最終話 ハーデンベルギアのせい
~ 三月二十二日(金)
ハーデンベルギアの花言葉 思いやり ~
「二位に商品が無いってのも凄いよね」
「でもこれ、結構おいしいの」
参加賞のどら焼き。
おばさんの分は、ひかりちゃんにあげてしまったので。
藍川家のテーブルに並ぶ銅鑼は二つきり。
「しかし、ヤケ宴会ということで結局お寿司屋さんに行きましたけど」
回る方のお寿司で。
一万円分も、よく食べられましたね。
「またお金貯めなきゃなの」
そう言いながら。
どら焼きをちぎって口に放り込むこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪にもお疲れさま。
今日はありのまま、面白いほどあっちゃこっちゃに癖をつけっぱなしのまま。
食卓に置かれたハーデンベルギアの鉢をぼけっと眺めているのです。
さて、賞金に目をくらませて参加したコンテストの結果は。
出費が二万円。
収入は、二個のどら焼き。
一個一万円相当。
そう考えると。
やたら美味しそうに見えます。
「いえ、違いました。一万円したのはお寿司だったのでした」
「ダリアさんとママがたくさん食べ過ぎたせいなの」
「そうね。君は、たくさんは食べてないよね」
でも。
ウニ、ズワイガニ、大トロ、穴子、キンメダイ
お皿タワーは君のが一番豪華な色に塗られていたのです。
真っ白なお皿を四枚とラーメン。
俺も随分しっかり食べたつもりなのですが。
残りの三人が容赦なし。
思うがままにお皿を積み上げて。
周りのお客様の目が痛いこと痛いこと。
……まあ、あそこに母ちゃんが混ざっていたら。
もっと白い目で見られたことでしょうけど。
だってあの人のラーメンの丼。
父ちゃんのすしの皿より多く積みあがるのです。
俺も、参加賞を手に取って。
つつみを開いて一口かじると。
大人びた甘さに、ほんのりと舌に残る苦み。
まるで、昨日のコンテストそのものと言った味がしたのです。
――あの晩、晴花さんから俺と穂咲にメッセージがきて。
あれよあれよという間に東京で就職が決まったとのお話だったのですが。
店長、カンナさん。
俺たちを通して知り合った。
みんなによろしくと。
そんな言葉から始まったメッセージが。
長々と綴られていたのです。
でも、どうやら寂しさを感じるより。
目まぐるしい変化に追いつく方が大変なようで。
ありがとうや、ごめんねよりも。
楽しみという言葉の方が圧倒的に多くて。
そんなメッセージに。
俺は、心から喜びを感じたのでした。
だから、俺が最後に書いた一文は。
「いってらっしゃい」
返ってきた言葉は。
「行ってきます」
まるで、家族を送り出すような心地で。
暖かくお別れすることが出来ました。
「ママはね? ちょっぴり冷たいと思うの」
終業式を終えて。
戻ってきてから。
穂咲はずっと。
そんなことを言い続けます。
「晴花さんの件?」
「うん。携帯で話せるから寂しくないって。でも、そういうんじゃないの」
「君はずっとそればかりですね」
「だって……。道久君はどう思うの?」
真剣な口元にあんこをくっ付けて。
お茶をすすりながら穂咲が言います。
でも、俺はそれに答えることが出来ません。
だって。
俺たちだって、一年後には。
新しい世界へ旅立つわけですし。
「……そうだ。将来の夢、改めて考えないと」
もう時間はありません。
急いで考えて。
急いで進路について調べないと。
穂咲と違って。
進路の先の先まで考えていなかったので。
こんなことになったわけなのですが。
「じゃあ、美容師さんにならないって話はほんとだったの?」
「はい」
「ふーん。……じゃあ、なおさら昨日のコンテストは勝ちたかったの」
そうですね。
スタイリストのコンテストなんて。
今後はもう、縁も無くなることでしょうし。
のどかで、風もない春の午後。
学校が終わって。
二年生でも三年生でもない二週間の始まり。
頼りを失った凧のように。
ふらふら宙を揺れる心地で。
俯瞰で地面を見つめると。
小さな自分がそこに一人。
でも、ここ一ヶ月近く。
本気で頑張って来たのです。
そして。
あのおばさんを上回ったのです。
そこまでちっぽけに見えなくても。
もうちょっと大きく見えても。
それぐらいのサービスして欲しいところなのです。
「うう。あたしがもっと頑張ってれば優勝できたのかもなの」
「変なこと言い出しましたね。モデルがどう頑張れるというのです?」
「もっと、こう、髪をいい感じに生やしといたら……」
「そんな技があったら、父ちゃんは君を神と崇めて、泣いてすがることでしょう」
いえ、父ちゃんどころではなく。
穂咲をめぐって世界大戦が勃発します。
毛界大戦です。
しかし、やれやれ。
いつもながら、おかしなことばかり言いますね。
