サクラランのせい
~ 三月二十一日(木祝)
第一話 A.M. ~
サクラランの花言葉 安心立命
ここは駅前の体育館。
それなり大きなイベントが開催されることもある会場は。
まばらとは言えそれなりの客入りのようで。
いやがうえにも緊張しますが。
それでも平常心でいることができるのは。
客席に。
談笑するクラスメイトの顔が見えるからでしょうか。
応援に来ているのやら。
ひやかしに来ているのやら。
この、実に程よい距離感が。
いい感じの緊張と。
いい感じのリラックスを運んでくれるのです。
「あら、諦めちゃったの?」
「え? どういうことです?」
「だって道久君、ここのところ凛々しい顔つきだったのに。緩み切ったいつもの顔に戻ってるわよ?」
「そんなつもりはないのですけど」
もちろん、俺の返事が指し示すのは。
デフォルトの顔が緩み切っているという点についてです。
なにげにひどいことを言うこのテンション。
本人も気合の入ったヘアスタイル。
ガチガチの優勝候補であるこの方は、穂咲のところのおばさんで。
「……そう。始まる前から勝負アリ。モデルも緩み切っている」
ファッションもバッチリ決めて。
気合十分なこの方はダリアさん。
そして。
ダリアさんに緩んでいると言われながら。
外の屋台で買って来たたこ焼きを頬張っているのが。
「緩んでないの」
「緩んでる。……主にお腹が」
「ふにい!」
……物理的な、おなかつまみ攻撃により。
精神にダメージを受けて膝をついておきながら。
それでもたこ焼きを口に運んでいるのは
本日開催。
田舎町のヘアアレンジコンテスト。
将来に向けて。
なにかムーブメントを起こさねばと。
発奮して参加を決めたというのに。
結果、自分らしく。
身構えずに頑張ろうと。
本末転倒なことになっていますけど。
「……結局、仕事というものもそう考えればいいのですよね?」
「何の話なの?」
おっとっと。
つい、口に出していました。
でも真面目に語ったりすると。
変に身構えてしまいそうなので。
ここは、何か面白いものでも見つけて話を誤魔化しましょう。
「えっとですね。あっちに面白そうなものが……」
適当な方向に指を向けて。
穂咲と一緒に視線を向ければ。
「……面白そうな、犯罪者がいました」
「晴花さんたちなの」
のどかな田舎町に相応しくない喧騒。
その中心には、土下座姿のカメラマン。
またですか。
またなのですか。
「ちょっとあなた! 各所からクレームが来ているのですが!」
「……これ以上騒ぎを大きくしたら、その姿のまま石膏で固めて男湯のオブジェにします」
「分かった分かった! 真面目にやるから許してくれ! しかしお前、よくそんな恐ろしい事思い付くな……」
コンテストを取材に来た金澤さんが。
係の人と晴花さんから叱られていました。
「ほんと。何しに来ているのです?」
「ん? おお、後輩クンじゃねエか!」
「おはよう、道久君、穂咲ちゃん。今日は頑張ってね?」
「晴花さんも、頑張って下さい」
もう、勝負以前にヘトヘトだけどと言いながら。
半目で金澤さんを見下ろす晴花さん。
そして苦笑いしながら立ち上がった金澤さんの手には。
いつもより高そうなカメラが握られています。
……趣味の延長。
きっと金澤さんにとって。
お仕事は、自分が一番自分らしくいられる場所なのですね。
「金澤さんは、お仕事を気楽にやられているのですね?」
「なんだそりゃ? ……仕事についちゃあ、気楽と一生懸命の違いが分からんが。まあそうなのかもな」
「なるほど。参考になります」
他人から見れば一生懸命。
でも、本人にとっては一番気楽。
もちろん、そんな甘いことばかりじゃないのでしょうけど。
でも、お仕事とはそうあるべきなのでしょうね、きっと。
そんなことを考えて。
納得していた俺を。
晴花さんが真っ向から否定します。
「道久君! こんなのを参考にしちゃダメ! ああ、素直で優しい道久君が汚染され始めてる!」
「なんだと柊! 俺を核廃棄物扱いしやがって!」
「うるさい近寄るな不燃ごみ! これ以上近付いたら、ただのオブジェじゃなくてライオンにしてやるんだから! 口からどぼどぼお湯を出してなさい!」
「待てきさま。口から湯が出るということは……、どこからお湯を俺に入れた?」
青ざめた表情でお尻を抑える金澤さんに。
晴花さんがぎゃーぎゃー噛みついていると。
再び係の方から叱られて。
これが最終宣告ですよと釘を刺されてしまいました。
「……お二人も、勝負に集中して頑張ってほしいのです」
「お、おう」
「道久君も、頑張ってね……」
ありゃりゃ。
叱られ過ぎて、晴花さんのやる気がまるきり削がれてしまいました。
ええと。
どうすれば復活するかしら?
