クサスギカズラのせい


 ~ 三月二十一日(木祝)

       第二話 P.M. ~


 クサスギカズラの花言葉 爽やかな心



 審査員によるチェックと撮影会。

 そして選考会議が行われている間にお昼ご飯。


 そんなものを挟んで。

 いよいよ。


 俺たちは、控室から。

 審査発表の場に向かいます。


「うん。やっぱり穂咲の髪形が一番いいのです」

「だから、どこからそんな自信が湧いてくるの?」


 だって。

 俺が一番。

 モデルさんの気持ちを汲んでいるって思ってますから。



 そして、こちらより一足先に。

 結果が出たお二人が。


 緊張感をそぐ会話をし始めるのです。



「延長戦! 納得いかねエから延長戦!」

「うるさい! ほら、負け犬先輩。とっととプレスの腕章つけて、表彰式の現場に入りなさいな」

「ちきしょうてめえええエ!」


 晴花さんが撮影した写真のうち一つが。

 最も美しかったと。


 金澤さんが認めたことで。

 決着がついたらしいのですが。


 よりにもよって。

 被写体は、ダリアさん。


 なんだか、俺にとっては。

 幸先の悪いお話なのです。


「あれ? そう言えば、勝った方はなにか貰えたりするのですか?」


 ふと思い付きを口にすると。

 晴花さんは、見たこともないほどいやらしい笑顔を浮かべて。


「何でも一つ命令できるのよ!」

「そんなこと決めてねエ!」

「あら悪あがき。まったく、このルールのせいで何度焼きそばパンを買いに走らされたものか……。ふっふっふ。じゃあ、何を命令しようかしら……」

「晴花さん、不穏。その顔で言ったら恐怖しか」

「え? え? え? やだ、その顔って何!?」


 やだ今のなしなしと。

 両手で顔を隠す晴花さんでしたが。


 そのお隣りで。

 金澤さんが、急に手をぽんと叩いて。


 ……実にこの人らしい。

 とんでもないことを言い出しました。


「そうだ柊! 俺の助手になれ!」

「は? …………はあ!? なんで負けた先輩が私に命令してるの!?」

「うるせエ! 会社から助手を一人確保して来いって言われてんだ! てめエを連れて行く!」

「え? え? え? なにそれ先輩、ちょっと、腕を引っ張らないで!?」


 そして。

 非常事態に弱い晴花さんの腕を引っ張って。


「ほら、今日には東京に戻るんだから急いで荷物まとめろ! 時間がねえ! 今からおまえんチに行くぞ!」

「え? え? え? え? え? …………」


 永遠に続く「え」の音と共に。


 ……体育館から。


 …………出て行ってしまいました。




 いえ。


 そんな単純な話ではなく。




「ええええええええ!?」

「びっくりな展開なの!」

「ひょ、表彰式の写真は!?」

「そこなの? あまりのことに道久君の突っ込み力が空回りしてるの」

「いや、これって…………、ええええええ?」

「でも、就職が決まって良かったの」

「その解釈もおかしいでしょ!? だって、これ……」


 呆然自失。

 でも。

 穂咲の解釈が正しいのでしょうか。


「……雑誌のカメラマンですか。晴花さん、きっと天職だと思うのです」

「そうなの」

「でも、あの人の助手って。可哀そうじゃないですか?」

「そんなこと無いの。晴花さんが、一番晴花さんらしくいられる場所なの」


 ……え?

 なに言ってるの?


「金澤さんといる間、全然晴花さんらしくないじゃないですか」

「ううん? あれがきっと、ほんとの晴花さんなの」


 当然と言った表情で。

 自信満々に君は言いますが。


「……何を根拠に?」

「女のカンなの」



 ああ。

 なるほど。



 それなら。


 百パーセント正解なのです。



 それにしたって。

 今から東京に?


