イベリスのせい
~ 三月十五日(金) ~
2=291 1=131 ~
イベリスの花言葉 心変わり
やっとテストは終わりましたが。
「困りました。ヘアアレンジコンテストのモデルさんが見つからないのです」
気分は晴れ晴れどころか。
暗雲立ち込めます。
結局昨日、バイト先のカンナさんにも断られ。
泣きの一手。
母ちゃんに頼もうと玄関を開けた途端、目に入ったのは。
笑ってしまうほど短く髪を刈った姿なのでした。
フランベにチャレンジしたら髪が燃えたとのお話でしたが。
大事故にならなくて良かったのです。
でも、その金の五分刈り。
まるでヤンキー。
似合うかい? ではないのです。
似合いすぎ。
面白すぎなのです。
さて、そんな珍事はさておき。
「困りました」
テスト明けで部活解禁になった運動部の方、手あたり次第。
校庭で声をかけて歩いたのですが。
マネージャーさんはおろか。
見学に来ていた、先日卒業されたばかりの先輩方まで含めて。
全ての方にふられる結果となったのです。
「…………もてな久君なの」
そんな俺に、根気よくくっ付いて。
一緒にお願いしてくれたのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は俺が練習として。
基本に忠実なポンパドールから。
お団子だけは凝ったつくりにして。
そのてっぺんに、イベリスを植えてみました。
まるで白い帽子をお団子にかぶせたような穂咲共々。
散々歩き回ってくたびれたので。
先日穂咲が感心していた、先輩による卒業制作。
レンガの花壇に腰かけます。
そのついでに。
何も植えられていない花壇の前にしゃがんでいた。
不思議な女子に声をかけました。
「すいません、急な話でびっくりするかもですけど。ヘアアレンジコンテストのモデルになっていただけないでしょうか?」
「ほうほう。てことは、後輩クンも出場するのよね? こりゃ強力なライバル出現だ~!」
「え? ……あ! 先日の、美容師の!」
「そうそう! いやあ、久しぶり!」
こちらの方。
先日、卒業式がらみで知り合った。
美容師の専門学校へ進学される先輩でした。
進路や将来について。
貴重なお話を下さって。
俺が最近、やる気モードになった原因の方なのです。
そんな方に。
厚くお礼を言わないと。
「……ぎり、不法侵入ですのでとっとと出て行ってください」
「冷たいのよね!? いいじゃん三月末までは!」
ムキになった先輩でしたが。
俺の横にボケっと座っていた穂咲に気づくと。
うぐっと言葉を飲み込みます。
ああ、そうでした。
誤解を解いておかないと。
「先輩、こいつのせいでスタイリストへの道を諦めたのですよね?」
「そうなんだけど……、今日は随分へたっくそなのよね」
今度は。
俺がうぐっ、です。
「え、ええとですね。腕がいいのはこいつではなく、こいつのお母さんなのです」
「ほえ?」
「昔、有名なスタイリストだった方でして……。この間はその事を話せずに申し訳ありません」
俺が頭を下げると。
ああそうだったのねと一つ手を叩いた先輩が。
だったら諦めずにスタイリストを目指してみようかななどと言いながら笑ってくださいました。
……話せてよかった。
先日は、穂咲が先輩の夢を諦めさせてしまった原因になったからと。
話すことをためらいましたけど。
そのことがずっと心残りだったので。
伝えることが出来て良かったのです。
「じゃあ、ひょっとして藍川ちゃんのお母さんも、ヘアアレンジコンテストに出場するの?」
「そうなのです」
「あちゃあ! こんな田舎のコンテストだから、楽に優勝できると思ってたんだけどな~!」
「何かすいません。……あと、穂咲の名前ご存知だったのですか?」
「そりゃあ我が校ナンバーワンの有名人を知らない人はいないでしょうよ!」
まあ、そうですよね。
普通いませんからね、頭にお花を活けて歩く人。
そんな奇特な人物が。
ひょっとしてなど前置いて。
先輩に質問するのです。
「あのね? 三年生の廊下に、沢山の人がヘアアレンジした写真があったの。その真ん中に映ってた人?」
「ああ、それやったのあたしよ! 卒業制作代わりにあんなことやってみたんだけど、藍川ちゃんのハニワロケットのインパクトには負けたわ!」
「そんなこと無いの。あたし、ママのアレンジより先輩のセンスの方が好きなの。それに、あの写真を見てロケットを思い付いたの」
