マドンナリリーのせい
~ 二月二十七日(水)
3=283 2=87 ~
マドンナリリーの花言葉
汚れない心
ここの所、卒業制作とやらのせいで。
学校にいる時ばかりか。
放課後もどこかへ消えてしまう
軽い色に染めたゆるふわロング髪を三つ編みにして、肩から垂らして。
耳の上に、マドンナリリーなど挿しています。
そんな、南国風お嬢さん。
俺の目の届かない所で。
妙なことをしていないかと。
普段なら、そう心配するところでしょうけれど。
今は別の意味で。
大変心配なのです。
「……くたびれた顔してますね。大丈夫ですか?」
「そうなの、へろへろなの。まるで寝てないの」
「夢中になり過ぎなのです」
まったく。
加減というものを知らないやつなのです。
授業中も、舟を漕いでいましたし。
そのせいで叱られて。
そのせいで俺が立たされて。
……おかしなとばっちりを食うので。
勘弁してほしいのですが。
「眠いせいで、変な夢が現実とごっちゃになってるの」
「変な夢?」
「今の授業中、道久君の代わりに、すごい人が隣の席にいたの」
凄い人?
「どなた?」
「浮世絵の石川五右衛門」
「それで授業中、がたって席を立ったのですね?」
それさえやらなければ。
俺が立たされることも無かったのですけど。
最近、担任の先生でもない人にも。
こうして君の罪が。
俺に擦り付けられるようになってきたので。
勘弁してくださいな。
「びっくりしたの、五右衛門」
「そりゃそうでしょう、五右衛門」
「でっけえかおでっけえかお」
「そういう技法なのですよ」
見得を切る穂咲ですが。
その姿勢のまま机に突っ伏すと。
あっという間にいびきをかき始めました。
……どうやらこいつ。
学校中から。
何かを集めて回っているようなのですが。
土日も、先生に車を出してもらって。
何かをやっていたようなのですけれど。
何か、何か、何か。
まるで分かりません。
一年も先の話だというのに。
君の卒業制作って。
何を作るおつもりなのですか?
でも、眠っているところ悪いのですけれど。
もうすぐ先生が来ちゃいます。
次は英語なので。
君が寝ていると。
確実に俺が立たされます。
穂咲の鼻を摘まむと。
ぐげっと音を立てた後。
よだれを拭きながら起き上がったのですが。
「このままじゃまずいの。眠気覚ましアイテム登場なの」
そして鞄を漁っていますけど。
そのアイテムとやらを見せてもらう前に。
担任の先生が到着です。
さて、集中集中。
将来を見据えモード、オン。
俺の真剣な表情に。
先生は怪訝な顔をしますが。
なんて失礼な。
ほら、とっとと授業を始めなさいよ。
そんなことを考えていたら。
がりっ
…………ええと。
一斉に、皆さんの視線が集まるのですけど。
もちろん俺じゃなくて。
震源地は穂咲なのです。
今の音。
飴を噛み砕きましたね?
まあ、確かに眠気覚ましにはいいと思いますけど。
悪気もないこととは思いますけれど。
授業中に飴を食べてたらアウトでしょうに。
がりっ
ああ、気になる。
でも、関わったら負け。
俺が相手にしないでいたら。
先生も、無視を決め込んだようで。
淡々と授業が進みます。
……でも。
そろそろ飴もとけてなくなっている頃合いですが。
そんな考えが頭をよぎると。
時を同じうして。
また、クラスの全員が。
教室の左前の方へ。
意識を持っていかれたのです。
ぎゅっぎゅっ……、きゅぽん!
おいおい。
がらがらがら
ちょっと。
ころん
俺の分はいりません。
机に、ちょくで置きなさんな。
がりっ
ごりっ
……やれやれ。
どなたも文句を言いませんが。
この一時間。
いちいち集中力を削がれることになりそうです。
ぎゅっぎゅっ……、きゅぽん!
もう、いいかげんになさい。
がらがらがら
ですから。
…………
あれ?
噛まないの?
すー、はー
すー、はー
「ハッカ!」
思わず突っ込んでしまいましたけど。
クラス中の皆に合わせて。
珍しく、先生も噴き出していたので。
お咎め無し。
ぎりぎり助かりましたけど。
勘弁してくださいよ。
だいたい君、それ苦手でしょうに。
なんでセレクトします?
そのうち穂咲は、鞄に手を突っ込んで。
ちり紙をだして。
ころん
「食べかけを押しつけなさんな!」
俺のセリフしかない喜劇のせいで。
ぶふっと噴き出したのを誤魔化して咳き込む皆さん。
ああもう。
とんだ笑いものなのです。
ぎゅっぎゅっ……、きゅぽん!
まだ食べるの!?
さすがに怒りますよ。
がらがらがら
あるいは、とっとと立たされると良いのです。
…………
あれ?
今度はどうなさいました?
「んぐっ!?」
「ちょおっ!」
飲み込んじゃったの!?
子供か!
にわかにざわつく教室の中。
俺が慌ててペットボトルを取り出して。
穂咲に水を飲ませると。
なんとか、飴は胃まで滑り落ちてくれたようです。
「人騒がせな!」
「痛いの」
「…………藍川、目が覚めたか? 覚めたのなら……」
先生は、廊下を指差したのですが。
飴を無理やり飲み込んだせいで。
涙目になった穂咲に見つめられると。
「うぐっ……」
先生の方は。
言葉を飲み込んでしまいました。
この涙。
飴を丸呑みしたせいとは分かっていても。
効果は抜群なようです。
……でも、このパターン。
放っておけば、いつも通り。
難癖をつけられて、俺が立たされてしまうのです。
だから俺は、先手を打って。
穂咲からカンカンの飴を取り上げると。
先生に一粒あげました。
がりっ
「……目、覚めましたか?」
「うむ」
「では、正しい裁定を」
「教師にワイロとは何事だ。貴様が立ってろ」
「酷い」
口を尖らせた俺を。
先生は見ようともせず。
なにやら難しい顔をし始めると。
すーはー
すーはー
「ん?」
そのうち先生は。
後ろを向いて。
ポケットから出したハンカチに。
飴を出してしまいました。
「……まさか。先生も苦手だったのですか?」
ありゃりゃ。
ワイロ、失敗でした。
「ハッカ飴では、甘い裁定は期待できませんね」
「うまいことを言っても無駄だ」
そして指をさされた方。
俺は素直に。
廊下へと向かうのでした。
ぎゅっぎゅっ……、きゅぽん!
がらがらがら
がりっ
「ハッカ!」
「やかましいぞ秋山!」
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