カンヒザクラのせい
~ 二月二十五日(月) 3=212 ~
カンヒザクラの花言葉 気まぐれ
「ではロード君! 本日も実験を始めるぞ!」
「教授、その髪型に白衣は似合いません。せめて割烹着にして下さい」
お昼休みになると。
俺からYシャツを奪い取ってばさっと羽織り。
マッドサイエンティストになるこいつは
この姿になった時は。
教授とお呼びしなければなりません。
そんな教授のゆるふわロング髪が。
今日は文金高島田。
金曜に、俺と教授が。
車で星空を眺めたと聞きつけたおばさんが。
とんだ押し売りをして来たのですが。
茶髪でこれは違和感満載。
かんざし代わりにぶすっと挿したカンヒザクラも。
コントラストがおかしなことになってます。
「せめて、黒く染めないと」
「いかすみなんか無いのだよロード君!」
そう言いながら、教授は麺を湯がくのですが。
今、君が鍋にぶち込んだ麺。
四角くまとまっていましたよね?
いかすみそばなんて聞いたこと無いのです。
「……教授。本日の実験は?」
「うむ! ロード君は知らないかもなのだが、昨日、テレビで全国各地のお蕎麦が紹介されていてな!」
「それ、一緒に見てたじゃないですか」
「その中の一つ! 本日はへぎそばにチャレンジなのだよ!」
そう言いながら、小さなざるに麺をとって。
辺りかまわずお湯を飛び散らせる、ど下手くそな湯切りを披露した教授ですが。
「へえ。海藻なんて練り込んだのですね。そりゃ凄い」
俺のつぶやきに。
首をカクンと四十五度。
「え?」
「え?」
「え?」
「……まさか教授、単に名前がかっこいいからそう呼んだだけ?」
「お蕎麦の内容なんか知らなかったの」
いやいや。
テレビで説明してたじゃないですか。
へぎそばは。
海藻をつなぎにしたお蕎麦をへぎと呼ばれる木枠に盛ったつけ蕎麦のことなのですけれど。
「海藻はともかく、へぎはどうしました。教授が持ってるの、どんぶり」
「……へぎそばなの」
なんだか本日の昼食が。
不安になってまいりました。
「じゃあつゆそばなのですね、教授。具は?」
「そば通は、なんも入れないもんなんだって。まーくんが言ってたの」
「かけそばですか。まあ、かまいませんが」
「……へぎそばなの」
「わかりましたよ。もうそれでいいです」
「さあ! 食したまえロード君!」
そして豪快に机に置かれたへぎそばを見て。
俺は心からあふれ出した言葉を止めることはできないのでした。
「うどーん」
へぎどころか。
そばですらない。
「教授、いくらなんでも」
「これっきゃスーパーになかったの」
「……しかも、つゆも無しでどうします?」
「はっ!? つゆをかけるからかけそばなの!」
まるで大発見したかのように。
大声をあげた教授ですが。
何度も言うようですけど。
そばじゃない。
「……これじゃ素うどんにもほどがありますので。つゆを下さいよ教授」
「では、かけうどんにするの」
「なんだ、具があるなら言ってください。良かったのです、素うどんじゃなくて」
「え?」
「え?」
「え?」
あのー。
またですか?
「……教授。かけそばは具が無いやつですけど、かけうどんは具があります」
「意味が分からないの」
自分の分のうどんをへたくそに湯切りしながら。
教授がしょんぼりとした顔を俺に向けるのですけれど。
地域によっても解釈は色々でしょうし。
面倒な説明はやめましょう。
「……具の無いうどんは、素うどん」
「すーどん」
「そう」
「かっこ悪いの」
そんなことを言われましても。
「道久君のうどんの名前は、おかめ」
「必要なパーツが足りません」
「じゃあ、山かけ」
「かかってません」
「ほんじゃ、かもなんばん」
「是非食いたい」
「むじな」
「驚きました。まさか名前だけ覚えて、意味を知らなかったのですか?」
図星をつかれた教授は。
顔を真っ赤にさせて。
とうとう怒り始めてしまいました。
「むう! じゃあそれは、シェフの気まぐれパスタなの!」
「気まぐれが過ぎます。フォークでくるくるするたびにつゆでびっしゃびしゃになります」
「文句ばっか言う道久君は、立ってると良いの!」
……こうして、俺のうどんの名前は。
立ち食いうどんになったのでした。
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