ボケのせい
~ 二月二十二日(金) 3=121 ~
ボケの花言葉 妖精の輝き
「まーくんは、やりたい仕事に就いたのですか?」
「お? いいねえ、青春の質問だねえ!」
「茶化さないで下さいよ」
「兄貴がやりたい仕事ってやつを取っちまったからな、俺はそう行かなくなったんだが、まあ、特にやりたい事も無かったし。何より、給料がいいから文句はねえ」
やりたい仕事ではなく。
お給料。
なるほど、晴花さんのお話と合致します。
昨日、美容師の専門学校へ進学される先輩のお話を伺って。
積極的に動かなきゃとやる気を出した第一弾。
俺は、身近で相談できるまーくんに仕事のことを質問することにしたのです。
でも。
その姪っ子が邪魔をします。
「道久君。ヘビ花火って、クルクル回るヤツだったっけ?」
「それはヘビに食べられちゃう方です」
こいつがいるせいで。
話の腰が折られまくりなのです。
そんな空気読めない子ちゃんは、
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、和風にアップにして。
そこに、
……この寒空の下。
季節外れの花火を楽しむことになり。
ワンコ・バーガーの向かいに建つ。
まーくんの別荘に遊びに来たのですが。
花火だからと気合を入れて。
浴衣を羽織って髪を結い上げて。
一歩外に出たところで引き返した穂咲が。
ダルマみたいに上下を着こんで現れたのですけど。
帯に挿してた団扇の行き先が無いからって。
そこに挿しますか。
「……どうしたの? 頭を見ても、今はお花を活けてないの」
「いいえ、綺麗に咲いてますよ?」
「うそ? この団扇の事なの?」
「いいえ。赤い大輪が君にとってもお似合いです」
「なにそれ? 何のお花?」
「ボケの花」
うまいことを言ったら。
団扇でこれでもかと叩かれました。
――まーくんの別荘に、併設された駐車場。
季節外れの手持ち花火を楽しむ俺たちですが。
向かいから、遅くまでバイトをしていた後輩の。
瑞希ちゃんと、葉月ちゃんも合流して。
まーくんの娘さん。
ひかりちゃんと一緒に大はしゃぎ。
そして気付けば、ワンコ・バーガー唯一の社員。
カンナさんまでビール片手に現れて。
まーくんの奥さんであるダリアさんと。
共通の趣味である、工場見学について楽しそうに話しているのですが。
……お店の中、どう見てもお客さんいるのですけど。
「カンナさん。今日、晴花さんはシフト入っているのですか?」
「んにゃ。泊りがけで出かけてるらしいけど」
「旅行?」
「自分探しの旅だってさ」
ああ、なるほど。
自分探しの旅という言葉の意味。
この歳になって、ようやく理解できたのです。
しかし、ということは。
店長一人で店番なのですか?
「助けてあげたいのですが、九時回っちゃいましたしね」
よそと違って。
うちの店、高校生はお仕事九時までなのです。
「いいんだよ。あのあほんだら、あたしの意見真っ向から否定しやがって……」
そう言いながら、ビールの缶をべこっと握りつぶしていますので。
なにがあったのかは知りませんが。
これ以上関わり合いになるのはやめておきましょう。
すると、和気あいあいという言葉を。
姿かたちで表した四人組から。
急に、悲鳴が上がったのです。
「ぴかりんちゃん! 車に向けちゃダメなの!」
「ちょちょちょ! ああもう、気持ちは分かるけどダメ!」
手持ち花火を。
まーくんの車に向けていたのでしょう。
慌ててひかりちゃんを取り押さえる穂咲と瑞希ちゃんですが。
かつてと違って、ひかりちゃんもずいぶん大きくなりましたし。
難儀しているようです。
「……まーくんは叱らないのですか?」
「昨日、ひかりのやつゴルフクラブで遊んでやがったんだ」
「何の話?」
急に脈略の無い事を話すのは。
藍川の血筋なのでしょうか。
「クラブに傷でもつけられたらたまんねえから、散々叱りつけたんだ。そしたらあいつ、何て言ったと思う?」
「まーくんと口きかないって?」
「いや、ちがう。ダリアに言いつけるって言いやがったんだ」
唖然。
なんというヒエラルキー。
俺は、父ちゃんからいつも聞かされている言葉を。
まーくんに教えてあげました。
「……もともと俺たち、生まれて来た時には裸だったのです」
「そうか。そう考えれば、ゴルフクラブも車も諦めがつくな」
