第21話 演武
12楽章に入ると、速いパッセージからクレッシェンドで約12分の演奏が終わった。
フィアナがリィラを見ると、デボラ夫人のスカートを掴みながらキラキラとした目でミーアを見ている。
(天使かな?天使だな! はー、ほんとリィラ様ったらマジ天使!)
フィアナが脳内でリィラに悶絶していると、カーライル侯爵とデボラ夫人が拍手しながらミーアに近づいてきた。
「素晴らしい! 聴いたことの無い曲だが、本当に素晴らしい演奏だった... ミーア嬢の作曲か?」
そう聞かれたミーアはフィアナと顔を見合わせ一瞬思量する。
「いえ、これは私の考えた物ではなく故郷に伝わるもので、夜空に輝く星を表現した曲です。」
「星空… 確かに音がきらきらしていたね。 なるほど… それで」
侯爵はミーアににこっと微笑んで見せると「他にも何か聞かせてくれるんだろうか?」と期待を込めた目で見つめて来た。
笑顔の圧力に負けたミーアは、その後3曲ほど立て続けに披露するはめになり、その晩は遅くまで演奏会が続いたのだった。
****************
翌早朝、フィアナは一人で侯爵邸敷地内を探索していた。 それはある目的があったからだが・・・
「あ、あそこかな?」
そう言いながら近づいたのは護衛騎士隊の訓練施設だ。 まだ日が昇ってからそれほど時間が経っていないというのに、これから訓練が開始されるようだ。 ディビッドのよく通る声が大きく響く。
「それではーー、これから訓練を開始するーー! まずはーーランニングーー10周!」
騎士達がリズムよくランニングに出発した後、演習場の中央でその様子を真剣な目で監督しているディビッドにフィアナは手を振りながら近づいた。
「ディビッドさーん! おはようございます!」
弾かれたようにフィアナの方を見たディビッドは驚いた顔をした。
「フィアナ殿‥‥。 どうしてこちらに?」
「えーと、ですね。 できれば隅っこの方でいいから演習場貸してほしいんです。 できるだけみなさんの邪魔にならないようにしますので。」
「ねっ?」と両手を顔の前で合わせ、片目を瞑って可愛く(見えるように)こてんと首をかしげると、ディビッドは若干頬を赤らめ片手で口を覆い、明後日の方を見て答えた。
「んんっ… それは… 構いませんが… 一体何をなさるんです? それにその姿…」
「体がなまらないように軽く運動しようかと。」
長いブルネットのストレートヘアを高い位置でポニーテールにして、動きやすい男性用のトラウザーにシンプルなシャツを着て、にっこりと笑顔で答えるフィアナを見てディビッドは、はっとする。
「直接指導などはしませんが、何か不信な事をしていないか見ていただくのは問題ないですから。」
そう言うとフィアナは演習場の隅まで移動し、軽く柔軟すると目を閉じ、息を整え精神を統一すると静かに演武を始めた。
流れるように、力強くしなやかなその動きは、まるで舞を舞うかの様に優雅だ。 一体この少女はどこでこんな勇猛さと繊細さを身に着けたのか。 デイビッドは息をするのも忘れ、その姿に見入っていた。
どうやら見入っていたのはデイビッドだけではないようで、訓練を言い渡していたはずの部下たちも動きを止め、フィアナにくぎ付けになっていた。
「‥‥‥‥隊長、あの少女は‥‥?」
「‥‥あ、ああ‥‥ 昨日盗賊団を退けた2人の少女の片割れだ。」
「美しい‥‥ですね。 そして力強い。」
「美しいだけじゃない、彼女は強い。 それはもう恐ろしいほどにな。 昨日たった2人で盗賊団28人を制圧したんだ。 まるで俺たちの出番はなかったよ。」
「なんと…」
「実はな、彼女におまえ達の指導をお願いしたんだが、断られてしまったよ。 こんな小娘が指導すると言って隊員は受け入れるのかってな。」
「そうでしたか…」
10分程演武をすると、フィアナは騎士隊の居る方にやってきた。
「あら…? すみません、みなさんの手を止めるつもりではなかったんですが…。 お目汚し失礼しました。 ディビッドさん、場所を貸していただいてありがとうございました。」
にっこり笑って会釈すると、そのまま屋敷の方へ戻っていった。 それを見送る騎士の一人がぼそっと呟いた。
「明日も来るのかな…」
***************
朝食を終え、部屋に戻ったフィアナは上機嫌でミーアを見た。 もちろん音声遮断の魔法をかけるのも忘れない。
「さて、お風呂に入ってさっぱりしたし!朝食も済んだし!」
「うん? フィーいやに張り切ってるね。 どうしたの?」
「街に行ってみない? どんなものがあるのかみてみたーーい!」
「うーん、いいけど… 侯爵に言っておかないとね。 あと、お金ないけどいいの?」
「う‥‥ なんか売れそうな素材とか食材もってないっけ‥‥?」
「そういえば薬草とか持ってるかも。 いくらになるか分からないけど、お昼代くらいにはなるかなぁ。」
「薬草! そうだよ月光花とハイポーションも持ってるし、これ売れたら売ろう~!」
「うん、それじゃ行ってみようか。」
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