アスパラガスのせい


 ~ 三月十八日(月) 

 2=308 1=148 み=30% ~


 アスパラガスの花言葉 私が勝つ



「絶対勝つからね! どんな卑怯な手を使ってでも!」

「しまったのです。その手は気付かなかったのです」


 いたじゃないですか。

 誰もがかしずくプロポーション。

 どんなヘアスタイルにしたとしても。

 それが芸術に見えてしまうほどの美貌。


 そして何より。

 神々しいまでに光り輝くプラチナブロンド。


「ワタシがモデルとなる以上、勝利は確実」

「ふっふっふ、これぞ鬼に金棒!」

「ほんとです。アレンジ無しでも優勝するかもしれません」


 そんなロシア美人。

 いや、ミセスユニバース。

 おばさんのモデルとして名乗りを上げたのはダリアさん。


 そして、俺がダリアさんを褒めるたび。

 頬をつねる手を五度ずつ傾ける俺のモデルは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をおさげにして。

 結わえ目にアスパラガスのお花を活けています。


 敵に手の内を見せるわけにはいかないので。

 練習を終えると。

 すぐ地味な感じに戻したのですが。


 もともと観賞用だった。

 白く可愛いアスパラガスのお花だけは。

 気合を入れてぶすりと突き刺しました。



 ――またしばらくはこっちで暮らすからと。

 別荘へやって来たまーくん一家。


 モデルとして、ひかりちゃんを思いついておいて。

 ダリアさんを失念していたなんて。


「これは、すでに勝負にならないのです」

「そいつはブサイクで失礼したの」


 しまった。

 心の赴くまま呟いたら。

 さらに五度加算。


 そろそろほっぺが限界です。


 ……もともと無謀な勝負のところ。

 勝負を確定させてしまったかのようなモデルさんが。


 穂咲を真似て伸ばし始めたゆるふわウェーブをかきあげながら。


「……では、さっそく祝勝会」


 もう、勝った気満々で。

 出かける準備を始めました。


「高いお店には行かないでくださいね?」


 二人が本気を出したら。

 賞金の半分くらい飲み食いしそうですし。


 そう思って釘を刺したのですが。

 

「祝勝会、いいわね! じゃあ、お寿司行っちゃう?」


 ……言わんこっちゃない。


「せめて、白いお皿だけ取るようにしてくださいね?」

「安心なさい、お皿なんか一つで十分!」

「ゲタの形をしたお皿も却下です」


 そんなお店で食べちゃダメですって。

 断固阻止。


 ダリアさんの腕を引いて歩き出すおばさんの。

 逆の手を引っ張ってトライアングルフォーメーション。


 ということは。

 ダリアさんも止めて下さったのですね?


