アンズのせい


 ~ 三月一日(金) 2=133 ~


 アンズの花言葉 疑い



 卒業制作を終えたと思ったら。

 早速、自分たち用のロケットを作り始めたこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、ローツインにして。

 耳の上にアンズのお花を一輪活けているのですが。


 そんな穂咲が立っているのは。

 我が家のキッチンだったりするのです。


「道久君。ニンジンの皮はピーラーでいいの」

「いいえ、そいつを使うと負けた気になるのです」

「……いつも使ってるのに?」

「ここのところ、将来を見据えモードだからでしょうか」

「なにそれ? 変な道久君なの」


 穂咲の家のキッチンなら。

 何度か体験しているシチュエーションなのですが。


 俺の家で並んで料理というのは珍しいですし。

 それに、もう一つ珍しいものが。

 すぐ後ろで、ノートパソコンをカタカタ鳴らしているのです。


「……父ちゃんのそれは、やりたい仕事なのですか?」

「ん? どういう意味だ?」


 先週、土日も出勤だったので。

 今日は代休とやらを貰ったくせに。


 結局朝から仕事に行って。

 珍しく早くに帰って来た父ちゃんが。


 俺の質問のせいで寄った眉根を。

 メガネ越しに押しているのです。



 ……おばさんが、母ちゃんと遊びに行ってしまったので。

 穂咲が我が家に来て、晩御飯をこさえてくれているのですけれど。


 なにやらご機嫌な様子で。

 わざわざダイニングでお仕事をしています。


「そろそろ進路とか考えないと、という時期なので質問してみました」

「ああなるほど。……俺の場合は、何となく、かな?」

「何となく?」

「そうだな。何となくコンピューター関連の仕事がしたくて大学の情報科へ進んで、研究室で今の会社を紹介されて……、今に至る」

「へえ……」


 何となく。

 でも、父ちゃんはコンピューターとか趣味にしてるくらいだし。


 その何となくというものが。

 あまり何となくとは感じません。


「ええと、好きな仕事だから徹夜ばっかりでも平気なのですよね?」

「ん? 何を言っとるんだお前は。仕事だからに決まっているだろう」

「……それでは、急にコンピューターと関係のない仕事になっても同じってこと?」

「当たり前だろう。現に、今はほれ」


 そう言いながらパソコンの画面を俺に向けると。

 そこには、パン屋のチラシのようなものが映っているのですが。


 え?

 これ、父ちゃんが書いてるの?


 あと、このパンダ。

 耳が三角で気持ち悪い。


「なにこれ」

「仕事だ」

「システムエンジニアってそんなこともするの!?」

「関係ないだろう。必要な仕事なんだから、誰かがやるんだよ」


 そう言ったきり、再びお仕事という名のお絵かきに戻ってしまったのですが。


 どうしましょう。

 参考にならないと言いますか。


 お仕事ってなんだろうと。

 今更ながらに考えさせられるのです。


「……道久君。ニンジン一本に何分かかってるの?」

「おっとと、今終わりました。次は?」

「ジャガイモ」

「へい」


 穂咲に渡されたジャガイモの皮を剥きながら。

 改めて考えます。


 バイト先で、例えばカンナさんのやっている仕事と言えば。


 ……経理、開発、宣伝、仕入れ、融資管理、総務。

 掃除、備品の交換、荷物運び、バイトの指導。


 つまりなんでもかんでも。

 全部ですよね?


 だというのに、職業はハンバーガー屋の店員とひとくくり。


 第三者が聞いたら、調理と接客しかしていないように感じます。


「今更気づきました。では、何を基準に仕事を選んだらいいのでしょう」

「道久君がジャガイモに語りだしたの。でも答えなんか出ないの。そいつが出せるのは芽だけなの」


 まあ、そうなのですけど。


「…………そして今更気付きました。ジャガイモの芽が出るへこんだとこって、どこまで削るのが正解なのです?」

「そこに答えなんか無いの。それが分かればノーベル文部科学賞ものなの」

「また随分変な賞を生み出しましたね」


 たまに真面目な事を考えると。

 こいつに邪魔をされるのですが。


 とは言え文句を言っても仕方ない。

 今は料理に集中しますか。


「……いつも、そうやってお前が手伝っているのか?」

「いえ、滅多に手伝わないのですが」

「なんだ? じゃあお前、毎日お昼を作ってもらってるだけなのか?」

「その代わりにいろいろ面倒見てますし」


 当然の権利、なんてこれっぽっちも思わないですけれど。

 一応、持ちつ持たれつと言えるだけの対価は提供できていると思いますが。


 父ちゃんは。

 納得がいかないようなのです。


「穂咲ちゃん、もっとこいつに命令しなさい。料理を手伝えとか」

「お料理はあたしが好きだからいいの」

「じゃあ、授業中に勉強を教えろとか」

「それは無理なの」

「ああ、こいつより成績が良かったんだよな……」

「ううん? そうじゃなくて。教えてもらおうにも、道久君はいっつも廊下で立ってるから」

「え?」


 ……おいおい、自分に都合よく言いなさんな。

 でもこれに言い訳するのも面倒ですし。

 男らしくない気がしますし。


「……道久」

「へい」

「本当か?」

「へい」

「じゃあ、廊下で立ってろ」

「家の廊下で!?」



 なんという事でしょう。

 まさか自分の家の廊下で立つ日が来ることになるなんて。


 ダイニングからは。

 美味しそうな香りと楽しそうな笑い声。


 対して俺は。

 わざわざ父ちゃんが持って来た水の入ったバケツを持って立っているとか。


 理不尽極まりない。

 でも学校と違って。

 この姿を見て笑う人がいないだけマシか。


 そう思っていたら。


 酔っぱらって帰ってきた母ちゃんに。

 廊下で転げまわりながら笑われました。


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