが入ってきた。 ミーアは一礼すると背もたれのない椅子に座り「リィラ様の御心が安らぎますように」と言って一夜のリィラの為の演奏会が始まった。
♪~ ♪~ ♪~ ♪~ ♪~
ウィーンの天才変態作曲家が民謡をアレンジして変奏曲にしたというこの曲は、跳ねるような楽し気な主題から始まり、まるで本当に星が空から舞い降りて来たようなキラキラとした音がメロディーを奏でる。 2小節目からは音の光の洪水が。かと思うとハ短調の重厚なメロディーに変わる。 本当にこの人の曲には感動させられる。 弾いているミーアの腕も相まって素晴らしい演奏になっていた。
フィアナは知らず知らずの内に頬を涙が伝っていた。
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