第2話  精霊の儀式

…カツ カツ カツ


 暗く入り組んだ長い廊下を男は迷いなく歩く。

突き当りまで進むと重い扉をギィと開けた。

部屋の中には文官かあるいは研究者のような者が数名と

奥の方には頑丈な牢があり、中には生きているのか死んでいるのか…

ぴくりとも動かず床に横たわっている者が1人いた。


男が部屋に入ると銀縁眼鏡をかけた細身のいかにも神経質そうな男が

恭うやうやしくボウアンドスクレープを取る。


「これはこれはアルフロード殿下。ご機嫌麗しゅう。」


アルフロードは一瞥するとふんと鼻を鳴らし

面白くなさそうに片手をあげる。


「…よい。それでアレの進行状況はどうなっている?」

「は、概ね順調に進んでおります。後半年もあれば実用化できるかと。」


嬉しそうに目を細めて報告する男とは対照的に

アルフロードは眉間に皺を寄せ不機嫌さを深めた。


「遅いな…」

「は?」

「半年では遅いと言ったのだデリアス。3か月でなんとかしろ。」


お前なら出来るのだろう?と言わんばかりのアルフロードの無茶ぶりに

わかりやすく狼狽するデリアス。


「は…いや、しかし殿下…そうしますと実験体がもちません…。」

「我ガルレリア王国の威信がかかっているのだ。実験体が必要ならいい。」


数を増やすと言う言葉にハッとする。


「では…場所が特定できたのですか…。」


アルフロードは片頬を上げ、ニヤリとする。


「ああ、奴らの居場所が分かった。忌々しい事に散々手古摺てこずらされたがな。

準備ができ次第に行く。 …時が来たら追って知らせる。後は任せたぞ。」


(ふん…無能どもめ。…まあいい、アレさえ完成すれば父上も俺を認めないわけにはいくまい。)


部屋をでて行ったアルフロードの足音が聞こえなくなると、忌々し気に歪んだ顔で

見えない姿を見据えるようにドアを見つめるデリアス。


「今いる実験体は使いつぶしても構わん。作業を急げとの殿下の仰せだ。」


デリアスは部下たちを一瞥し、激を飛ばすと牢にいるを見つめた。


(笑わせる。何が国の威信だ自分の立場が危ういからだろうが。

だがまあいい、玩具が増えるのは素直に喜ぼうじゃないか。)


「くっ…くくく…」



―――― その時、牢の中にいる実験体と言われた者がわずかに動き、苦し気に呻いた。その衣服は薄汚れ、目は虚ろで生気がない。


「う……うぅ…あ…う……」


気づいたデリアスは笑みを浮かべつつ牢に近づいた。


「聞こえていたろう?くくく…喜べ、もうすぐお前の仲間を呼んでくれると殿下が仰っていたぞ。 良かったなぁ? 娘にも会えるかもしれないなぁ? まあ、それまでお前が生きていればだがな。 ふっ…くくく…」








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








 小高い丘の上の大きな木の下で一人の少女が読みかけの本を傍らに置き

そよそよと気持ちよく吹いている風も相まって今まさに襲ってこようとしている

眠気と戦うために大きく伸びをした。


「うぅ~~~~ん…いい天気だ。こんな日は……昼寝するに限るね。」


(眠気に抗おうとは思ったんだ…。だがしかし待ってほしい。

自然がわたしに眠ってもいいんだよ?と言ってくれているのではないか。

ならばここはひとつ、自然と共に生きる民の一人として自然の言う事に従わねば…。)


などとつらつらと言い訳を考えている間にいつの間にか心地よい夢の世界へ誘われていく。



 ―――― 気が付くと何もない白い空間にいた。



…ふふふ(くすくす)…


(誰かの笑い声が聞こえる…)


…ほら、もうすぐよ(そうね、もうすぐね)…


(何…?何を言ってるの…?)



―――― 景色が変わり見慣れないはずの建物が朧気に見える。



(またここだ…。)


これはいつもの夢。繰り返し見ている。


(ここで…そう…いつも聞こえる…あの…?音…?)


人々の騒音と、楽し気な音楽。


~~♪……

……♪♪~~


(楽しそうな…あの音…あれは…なに…?なぜか知っているような…)



 ―――――  ね……ィ…


 ねえ……ィー…


(何…だぁれ…?)


