チューリップのせい
~ 三月十四日(木) ~
2=290 1=131 ~
チューリップの花言葉 思いやり
本日もテスト後。
モデル探しに協力してくれるこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、コンテストに向けて気合いの入ったおばさんの練習とのことで。
丁寧な編み込みからの、芸術的なお団子は。
はみ出した遊び髪すら計算された芸術品。
心が折れそうにならずに済んでいるのは。
そこに、バカみたいにチューリップが一本挿さっているおかげなのです。
「どうしてもだめなの?」
「ほんっとごめんなさい、藍川センパイ!」
「ごめんなさい……」
「ごめんなさいしてます~♪」
「御成敗式目~♪」
「謝られても困るのですが、謝られている気がしません」
本日は試験終了と共に。
一年生の教室へ来てみましたが。
頼みのコンビも。
のっぴきならない用事があるとのことで。
ヘアアレンジコンテストのモデルを。
断られてしまいました。
恐縮してぺこぺこと謝るお二人を。
笑顔で見送った後。
穂咲は。
ぽろぽろと泣いてしまいました。
……二人に謝られても困りますし。
君に泣かれたりしたら。
もっと困るのですが。
「もう、勉強の時間も無くなっちゃいます。お昼を食べて帰りましょう」
「そうなのだよロード君……。ちゃちゃっと実験開始なのだよ……」
しょんぼりとした教授が。
教室へ向かいながら、俺から受け取ったYシャツを羽織ります。
……そんなにへこまれると。
俺の方が申し訳なくなるのです。
「道久君、毎日ほんとに頑張ってるのに……」
「いえ、もはや君の方が頑張ってくれているのです。廊下に貼ってくれたポスター、ありがとうございます」
もっとも。
目的も何も書いてなくて。
モデル募集とだけ書かれていては。
怪しさ100%なのです。
そりゃあ職員室に呼び出されますよ。
あと、書いた人の名前が書いてないから。
俺だけ呼び出されてお説教だったのですが。
「やれやれ。部活見学の時に顔なじみになった皆さんにも軒並み断られてしまいましたし。いよいよカンナさんが頼りです。……メッセージ送っておこうかな」
「お役に立てず申し訳ないのだよロード君」
……教授は、いつものテンションに戻ることが叶わないらしく。
しょんぼりしながら、鞄からタッパーを取り出します。
クラスには、何人か残っていて。
明日に備えて勉強をしているようなのですが。
教授の様子を見て。
すこし胸を痛めている様子。
だから、有難くも。
優しい言葉をかけてくださいます。
「……藍川。コンテスト、手伝おうか?」
「モデルになってあげようか?」
でも、よりによって。
男子しか残っていないとか。
俺は、モデルが女子のみという旨を説明して。
お礼と共に、お断りさせていただきました。
「やれやれなのです。とことんついていないと言うか……」
「そんなこと言っちゃ失礼なのだよロード君。あるいは、江藤君なら女装も行けそうな気が……」
「君の方が失礼です、教授」
何てこと言うのです。
あと、江藤君。
ちょっと悩んでから、おもむろに頷いて。
覚悟を決めた表情で席を立たないでくれる?
無理ですから。
……さて。
教授は料理をすれば元気になると思っていたのですが。
さすがに俺とおばさんとに毎晩髪をいじられながらテスト勉強をして。
さらにはモデル探しに奔走してくれているせいで。
連日、珍しく。
簡単な料理になっているので。
元気回復の効果が低いのです。
「……本日の実験は、ソーダガツオなのだよロード君」
「へえ、お刺身ですか。美味しそうで……す?」
ええと、教授。
しょんぼりモードだからと言って。
騙されたりはしないのです。
「教授。俺の目には、タッパーに、いらん水分と気泡が見えるのですが」
「だから言っているではないかロード君。本日の実験は、ソー」
「却下です」
皆まで言わせてなるものか。
こいつ。
炭酸ジュースに浸しやがりました。
ぷつぷつと泡を立てるタッパーから。
カツオの刺身を取り出して。
あっという間に刻んだツマと大葉。
そこにすりおろしたショウガを添えて。
……いやいやいや。
なんだかちょっぴりタタキチックになったカツオを目の前に置かれましても。
「教授。いくらなんでも」
「みなまで言わなくても分かっているのだよ。こいつをどーん」
いえいえ。
キクを乗せられましても。
あと。
そんなしょんぼりテンションで無謀なチャレンジをされましても。
「そうじゃなくてですね、あの……」
「もちろん分かっているのだよ。さらにいつものをどーん」
ああ。
熱々の目玉焼きが乗ってしまいました。
本日は久しぶりに。
食欲がなくなったどころか。
マイナス方向なのです。
……でも。
さんざん俺の心配をしてくれた後ですし。
有難くいただきましょう。
俺は黄身と絡めたカツオの炭酸ジュース漬けに。
ショウガを乗せて口へ放り込むと。
予想通り。
舌が無意識に押し返そうとするような味覚に襲われました。
「……美味しい」
無理やりです。
辛うじて感謝の言葉を絞り出します。
すると。
強引な笑顔を辛うじて作る俺に。
教授は。
不器用なほほえみを返してくれたのでした。
ありがとうという気持ちが。
そして君の笑顔が。
やっぱり。
最高の調味料。
だから今度は、自然に湧き出た笑顔で。
ふた切れ目のお刺身を口へ放り込みました。
「……これが美味しいとか。味覚がどうかしているのではないのかねロード君」
「台無しなのです、教授」
そして。
ふた切れ目は噛まずに口からお外へ放流されました。
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