オリヅルランのせい


 ~ 三月四日(月) 2=142 ~


 オリヅルランの花言葉 集う幸福



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その休憩室。

 連日の卒業制作でぐったりとしているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、おばさんの得意技、鉢植え形に結って。

 そこに葉っぱが賑やかなオリヅルランが植えられているのですが。


「さすがに今日はレジに入れませんね」

「お辞儀すると、落っこちちゃうの」


 とんだ技術の無駄遣い。

 そして。

 とんだ給料泥棒なのです。



 さて、期末試験が間近なので。

 本日はテスト前、最後のバイト。


 将来を見据えモードな俺としては。

 明日から勉強に集中したいところなのですが。


 意外なものが。

 ドアから転がり込んできたのです。


「道久君、道久君! やってみる? 賞金二十万円!」

「…………晴花はるかさんって、たまにあわてんぼさんですよね」


 ああそうよねなどと。

 ぐーでこつんとご自分の頭を叩く清楚系の美人さんはひいらぎ晴花さん。


 清楚な見た目に反して。

 ちょっとしたことですぐに慌てるお茶目な女性。


 今のお話も。

 主語が無いのでさっぱり分かりません。


「あのね? 春分の日に、駅前の広場でヘアアレンジ大会が行われるんだって!」

「ほう」

「参加資格はプロアマ問わず! 優勝賞金二十万円!」

「大金じゃないですか! こうしちゃいられない!」

「そうこなくっちゃ! はい! これが大会のチラシ!」

「ありがとうございます! はい、穂咲!」

「んじゃ、ママに渡しとくの」

「えええええええ!?」


 随分と興奮されていらっしゃった晴花さんですが。

 俺の反応を見て、がっくりと両肩を落としてしまいました。


「え? え? え? どうしてスルーパス!?」

「どうしてもなにも。百パー優勝できる人に渡すに決まってるじゃないですか」


 こんな田舎町に。

 スーパースタイリストだったおばさんに勝てる人なんかいるわけありません。


「……やだ、喜び勇んで参加するって言ってくれるかと思ったのに」

「参加しませんし。……どうして俺が参加するって思ったのですか?」

「だって、スタイリスト目指してるのよね、道久君」


 そりゃそうですけど。

 だからって、俺の様な馬の骨ではなく。

 サラブレッドに走っていただいた方が確実に勝てますし。


 そして呑気なテンポで、俺と同時に薄いお茶を口に含んだ穂咲が。

 チラシを見ながら、おばさんにメッセージを送ると。


「良かったの。これで専門学校のお金、ちょっとは助かるの」

「おばさん無理されてますもんね。神様っているものですね」


 良かったねえと同時に首を横に倒すと。

 ごきりと嫌な音を立てるほどの勢いで。

 晴花さんが、俺の首を強引に自分の方へ向けるのです。


「いだあああ! な、なにごと!?」

「こっちがなにごと~? よ! 道久君、そんなんじゃダメ。スタイリストになりたいのなら、もっと向上心が無いと蹴落とされちゃうわよ?」


 真剣な表情で。

 元、社会人の晴花さんが力説なさいます。


「でも、それとこれとは話が……」

「同じです! 目標あった方が伸びるわよ?」

「その前に首が伸びちゃいます。あと、参加するだけ無駄ですし。対抗馬がガチガチの大本命ですので」


 首の痛みのせいで、目に涙を浮かべながら正論をつぶやいたのですが。

 さらにもう一人、ドアから休憩室へ飛び込んできた子が。

 俺の背中をバシバシと叩きます。


「センパイ! そんなことでどうしますか!」

「いたた! 瑞希ちゃんまでなに!?」

「勝てるとか勝てないとかじゃないでしょ! 自分を磨く良い機会です!」

「ちょ、ちょっと瑞希……。秋山先輩がかわいそう……」


 後から部屋に入って来た葉月ちゃんに止められて。

 ようやく落ち着いてくれた瑞希ちゃん。


 なるほど、君に言われて気付きました。

 自分磨きですか。


 そう言えば。

 お花の勉強は分かりやすいのでよくやっていたのですけど。

 美容師的な勉強はしてこなかったのです。


 確かに勉強するいい機会なのかも。

 でも、期末テスト前ですし。


 ……どうしよう?


 未だ煮え切らない俺の様子に。

 どはあと溜息をついた瑞希ちゃん。


 ショートヘアをわしゃっと掻きながら。

 意外なことを言い出しました。


「センパイ! あたしも出場するので、かっこいいとこ見せてくださいよ!」

「とは言っても…………、え? なんで瑞希ちゃんが出るの?」

「あたしもともと諦めてますけど、生半可な気持ちで隠れミチヒタンやってるわけじゃないんですよ?」


 ん?


「…………何が言いたいのか分からない」


 俺は通訳さんの目を見つめると。

 小さく微笑んだ葉月ちゃんが。

 ちらりと親友の横顔を見ながら和訳してくれるには。


「ええと、瑞希ちゃん、スタイリスト目指しているんです」

「えええ!? そうなの?」


 初耳の驚きを顔で表現する俺の目の前。

 瑞希ちゃんは、葉月ちゃんの肩を叩くと。


「そして葉月はお花の勉強してます」


 後輩二人。

 ねーと顔を見合わせているのですが。


「…………まさか、俺の影響?」


 恐る恐る尋ねてみれば。

 予想に反して。

 こくりとはにかみ顔が頷くのです。



 ええと。

 ちょっと待ってね?



「いやいやいや。どうしてそんなことになってるの?」

「どうしてもなにも、もうすぐ二年生ですし。進路くらい決まってます」

「夏休み明けに、二人で進路の話をした時に、何となく……」


 これには俺ばかりでなく。

 晴花さんも穂咲も。

 少し驚いていたのですが。


 きっと、その辺りの事情も知っていたのでしょう。

 落ち着いた様子で、カンナさんが部屋へ入って来たのです。


「鈍い奴らだなあ。……まあ、そういう訳だから。お前も大会出ろよ?」

「何を勝手にそんな話になりますか」

「秋山、前を歩く者の義務ってもんに目ぇ向けな。それに、お前のためでもある。専門学校に入るのがゴールなわけじゃねえんだろ?」


 う。


 前に、先輩にも言われたっけ。

 職に就いた後の目標を思い描いていないといけないって。


 学校に入ることは、ただの入り口。

 そこで何を学び取るか。

 目標が先の先までできていないと。

 ただ学校に行くだけになってしまう。



 ……確かに。

 いい機会なのかも。



「そうですね。皆さんに素晴らしいことを教わった心地です。出てみようかな」


 俺の返事に。

 一同揃って拍手喝采。


 他人の事だというのに。

 自分の事のように考えてくれて。



 こんなに多くの人が集まってくれて。

 俺に幸せをくれたよう。

 何と恵まれているのでしょう。




 でもね。


 バイトと店員が。

 全部休憩室に集まったら。



「た、助けて! みんなどこに行ったんだい!?」



 ……集う幸福。

 ということは。


 集わなかった方は。

 不幸になるということですよね。


 俺は、人に恵まれたことに感謝しつつ。

 人に恵まれない方へ。

 救いの手を差し伸べるために走るのでした。


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