決行

 洛陽らくように入った俺たちは、さっそく宿に入って旅装をといた。

 かなりいい宿なんだが、なんと袁紹が用意してくれたのだ。

 しかも料金まで彼が持ってくれるという。


「なにからなにまでお世話になります」

「なに、気にすることはない。言ってみればあなたは私の食客しょっかくのようなものだ。お金のことは私に任せて、存分に洛陽を堪能するといい」


 食客、というのは中華に昔からある概念で、大雑把にいうと居候かな。

 大の大人に仕事も与えず、ただ養う。

 そういう習慣が、中華にはあった。

 食客を何人囲っているだとか、どんな人物がいるだとか、そういうのが権力者のステータスになるのだ。

 無駄飯食らいが多いのだが、中には歴史に名を残すような大人物が出たりするので、いまでいうガチャみたいな感覚かもしれないな。

 こういう習慣があるので、有力者から援助を受けることに、感謝はあれど遠慮はない、というのがこの中華の常識だ。

 なので、劉備も袁紹の申し出を、遠慮なく受けたわけだが、彼が特別図々しいわけじゃない。


 本来なら1日でことを終える予定だったが、袁紹のおかげでゆっくり休息が取れた。

 体調管理も含め、ゆっくりと準備ができるのはありがたい。

 俺は3日ほど宿にこもって筋肉痛と戦っていたが、劉備と張飛はちょくちょく出かけていた。


「さて、今夜あたり決行しようと思う」


 結局俺は洛陽を満喫することなく、ただ宿で寝込んでいただけなんだけど、曹操と袁紹でお腹いっぱいだから別にいいや。

 ちなみに、劉備と張飛は逃走経路なんかを頭にたたき込んでいたんだろう。

 場合によってはあの曹操が見張る北門を、夜中に抜け出す必要があるからな。

 見つかったら打ち殺されちまう。


 その夜。

 灯りが落ち、ほとんど真っ暗になった洛陽の街なかを、俺たちは早足で進んだ。

 街灯などはもちろんなく、ところどころ建物から漏れる灯りと、星明かりだけが頼りだ。

 俺たちはそれぞれ、習の旦那の協力者から武器を受け取っていた。

 劉備は剣、張飛は鉄の棒、そして俺は護身用の短剣だ。

 ほどなく、俺たちは目当ての場所にたどり着いた。

 相手はとうなんとかいう役人で、洛陽では中の上くらいの地位にいる。

 そこそこの地位ではあるが、いなくなっても大して問題にならないという程度の役人だ。

 高級役人と言うほどではないにせよ、洛陽に赴任しているってことで、地方からは手が出しづらい相手であることに違いはない。


「手はずどおりに」


 囁く劉備の声に、俺と張飛が無言で頷く。

 侵入経路は、旦那が協力者経由で用意してくれていた。

 給料だけでは到底維持できないだろう、そこそこ立派な邸宅は、周りをぐるりと板塀いたべいに囲われていて、その一部が、簡単に外れるようになっていた。


「よいせ、っと」


 張飛が板を外し、俺と劉備が先に入る。

 最後に入った張飛は、内側から板をはめ直した。

 庭を抜けて邸宅へ。

 楼桑村に比べて随分暖かい洛陽だが、夜になると風が冷たく、俺は小走りに駆けながら、いちどぶるりと身体を震わせた。


「少し早かったか……?」


 劉備が独り言のように小さく呟く。

 邸内から灯りが漏れているので、標的はまだ起きているみたいだ。

 寝てりゃあ楽だったんだが……。


「おかしい……」


 劉備がさらに呟く。

 思っていたより遅い時間まで標的が起きていることもだが、これまで人の姿が見えなかったことに違和感が亜あった。

 これだけの邸宅なので、警備のひとりやふたりいてもおかしくないのだが……。

 警戒を強めながら、邸内を進んでいく。


「兄貴、先生、あれ……!」


 驚いたように小さくうめいた張飛が示す先に、人が倒れていた。

 その周りに、縁側から射し込む星明かりを反射して、ぬらりと光る液体が広がっている。


「血……か?」


 劉備の疑問を耳にしつつ、張飛が先行して倒れている人影に近づく。

 そして首のあたりに触れたあと、顔を上げて頭を振った。

 死んでいる、のか?

 近づいてみたが、服装からして使用人か警備の人員と思われる。

 少なくとも、鄧なんとかいう役人とは、事前に聞いていた体型や人相が違っていた。


「な、なんだキサマ――ぐぇっ……!」


 そこに、男の悲鳴が届いた。

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