「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 19冊目📷
如月 仁成
スカシユリのせい
~ 二月十八日(月) 3=0 ~
スカシユリの花言葉
あなたは私を騙すことができない
駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。
その休憩室。
ちょっと不機嫌にフライパンを振っているのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭のてっぺんでお団子にして。
そこに白くて、花びらの先だけほんのり赤いスカシユリを一輪突き刺しながら。
スパイシーな香りを立てる鍋の蓋を外します。
まかないとして。
お店にあるものを何でも使っていいとは言われていますが。
「……その炊飯器とお米はどうしたのです?」
「二階の、店長さんのお部屋から借りてきたの」
借りて来た。
では済まないでしょうに。
そんな炊飯器から炊きあがりのメロディーが流れると。
タイカレーバーガー用のルーをたっぷりご飯にかけて。
そこに目玉焼きを乗せて。
三つのお皿をテーブルに運ぶのです。
「はい。
穂咲が声をかけたのは。
バイトでは後輩ながらも、人生の先輩。
元、社会人の
元気と食欲を呼び覚ますカレーを前にしても。
首を下げて。
へこたれていらっしゃるようなのです。
「十連敗なの?」
「さすがに気持ちが折れそう。穂咲ちゃん、道久君をちょっと借りるね?」
そんな晴花さんの言葉に。
穂咲はちょっとだけ考え込んでいます。
「べつに、ずっと貸しといて欲しいって訳じゃないから……」
「いくらでもどうぞなの。後で、利息が付いて帰ってくるといい感じ」
「何を偉そうに。俺は君の所有物では無いでしょうが」
それに、利息ってなんです?
また太らされるのでしょうか?
俺は、チョコ騒動のせいで未だに余計な肉が残っている気がする下腹部をさすりつつ。
隣に座った穂咲と一緒に手を合わせて。
カレーを口にしながら晴花さんの愚痴を聞かされることになりました。
でも、落ち込みながら語る晴花さんのお話。
愚痴と呼ぶには無理があるのです。
理路整然としているし、どこにも悪口はないし。
たまに否定的な言葉が出ても。
その矛先は、自分自身だったりします。
「……あの~、晴花さん?」
「はい?」
「今更ですが、それでストレス発散になっているのです?」
「うう、あんまり……」
でしょうねえ。
いい人というのは。
胸を張って歩くことができる分。
損な生き方なのです。
ちょっとはこいつの。
こんな自分勝手さを見習うべきなのです。
「あのですね、穂咲さん。カレーとルーのバランスを考えながら食べているのに、俺の皿に次々とごはんを突っ込まないでくださいな」
既にバランスは大崩壊。
ちょっぴりのルーで。
スプーン山盛りのご飯を食べねばならなくなっているのですが。
「あましたらもったいないの」
その気持ちは分かるのですが。
後から渡されましても。
「最初に、適量乗せたらいいのです」
「だって、どれくらい食べたいか、食べる前じゃ分からないの」
「それはそうなのですが。……晴花さんのお話と同じですね」
「え? え? え? どういうこと? 迷惑ってこと?」
そりゃそうよねなどと、しょんぼりと肩を落とす晴花さんですが。
口にスプーンを咥えた姿が。
寂しそうで。
それでいて可愛らしくて。
「いえ、迷惑なんて事これっぽっちも無いのですが。カレーと一緒で、就職活動をしたことのない俺には共感してあげることができないのです」
食べ始めるまで適量が分からない。
それと同じなのです。
俺の返事に。
ああ、確かにと納得して下さった晴花さん。
お詫びのつもりでしょうか。
スプーンで一すくい分のルーを。
山になり始めた、俺の皿のライスにかけてくれました。
――男性は、会話に結論を求める物。
女性は、会話に共感を求める物。
晴花さんの愚痴を聞いてやれと。
カンナさんに、強引に三人揃って休憩を命じられた時。
言い聞かされた言葉です。
だから普通、男性は後輩に相談事はしないもので。
対して、女性は後輩にも愚痴る事があるとのお話でしたが。
それでも、いまいち共感してあげることができないので。
俺はちょっと方向を変えて。
晴花さんのうつうつとした気分を整理してあげることにしました。
「新卒の就職活動より、中途の方が大変なのですか?」
「どうだろ。私、新卒の時は一社目で内定貰えたのよ。もちろん同時に他の会社の説明会にも行ってたけど」
「え? 一社受けてる途中なのに?」
「普通はそういうものよ。高校受験だって同じだったでしょ?」
ああ、そう言われてみれば。
三校受験しましたけど。
結果発表前に他の学校の試験がありましたね。
「世間で言われるほど大変なものって感覚が無かったから、耐性が無くて。こんなに苦労するものとは思ってなかったの」
「晴花さんの場合、優しすぎるとこも問題あるとは思いますが」
そもそもクビになった理由が。
可愛そうなお客様へサービスしまくったということだそうですし。
「そうね、もっとガツガツいかないと! でも次は、ちょっと条件を下げて仕切り直してみるわ。さすがにへこたれたから……」
「条件? やりたいお仕事から遠くなるってことですか?」
そうか。
やりたい仕事に必ず就くことができるわけではないのですね。
俺が、今更ながら就職の厳しさにショックを受けていたら。
晴花さんから、予想外の答えが返って来たのです。
「やりたい事とかどうでも良くって、条件って言うのは給与と就労条件。あとは家からの近さとか、福利厚生とかのことよ?」
大真面目な顔で言われたのですけど。
なんだか、どうでもいいことばかりに聞こえてしまうのは。
社会というものを知らないからなのですか?
