シロツメクサのせい


 ~ 三月八日(金)

   2=281 1=119 ~


 シロツメクサの花言葉 思い出して



 学校帰りに晴花さんのお宅へお邪魔して。


 来週に控えたテストのヤマを教わるこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 つい先ほどまで、軽い色に染めたゆるふわロング髪をエビに結って。

 頭の上に、わさっとシロツメクサを咲かせていたのです。


 まだまだ寒い日も続きますが。

 君の頭だけは。

 一年中、春真っ盛り。


 そんなお花畑を。

 ちょっとの間だけテーブルへエスケープ。

 

「それにしても、テスト前でしょ? こんなことしてて大丈夫?」


 そして晴花さんが心配そうな声をかけた相手は。

 勉強中の穂咲ではなく。

 穂咲の髪を結い続ける俺ということになるわけで。


「大丈夫なのです。いつも以上に勉強していますので」

「ほんとに? 昨日は授業サボって、カラス相手に畑で暴れてたし……」

「言わないでください。そして、出来れば俺の黒歴史を今すぐ忘れてください」


 お優しい晴花さんは。

 心底心配そうに俺を見つめながらも。


「あ、その姿勢でストップ」


 ヘアアレンジの様子を。

 カメラに収めてくださいます。


「助かるのです。髪を結っている途中の写真が無いと、どこがどう間違っているのか分からないもので」

「お安い御用よ。いつでも頼ってくれていいのよ?」


 そう言いながら、優しく微笑んで下さった晴花さんが。

 レンズを俺に向けて再びシャッターを切ります。


 ……ちょっと照れくさいのです。


「さて、結構撮れたけど、どう?」

「ええ、もう十分です。そろそろ帰って勉強をしないと……、ああ、穂咲。そこ間違ってます」


 編み込みの最後の仕上げに取り組みながら。

 穂咲のノートに書かれた計算間違いに突っ込みます。


 六×七が七十二って。

 確かに語呂というか、発音的には近いですけれど。


「うう、お恥ずかしいの」

「お恥ずかしくは無いのですが、消しゴムかけるとこが間違っていて恥ずかしいのです」

「どこなの? ここ?」

「そこも合ってます。……あああああ。ムキになりなさんな」


 結果、ノート全面に消しゴムがかかり。

 問題を最初から解きなおしということになりましたけど。


 穂咲の復習にもなりますし。

 俺ももう一度解き方を見ていられますし。

 まあ、無駄にはならないでしょう。


「えっと……、最初はどうすんだっけ?」

「もう忘れたのですか? 左辺を因数分解です」

「ふむふむ」


 穂咲が首をひねる間に。

 髪の方は最後の仕上げ。


 編み込みの終端から伸ばした二つの三つ編みで。

 後ろ髪を巻くように束ねて出来上がり。


「ふう、いっちょ上がりなのです」

「道久君、よく二つことに集中できるわね」

「え?」


 返事をした俺にカメラを向けながら。

 目を丸くさせながらも、晴花さんがシャッターを切ります。


「ええと、数学は昨日がっつり勉強したばかりですし。髪の方は、基本的な編み込みですので」

「それにしたってすごいわよ……」


 そうおっしゃられる晴花さんなのですが。

 髪の方は、我ながらひどい出来です。


「完成度も低くて、しかも一般的なヘアスタイルなので。これじゃコンテストの結果も目に見えているのです」

「そうなの? ……でも、確かにね。優勝するためには道久君じゃなきゃ作れないヘアスタイルを発明するとかしないと」

「道久スペシャルなの」

「いいわねそれ。作りましょう道久スペシャル」

「ネーミングが恥ずかしいので却下です」


 しかも、俺なんかが散々考えたって。

 きっと世界のどこかですでに発明されてますよ、道久スペシャル。


「……でも。道久スペシャルはともかく、勝つためになにか考えます」

「おお」

「道久君、偉い!」

「そして勉強も頑張ります」

「おお」

「道久君、すごい!」


 今日は一日照れっぱなし。

 晴花さんが、頭をなでてくれるのですが。


 さすがに照れくさい。

 ここは穂咲に押し付けましょう。


「……穂咲も、モデルに付き合ってくれながら勉強頑張ってます」

「穂咲ちゃんも偉い!」

「……そうでもないの。道久君、将来を見据えモードだから応援してるだけなの」

「うんうん! 夢に向かってる二人とも、めっちゃえらい!」


 ああもう。

 今度は二刀流ですか。

 髪がぐしゃぐしゃになってしまうのです。


「……そういう晴花さんはどうなのです?」

「夢の話?」

「はい」


 社会に出て、夢を忘れ。

 自分探しの旅にまで出かけた晴花さん。


 ようやく髪をかき混ぜるのをやめてくれて。

 むむむと唸り始めます。


「……やっぱ、思いつかない」

「え? 夢って、思い出すものじゃないのですか?」

「あら、ほんとね」


 ええと。

 そこから教えないといけませんか?


 穂咲と顔を見合わせて。

 思わずため息です。


「こまった人なの」

「ごめんなさい」

「では、なりたかったものとかありませんか?」


 誰だって必ず持っていたはずの。

 将来なりたかったもの。


 それを聞いてみると。

 晴花さんはぽつりとつぶやきました。


「……これ」

「え?」

「カメラなの?」

「そう」


 ああ、なるほど。

 そういえば、写真についてはいつも夢中ですもんね。


 でも、俺がなるほどと頷く脇で。

 穂咲がいつものように。

 おかしなことを言い始めます。


「……びっくりなの。晴花さんが、カメラになりたかったなんて」

「そんなバカな」

「そう、忘れてた。私、カメラになりたかったの」

「はあああああ!?」


 穂咲で慣らされている俺ですら。

 このおバカな返事に。

 開いた口が塞がらないのでした。


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