「フィーったら!ねえ、こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうじゃない。」


揺り起こされ、はっとして目が覚めると

目の前にはブラウンの大きな瞳が見つめていた。

フィー…フィアナは眠い目をこすりつつ上半身を起こした。


「…ん~…ミーアかぁ…おはよぉ?」


 ミーアはフィアナの1歳下の幼馴染だ。

背は少し低めでふわふわな肩甲骨までのダークブロンドの髪に、アーモンド型の大きめなブラウンの瞳で鼻筋がすっと通り、ふっくらとしたつややかな唇の所謂守ってあげたくなる系の美少女だ。だが可憐な見た目に反して性格はクールである。

一方フィアナは腰までのブルネットのストレートの髪と、切れ長でややツリ目の金色の瞳。意思が強そうな整った顔だが、性格がおおざっぱで少々残念な感じの少女であった。

まるで違う性格だが不思議とウマがあい、行動する時は二人でいることが多かった。


「にやにやしてたけど、なんかいい夢でも見てたの~?」

「ん~…なんかね、楽しい気分になる夢…。 最近よく同じ夢を見るんだよねぇ…」

「そお…嫌な夢じゃないならいいんじゃない? それよりも父さんが呼んでるよ。」


(村長が…? なんかあったっけ… あ。)


「あ~~~!儀式の準備の手伝いか! そういえば言われてたわ…。」

「忘れないでよ、私の大切な日なんだから。」

「あーごめんごめんっ。ほんとごめんよーー」


むーっと頬を膨らませ拗ねるミーアに苦笑しつつ謝るフィアナ。


(儀式かぁ…去年の私の儀式の時は感動したなぁ…)


 フィアナとミーアの住む村に生まれた子供たちは14歳になると、村はずれにある祭壇に祈りを捧げ、精霊と契約を結ぶ。

それをもって成人となるのだが、儀式にはもう一つ重要な意味があった。

それは ―――――


 フィアナの目が一瞬青く光り”ふうっ”と息を吹くと風が舞い起り、ふわっとフィアナとミーアの体を包んだ。


「足が速くなるように強化したよ!村長んとこまで走るぞーー!」

「……まったく…詠唱をしないで魔法使うなんてフィーくらいだよ。」


――――― 魔法の習得である。


「なんかねー…『あ、できそう』って思ってやってみたらできちゃったんだよねー。」

走りながらえへへとフィアナが笑う。


「できそう…で、できちゃうのがすごいねぇ…。私もできるようになるかなぁ。」

「大丈夫大丈夫!このフィアナ様ができてミーア様ができない事はない!」

「はぁ…。 なにそれ意味わかんないから…。」


フィアナが自信ありげに親指を立ててサムズアップ見せればミーアは溜息をこぼす。


「こう…どーんとやってバーンとなってがーん!とやるのよっ!」

「…ぶっ!なにそれ…あはははははっ!」


 走りながらふざけあっていると、突然フィアナがピタッと止まった。

どうしたのかとミーアが首をかしげているとフィアナが言いにくそうにミーアを見る。


「…あのさ…」

「うん、どうしたの?」

「……村長って何処にいるんだっけ?」

「………」

「………」


 途端ミーアが深いため息を吐いた。


「はぁ~~‥‥… 祭壇にいるよ。」

「祭壇ね! よしミーアいくよ!」


また勢いよく走りだしたフィアナを見ながらミーアは深い溜息吐いた。





 祭壇の近くには男が3人おり、深刻な顔で話し込んでいた。


「もう2か月か…」

「ええ、多分もう生きては‥‥」

「そうか…ああ待て、子供たちが来たようだ。」


視線の先を見ると猛スピードで手を振りながらやってくるフィアナと、その後ろにはミーアが居た。


「そーんちょーー! 遅れてごめんなさーーい!」

「ああフィアナ。 そんなに急がなくても大丈夫だよ。」


ジャンピング土下座しそうな勢いで謝るフィアナに村長は優し気に声をかけた。


「ところでフィアナ。お前の父さんの事で母さんから何か聞いてないか?」


言われて腕を組み「ん~~」と考える。


「母さんからは父さんは大きな仕事で遠くの街に行ってて、すぐには帰れないって聞いてます…けど…あれ? 何かありました?」

「ああ、いやそうだったな。忘れてただけだよ。」


村長は「悪かったな、気にするな。」と言ってフィアナの頭を撫でた。


「それならまあいいんですケド…。ところで村長、わたし何を手伝えばいいですか?」

「それなら祭壇の供え物の準備と、それが終わったらマリーの所で宴の準備を手伝ってあげてくれないか?」

「わかりました!それじゃ森で供え物になりそうなの捕りにいってきますね!それじゃミーアまたねー!」


嵐のように去っていくフィアナを見送るとミーアは父親に話しかけた。


「…父さん、おじさんに何かあったんですか?」

「お前は気にしなくていいんだよ。それより儀式は明後日だ。お前も準備があるだろう?行ってきなさい。」


 父親に「話すことはない」と優しくもきっぱりと言われ、それ以上の追求を諦めた。



(なんだろう…嫌な予感がする…)

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