フリチラリアのせい


 ~ 三月十一日(月) ~

   2=285 1=127 ~


 フリチラリアの花言葉 才能



 さすがに土日は勉強モード。

 さらに今日から始まったテスト期間も。

 髪をいじることは封印です。


 ただし。


「テスト中ではありますけど、モデルさんを探さないと」

「そう言いながらまっすぐ帰ろうとしてるの」

「テスト初日の終了後なんて、余計なことを頼まれて了承すると思います?」


 たしかに納得と頷くお団子頭に。

 紫色のフリチラリアをプランプラン揺らすのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 そんな彼女は、背が高いわけでもないのに。

 出席番号のせいで下駄箱はいつでも一番上。

 だから背伸びでギリギリです。


 今日はお疲れの様なので。

 俺がローファーを出してあげると。

 代わりに上履きを渡されました。


 そんなスチール製の下駄箱とも。

 あと数日のお付き合い。


 三年生の下駄箱は趣のある、低めの木製棚。

 そちらへ引っ越すことになるのです。


 俺は一年間の感謝を込めつつ。

 履き古した上履きを上から二列目に。

 ぎゅっと押し込みました。


「勉強も大変ですが、モデルさんも早めに決めないといけないのです」


 『急がなきゃまずい』と。

 『急ぎすぎるとダメ』との分水嶺。


 ピンポイントで。

 水曜日辺りがねらい目でしょうか。


 でも、その日まで何もしないというのももどかしい。


「目星くらいはつけておきましょうか。出来ればちょっと癖のあるロングヘアだとアレンジしやすいのですが。……小野さんみたいな感じ?」

「晴花さんなの」

「いえ、晴花さんのようなストレートミドルではアレンジが難しそうで。同じストレートヘアなら宇佐美さんに土下座して頼み込んだ方が……」

「そうじゃなくて、晴花さんなの」

「ひとの話聞いてました? ですから…………、晴花さんですね」


 穂咲が指さす先に目を向ければ。

 正門の方から、晴花さんが俺たちに向かって駆け寄ってきます。


 そんな彼女に。

 昨日のお礼を沢山込めて。


 俺は、らしくない笑顔と共に。

 爽やかな挨拶をしました。


「出ていけ不法侵入者」

「そんなこと言わないでよ! 卒業生なんだから見逃して?」

「無理ですよ。アウトですって」


 こんなとこ見つかったら大ごとになる。

 俺は晴花さんの背中をどすこいどすこい押して。

 土俵から押し出します。


「やーん! 道久君、見逃して! せめてお昼ごはん用にトマトブリトーだけ買わせて!」

「なんです? その常習犯のような口ぶり」

「たまーにしか来ないわよ、たまーにしか」

「ゼロか一かが問題なんです。あと、テスト期間中だから購買開いてないです」

「うそっ!? ……はあ。今日は、口がトマトブリトーなのに……」

「じゃあバイト行ってくださいな」


 真面目なようでいいかげん。

 しっかりしているようで頼りない。

 誰しも持つ二面性ですが。


 晴花さんの場合、真面目でしっかりの色が濃いので。

 弱点が可愛らしく見えるのです。


 そんな晴花さんですが。

 唯一、裏の顔を持っていない点がありまして。


 それは、どなたにも等しく優しいところ。

 そう思っていたのですが……。


「……うそでしょ? なんでこんなところにいるの?」

「晴花さん、足を止めてどうなさいました?」


 俺に押されて歩き続けていた晴花さんは。

 急に足を踏ん張って。

 正門へ近づくことを拒絶します。


 そんな彼女の表情は。

 嫌悪感がむき出しで。


 今まで、こんな表情。

 見たこと無いのです。



 晴花さんが見つめる先。

 正門の向こう。

 俺もそちらへ視線を向けると。



 ……目が丸くなったのでした。



「頼む! お願いだ!」


 そこには、路上に土下座する大人の姿。

 彼の正面には、困惑する四人組の一年生女子。


 何事か分からないですけれど。

 告白の類でしょうか?


