ふたりの大物

 青洲せいしゅうから来たおう子伯しはくという偽名を名乗る劉備と、イケメン門番で押し問答をしているところに、別の男が割り込んできたんだが……、こいつイケメンのことをなんて呼んだ?

 孟徳もうとくって、言ってなかった!?


「なんだ本初ほんしょ、また暇つぶしに来たのか?」


 本初? 本初っていったよな、いま!?

 つまり、このイケメン部尉ぶい曹操そうそうで、もうひとりは袁紹えんしょうってことか!!

 やべーぜこりゃあ……いきなり主役級が出てきたぜ、おい!

 がんばって都に来た甲斐があるってもんだよ!!!


「なんでぇ先生、さっきからニヤニヤしてよぉ」


 張飛が耳元で囁く。

 おおっと、つい興奮しちまったな。

 ここはひとつ、俺もアシストしとこうか。


「失礼ながら、えん本初ほんしょさまとお見受けしますが?」

「そうだが、なにか?」

「おお! さすが四世三公しせいさんこうと名高い名家の方ですね! ひと目でとうとい方だとわかりましたよ!!」


 言葉の意味はよくわらんが、シセーサンコーって言ったら袁紹は気分がよくなるって、マンガで読んだよ。

 代々偉い人を輩出したって感じのだったかな?


「はっはっは、それはどうも」


 そう言って袁紹は得意げに鼻を鳴らした。

 チョロい。


「まぁ、私ほどにもなれば、人の本質を見る目もそれなりにあるものでな。そういう意味では……王さん、でしたかな? あなたもひとかどの人物なのでしょう」

「おい、本初!」

「まぁまぁ孟徳、落ち着け。見てわからんか? その剣も立派だが、この方も見るからに高貴な容姿ではないか。服装は乱れているが、それで私の目はごまかせんよ」


 よしよし、袁紹のやつがいい感じに動き始めたぞ。


「なんの、私などただの田舎者でございますよ」

「そうだな。身分の不確かな田舎者だ。よって、早々に立ち去るがいい」

「だから孟徳、待てと言っている」


 袁紹の横槍よこやりに、曹操が眉をひそめる。

 いいぞ袁紹ー! もっとやれー!

 なんて思ってたら、突然劉備が頭を下げた。


「これは……どうやら私のわがままのせいで、おふたりの友情に亀裂が入りそうですね。名残惜しくはありますが、今回は諦めて帰ることにしましょう」


 劉備はそう言うと頭を上げ、例のアルカイックスマイルを浮かべた。

 曹操はあいかわらず眉をひそめているが、袁紹は目を見開いて、どこかぼうっとしている。


「待ちたまえ!」


 踵を返して去ろうとする俺たちを、袁紹が呼び止める。

 袁紹に背を向ける劉備の口元が、ニヤリと歪んだが、振り向くころには穏やかな表情に変わっていた。


「なんでしょう?」

「私が保証しよう」

「本初! お前なにを言っている?」

「お前こそさっきからなんだ! 鬼か!?」


 袁紹が詰め寄り、曹操がわずかに怯む。

 眉根を寄せる顔もまたイケてるな。


「洛陽住まいのお前にはわからんかもしれんが、旅とは過酷なのだ! 豫州よしゅうと都とを行き来するだけでもかなりの労苦なのに、青洲はさらに遠い!」


 青洲から来たってのは嘘なんだけど、幽州ゆうしゅうからの距離を考えるとそんなにかわらんのだよね。

 ほんと、かなりしんどかったよ。


「それほど遠くからはるばる都を見物に来られたのだぞ? 1日くらい滞在させてやってもいいではないか!!」

「知るか。俺は法に則って判断しているのだ。たとえどれほど高貴な出だろうが、身分の不確かな者を都に入れるわけにはいかん」

「だからその身分を私が、この袁本初が保証してやろうといっているのだ」


 その言葉のあと、曹操の顔から一切の感情が消えた。

 あたりの気温が2~3℃下がったように感じられる。

 その場にいる全員が息を呑み、友人である袁紹でさえ、一時目を逸らしたが、すぐに向き直った。


「本気か、本初?」

「お、おう、本気だとも」

「お前が身分を保証するということは、そのおうなにがしが都で法を犯せば、お前も罪に問われるということだぞ?」

「くだらん! そんなことになどなるものか!」

「こいつは善人のふりをした賊徒で、都の住人を手にかけるかもしれんのだぞ?」


 曹操、ビンゴ!


「そのときは私の首でもなんでも、好きに持っていくがいい」

「言っておくが、たとえお前が相手でも手心は加えんぞ」

「ふん……蹇碩けんせきがらみの話、知らぬわけじゃない」


 しばらく無言で見合っていたふたりだったが、ほどなく曹操が肩を落とした。


「……ふぅ。いいだろう。お前がそこまで言うなら、通してやる」

「ありがたいお話ではありますが……袁どのにご迷惑をかけるわけには――」

「いいのだいいのだ! せっかくはるばる青洲より来られたのだ。都を満喫していってくだされ」

「おお、なんとお礼を申し上げてよいか……。これで郷里の者に土産話ができるというものです」


 大仰に頭を下げる劉備を、曹操は冷めた様子で一瞥した。


「では明日の日没までにここを出るように」

「おいおいケチくさいことをいうなよ孟徳。この洛陽は1日で見て回れるほどせまくはないぞ?」

「いえ、1日だけでも都を見られるだけありがたいのです。これ以上無理を言うわけには……」

「なんの、十日でもひと月でも、ゆるりと滞在なさるがいい。なにか困ったことがあれば、この袁本初を頼りなさい。はっはっは!」


 袁紹は気前よくそう言うと、高笑いを残して消えていった。


「俺は友人を裁きたくはない。下手なことはするな」

「はい、わかっております。お手数をおかけしました、部尉どの」


 深々と頭を下げた劉備は、珍しく冷や汗をかいているようだった。

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