第一章 黄巾の乱
蒼天すでに死す
『あぁ? 実家に帰るだぁ!? レタスの収穫? なめとんのかボケェッ!!』
上司の怒声が職場に響き渡る。
あとで事情を聞いたところによると、その年は記録的な冷害で全国的な凶作となり、葉物野菜、とくにレタスの価格が高騰した。
そんななか、とある社員の実家近辺の地方では例年通りレタスが育つ。
一時的なレタスバブルとったため、その社員は実家に呼び戻され、収穫を手伝わされたのだとか。
結局そのシーズンの利益だけで、数年分の給料を稼ぐことになった
「また、今年も凶作か……」
暗い表情の劉備が呟く。
あれからさらに数年が経った。
毎年のように凶作の報が舞い込でくる。
でも、狭い日本ですら、全国的な凶作となっても、地方によってはそうでもないところがあったのだ。
この広い中華全土が、凶作に陥るなんてことはあり得ない。
さっきだって“今年も”と劉備は言ったが、凶作に陥った地域は、去年とは異なる場所だ。
だが、どうしても悪いニュースのほうが印象に残りやすく、人々の口の端にのぼるので、まるですべての人々が飢饉に喘いでいるような錯覚に陥ってしまう。
とはいえ、飢えに苦しんでいる人が多いのもまた、事実だ。
「漢朝はもう、長くないのかもしれない」
そして、そんな人たちがあげる怨嗟の声は、漢朝、すなわち漢帝国を揺るがそうとしていた。
事実、国がしっかりと機能していれば、どこかで余っている食料を流通させるなどして、多くの人を救うことはできたはずだ。
だが役人の不正が横行し、国が国としてまともに機能していないせいで、救われるべき命の多くが救われずにいた。
結局、漢朝が取った施策は、すべてを天命のせいにして、縁起の悪さを払拭するために改元をおこない、元号を
それからさらに数年が経ったが、改元したところで、事態の悪化をとめられるわけもない。
「
「例の言葉?」
「
「あー」
それは俺がこちらに来たばかりのころ、いまがどのあたりの時代かを確認するため、劉備に教えた言葉だった。
「あの言葉が、
「そ、そうか」
ちょっとした予言みたいになってしまったけど、いまほどじゃないにせよ、当時からこの国は乱れていたし、俺以外のだれかが言ってもおかしくはないよな、うん。
「最近では、それに続く言葉も叫ばれていると聞くぞ」
関羽はそう言うと、落ちていた木の枝を拾って地面に文字を書き始めた。
蒼天已死――
黃天當立――
歲在甲子――
天下大吉――天下大吉ならん――
「
そうか、ついに始まってしまったか。
「“蒼天すでに死す”ってのは、前にちらっと兄貴から聞いたけど、漢朝ももう終わりってことだよな? じゃあ“黄天まさに立つべし”ってのはどういう意味なんだ?」
張飛はそう言って、劉備、関羽、そして俺をチラチラと見た。
それを受けて、関羽がふたたび口を開く。
「太平道という集団にとって、黄色とは象徴の色であるらしい。つまり黄天とは、太平道そのものか、自分たちがもたらす世の中を指すのだろうな」
太平道の連中は、シンボルカラーの黄色い布を頭に巻いていることから、
「なるほど、自分たちの時代が来たぞって言いてぇのか。歳は甲子に……ああ、今年の干支が
これはあとで知ったんだが、中華には徳を失った天子に変わって新たな徳を持った者に天命が下り、新しい王朝が誕生する、という考えがある。
これを
太平道の連中は、もしかしたら何年も前から準備を進めていて、今年に蜂起を合わせたのかもしれないな。
この時代の人にとって、縁起って重要だから。
しかし張飛のやつ、意外と学があるな。
「晴れて黄巾が天下を覆えば、みんな幸せと言いたいわけだな、彼らは」
劉備は地面に書かれた文字を足で払って消しながら、そう言った。
「で、玄徳。お前さんはこれからどうするんだ?」
こいつは普段、王朝や皇帝の批判をよく口にしている。
太平道の尻馬にのって漢朝を打倒するといいだしても、不思議じゃない。
「私は、傍流とはいえ漢朝の末裔だよ? 王朝の危機を座して見逃すわけにはいかない」
と、カッコいいことを言ってはいるが、ようは自分が乗っ取るまで漢帝国に滅んでもらっちゃあ困るってことだろうな。
「各地で
西暦184年、『黄巾の乱』勃発。
なんとなく覚えていた年表のおかげで、ようやく元号と西暦を照らし合わせることができるようになったのはありがたい。
そしてついに、劉備は公式デビュー戦を迎えることになった。
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