ヘーベのせい
~ 三月七日(木) ~
2=255 1=100 ~
ヘーベの花言葉 陰の努力者
結局、ソースが大量に余ったとかなんとか。
ミートドリアを秋山家に押し売りして。
自分は夕食にサバみそを食べたこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は天使の輪っかの形に結い上げて。
あろうことか、それが浮かんでいるように見えるのですが
「やっぱりスタイリング技術がどうこういう話じゃないと思うのです」
「何のお話なの?」
眠たそうな目を向ける天使の頭には。
輪っかを貫いてにょきっと生える紫色のへーべの穂。
大会当日もこんなことをやらかしたら。
会場中の笑いを独り占めなのです。
さて、そんな鬼の角を生やした天使さん。
朝からうつらうつらしっぱなしなのですが。
「眠そうですね」
「毎晩遅くまで髪をいじられて眠れないの」
「……寝てるじゃないですか」
連日、おばさんが遅くまで付き合ってくれるので。
ばっちり練習できるのですが。
君は髪をいじられながら。
グースカ寝ていると思うのです。
「あっちゃこっちゃ舟を漕ぐから、まともに結えないのですけれど」
「そんなの知らないの。テスト勉強もまともにできないの」
……いや。
練習台になりながら勉強しようとして。
教科書を開くなり寝ているのは君でしょうに。
なんという不条理な文句。
「では、今夜からは居眠りするたびに髪を引っ張ることにします」
「そ……、ん……、きょ……」
「
平成の終わりと共に消えてしまいそうな単語をつぶやいて。
かっくんかっくん舟をこいで。
会話しながら、気づけば寝ているとか。
まるで子供です。
でも、そうこうしているうちに先生が来たので。
起こさない訳にはいきません。
穂咲の頭を小突いてみたり。
肩を揺すってみたり。
いろいろ試してみたのですが。
天岩戸が開く気配はまるでなし。
そして俺がさじを投げると同時に。
神尾さんによる号令がクラスに響いたのです。
「き……、きり……、つ……」
ん?
やけに力んだ号令ですが……。
「うおっ!?」
さすがはみんなのお母さん。
神尾さんは号令をかけつつ、穂咲を背中から抱きかかえ。
まるで大きなぬいぐるみを胸に抱える少女の様な姿勢で。
「れ、礼。……着席」
授業開始の挨拶を済ませると。
穂咲の体を椅子に戻して。
何食わぬ顔で席に着くのです。
挙句に。
「では、出席を取るぞ。藍川」
「はいなの」
「秋山」
「はい」
「宇佐美」
「はい」
……声色を変えて。
代返までしてくださって。
本人のためにならないとは思いますが。
神尾さんの陰の努力を無駄にするわけにいきません。
俺は、穂咲の料理道具リュックから。
麺棒と、タコ糸を取り出します。
それをこっそり神尾さんに手渡すと。
聡い彼女はノータイムで穂咲の背中に棒を突っ込み。
背もたれに体を縛り付けたのです。
「……これで一安心」
神尾さんが、やり切った感のこもった息をふうとつきましたけど。
まったく、頭の下がる思いです。
いつもクラスのために一生懸命。
陰で一人頑張って。
きっと俺の知らないところでも。
誰かのために骨を折っているのでしょう。
……でも。
神尾さんより尊敬できる人物が。
案山子の様な姿勢で寝息を立てています。
「これだけされて目を覚まさないって。呆れを通り越して尊敬します」
「あはは……。すごいよね……」
ねえ、案山子さん。
お願いですから右に倒れてこないでくださいね?
その麺棒、ちょうど俺の頭に当たりそうなので。
――さて、たった五十分。
ごまかし切ることはできるでしょうか。
そんな思いでいた、開戦直後。
最初の一歩で大ピンチなのです。
「では、藍川。教科書を読め」
いやいや。
こんな日に限って。
クラスの皆が息をのむ中。
俺は意を決して声を上げました。
「俺が読みます」
「何を言っとるか」
「俺が読みたいんです!」
もう破れかぶれです。
席に座ったまま、英文を強引に読み進めます。
「……では、藍川は秋山が読んでる間に、黒板に英文を書きうつせ」
いやいや。
なんでそんなに穂咲を起こしたいのですかあなたは。
「それも、読み終えたところで俺がやります」
「何の真似だ、秋山」
机に座っているのももどかしい思いをしながら。
俺は、早口で読み進めていたのですが。
とうとう先生は。
穂咲の様子に気付いてしまいました。
「……藍川の姿勢、なにかおかしくないか?」
「そんなことないです。ごく自然に教科書を見てるだけです」
「ぐったりしているように見えるが……」
「いつもこんなもんでしょう、こいつは」
「いいや、やはりおかしい。今の暴言に、普段なら頭をはたくくらいの反撃をするはずだ」
ごんっ!
「いってええええええ!」
「……なんだ。やはりいつも通りか」
タコ糸が緩かったようで。
がっくんと右に傾いた穂咲の麺棒が俺の頭を直撃です。
そして必死な思いで机にしがみついて。
床まで転げ落ちるのを何とか回避した穂咲が。
「び、びっくりしたの。案山子になって、カラスについばまれる夢を見たの」
俺と神尾さんの苦労を。
たったの一言で台無しにしてしまいました。
思わず噴き出した連中が。
笑い声をこらえる中。
先生だけは般若の顔を。
俺と穂咲に、順繰りに向けます。
「……寝ていた?」
「うう、ごめんなさいなの。でも、道久君のせいなの」
ああもう。
君の言い訳のせいで。
般若が俺だけに夢中です。
仕方ない。
俺は穂咲の背中から麺棒を抜いて。
自分の背中に挿しながら廊下へ向かいました。
「……秋山。案山子が廊下に立っていてどうする」
「ウソでしょ?」
そして俺は。
テスト前の大事な授業時間を。
トマト畑の真ん中で過ごすことになりました。
……カラスを二羽追い払いました。
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