「……今日の私は、お口がトマトブリトー」

「え? お寿司行かないの?」

「そう。あるいはお口がタイカレーバーガー」


 大真面目に頷くダリアさん。

 お寿司、好きだとおっしゃっていたので。

 きっと大人な対応をしてくださったのでしょう。


 それにひきかえ。

 おばさんは、必死に説得を試みているのですが。


 良い頃合いで。

 ひかりちゃんのお腹がぐうと泣いたので。


 仕方ないかとつぶやきながら。

 リーズナブルな祝勝会場へ向かいました。



 でも。

 そんな会場は。


 いつもと違って、ちょっとした宴会場と化していたのです。


 だって。

 面白芸人さんが鉄板芸を披露中。


「柊、頼む! あのヤンキーっぽい店員さんの美脚を写真に撮らせてくれ!」

「あんまりしつこいと、化学兵器を投げつけて追い出しますよ?」

「怖えな。なんだよ化学兵器って」

「不浄を消し去る究極兵器。コードネーム『NaCl』」

「塩じゃねえか」


 いつだって、誰にだって優しい女性、晴花さん。

 そんな素敵な肩書を台無しにしている方は。

 金澤さんといいましたっけ。


 長髪から覗く痩せぎすの横顔は。

 見ようによっては健康的な日焼けによる浅黒さ。

 今日も探検家の様な服に。

 ボロボロのリュックを背負って。


 犯罪者の名をほしいままにしています。


 そんな金澤先輩の暴言に対して。

 カンナさんは、さぞ憤慨しているであろうと思っていたのですが。


「……ははあ。美脚という単語がお気に召したようですね?」


 晴花さんに対して。

 無茶な注文はともかく、お客様に対して失礼のないようにと注意して。


 スキップしながら厨房へ入っていくのでした。


「やれやれ。君以外にもいるものなのですね、スキップできない人」

「失礼なの。あたしもカンナさんも完璧なの。みんなが信じてるスキップの方が間違いなの」


 そんなやり取りをしながら。

 レジ前で頑張るお兄さんへ声をかけました。


「金澤先輩も、今のカンナさんのスキップこそ本物だと言いそうなのです」

「お!? 後輩クンじゃねエか! よく会うなあ!」

「僕もびっくりなのです。よくそんなにすぐお巡りさんが解放してくれますね?」

「言うねエ! やっぱお前、俺の助手やらね?」

「やりませんって。……そう言えば、お兄さんはプロのカメラマンなのですか?」


 俺はさりげなくお兄さんを誘導して。

 レジ前から少し遠ざけます。


 これじゃおばさん達がオーダーできない。


「いや、雑誌社の社員なんだが、自由にやらせてもらっててさ!」

「ウソよ。勝手過ぎてクビにならないのが不思議だって聞きましたけど。先輩、写真撮るばっかりで記事もまるで書けないらしいですね」

「どこで聞いて来るんだよそんな話。でも今回はちゃんとした取材だぜ? 片田舎だというのにこのクオリティーは何だ!? ヘアアレンジコンテスト!」

「え?」


 まさか。

 雑誌社から取材が来るほどの。

 大きなコンテストじゃないでしょうに?


 さすがに首をひねっていたら。

 晴花さんの突っ込みを聞いて。

 得心しました。


「……たまに実家へ顔を出す口実、でしょ?」

「するどいねエ、柊! 正解!」

「まったく……。コンテスト会場で滅茶苦茶しないように、私が見張ることにしますからね?」

「なんだよ邪魔すんじゃねえよ。……いや、待てよ? だったら昔みてえに勝負しようぜ!」


 そう言いながら。

 先輩がカメラを掲げると。


 晴花さんは、一瞬だけ口元をほころばせた後。


「しょ、しょうがないですね。受けて立ちましょう」


 無理やり笑顔を仏頂面の内側に押し込んで。

 素直に応じたのですが。


「ってわけで、さっきの店員さんの脚を撮らせろよ! ……いくら?」


 この発言に、再び優しくない晴花さんへ変身して。

 手で書いたメニューを金澤先輩の顔に押し付けます。


「…………なんだこりゃ?」

「ただいまより、当店ではそちらしかお出しできません!」

「寿司のネタばっかりじゃねえか! 俺が生魚食えねえの知ってんだろ!?」

「だったら出てけ!」


 そんな晴花さんの叫び声に合わせて。

 先輩はお店から出て行ったのです。


 ……もちろん自発的にではなく。

 いつものように。

 お巡りさんに引っ張られて。



 写真勝負はともかく。

 本日の勝者は、晴花さんだったのでした。



 でも、その表情は勝者のそれと違うよう。

 理由が二つ、思い当たります。


 きっと本当は、金澤先輩ともっと話していたいのですよね。


 そしてもう一つ。

 晴花さんの眉根を寄せてしまった珍事は……。

 

「え、ええと……」

「なに?」

「穂咲ちゃんお母様。カウンターの前に椅子を持って来てどうなさったのです?」


 聞かれたおばさんの手には。

 先ほどのメニュー表。


「中トロとエンガワとウニ。それとお茶ちょうだい」

「え? え? え? あ、それはですね!」

「じゃあ、ワタシはボタンエビとトロサーモン」

「え? え? え?」


 ああもう。

 分かってるのに悪ふざけして。


 晴花さんは緊急事態に弱いので。

 やめたげて。


「へい。あがりいっちょうなの」

「そして君も。こういう面白には無条件で乗っかるのやめなさいな」


 さらにひかりちゃんには。

 子供用の椅子をあてがっていますけど。


「ぴかりんちゃん、何のお寿司を握りやしょなの」


 そんなひかりちゃん。

 滅茶苦茶な大人たちに囲まれて。

 ちょっと首をひねると。


「…………ハンバーグのおすし」


 一人だけ。

 理にかなった注文をするのでした。

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