ヒトリシズカのせい


 ~ 三月十二日(火) ~

   2=288 1=128 ~


 ヒトリシズカの花言葉 静謐



 モデルの候補を指折り数えて相談するたび。

 不機嫌になるこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 そうですよね、今は勉強に集中しないと。

 とは言え、ヘアアレンジコンテストまで日も無いので。

 なんとか明日にはモデルさんを決めないといけません。


「最悪、ひかりちゃんに頼むか……」

「子供の髪だとまとまらないの。アレンジには向いてないの」

「おっしゃる通り」

「しかも、ロリコンのレッテルを張られるの」

「おっしゃる通り」


 そもそも、ひかりちゃんが大人しくしていてくれるとは思いません。

 女の子なのに、結構きかんぼうですし。


「じゃあ、カンナさんとか……」

「それはそれで、カカコンのレッテルが待ってるの」

「カカコンって何のことです?」

「かかあ天下コン」


 言いたいことは分かりますけど。

 まだカンナさん。

 かかあじゃありません。


 そして穂咲は、またもやどんどん膨れて。

 おさげの結び目に活けたヒトリシズカを抜いて、むすっとしながら指でいじっていたのですが。


 分かりましたよ。

 ちゃんとテストに集中すればいいのですね?


 そう思って、短い時間ながら最後のあがきとばかりに教科書を開いていたら。

 穂咲がお花を顔に近付けすぎたせいでしょうか。


 くしゅんとひとつやった後。


「……ひっく」

「え?」

「くしゃみしたショックでっく。……しゃっくりが出始めひっく」

「なんですかそれ? 脅かしましょうか?」

「ひっく。お願いすひっく」


 面倒な子ですね。

 でも、このままでは本人ばかりか。

 クラスの皆がテストに集中できません。


 俺は、急に手を叩いたり。

 耳を引っ張ったりしてみたのですが。


 頑固なしゃっくりは止まる様子もなく。

 先生が到着し。


 残念ながら、テストが始まってしまいました。



「……ひっく」



 クラスの皆も。

 気にはなりますが咎める訳に行かず。


 さらに。


「えっくしょ」


 試験官になった家庭科の先生は。

 どうやら花粉症らしく。


「えっくしょ」


 ……お気になさって、タオルで顔を覆っていらっしゃいますが。

 ご自分がくしゃみをなさっているのに。

 穂咲のしゃっくりをどうこうできるはずもなく。


「ひっく」


 本来、静かなテスト中の教室が。

 面倒な騒音で邪魔をされます。


「ひっく」


 集中力を削がれますが。

 頑張らないと。


「ひっく」


 俺は必死に答案に向かいます。


「ひっく」


 よし。

 集中して、しゃっくりが気にならなくなってきました。


 ええと、左辺の5×3に、右辺からマイナス7を持って来れば……。


「ひっく」


 15から7をひくと、8。

 ……あれ? これじゃ因数分解できません。

 11の倍数にならないといけないのに。


「ひっく」


 15ひく7は……、やっぱり8なのです。


 あれれれ?


「ひっく」


 ………………おい。


 計算間違いの犯人。

 まさか、君による暗示だったなんて。


「ひっく」


 俺が消しゴムをかけ始めると。

 クラス中からも同時に。

 ごしごしと音が聞こえてきます。


 君の呪い。

 なんという影響範囲。


 そして、目に見えない怒りのオーラが。

 教室の左前方向に向けられます。


 しかし数学のテストだというのに。

 なんというマイナス効果。


 ……いえ。

 これが世界史なら、アドルフ・ヒックラー。

 古文なら、ひくもすのたりのたりかな。


 どうあってもマイナス効果が……。


「ひっく」


 ああもう!

 集中できん!


 とは言え時間は限られていますし。

 無理やりにでも解かないと。

 ええと、エックスの二乗が16だから……。



 あれれ? 



 またも凡ミス。

 おかしいな、これ、ゼットの二乗だったはずなのに。


 どうしてエックスに変わったの!?



「えっくしょ」



 …………こら。



 再び同時に発生した消しゴムの音と共に。

 クラス全員から、先生と穂咲に向かって声があがるのでした。



『廊下に立ってろ!』

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