タンポポのせい


 ~ 二月十九日(火) 3=0 ~


 タンポポの花言葉 別離



 俺のやりたい仕事を勝手に決めて。

 寒空に、一時間も立たせたこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 おかげで。

 ちょっと風邪気味です。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭の上に二つのお団子にして。

 そこにタンポポを葉っぱ付きで植えていますけど。


 葉っぱがでろんと垂れ下がって。

 ワカメを被って、海から出て来た人みたいなのです。



 そんな穂咲と共に、いつもより一本早い電車で登校してきたので。

 呑気に校庭を散策しながら。

 昨日の愚痴をつぶやきます。


「なんで俺の将来の仕事が、立っていることになっているのですか」

「立つ仕事、いっぱいあるの。そんな仕事をしてる皆さんに失礼なの」

「まあ、確かにそうなのですが」


 穂咲は、何も植えられていない裸の花壇の前にしゃがみ込むと。

 花壇の枠を興味深そうに観察しながら。


「昔、都会には有名な立つ仕事があったらしいの。ママが写真を見せてくれたの」

「はあ。どんな仕事です?」

「お立ち台ってとこに立つの」

「……よく分かりません。どのような名前の職業なのです?」

「ワンレンボ・ディコンって仕事」


 聞いたこと無いです。

 また、おばさんの話を勘違いして覚えましたね?


「でも、知らない職業はいっぱいあるのです。その、なんとか言う仕事もちょっと体験してみたいですね」

「……やってみたいの?」

「ええ」

「丸見えなのに?」

「え? 今、なんて言いました?」

「何でもないの。じゃあ明日、ママが使ってたって言う制服を持ってきたげるの」


 ユニフォームがあるのですか。

 そこまで協力してくれるとは嬉しい限りです。


 でも、おばさんの制服?

 入るかな?



 ――しかし、昨日は。

 晴花さんにはまいりました。


 自分の夢を持っていないとか。

 しっかりしているように見えるのに。

 高校生の間は、遊び惚けていたのでしょうか。


「穂咲は、将来の夢決まっていますもんね」


 俺が、今更という問いかけをすると。

 穂咲は、当然とばかりに頷いて返事をします。


「……卒業制作なの」

「近い。そうじゃなくて、仕事の話ですって」

「この見事な花壇、卒業制作なの」

「え?」


 いつものことですが。

 話があっという間に姿かたちを変えてしまったのですけど。


 レンガ造りの花壇に夢中だった穂咲が指差す先。

 そこには、文字がかすれてまるで読めないプレートがはめてあって。

 微かに業の字と制の字が読み取れます。


「こんな素敵な花壇を作ってくれた人がいるの。卒業制作ってすごいの」

「ああ、そう言えば校内に結構ありますよね。屋上に上がる階段の壁、魚のレリーフが沢山飾ってあるじゃないですか」


 あれは去年の卒業生が作ったものらしく。

 俺の、お気に入りのアートなのですが。


「家庭科準備室の棚も新調されてたの。今年の卒業生が作ったの」

「……そう言えば、もうすぐ卒業式ですね」


 将来の仕事。

 社会に出る直前。

 最後の巣立ち。


 そんな学び舎に何かを残したい。

 気持ちは良く分かります。


「……例えば、後世に何かを残したいと誰しも考えるじゃないですか」

「そういうことなの。一生を高校三年間に例えると、これはもはや我々に課せられた義務なの」


 それは大げさですが。

 来年には自分たちが巣立つわけで。


 俺も、進路が決まったら。

 何かを作りたくなるのでしょうか。



 ――そして、校舎に入った俺たちは。

 下駄箱に、廊下に。

 至る所に展示された卒業制作の品を、一つ一つ眺めて歩きました。


 これらの芸術品的作品は。

 早い段階で片付けられてしまうのでしょう。


 こうして目に出来るタイミングは非常に少ないわけで。

 だからでしょう。

 無性に、胸に訴えかけてくるものがあるのです。


 そして、どれだけの時間こうしていたのか。

 穂咲も、時に感動し。

 時に涙まで浮かべながら鑑賞していたのですが。


「……作んなきゃなの」


 意を決したように。

 そう呟くのです。


「卒業制作を?」

「うん」

「ですから、早いのです。まずはテスト勉強なさい」


 俺の言葉に。

 穂咲は、ふるふると首を振ります。


「違うの。卒業までに作らなきゃなの」

「え? 何が違うのです?」


 おかしなことを言って。

 見事な絵画を見上げる穂咲ですが。


 最近、気付いたのです。

 穂咲は、こういう言い間違えはしないことに。


 ということは。

 学校ではなく。

 なにかを卒業する前に完成させたいという意味なのでしょう。


 ……でも。


 何を卒業するの?


 そんな疑問に、首をひねった俺の耳に。

 卒業制作の心配は、まだしばらくいらないよと。

 優しい声が届いたのでした。



『テステス。あー、秋山道久。授業をさぼってどこをほっつき歩いている。すぐに出頭するように。早くせんと、留年させるぞ』



 ……始業ベル。

 気がつかなかったのです。


 それより。


「なんで君は名前を呼ばれなかったのでしょうね」

「道久君の方が、授業の出席日数足りてないからなの」

「……立たされてる分?」

「分割り計算だって言ってたの」


 驚愕の事実を。

 初めて聞かされたのでした。


 そしてこの後。

 サボリの罪で、結局立たされたのですが。


 ……進級、大丈夫なのでしょうか?

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