「……そうですね。お二人で、アレンジ前の穂咲の写真を撮ってもらえますか?」
そんな俺の言葉に。
首をひねりつつ晴花さんがシャッターを切ったのですが。
……やはり。
金澤さんは、その目に戦士の様な光を宿して。
床に膝をつき、レンズを複雑に操作して。
しまったという顔をした晴花さんにどけと命じながらシャッターを切るのです。
――そんな写真は。
「すごい。穂咲が、穂咲に見えるのです」
「そうなの。驚くほどにあたしなの」
カメラマンの鬼気迫る表情とは裏腹に。
ほわっとした穂咲の横顔が、春ののどかさと共に見事に収められたその一枚は。
圧倒的な実力差と。
写真に対する想いの強さを如実に物語るのです。
そして。
下唇を噛んで、頬をはたいて。
改めて気合いを入れ直した晴花さん。
ひとまずこちらは安心ですが。
俺も立場はまったく同じわけで。
俺なりに、真剣に、一生懸命。
万に一つの勝ちを拾うためには。
一瞬たりとも気を抜く訳にはいきません。
既に化粧台の前にスタンバイして。
見たこともないほど真剣な表情で道具を並べるおばさんの姿。
穂咲もそれが目に入ったのでしょう。
俺の袖を、きゅっと握ります。
よし。
ならば、俺なりの一生懸命。
その一手目は。
「穂咲」
「……はいなの」
「いつもの十倍くらいいつもの俺らしく頑張るから。よろしくな」
「変なの。それじゃ、いつも通りじゃなくなってるの」
おかしな道久君なのと。
くすくす笑わせて。
まずは穂咲をリラックスさせたのです。
そして、華々しくも、緊張感のあるオープニングセレモニー。
さらにコンテストの説明が続き。
勝負が開始されても。
穂咲はずっといつも通り。
呑気にお話などしながら。
俺をリラックスさせ続けるのです。
……そして、俺は気づいたのです。
俺の夢に。
気付いてしまったのです。
「……ねえ、穂咲」
「なんなの? 今、しゃべり過ぎでうるさいって注意されたばっかなの」
うん、そうなのですけど。
でも、話しておかないと。
「俺の夢、スタイリストになることじゃなかったようなのです」
「いまさら!?」
いえ、今更というか。
そもそも、どうしてスタイリストになりたいと考えたのか。
その理由は。
君の髪を。
毎日アレンジしてあげたかったから。
だから。
「他の方の髪をいじっても、こんなに上手くできなそうなのです」
「……ふーん」
「よし、出来ました」
曖昧に相づちを打った穂咲は。
俺が両肩をぽんと叩くと、改めて鏡を見つめます。
そして自分の姿を見て。
幸せそうに微笑んだのです。
「うん、素敵なの。自分じゃできなかったし、想像もしてなかったけど、こんなかんじが良かったの」
「ええ。気合を入れずに、全力を出し切りました」
「……またあり得ないこと言ってるの」
この数日間。
全身全霊で取り組んで。
右往左往しながらたどり着いたこの答え。
「……優勝、できます」
「どこからそんな自信が湧いてくるの?」
だって。
世界で一番。
今の穂咲に似合う髪に仕上げましたから。
後半へ続く♪
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