「ええと……、やりたい事がどうでもいい?」
「そりゃそうよ。お仕事なんだもん」
「あれ? 俺、なにかおかしいですか? やりたい事が出来れば、お給料とか多少は目をつぶれません? それともこれ、幼稚な発想なのでしょうか?」
ああ、いけない。
社会で働いた経験のある晴花さんに何を言っているのでしょう。
今の言葉を取り消さないと。
そう思っていたら。
急に目をキラキラさせた晴花さんに。
手をがっしりと握られました。
「それ! 道久君、凄い!」
「え? いえ、俺、変なことを……」
「変なんかじゃない! ありがとう、自分を見失ってたわ! そうか、やりたいことじゃないから情熱が湧いてこないのね……」
おお。
なにやら偶然。
お役に立てたようで。
晴花さんは嬉しそうに、握った手をブンブンと振って。
そして美味しそうに、カレーを口に含んだのです。
「……美味しい! 穂咲ちゃん、ありがとね! このカレーと道久君のおかげで、元気出て来た!」
「それは良かったの。じゃあ、道久君は返却してもらうの。利息付きで」
「だから、俺は君の所有物じゃないのです。あと、利息ってなんです?」
幸せそうにカレーを頬張る晴花さん。
穂咲を見つめると、深々とお辞儀します。
「ありがとう。じゃあ、利息を付けて返却するね!」
「ですから、穂咲のじゃないですってば。それと、ほんとに利息ってなに?」
「そうねえ。じゃあ道久君は、いつもより穂咲ちゃんに優しくしなさい!」
「おかしいのです」
「では早速、道久君はデザートを買って来るの」
いかん。
不条理がまかり通ろうとしているのです。
ここは話題を変えないと。
「あ、そうだ。晴花さんのやりたい仕事ってなんなのです?」
これなら盛り上がりそうな話題ですし。
誤魔化すことができるでしょう。
そう、思っていたのですが。
「やりたいこと?」
「はい。やりたいこと」
「……私、何をやりたいの?」
「は!?」
ウソでしょ!?
いよいよ困ったことを言い出したのですけど。
「…………穂咲ちゃん」
「はいなの」
「延長で」
晴花さんの嘆願に。
穂咲は、見る間に不機嫌になっていくのですが。
「……道久君。ちょっと客引きして来るの」
「この寒いのに? 外で立ってろと?」
「晴花さんの相談にはあたしが乗るの。早く行くの」
「いやですよ」
「道久君のほんとにやりたい仕事なんだから、多少のことは目をつぶるの」
え!?
自分じゃ気づかなかったのですけど。
そうなのですか?
俺のやりたい仕事。
これ?
悩みながら、外に出たら。
久しぶりに別荘に来ていたまーくん一家が。
お店に入る足を止めて。
俺の様子を見て、怪訝な顔を浮かべます。
「こんな時刻に客引きしてもしょうがねえだろ。道久君、何の真似だ?」
まーくんの言う事はごもっとも。
でも、これは俺にとって。
一番やりたい仕事だと穂咲が言うのですが。
「……ひかりちゃん。お兄ちゃんの仕事、やりたい?」
三才になったばかりのひかりちゃんは。
もげちゃうんじゃないかと思うほど、首を横に振るのでした。
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