気にしてくれるのはありがたいのですが。
ほんとに不器用な子なのです。
でも君は。
人一倍、いつも誰かを思いやって。
自分が被る苦労を。
苦労とも思わず。
不器用に。
損な生き方をして。
……君のような子こそ。
美容師に向いていると。
全力を出し切って。
その本質の端の端を。
ちょっぴりだけ知った俺には。
そう感じるのです。
「道久君は、悔しくないの?」
……そうですね。
素直な気持ちになれば……。
「ダリアさんの髪形、やばくなかったですか? 一月ばかりの詰め込み知識とは言え、あんなの見たことばかりか想像さえしたこと無いのです」
「うん。やばかったの」
「そして先輩の作品です。俺がたどり着いた答えの、一歩上を行かれました。でも想いの強さで負けていたわけですし、その辺を正しく汲み取った審査員の皆様にも俺は拍手を送りたいのです」
「うん。ほんとなの」
正直に、夢中になって話す俺の持つどら焼きに。
穂咲が手を伸ばしてきたので。
半分に割ってそれを押しつけた俺は。
もう一度、お二人の素敵なヘアアレンジを思い出しながら。
「……よし。そのうち、あれに負けない感じに結ってあげるからな!」
そう、かたく誓いながら。
お茶を一口すすって。
すすって…………。
「ふぐっ……。う、うぅ…………」
ぽろぽろと。
とめどなく。
涙を流したのでした。
――そして、他人の胸の痛みを。
本人よりも良く分かるほど。
思いやりに満ちた幼馴染が。
さっき、体よく追い払われた手を。
再び伸ばして。
その、小さな手の平で。
俺の手を、優しく包んでくれたのでした。
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 19冊目📷
おしまい
……
…………
………………
「そんな傷心道久君を、あたしが旅行に連れて行ってあげるの。きっと、いい気晴らしになると思うの」
優しい言葉と優しい笑顔が。
二人して俺を誘ってくれるのですが。
あのね、穂咲。
優しく労わってくれてからの流れで。
そんなことを言われたら。
俺は、ドキドキしてしまうのです。
「……ドキドキですよ。人を勝手に旅行へ参加させといて、何をさせる気です? 行き先どころか日程もまだ聞いていないのですけど」
騙されません。
優しい言葉と優しい笑顔の裏に。
真っ黒な悪魔が潜んでいるのです。
「まさか、穂咲の旅費まで出せとか言い出すのではないでしょうね? 俺、ここのところバイトしてないからすっからかんですよ?」
自分一人分だって怪しいものです。
「ダイジョブ。まーくんが全部準備してくれるって」
「まーくんが?」
穂咲のおじさん。
大会社のお偉いさん、まーくん。
俺たちは、随分御厄介になっているのですが。
「……まあ、そういう事なら参加しますけど。とりあえず一週間くらいはバイトしてから出かけたいのですが。あと、行き先は?」
「そんな呑気なことでどうするの?」
「え? じゃあ、結構すぐ出るの? いつ? あと、ほんとどこに行くのです?」
「今から」
「はあ!? あと、再三聞きますけど! どこに行くの!?」
ぐずぐずするなと。
金澤さんのような真似をして。
俺の部屋に入るなり。
勝手にお泊りセットをまとめていく穂咲ですが。
「重いからペットボトルを何本も入れないで! そんなの現地で買えば……、ああ! タオルケットとかいらないから! 邪魔!」
ほんと!
どこに連れてかれるの!?
「よし! こんなもんなの!」
「どんなものだよ! 母ちゃんのせんべいもお徳用かんかんごと入ってますけど!」
一斗缶持って旅行に行く人いないでしょうが!
「ねえ! 何日行くの!? あと、どこに行くのかいい加減言いなさい!」
「春休みいっぱい」
「大旅行じゃないですか!? こんな荷物じゃ不安ですよ!」
「ばっちしだから安心するの。じゃあ三時にまーくんちに集合なの」
「ってことは車? いや、悩んでる場合じゃないか、もう十分くらいしかない!」
「じゃあ、あたしも荷物取って来るの」
「情報伏せるだけでホラーより怖い! 行き先を言えーーーーーっ!」
こうして俺は。
春休みいっぱい。
旅行に出かけることになったのでした。
…………どこへ!?
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 19.5冊目
2019年2月23日(土)予告編より開始!
…………ほんと。
どこへ行くの?
お楽しみに!
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 19冊目📷 如月 仁成 @hitomi_aki
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