似顔絵と美人画

 肉屋の軒先にある長椅子に寝そべって、だらだらと過ごす。

 平成も終わろうかという時代の日本に比べて、なにかと不便の多い生活だけど、こうやってのんびりできるのはありがたいなぁ。

 あぁ、お日さまが暖けぇや。


「なぁ先生! 今度の絵はどうかな?」


 益徳えきとくこと張飛ちょうひが、懲りもせず美人画を描いて、見せてくる。

 墨も筆も紙も、このご時世じゃ高級品のはずなんだけど、肉屋ってのはそんなに儲かるのかねぇ。

 まぁ玄徳げんとく……劉備りゅうびのやつも妙な付き合いがあるみたいだし、平成日本育ちの俺にゃあ想像もつかん金脈を持ってるのかもしれんけど。


「ほうほう、なかなかいいじゃないか」


 絵のことはよくわからん俺だけど、とりあえず萌え絵といえばクリッとした大きなお目々、という浅すぎる知識を元に、ちょっとしたアドバイスをしたんだが、張飛の奴はそれをうまく取り入れたみたいだ。


「あとは……そうだな、もう少し黒目を大きくしてみたらどうだ?」

「うーん……こう、かい?」

「おおーいいじゃないかいいじゃないか」


 ほんの少しだけど、萌え要素が増えたような気がするな。


「でもよぉ……こりゃちょっと大げさすぎねぇかな? こんなに黒目がでっけぇ女ぁ、おれぁ見たことねぇぞ?」

「リアリティなんぞタンスの奥にしまっとけ。こういうのは誇張が大事なんだよ誇張が」


 ちなみに俺は日本語を喋ってる感覚だし、周りの連中の言葉も日本語で聞こえているので、話し言葉を気にする必要はない。

 文字も似たようなもんだな。

 まぁ俺らが普段使ってた漢字なんてのは、いまよりももっと昔にできたもんだから、白文はくぶんでもなんとなくわかるんだけどね。

 たしか書道のお手本になってるのが、史記を編纂へんさんした司馬しばせんの字、なんだっけ?

 とにかく、読み書きには困らないってのは、非常にありがたい。


「そうだな、じゃあ俺がひとつ手本を見せてやる」

「いや先生、絵心ないって自分で言ってたじゃねぇか」

「だからだよ。絵心がなくても、特徴を誇張して描きゃあそれなりに見れる、ってことを証明してやろうじゃあないか」


 そう言って張飛から墨と筆と紙を受け取る。

 なに、似顔絵ってのは特徴を口に出しながら書くと、実物を見てなくてもなんとなく似るもんだ。


「いいか、まずゲジゲジの眉毛に、ギロっと大きな目、鼻は低いけどデカくて、口もデカい。輪郭は下ぶくれでしゃくれ気味、髭と髪はボサボサ……っと、ホラできた」

「だれだぁその熊みてぇなやつぁ」

「いや、お前だよ益徳」

「うえぇっ!? おれってこんな顔なのかぁ?」

「なんだ、自分の顔も知らんのか」

「そりゃ鏡なんてほとんど見たことねぇからなぁ」


 そうか、この時代じゃあまだ鏡は高級品か。

 銅鏡みたいに、金属を磨き上げたものくらいしかないのかな?

 そういや俺も、こっちきてからの顔なんてみたことねぇや。

 ま、見なくてもいいか。

 どうせ地味だろうし。


「ふむう、じゃあ別のやつを描いてみるか……」

「だったよ、兄貴描いてくれよ兄貴」


 劉備か……。あいつも特徴あるから描きやすいかもな。


「よし、じゃあ眉毛はキリッとしてて、目は垂れ気味……鼻は普通で唇が薄い……輪郭は卵形で、髭はまだちょいと薄め、髪はきちんと整えてる、と。んで耳はこう、豪快に……」

「いや、耳たぶ長過ぎじゃねぇ? ってかなんでそこで外側向くんだぁ?」

「そりゃお前、こう首を描いて、肩を描くと……」

「ぎゃはははは! 耳たぶが……耳たぶが肩に乗ってるぅ……! くひひひひっ」

「でも玄徳ってわかるだろ?」

「ぐふふふふ! うんうん、わかる! ってーか、似てる!! 全然違うのに似てるーっ! ぎゃははは!」

「はははっ、これが誇張ってやつだよ」


 腹を抱えて笑い転げる張飛の姿に、俺も思わず笑みがこぼれる。

 そこへ、ゆったりとした足音が近づいてきた。

 ザッザッと、乾いた地面を踏みしめる草鞋ぞうりの音は、俺の傍らで止まる。


「昼間からなにをはしゃいでいるんだ?」

「おう、玄徳か」

「ひゃはー、兄貴ぃー本物だぁー! やっぱ似てるープギャー」


 手に持った兄貴分の似顔絵と、実物を見比べながら笑い転げる弟分の姿に、少し呆れたようにため息をつきながら、劉備は地面に落ちていた紙を拾い上げた。


「これは……益徳か?」

「お、わかるか?」

「ああ。似てないけど……、似てるな。憲和けんわが描いたのか?」

「おう」


 そこで張飛は、劉備の絵を手に取って掲げた。


「それよりこれ見てくれよ!」

「……誰だい?」

「兄貴だよ兄貴! がははは!」


 似顔絵と益徳の態度に、劉備は眉をひそめる。

 そして、耳たぶをつまんで首を傾げた。


「そんなに長いかな?」

「誇張だ誇張。実際は普通の人よりちょっと長いくらいのもんだよ」

「そうか」


 そこで劉備は咳払いをし、表情を改めた。

 そのタイミングで益徳も笑うのをやめ、劉備に向き直る。


しゅうの旦那から呼び出された」


 そのひと言で、まだ笑みの残っていた張飛の顔が、キリッと引き締まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る