 いやはや。

 お別れの挨拶も無しで。


「……やっぱり、めちゃくちゃなのです」

「まあ、そこは同感なの」


 なんだか現実感の無いことを。

 目の当たりにしたまま惚けていたら。


 不穏な笑い声が。

 俺を現実へ呼び戻したのでした。


「何やってんの? 結果を聞くのが怖くて帰ろうとしてる?」


 そんな言葉をかけてくるのは、穂咲のおばさん。

 そして彼女の横に立つのは。


 審査員によるチェックの時点で大絶賛を浴びていた。

 どこの映画女優でも歯が立たないような美しさを湛えたダリアさん。


「サア、負けのレッテルを貼られに来るといい」


 女優さんや、歌手の方。

 その辺に疎い俺ですらお名前を知っているような方のスタイリングを担当なさっていたおばさんです。


 そんなおばさんが本気を出したヘアアレンジ。

 散々勉強した俺ですら見たこともないフォルム。

 難し過ぎてまったく理解できなかった技法。


 モデルであるダリアさんの美しさが。

 おばさんでなければ見出せない形で、そこに生まれているのです。



 でも。


 違う。



 俺は、違うと思うのです。



 だって。

 あなたは喜んでいない。

 あなたはダリアさんじゃない。



「では参りましょうか、よそのおばさん」

「む、なんたる暴言。……少年、後でホエヅラをかくといい」

「いえいえ、天狗の鼻が折れぬようお気を付けください」


 俺は、本人の想いが具現化されたヘアスタイルをしたモデルさんの手を引いて。

 表彰式の場へ向かいました。




 ――十八組の参加者。

 一番から順に、得点が発表されて行きます。


 大体六十点前後という評価。

 そんな中、十三番目の方が七十点台をたたき出し。

 歓声と盛大な拍手が起こります。


 でも。

 誰もが知っている。


 それらがただの、前座だということを。



 スタイリストの道を目指し。

 技術を磨いてきた皆さんにとって。


 まさに羨望という出来の、おばさんのヘアアレンジ。


 伝説のスタイリスト。

 その技術に対する評価は。


「十四番、藍川芳香さん。……九十三点!」


 体育館を埋め尽くす感嘆の声。

 当然とばかりに恭しくお辞儀をするスタイリストとそのモデル。


 でも。


「……こんなん、勝てっこないの」


 でも。


「だってダリアさん、別人みたいに変身してるの」


 でも。


「……あんま、ダリアさんっぽくないけど」


 そう。



 スタイリングというものは。

 別の自分をくれる魔法。


 シンデレラにかけられた夢のひと時。

 すべての女性の憧れ。


 ……でも。

 果たして、ダリアさんは変身を望んでいたのでしょうか。


 今の俺なら。

 ダリアさんが、自分も知らない自分でありながら。

 それでも最も望むダリアさんにしてあげることができる。


 まして。

 穂咲なら。


「十五番、秋山道久さん」


 俺は。

 完璧に。


「得点は……」




 穂咲が望む。


 穂咲にしてあげることができるんだ。




「……九十四点!」




 おばさん達が受けた、予定調和の様な歓声とは違って。

 熱狂的な叫び声がこだまする。


 客席のパイプ椅子をひっくり返して駆け付けたクラスメイト。

 みんなにもみくちゃにされている間も、歓声は鳴りやまない。


 今までのテンポより早回しで。

 残りの参加者の点数が発表されて行くと。


 おばさんとダリアさんが。

 手を差し出してくれました。


「……少年、おめでとう。敗北しておきながら清々しいココチだ」

「道久君、このまま結婚式場に行きましょ! 今すぐ!」


 ……もちろん。

 俺は一方とだけ握手して。


 もう片方の手をぺしっと叩いて。


 そして、会場中央に据えられた表彰台へと。

 穂咲の手を引きながら歩き出した、その一歩目が。



 ……ぴたりと停止したのです。



「そして最後の方。十八番、大江奈津美さん。九十五点! 優勝です!」



 え?



「「「えええええええええええええええええ!?」」」



 呆然とする俺の目に映るその姿。

 見紛うことなどありません。


「先輩じゃないですか!」


 この春、卒業されたばかりの。

 スタイリストの卵であるところの先輩なのです。



 …………そう言えば。

 この大会に出場されるとおしゃっていましたっけ。


「いやいやいやいや! あたしが認めた二人の天才に勝つつもりで、もう何日も、ほとんど寝ずに特訓し続けたのよね!」

「……はあ」

「しかもさ、あたしと同じ学校に通うことになる子が、参加したい気持ちを胸にしまってモデルになってくれて。彼女がこの会場で一番綺麗になるようにって……」


 夢中になって語りながら。

 ふらふらと、クマの出来た顔でその場に崩れ落ちた先輩を。


 モデルになられた方が。

 涙を流して支えたのでした。



 ……そのヘアアレンジは。

 この上なく優しさに満ち溢れていて。


 自分を殺してモデルになったほどの。

 その方の優しさがズシンと胸に突き刺さるほどに伝わってくる。


 実にシンプルで。

 派手さは無くて。

 そして、丁寧で。



 ……俺なんかより。


 何倍も、相手を想う気持ちに溢れていたのです。




 ――慢心していたおばさんも。

 努力が足りていなかった俺も。


 及ばなくて当然。


「……素敵なヘアアレンジなの」

「ほんとうですね」



 俺たちは、心から。

 優勝者へ拍手を贈ったのでした。


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