 急に機嫌が悪くなった晴花さんは。

 男子がこういった形で告白することがお嫌いなのでしょうか?


 まあ、晴花さんの好みはあれど。

 あの脇を通らねば外に出ることが出来ません。


 俺は強引に。

 両足で踏ん張る晴花さんをぐいぐいと押して先へ進みます。


 異常な光景とは言え問題ないでしょう。

 別に犯罪の類という訳では無いでしょうし。


 そう考えながら正門まで到着した俺は。

 お兄さんの嘆願を聞いて。


 考えが甘かったことを思い知らされました。


「お願いだから、君たちの足をカメラで撮影させてくれ!」

「犯罪だった!」


 ぼさぼさの長髪から覗く痩せぎすの横顔は。

 見ようによっては健康的な日焼けによる浅黒さ。


 探検家の様な服にボロボロのリュックを背負ったお兄さんを見つめながら。

 俺が、110番するためにポケットから携帯を取り出していたら。


 盛大なため息をつきながら。

 晴花さんがつかつかと犯罪者に近付いて。


 ……彼の頭を。

 ぶぎゅると踏みつけたのです。


「何の真似です、金澤先輩」

「いでででで! こら、誰だ!? 足をどけねエか!」

「イヤです。その更衣室を盗撮するために買った望遠レンズの射程外に、この子たちが逃げるまで放しません」

「なに!? それを知ってるってエことはお前、柊か?」

「相変わらず私を怒らせる才能には目を見はるものがありますね」


 晴花さんに促されるまま。

 四人の一年生は逃げ出しましたが。


 ギャラリーの皆さんは、この第二幕にも興味深々。

 人だかりがどんどん膨らんでいきます。


「まったく。ここは先輩の様な変人が来ていい場所じゃありません」

「相変わらず毒舌だな。母校に来るなとまで言われるとは思わなかったぜ」

「いえ、学校じゃなく」

「じゃあどこに来るなって言ってんだよ?」

「地球」

「いくら俺でも大気圏外は嫌だぜ?」

「……女子高生の足が無いからですよね?」

「お前さんは相変わらず、俺のオチを取っちまう才能に溢れてるな」


 晴花さんの戒めから解放されたお兄さんは。

 精悍な顔をニヤリとさせて、久しぶりと手を差し出しましたが。


 盛大にため息をついた晴花さんが応じて差し出した手を掴むこともできず。


 お巡りさんに連れていかれました。


「…………行っちゃいましたけど。お知合いですか?」

「みっともないところを見られちゃったわね……。知人が、お騒がせして本当にごめんなさい」


 いえ、それは構わないのですが。


「その知人とやらがお巡りさんに連れていかれてしまいましたけど。大丈夫なのですか?」

「ええ。なんならカメラの中を確認されて、地球外に追放されればいい」


 いつもお優しい晴花さんなのに。

 お兄さんに関しては、温情の欠片もありません。


 ……そういえば。

 身の回りは女性ばかりですから。

 本当は女性にばかり優しいのでしょうか?


 だとすれば。

 そっちの気があるとか……。


 いえいえ、考えすぎでしょう。

 とは言えもしもそういった嗜好でいらっしゃったとしても。

 法に触れねば問題ないわけで。


 そう考えたところで。

 自然と、こんなことをつぶやいていました。


「……あのカメラの中、まさか違法行為に当たるような写真ばかり映っているのでしょうか」


 だとしたら問題です。

 晴花さんも、きっと腹を立てることでしょう。


 でも。

 返って来たのは。

 あまりにも予想外な言葉でした。

 


「それでも私はね。……あの人のカメラになりたかったの」



 …………そんなに覗きたかったの?



 俺は、110番をかけずに済んだ手で。

 119番を押すことにしました。

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