そして穂咲は夢中になって。
一人一人との思い出を残したいという気持ちに溢れた先輩の卒業制作を。
これでもかと褒めたたえました。
すると先輩はくねくねと身をよじりながら。
もうやめてと強引に話を止めたのです。
「いやあ! そこまで褒められると照れちゃうのよね! でも、どうせ作るなら形に残るものにすりゃよかった! そう思いながらこの花壇見てたのよね」
「ああ、なるほど。それでここにしゃがんでいらしたのですか」
こちらの花壇。
土に埋もれたプレートに。
微かに卒業制作と書かれていたのです。
「何年前に、どんな想いでこいつが作られたんだろうなって思ってさ!」
「どんな想いかはともかく。プレートを見れば何年前の品か分かるのでは?」
俺が言うが早いか。
先輩は、プレートに指をかけて。
「んどっこしょー!」
なんと。
プレートを引き抜いてしまったのですが。
「…………あれ?」
根っこになっていた棒に。
土の塊がこびりついたプレート。
それを見たまま。
先輩は固まってしまいました。
「どうなさいました?」
「あ、うん! 偶然ね、偶然!」
「はあ。何がです?」
「この花壇の作者、藍川さんだってさ!」
…………まさか。
「それ、パパかもなの。ここの卒業生だし」
「え? ほんと?」
「お花好きがゆえに、お花屋さんになったくらいの方ですので」
「へええええ! じゃあ、今夜はこの話題で盛り上がれるわね! ……って、全然別人じゃ~んって落ちだったりして!」
「ううん? それはそれで盛り上がるの。今から楽しみ」
事情を知らない先輩に気をつかったわけでもなく。
穂咲は本当に楽しみといった様子で。
先輩とハイタッチなどして喜んでいます。
…………穂咲らしい。
そして。
おじさんらしい。
穂咲は、未来に向けて飛び立つ燃料となるように。
そして、迷子にならないよう、仲間と手を繋いでいることができるようにと。
そんな思いでロケットを作ったと話していましたが。
おじさんは、そんな複雑なことを考えていなかったのでしょうね。
シンプルに。
ずっと、ずーっと。
みんながお花を楽しむことができるように。
どちらが上ということもなく。
どちらが正しいということもなく。
ただ、どちらもあたたかくて。
どちらも、とっても優しくて。
「俺も、自分の思い出としてずっと心に残るような卒業制作を作りましょう」
思わずつぶやいた俺の言葉に。
二人は優しく微笑んでくれました。
……いえ。
もうお一人。
笑顔で頷いて下さった方がいらっしゃるように感じました。
「そんな思い出の一つになればよかったのですが……、まあ、今回のコンテストは諦めましょう」
みんなと違って。
特に誇れるものもない俺が。
初めて挑んでみようと思ったコンテスト。
これだけ連日頑張ってきて。
心残りが無いと言えばうそになりますが。
でも、タイミングが悪かったのです。
もっと俺らしいもので頑張りましょう。
そう自分に言い聞かせて、ようやく笑顔を取り戻すと。
……ふうとひとつ、息をついた穂咲が。
少しだけ寂しそうな表情で言いました。
「気が変わったの。……あたしが道久君のモデルやったげるの」
「え? ……だって、おばさんは? 学校の費用は!?」
「なんとかなるの。……じゃあ、帰ってママに報告するの」
そしてくるりと校門へ振り返り。
ここの所の、のたのたとした足取りではなく。
どこか楽し気で。
気分次第で右へ左へ寄っていく。
いつもの穂咲で、家路につくのでした。
……ありがとう。
君の想いを無駄にしないよう。
そして、俺が楽しむことができるよう。
頑張ります。
………………
…………
……
「それよりも、です。君が持っているものは何?」
「ハニワにして、ロケットに入れようと思って。ハニー、いんざハニーワ」
変なことを言い出した穂咲が手にしたもの。
よくよく見てみれば。
…………どう見てもレンガ。
俺はおじさんの代わりに穂咲を叱りつけて。
ビービー泣いて抵抗する子供から取り上げたおもちゃを。
元通りにするために引き返したのでした。
おかげで左官の技術を。
嫌という程先生に叩き込まれることになりました。
……ほんとうにイヤでした。
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