第5話 襲撃の後

湖の中に建てられた、美しく荘厳なガルレリア城。その王城内にある執務室で、椅子を蹴飛ばし口から唾を飛ばしながら騎士団長に激しく怒声を浴びせているのは、この国の第二王子であるアルフロードその人であった。


一個大隊約1000人の大半を失い、逃げ帰ってきたとはどういう事だ?!」

「は…申し訳ありません…」

「そんな言葉を聞きたいのではない!一体どういう事かと聞いているんだ!」


アルフロードのあまりの剣幕に騎士団長は跪き、下げた頭を上げることもできず、嫌な汗が止まらなかった。


「交戦を始めて暫らくは、村人の抵抗を許す事なく抑え込めていたのですが…」

「ならば!なぜ!一人も捕らえてこれない!あやつらの対処法は授けてあるだろう!けして遅れを取る事などなかったはずではないか!」

「それが…恐ろしく強い者がおりまして…」

「なにっ…この期に及んで…」

「お待ちください殿下。」


さらに問い詰めようとしたアルフロードを制する声がした。筆頭宮廷錬金術師のデリアスである。

デリアスは騎士団長に近づき、落ち着いた口調で語りかける。

「ダレン騎士団長、その強い者とはどういった?」

「は…2人の少女です…あの2人は、ばっ、化け物です…!」


その”化け物”を思い出したのか、俄かに震えだすダレン。それを見下ろすデリアスの瞳が妖しく光り、口元は歪んだ笑みを浮かべる。

「ほう…化け物、ですか。」

「み…見た事もない魔法を操り、あっという間にこちらの戦力が失われていきました…そ、それに」

「それに?」

「ま、魔法を使う際必要だと聞いていた、詠唱をしている様子がありませんでした…」

「「な…っ!!」」


(無詠唱…ばかな…しかも見たこともない魔法を使うだと…? だが、もしそれが本当なら‥‥)


「アルフロード殿下。」

「なんだ。」

「これは思わぬ掘り出し物かもしれませぬ。その者達に間諜を放ち、探らせてはいただけませんか?」

「どういう事だ?」

「”数より質”…という事でございます。もしダレン騎士団長の言う通りであるならば、その者達を捕らえる事ができましたなら、あの装置の開発が各段に早くなるでしょう。 それどころか威力も上がる可能性がございます。」


アルフロードは少し考えるそぶりを見せ、了承した。

「‥‥‥いいだろう。」

「ありがとうございます。」

「シウス、いるな?」


そうアルフロードが呟くと、どこからか音もなく男が現れた。

「は、ここに。」

「聞いていたな? あの村で件の2人を探ってこい。」

「御意。」


そう言うとシウスは闇に溶けるように消えて行った。










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆








―――――― 2週間前、魔法使いたちの村 ―――――――


兵士たちが去った後、辺りを見渡すフィアナとミーア。 敵兵に比べて被害は少ないものの、それでも多くの村人が重症を負ったり、そのまま死んでしまったりしていた。


「ひどいね…」

「うん‥‥」


項垂れて立ちすくんでいる2人の元に、村長であるウイゲルがやってきた。


「お前たちここにいたのか」


声をかけられびくっと肩を揺らす2人。

「父さん…」

「ごめんなさい、村長、わ、私…」


ウイゲルはそんな二人に微笑んで優しく語り掛ける。

「ミーア、それにフィアナ。お前たちのおかげで村が助かったんだ。礼を言うよ、ありがとう。」

「「えっ?」」


 2人は驚き、顔をあげてウイゲルを見る。 自分たちがこの世界において、魔法を使う一族という特異な人達の中にあって尚、更に異質な存在であることを正しく認識していた。 フィアナだって、自分が盛大にやらかした事は自覚しているのだ。 だからこそ、きっと恐れられる、もしかしたら見捨てられるかもしれないという恐れが彼女たちを襲っていた。


「…でも私達の事怖くないの?」

「お前たちは村の一員だ。それになにより私達の可愛い子供じゃないか。何も怖がることなんかないよ。」


「それに、これは村でも一部の者しか知らないことだが。」と言いつつ、ウイゲルは2人と目線を合わせ、その頭に手をぽんぽんと置く。


「ご先祖様にも何人か、お前たちと同じように魔法を操る人が居たんだ。お前たちは誰よりも精霊に愛されているんだね。」


目を細めて微笑んでくれるウイゲルに安堵し、2人の目からは涙がこぼれ落ちた。


「わ…私達嫌われるんじゃないかと…お、思ったの…!」

「お前たちは自慢の子供達だよ、嫌ったりなんかしないさ。村のみんなもそう思っているよ。」


そう言って2人が泣き止むのを静かに待ってくれた。


やっと落ち着いたミーアはウイゲルに今回の襲撃の件に触れた。

「父さん、今までこんな事一度もなかったのに、兵士達はなぜ襲ってきたの?」

「なぜ襲撃されたのかはわからない。そもそもこの村は、そんなに簡単に見つかったりしないはずだったんだが。」


 魔法というのは誰もが使えるわけではなく、精霊が視え、彼らと契約を交わせる者でないと使う事はできない。 そして、その限られた者たちが集まって作ったのが、この魔法使いの村だった。 遠い昔から施政者達にその力が利用されるのを嫌った彼らは、広大な面積を誇るこの森に隠れ、村の中でも特に使える力の強い者が結界を張り村を隠し、必要最小限しか外の世界と関わりを持とうとしなかった。 だが、どうやら長い年月を経てその結界も弱まったらしい。


「それに、1年位前から何人か行方が分からない者たちがいる。お前たちには知らせてなかったが…大人達は王都の関与を疑っているんだ。」

「父さんそれって…もしかして…」


途端にミーアの顔が蒼白になる。


「ああ、黙っていたがフィアナの父さん、クロードも…その一人だ…」


フィアナの父は薬草を取りに森に入り、そのまま戻ってこなかったらしい。 それを聞いたフィアナが拳をぎゅっと握り、怒りに震えた。


(あいつら…絶対に許さない…)


「父さんは仕事で戻らないって…本当は母さんも知ってたんですね…」

「お前に余計な心配をさせないようにな…キーラには話を合わせてもらっていたんだ。」

「そんなの!いずれ分かる事なのに!なんでっ!」

「本当に悪かった…でも私達も、もしかしたら帰ってくるかもしれないと望みを捨てきれなくてな。」


ウイゲルは立ち上がり、厳しい顔して2人に告げる。

「だが、残念ながらその望みは… それにここも、もう危ない。」

「どうするの?ここを捨てるの?」

「ああ、だが移住するのはどこでもいいわけではない。エレメンタルサーキットが通る場所でなければ。」

「エレメンタルサーキット…精霊の通る、力の道。」

「そうだ。我らには精霊の加護が必要だからな。だから昔、ご先祖様の住んで居た所へ行く。」

「わかったわ、父さん」

「5日後にはここを出る。お前たちもそのつもりでな。」

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