アザレアのせい
~ 三月十九日(火)
1=212 み=70% ~
アザレアの花言葉 お体を大切に
返却されてくるテストの成績。
なかなかどうして、いい点ばかり。
今度こそ確実に最下位から脱出できるだろうと鼻息を荒くする俺の隣では。
早くも春休みの予定などたてる女子の会話が聞こえます。
「じゃあ、旅行ってより、冒険なの?」
「ん。そんな感じ……」
「楽しそうなの。今のうちじゃないと出来そうにないの。あたしも行くの」
どうやら、春休みには旅行に行くらしいこいつは
良かったのです。
久しぶりに。
本当に久しぶりに。
離れて生活できるこの機会。
縮こまっていた羽根が。
大きく大きく広がる心地です。
「で。あと一人、いるといい……」
「ああ、そんならあてがあるの。必ず一緒に来るから平気なの」
…………羽根。
むしられました。
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、ヘアスタイリング特訓のせいでぼっさぼさに下ろしたまま。
そんなぼさぼさに不似合いな程、美しいアザレアを頭のてっぺんに一輪揺らしたまま。
穂咲は俺の予定を勝手に決めたのですが。
まあ、いつものことですし。
腹も立ちません。
「しかし、珍しいのです。坂上さんからお誘いなんて」
「ん。……秋山、よろしく、ね?」
「ええ。楽しい旅行にしましょう」
坂上さんは、大人しい図書委員の女の子。
他にも文化系の部活に所属されていたと思うのですが。
あまり接点がないのでよく覚えていません。
たまにお話する機会があると。
たどたどしくも、優しい声で。
丁寧にお話して下さるので。
何というか、波長が合うようで。
一緒にいるだけでも幸せになる方なのです。
「ええと、旅行のメンバーって?」
「ん。……細谷と、矢部と、あと、向井さん」
「驚くほど接点のない皆さんですね!?」
物静かな『詩人』こと、ほそヤングくん。
柿崎君と双璧を成すお調子者のやべっちくん。
そこに、拳法部の向井さん?
「……ある、よ?」
「それにしたって、向井さんは怪我をなさっているじゃないですか?」
自転車に乗っていたらトラックに吹っ飛ばされたとか。
武道家ならでは、身のこなしのおかげで大怪我にはならなかったと言っていましたけれど。
でも、大会を一つ欠場するとおっしゃっていましたし。
そんな向井さんを連れて旅行なんて。
「ん。……それは、ね?」
ゆっくりペースのお返事は。
先生が入ってきたところで中断となりましたが。
まあ、松葉杖も使わず歩けているようですし。
ゆっくり歩けば平気でしょうか。
先生が出席を取り始めている間。
ちょっと小声でトークです。
「それにしても、どこに出かけるのです?」
「さあ?」
「……相変わらずですね。やれやれ、どんな旅行になるのやら」
「綺麗なとこなんだって。……こないだの、先輩が撮った写真みたいに綺麗な景色が見られるかも」
「そういえばあの人、コンテスト会場に来るのですよね? 大丈夫でしょうか」
また逮捕されそうなのです。
「心配なの」
「ほんとです」
「金澤先輩さんと晴花さんの勝負の行方」
「そっち?」
まあ、確かに気になりますけど。
晴花さんの写真、綺麗で好きなのですが。
金澤先輩には程遠いですし。
俺たち共々。
勝ち目のない戦ですが。
「……目指せ下克上なのです。俺たちも、晴花さんも」
「ジャイアントキリングなの」
「こっちの勝負は、おばさんが悪ふざけモードになることに期待なのです」
「それは情けないの。正々堂々勝ってこそ意味があるの。道久君、頑張るの」
まあ、確かにそうですね。
「分かりました。七割方完成してますけど、もっと頑張ってみましょうか」
「それがいいの。晴花さんにも頑張ってほしいの」
「あっちの勝負は、金澤さんが脚の写真しか撮らなかったら不戦敗なのです」
「それはありそう……、はっ!?」
穂咲は軽く悲鳴をあげると。
ももをぷにぷにといじり始めます。
「……あたしも頑張らなきゃいけなくなったの」
「いや。君だけ頑張る方向間違ってます」
明後日までに。
脚を細くなさるおつもりですか?
「狙われるの! 痩せなきゃなの!」
「ちょっ……、授業始まってますって」
急にがたっと席を立って。
鼻息荒く宣言なさってますけれど。
「急に席を立つとは何事だ! 廊下に立っとれ!」
「はいなの! さっそく脚の特訓なの!」
「いや、藍川ではなく……、おい! 廊下に行くな!」
いやいやいや。
俺をにらまないで下さいよ先生。
合ってるじゃないですか。
「こら、秋山! 貴様の身代わりになって藍川が立つなど、不条理とは感じぬのか?」
もうほんと。
あなたは何を言っているのです?
「意味が分かりません」
「他人の悪事を庇う姿を見て、不条理を感じぬのかと聞いているんだ!」
「そこに不条理を感じないから、俺は毎日立てるのです。そうでなければ心が壊れてしまいます」
我ながら、知的な切り返し。
だというのに。
先生は、納得いっていらっしゃらないご様子。
「では、貴様は藍川の失策を不条理とも思わず、いつも肩代わりしているというのだな?」
「何をいまさら。穂咲だけではなく、誰のものでも肩代わりしてます。仏の秋山ですから」
鈍感力なら誰にも負けませんよ?
「よし。そこまで言うなら、宿題にしていた和訳を藍川に発表してもらおうと思っていたのだが……」
「お安い御用」
不条理なんて思いません。
穂咲の代わりに宿題を読みあげましょうとも。
「ジャックはバットと、二つの……」
「ああ、まてまて。藍川が宿題をやってくるわけ無かろう」
ん?
「え? どういうことです?」
「藍川の代わりなら、宿題をやって来なくて当然だろう。何を朗々と読んでおる」
「…………不条理な」
「おや? 不条理とは感じないのではなかったか?」
なんて卑劣な。
でも、そうだった。
迂闊に不条理を認めたら立たされる。
そして。
宿題をやっていないと言ったら立たされる。
……あれ?
これ、すでに詰んでません?
「どうなんだ? 藍川」
「…………宿題。やって来てないの」
「だったら立っとれ」
「さすがに不条理だと思うのです」
「だったら立っとれ」
「……あたし、これ以上足が細くなったらがりがりになっちゃうの」
「そうか。お大事に」
くそう。
七手で詰んだ。
今更ながら、俺は。
この扱いを不条理と感じるのでした。
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