ふたりの大物
「なんだ
本初? 本初っていったよな、いま!?
つまり、このイケメン
やべーぜこりゃあ……いきなり主役級が出てきたぜ、おい!
がんばって都に来た甲斐があるってもんだよ!!!
「なんでぇ先生、さっきからニヤニヤしてよぉ」
張飛が耳元で囁く。
おおっと、つい興奮しちまったな。
ここはひとつ、俺もアシストしとこうか。
「失礼ながら、
「そうだが、なにか?」
「おお! さすが
言葉の意味はよくわらんが、シセーサンコーって言ったら袁紹は気分がよくなるって、マンガで読んだよ。
代々偉い人を輩出したって感じのだったかな?
「はっはっは、それはどうも」
そう言って袁紹は得意げに鼻を鳴らした。
チョロい。
「まぁ、私ほどにもなれば、人の本質を見る目もそれなりにあるものでな。そういう意味では……王さん、でしたかな? あなたもひとかどの人物なのでしょう」
「おい、本初!」
「まぁまぁ孟徳、落ち着け。見てわからんか? その剣も立派だが、この方も見るからに高貴な容姿ではないか。服装は乱れているが、それで私の目はごまかせんよ」
よしよし、袁紹のやつがいい感じに動き始めたぞ。
「なんの、私などただの田舎者でございますよ」
「そうだな。身分の不確かな田舎者だ。よって、早々に立ち去るがいい」
「だから孟徳、待てと言っている」
袁紹の
いいぞ袁紹ー! もっとやれー!
なんて思ってたら、突然劉備が頭を下げた。
「これは……どうやら私のわがままのせいで、おふたりの友情に亀裂が入りそうですね。名残惜しくはありますが、今回は諦めて帰ることにしましょう」
劉備はそう言うと頭を上げ、例のアルカイックスマイルを浮かべた。
曹操はあいかわらず眉をひそめているが、袁紹は目を見開いて、どこかぼうっとしている。
「待ちたまえ!」
踵を返して去ろうとする俺たちを、袁紹が呼び止める。
袁紹に背を向ける劉備の口元が、ニヤリと歪んだが、振り向くころには穏やかな表情に変わっていた。
「なんでしょう?」
「私が保証しよう」
「本初! お前なにを言っている?」
「お前こそさっきからなんだ! 鬼か!?」
袁紹が詰め寄り、曹操がわずかに怯む。
眉根を寄せる顔もまたイケてるな。
「洛陽住まいのお前にはわからんかもしれんが、旅とは過酷なのだ!
青洲から来たってのは嘘なんだけど、
ほんと、かなりしんどかったよ。
「それほど遠くからはるばる都を見物に来られたのだぞ? 1日くらい滞在させてやってもいいではないか!!」
「知るか。俺は法に則って判断しているのだ。たとえどれほど高貴な出だろうが、身分の不確かな者を都に入れるわけにはいかん」
「だからその身分を私が、この袁本初が保証してやろうといっているのだ」
その言葉のあと、曹操の顔から一切の感情が消えた。
あたりの気温が2~3℃下がったように感じられる。
その場にいる全員が息を呑み、友人である袁紹でさえ、一時目を逸らしたが、すぐに向き直った。
「本気か、本初?」
「お、おう、本気だとも」
「お前が身分を保証するということは、その
「くだらん! そんなことになどなるものか!」
「こいつは善人のふりをした賊徒で、都の住人を手にかけるかもしれんのだぞ?」
曹操、ビンゴ!
「そのときは私の首でもなんでも、好きに持っていくがいい」
「言っておくが、たとえお前が相手でも手心は加えんぞ」
「ふん……
しばらく無言で見合っていたふたりだったが、ほどなく曹操が肩を落とした。
「……ふぅ。いいだろう。お前がそこまで言うなら、通してやる」
「ありがたいお話ではありますが……袁どのにご迷惑をかけるわけには――」
「いいのだいいのだ! せっかくはるばる青洲より来られたのだ。都を満喫していってくだされ」
「おお、なんとお礼を申し上げてよいか……。これで郷里の者に土産話ができるというものです」
大仰に頭を下げる劉備を、曹操は冷めた様子で一瞥した。
「では明日の日没までにここを出るように」
「おいおいケチくさいことをいうなよ孟徳。この洛陽は1日で見て回れるほどせまくはないぞ?」
「いえ、1日だけでも都を見られるだけありがたいのです。これ以上無理を言うわけには……」
「なんの、十日でもひと月でも、ゆるりと滞在なさるがいい。なにか困ったことがあれば、この袁本初を頼りなさい。はっはっは!」
袁紹は気前よくそう言うと、高笑いを残して消えていった。
「俺は友人を裁きたくはない。下手なことはするな」
「はい、わかっております。お手数をおかけしました、部尉どの」
深々と頭を下げた劉備は、珍しく冷や汗をかいているようだった。
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