そう呟きながら、下唇を噛み締めていらっしゃいますが。
まだまだですよ、まーくん。
俺なんか今日、穂咲が購買でパンを三つ掴んでそのまま教室に戻るのを。
何もおかしいと思わずにお代を払っていたのですから。
「あれ? ……道久君! これ!」
「なんです? 俺が払ったというのに、まだメロンパンを半分以上食べちゃったことを怒っているのですか?」
「そんな事より、この車、あのミニカーに似てるの!」
ああ、そう言われれば。
見えなくは無いですね。
でも。
「屋根が付いているじゃないですか。君がチョコと一緒に煮込んだやつは、オープンカーなのです」
バレンタインデー前に、台無しにしてしまった穂咲のミニカー。
座席の下で固まったチョコ、誰が綺麗に剥がしたと思っているのです。
俺があの苦労を思い出して。
文句を言おうとしたら。
まーくんが、車のドアを開けて。
変な音を鳴らし始めたので。
思わず口をつぐみます。
すると、その異音に合わせて。
車の屋根が、後部座席の後ろへ畳まれてしまったのです。
「やっぱりあれなの!」
「へー! オープンカーって、こんな仕組みになっているのですね!」
「ものによるけどな。この車、小さい頃兄貴がポスターで持っててさ。二人の憧れの車だったんだ」
なるほど。
だからおじさんは、俺へのクリスマスプレゼントにこの車を選んだのですね?
……そんな車を。
まーくんは、実際に手に入れたわけで。
そのためには、お金が必要なわけで。
なるほど。
お給料の重要性というものも。
ちょっとは理解できたのですが。
「……それでも。例えミニカーしか買えなくても。好きなお花屋さんを選んだのですね」
俺には。
おじさんの気持ちの方が。
共感できるのです。
お仕事について。
なにかを学んだ心地になりながら。
真っ赤なスポーツカーを見つめていたら。
穂咲が、勝手に運転席へ転がり込んで。
シートを目いっぱい後ろへ倒して。
ほうと幸せそうなため息をつきます。
「道久君。これ、いい感じなの。助手席に座ると良いの」
「どれ。……おお! 星空が綺麗なのです!」
穂咲が抱っこしたままの。
ひかりちゃんが、手を伸ばす先。
透き通った冬の空を舞う妖精たちが。
俺たちに見つめられて、恥ずかしそうにその場にとどまると。
宝石のような、煌めく瞳で見つめ返して。
パチパチと瞬きを繰り返すのです。
「……気持ちいいの」
「ええ。寒いですけど、気持ちいいですね」
そして、まーくんがエンジンをかけると。
ステレオから、静かなバイオリンの音色が響きます。
さっきまでの喧騒はどこへやら。
みんな揃って、夜空を見上げていると。
「……いつか、こんな感じのドライブをしたいの」
穂咲は。
そう呟きました。
そうか。
そうですね。
俺、さっき出した結論。
改めないと。
少しはお給料のことを考えなければ。
こんな小さな夢も、叶えてあげることなどできないのです。
……でも。
ちょっとだけ待ってくださいね。
「こんな感じのドライブ?」
「そうなの。こんな感じがいいの」
「冗談じゃありません。俺は、何があってもいやです」
穂咲さん。
凄い膨れ方をされていらっしゃいますけれど。
「こういうのがいいの!」
「いいえ。断然却下です」
「センスのないバカ久君なの! こんないい感じなのに!」
「ええ、いい感じなのは認めます」
ですが。
「……位置に問題があると言っているのです」
「え? 位置?」
「君の運転なんて、たとえ国が許可したとしても俺が許可しません」
きっとこいつがエンジンをかけた瞬間。
どんな車でも、穂咲を放り出して泣いて逃げ出すと思うのです。
「ほんと、失礼なことを言うバカ久君なの」
「ばかひさくんなの?」
「ひかりちゃん。真似しないように」
バカ久君はいいです。
なのはやめて。
「バカ久君は、罰としてそこで……」
「立ってればいいのですか?」
「横になってるの」
え?
「……寒いのですが」
「文句を言わないの」
「あと、みんながニヤニヤ俺を見下ろしているのが腹立たしいのですが」
「文句を言わないの」
どうやら俺は。
横になっていることが苦手なようです。
今すぐ立ってここから逃げたい。
そんな気分で、穂咲の命令にずっと従っていたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます