スミレのせい


 ~ 二月二十一日(木) 3=78 ~


 スミレの花言葉 小さな幸せ



 卒業制作とやらのせいで、授業にも出ずに日がな一日どこかへ出払って。

 さすがに先生に叱られて、罰として花壇の掃除を命じられた藍川あいかわ穂咲ほさき


 ……そんな罰を受けているので。

 ここにいません。


 しかし、その責任で。

 丸一日廊下に立たされたうえ。

 こんなことまで命じられるなんて。


 授業が終わった後。

 三月に行われる卒業式の準備ということで。


 俺たちのクラスから何人か。

 こうして手伝わされているのですが。


「これ、邪魔なのです」


 穂咲が、お手伝いしたいから本体だけは体育館へ連れて行ってと。

 俺に託したスミレのお花。


 邪魔をする気なら。

 花壇の掃除に行って欲しいのです。



「秋山道久、手伝いに来ておいてサボっているなど非常識です」

「あ、会長。…………え? ちょっと! 二次試験直前に、何をやっているのですか!?」


 壇上で、声をかけてきたのは雛罌粟ひなげし先輩。

 元生徒会長の彼女とは言え。

 国立大学の二次試験直前に。

 こんな場にいていいはずはありません。


「そのようなことはいいのです」

「良くありません。会長こそ非常識です」

「それよりこの後カメラを回すので、壇上にいる皆さんの髪を整えなさい」

「え? 俺が?」

「あなたはスタイリストを目指しているのでしょう? 早くなさい」


 そう言って、ブラシやヘアピンなどを置いて行ってしまったのですが。


 ……会長。

 どうして俺の夢を知っているのです?


「間違いなくやっておきますので! 会長は勉強するか、大人しく家で休んでいて下さいよ!」

「余計なお世話です。私なりのリラックス方法ですから、口を挟まないように」


 そう言いながら。

 ひらひらと手を振って。

 現生徒会の面々に、動きの指示などしているのですが。


 ……なんだか、ここのところちょくちょく顔をあわせますけれど。

 何をもってリラックスしているのでしょう?


 まあ、考えても仕方ありません。

 俺がしっかり仕事をこなせば。

 会長も、大人しく帰ってくれるでしょう。


 そう思いながら、リハーサルを前に緊張する仮想卒業生の女子の元へ行き。

 髪を整えてあげていると。


「へえ、丁寧な仕事するよね、後輩クン」


 俺と同じように。

 出演者の髪を整えていた三年生の女性に声をかけられました。


「……先輩は、試験終わっているのでしょうね?」

「どういう意味よね、それ?」

「いえ。今しがた、実例を見ましたので念のため」

「AO入試だからね。六月には決まってたよ?」

「え?」


 六月?

 なにそれ?


 よく見ればミドルヘアを素敵にアレンジさせた先輩。

 そんな方が、驚くようなことを言うのですが。


「ええと、専門学校ですか?」

「そそそ。美容師の専門がっこ」


 まさか。

 ……俺の進路希望も、同じなのですが。


「でもこれがさ、早く決まってるとやっかまれるもんなのよね~!」

「いや、それよりあの……、え? 六月?」

「どうしたのかな、後輩クン。……まさか君も美容師志望?」


 おおいぇーいなかーまなどとハイタッチされましたけど。

 ちょっと待ってください。


「理容師の専門学校って、そんなに受験早いんですか!?」

「理容師? なに言ってんの? 美容師よね」


 お話しながらも。

 お一人のヘアアレンジを終えて。

 今度は先生の髪を整え始めた先輩が。

 怪訝な顔を俺に向けるのですが。


「え? 違うものなのです?」

「呆れた後輩クンよね! 違うっての!」


 先輩ばかりでなく。

 先輩が髪をとかしている先生も。

 俺が髪を整えている一年生にまで笑われたのですけど。


 うわ、どうしよう。

 お花の勉強は楽しくて、暇さえあればやっていたのですが。

 こっちの勉強はおろそかにしていました。


「どうせ恥かきついでです。詳しく教えてください」


 俺が頭を下げると、先生と先輩はおろか。

 一年生の女子にまで教わる結果になったのですが。


 どうやらヒゲ剃りを含む、いわゆる床屋さんに必要な資格が理容師で。

 パーマやスタイリングを行っていいのが美容師という事なのですが。


「今どき、パーマを置いていない床屋なんて見たこと無いのです」

「そうよね。だから理容師のほとんどが美容師の資格も持ってるはずよね」


 なんと、それは驚きました。

 しかもダブル資格というものまであるなんて。


「いやはや、今のうちに聞けて良かったのです」

「大丈夫か、後輩クン。一般入試は十一月だけど、AOは早いとこだと夏休み前には始まるんだぞ?」

「それ、面接とかで決める入試方法ですよね? 俺には関係ないものと思ってましたよ」


 推薦みたいなものなのでしょうし。

 俺の学力では到底無理なのです。


 ……なんてことを考えていたら。


「じゃあ、学力に自信あるのよね?」

「いいえ、まったく」

「は? ……おいおい、ほんとにダイジョブ?」


 けたけた笑いながら。

 先輩は、次のお客様の髪を梳き始めました。


「ごめんなさい、まるで何も知らなくて……。勉強に自信のない人が受けるものなのですか?」

「まあ、表向きにはね。どれだけやる気があるか、ちゃんとコミュニケーションが取れるか、その辺りを見るのがAOなのよね。だから試験も免除なのよね」


 これは参った。

 まったく知りませんでした。


 とは言え、俺がスタイリングしていた一年生も。

 この辺りは知らなかったらしく。

 先輩にあれこれ質問し始めたのですが。


「一年生はともかく……、二年生クン。君は進路ガイダンスとかで聞いてるはずなのよね?」

「う……、すいません。そういう、大切なのに退屈なお話は、どうしても聞けない事情がありまして……」


 保護者業が忙しくて。


「なにそれ? でもキミ、話すの上手だから。AO受験チャレンジしてみたら?」


 そんなことを言う間にも。

 先輩は、三人目のセットも終えて。

 最後に待っていたロングヘアの二年生を椅子に座らせます。


 こんな方にチャレンジすればと言われても。

 自信を失うばかりなのですけど。。


 俺も、それなりできるつもりではいたのですが。

 圧倒的に早さが違うのです。


「先輩、それだけ早くてうまいから合格できたのでは? 俺なんか無理ですよ」

「いやいや、試験に実技は無いし。あと、うまさは自信ないのよね。あたし、スタイリストになりたかったんだけど、キミの学年にさ、お花の子いるでしょ?」

「…………いましたっけ?」


 よく知りません。


「あの子の髪、いつ見ても凄いのよね! アレを見て才能の差に打ちのめされて。そんでスタイリストは諦めて、美容師になろうって決めたのよね」


 そう言って、先輩はけたけたと笑うのですが。

 俺は思わず、手を止めてしまいました。


 あれは、伝説とまで言われたスタイリストの仕事なんですよ。

 そう言いたかったのですが。


 夢を改めて決めたこの方に言っていい物かどうか。

 分からなくなってしまったのです。


「おや? 後輩クン、手が止まっているのよね?」

「ああ、済みません。もう少しで終わりますので」


 先輩の言葉で我に返った俺は。

 おばさん直伝の編み方で、四つの三つ編みをお団子に纏めると。


「うにゃっ!? い、今のどうやった???」


 せっかく整えていた髪を放り投げて。

 俺がセットした頭に、先輩が食いついたのです。


 そしてつぶさに分析した彼女の胸に。

 どうやら火がついたようで。


「ようし! 負けねえ! あたしも凄いの作ってやる!」


 夢中になって、お客さんの長い髪を結い始めたのです。


「後輩クン、やっぱキミ凄いよね! スタイリスト目指してるの?」

「いえ、すいません。美容師と理容師だけじゃなくて、スタイリストの区別もつかないのです。漠然と、髪をスタイリングする仕事をしようと思っていたのです」

「ダメダメ、ちゃんと決めないと! さらにその先に目標を置かないと! 今決めなさい!」


 スイッチの入った先輩は。

 嫌がる二年生の声も聞かずに夢中で髪をセットしながら、無茶なことを要求してきたのですが。


「早く!」


 ちょっと乱暴なのですけれど。

 言わんとしていることは分かります。


 ええと、美容師になって。

 その先は…………。


「……誰かの髪を、毎日セットしてあげたい?」

「純粋な子!」


 俺のお客さんも。

 先輩のお客さんも。

 きゃあと叫び声をあげて盛り上がるのですけれど。


「いいわね! そういう小さな愛が本物なのよね! 派手なプロポーズとかより、断然いい!」

「いやいやいや。プロポーズとか、そういうのじゃないのですけれど」

「いいからいいから! 照れるなって! きゃーっ! さらに燃えて来たっ!」


 誤解したまま。

 夢中になって髪を盛っていますけど。


「せ、先輩ストップ! これ、卒業式用!」

「はっ!?」


 いくらなんだって。

 そのソフトクリームは無い。


「さすがにこれは恥ずかしい……」

「う、ゴメン。いつもの癖で」


 いつもの癖で。

 そのソフトクリーム!?


 普段、どんな方をセットしているのだろう。

 呆然としながら、先輩の姿を見つめていたら。


 俺のお客様が。

 ぽつりとつぶやくのです。


「あの、先輩……」

「はい?」

「髪はいいんだけど、お花が恥ずかしい」

「はっ!?」


 俺は、無意識のうちに。

 彼女の頭に、スミレを活けていました。


「ご、ごめん! いつもの癖で!」

「いつもの癖!? まさか、君が……」


 ……しまった。

 先輩が、勘違いの熱いまなざしを向けてきます。


 やむをえん。


 俺は、後輩の頭からお花を抜いて。

 ソフトクリームに結い上げて誤魔化そうとしたのですが。


 ……その悪行を、会長に見つかって。

 撮影の間、舞台上でずっと立たされました。


 そして、棒になった足を引きずって帰ろうとしたら。

 映像を確認した先生に。

 ふざけているのかと立たされました。


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